1章-エピローグ そして1日は終わる
「保健室にて」
空腹により眼を覚ますと、白い天井が見えた。
「またこの天井かぁ……」
この天井は保健室の天井だ。
常連だからわかる。
問題は何でまた俺は保健室で寝てるのかなのだか……。
というか左腕が窮屈だな。
動かないし、寝方がおかしかったかな?
まぁでもゾンビの口に突っ込みまくってたからこの左腕に感じる違和感も仕方ないのかもなぁ……
「……ってそうだ皆は!?」
左腕を盾にしたことを思い出した俺は芋づる式に全てを思い出し、寝てる場合じゃないと急いで上半身を起こす。
そしたら知らない女の子が両手を耳で覆ぎなが迷惑そうな顔をしてこちらを見ていた。
えっ。誰?
「起きるなりうるさいわねぇ」
迷惑そうな顔をそのままにため息をつく女の子。
背丈からして10~12歳くらいだろうか?
青いボロボロのコートのようなものを着ていて、淡い紫色の髪を後ろでひとまとめにしている。
「えっと、君は誰かな?」
「ふんっ。男なんかに名乗る名前なんかないわ」
不機嫌そうに鼻を鳴らし、俺の顔をマジマジと見つめてくる。
「眼の色は赤から元の黒に戻っているわね。見た感じ報告にあった汗も引いている。あんた、左腕は動く? 痛みとかない?」
「左腕?」
その言葉に俺は自分の左腕を見る。
包帯でぐるぐる巻きにされていた。
「窮屈な感じはこれか。痛みとかは……どうだろ?」
「そう。じゃぁちょっとその包帯とってみてくれない? あとこれ」
投げやり気味にそう言い俺の寝てるベットに握力を鍛える筋トレグッズのハンドグリップを置く。
「何でハンドグリップ?」
「それを左右の手で握ってみて。あっ。副作用は使おうとしないでよ?」
どうやらこの少女は『副作用』の事を知っているらしい。
もしかして『人類最終永続機関』の関係者なのか?
見た目は少女だが、少し警戒をした方が良いかもしれないな。
そう思いながら巻かれている包帯を取ると、少しだけグロテスクな左腕が現れた。
「なるほど。5時間程の睡眠でここまで再生するのね。歯型の痕はついてるし、ところどころ歪な形になっちゃってるけどこれなら明日あたりにはきっと痕も気にならないくらいには消えてるんじゃないかしら」
「俺の記憶では若干骨が見えてる程に左腕は酷い感じだったんだが、寝てただけで回復したのなら見た目よりそんな酷い状態じゃなかったんだな」
「なに言ってるのよあんたは。クレアちゃんが素の状態であんたを抱えて戻ってきた時はそれはひどいものだったわよ。普通だったらもう左腕は使い物にならない状態だったんだからね。あんたを治療するって時に『こいつ数少ない ≪ネームド≫ で、 ≪身体強化≫ の副作用持ちだから包帯巻いときゃいけるっしょ』って流れにならなかったらあんたの左腕は切除されていたんだから」
「そんな雑な感じで俺は治療されたの!?」
というか俺はクレアに抱えられて学校に戻ってきたのか。
後でお礼を言っておかないと。
「男なんて傷口に唾でも付けときゃ大体治るものなのよ。で、ハンドグリップを握ってみてどんな感じ? 左の奴らに噛まれまくった方は勿論として、右も話によれば副作用を使って酷使したんでしょ?」
「……左が握ると少し痛みを感じるくらいで、右はとくにこれと言って違和感はないかな」
俺は左右でハンドグリップを握り感想を言う。
「なるほどね。それ一応60kgのハンドグリップなんだけど副作用無しでも楽に握れてるみたいだし、根本的な身体能力も向上してるみたいね。回復も予想通り化け物じみてるし……」
60kgと聞いて耳を疑う。
俺の握力はこの前の体力テストで56だったので、簡単に握れるこれが60kgだとは気付かなかった。
「よし!」
何が『よし!』なのかわからないが少女はそう言って椅子から立ち上がる。
「大体わかった。あんたみたいなデータや情報、現実を超えてくるタイプはやっぱり直接話して観察する方が私的に楽ね」
「観察だって?」
「そうよ。副作用を起きて24時間経たずに使いこなしたのはあんただけだからね。レアなケースだから私自身が直接会って話したかったってわけ。じゃぁ用件が済んだし私はもう行くわ。……あぁそうだ。あんた今お腹すいてるでしょ? 副作用はカロリーを結構使うからね。今は21時を過ぎてるからもう皆寝る準備とかしてるはずだけど、夜の見張り組は丁度食堂でご飯を食べてるはずだから残り物をここに運ぶように言っておくわ」
「え、あ? ありがとう?」
「じゃ。身体は大切にすんのよ」
自分の事は一切語らず言いたいことだけを言って少女は入口から颯爽と出ていく。
「なんだったんだあいつ?」
取り残された俺のそんな声だけが虚しく保健室に響いた。
……いや、今はこんな風に呟いている場合じゃない。
とりあえずこれからどうしようか。
さっきの少女の話からすればご飯を運んでもらえるらしいし、保健室から出ない方が良いか?
だけどやはりあの時一緒にいたクレアや椛、そして名前の知らないあの美人が無事なのかが気になる。
ここはやはり保健室から出て皆を探しに行った方がよさそうだ。
「……こ、高希? 起きてる?」
そう結論付けて俺がベットから降りようとした時、保健室の扉を開けて誰かが入ってくる。
琥珀色の長めの髪をなびかせ不安げな表情をしたその人は、俺が起きてるのを確認したら安心したように不安そうだった表情を和らげた。
「あっ! あの時の美人じゃんか!! 無事だったのか!」
「ちょ、高希! 美人とか大声で言わないでよ!!」
美人はそう言い保健室の扉をあわてて閉めながら中に入ってくる。
しまった。
あの時心の中でずっと美人って呼んでたからついそのまま口に出してしまった。
美人はそのままこちらに来て、先程少女が座っていた椅子を見つけそれに座る。
そこまでを見届けてから俺は気になっていた事を聞く。
「あの時いたクレアや椛、それと他の生存者は大丈夫だったのか?」
「椛と救助した3人は無事よ。ただクレアが……」
俺の問いに美人は困ったかのように口ごもる。
「クレアがどうしたんだ? クレアは俺を抱えて学校まで運んでくれたって聞いたんだが、無事じゃないのか?」
「いや、無事って言えば無事なんだけどね……。その、私達1班のリーダーをしていたデイブっていう人が足を折ってしまったみたいで……」
足を折った人?
「それってもしかして、白いガスマスクの体格の良い男か?」
「えぇそうよ。会ったことあるの?」
「君を助ける少し前に一目みただけなんだけどな」
「そうなんだ……。そのデイブなんだけどね。行方不明なんだ」
「行方不明? あの足が折れてる状態で!?」
どういうことだそれ!?
足が折れてる奴がどうやって行方不明になるんだよ!
「クレアと椛が私達を助けるため炎の壁を迂回する時に、その場にいたもう1人の白いガスマスクにデイブを任せたみたいなんだけどどうやら見捨てたみたいなの」
「見捨てたみたいなのって、何してんだよそいつ!?」
「その白いガスマスクが言うには、救助者を引き連れるだけで限界だったんだって。足が折れたデイブまでは助けられなかった、無理だったって言っていたわ……。高希をここまで運んできたクレアが初めてそれを聞いた時は助けに行くって聞かなかったんだけど、紗希に諭されて今は職員室で1人で落ち込んでる」
「そんなことが……」
足が折れてるあの男を見た時のクレアは結構取り乱していたから、もしかしたら大切な人だったのかもしれない。
行方不明とは言っているが、外にはゾンビが沢山うごめいてるんだ。
足が折れてる人間が助かる訳がない。
なんでそんな男を……。
いや違う。その白いガスマスクの言い分もわかる。
ゾンビ達がいる道で足が折れた男を守りながら、救助者を連れて学校に帰るのは難しい。白いガスマスクを責めるのはお門違いだ。
だがクレアなら多分見捨てなかっただろう。
もし椛なら何か思いついていたかもしれない。
しかしその2人は俺を助けるために、デイブから離れた。
それってつまり、責められるべきなのは……。
「……俺か。俺がつっこんだから」
「それは違うわ」
呟きは凛とした声にかき消される。
俺はいつの間にか下を向いていた視線をその声の主に向ける。
紫色の瞳が俺をまっすぐと見つめていた。
「高希。そんなこと言わないで。高希が来てくれなかったら私は間違いなく生きたままゾンビに食べられていたわ。ここでこうやって私が話していられるのは高希のおかげなの。もし高希があの行動を自分で責めるなら、まずその前に私を責めてほしい。……お願い」
真剣で、それでいて悲しそうな顔だった。
慰めや憐れみではなく、本心から言ってくれている事が分かる。
「……わかったよ。考えても、後悔してももう仕方がないもんな」
俺は彼女にそう言った。
だが、『後悔しても仕方ない』とは言ったが、俺はこの事を忘れない。
次にこのような事が起きたら、絶対に上手くやってやる。
「……そういえば、高希はずっと気を失っていたのになんでクレアがここまで運んでくれたのを知っていたの?」
美人は暗くなってしまった雰囲気を変えるためか話題を変えてきた。
「あぁそれはさっき変な少女に教えて貰ったんだ」
「変な少女?」
「なんかご飯を運ばせるって言って出ていったけど」
「そうなんだ。高希は今お腹すいてるの?」
「とてもすいてるな。お腹すいたせいで起きたようなもんだし」
「副作用を使うとお腹減るみたいだしね。……あ、そうだ!」
美人はそういい椅子から立ち上がる。
「どうした?」
「あの、そのね。ここに来たのは高希の様子を見るためと、お礼を言うためなんだ」
「お礼?」
「どうしても言いたかったんだ」
美人はそう言い、背筋を伸ばして深呼吸をする。
「ありがとうね高希。私を助け出してくれて」
そして、ペコリと頭を下げた。
「……いや、助け出したか俺?」
どっちかって言うと俺がただゾンビの中につっこんで行っただけだよなあれ。
「あ、いや違くて、ゾンビの中からと言うか、あの諦めた時に来てくれたから私は絶望から抜け出せたしさ」
「そういうもんか?」
「そういうもんなのよ! ……あっ、その左腕……」
美人が俺の左腕の状態に気づいたらしく申し訳なさそうな顔をする。
やっちまった。
美人から見えないようにしていた左腕が、椅子から立ち上がり視点を変えたせいでその状態がバレた。
美人を守るためにボロボロにしたようなもんだから、見られたら気を使わせるかもと思っていたら案の定だ。
「確かに綺麗とは言えないけどこれでも動くし、明日には治ってるかもしれないから大丈夫さ」
「凄いね。高希の副作用の方向性は ≪身体強化≫ だってあの時言っていたけど ≪再生≫ の副作用もあるの?」
「いや違うけど」
「あ、そうなんだ……」
俺の即答にそう応え美人は再び椅子に座る。
それにしても副作用の方向性か。
そう言えば色々方向性があるんだったよな。
あの地獄を生き抜けたのも、俺の副作用である『役立たずな才能』のおかげだしそこらへんもしっかりと聞いたり、調べたりしないと。
「……あの!」
「ん!? な、なんだ!?」
「あっ、ごめんねいきなり大声あげて」
集中して考えこもうとしていた瞬間だったから驚いたが、いったいいきなりどうしたんだ?
「いや謝らなくていいよ。で、なに?」
「あ、あのさ、あの時私に聞きたい事があるって言ってたよね? それって?」
あの時?
いつだ?
「……ゾンビに襲われてる時」
何故か美人が俺の心の疑問にヒントを出してくれた。
もしかして心が読めるタイプか?
まぁいいか。それより、ゾンビに襲われてる時に美人に聞いた事か……。
……あぁ思い出した。
あのゾンビに噛まれながら、気を失わないようにと口に出したやつか。
でもなぁ、これ言うべきかなぁ。
でも美人がすごく気になっている様子でこっちを見てきてるし、やっぱ言うしかないかなぁ。
「あのさ。君の名前って、何なの?」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………え?」
「あいや、君の事どっかで見たことはあるんだけど誰だかわかんなくてさ」
「ほ、本気で言ってるの?」
「俺はいつでも本気だぜ?」
「信じられない!!」
ガランガランと椅子を倒しながら美人が勢いよく立ちあがる。
しかもキレ気味で。
「おおぉどうしたどうした!?」
「じゃぁ高希は私って分からないで私を助けたの!?」
「そ、そんな怒る!? え!? そんな怒る!?」
胸倉をつかまんという勢いで、何なら俺の座っているベットに両手を乗せて美人が詰め寄る。
確かに少し怒られるかなとは思っていたがまさかここまでの勢いで怒るとは思わなかったぞ!?
「分かんないの!? ほんとに!?」
「まったく分からんな!!」
「言い切ってんじゃないわよバカ!!」
「申し訳御座いません!!」
「謝ってんじゃないわよバカ!!」
「え、じゃぁどうしろと!?」
「もうこのバカ! 大友! 元クラスメイトの『
「……『大友』?」
「『愛理』! どう思い出した!?」
名前を教えられてもすぐにはピンとこない。
だってクラスメイトの大友って、あの大友しかいないはずだ。
目の前の美人を凝視する。
え? 違くない?
「いや大友の髪の色ってそんな色だっけ? 違うよな? 眼の色も紫で違うし……」
俺の知ってる大友は『黒髪』で『黒目』だ。
今目の前にいる美人は『琥珀色の髪』だしで『紫色の目』をしている。
背丈も少し小さい。
いやでも胸の大きさは同じか?
だが仮に大友だとしても、背丈まで違うのは何でだ?
「『人類進化薬』を投与されて外見が少し変わったのよ!」
大友はやはり俺の心が読めてるのか的確に俺の疑問に答えてくれる。
っていうか、
「『人類進化薬』って外見もそんなに変わるものなのかよ!?」
「あぁもうバカ! 高希も副作用を使ったら眼が赤くなったりしてるでしょバカ!!」
「お礼を言いに来たってわりにはめっちゃバカって言うやん大友さん!?」
「えぇそうよ高希なんかにお礼を言いに来た私もバカよ!」
「まず落ち着いて! さぁ落ち着いて!!」
頭抱え出しちゃったよこの美人!
え!? これ俺が悪いの!?
無理だって!
クラスメイトだけど、あんま話さない異性が髪色と雰囲気と眼の色と背丈変えてきたら分からないって!
ほんとに無理だかんな!?
ぜったいわかんねぇからな!?
「高希はいつも賑やかだねー」
「もう夜で皆寝る準備してんだぞ? 近所迷惑も考えられねぇのか?」
気付くと保健室のドアはいつの間にか開いており、そこから2人分の声が聞こえてきた。
「紗希と椛!?」
目の前で美人が怒り狂うという地味に絶体絶命な状態に、サイコパスとクズなのだが頼りにはなる悪友が現れた。
「なに!? あ……!」
美人も2人に気づき怒るのを一旦やめる。
「やぁ。少し見ないうちにボロボロだね高希。ご飯を持ってきたよ」
紗希は相変わらず幼女……『エレナ』を連れているが、今はそれよりも紗希の手に持たれた天ぷらうどんに目が行く。
「おう紗希! ありがとう!」
「椛とはすぐそこで会ってね。ついでにと連れて来たんだ」
「そうなのか? 椛、お前何してたんだ? 暗躍?」
「なんですぐ暗躍って考えに行きつくんだよ。ただの野暮用だ。俺様は俺様で忙しいんだよ」
「ふーん。野暮用って事は暗躍してたのか」
「だからなんで俺様の野暮用が暗躍だって決めつけんだよ」
「自分の人生を振り返れば分かるんじゃないのかな椛? で、そちらの女性は誰なの高希?」
「え、あ、私は……」
そうして、保健室で過ごす夜は賑やかに過ぎる。
ゾンビがはびこる終わった世界で、俺と悪友たちはそれでも賑やかに笑う。
絶望的で明日には死ぬかもしれないような世界になってしまったけど、俺はこれからもこの悪友たちとこの学校で過ごしていくんだ。
辛いことはある。
何なら今日死にかけたしな。
だが、それでも俺は気合で学園生活を謳歌してやるさ。
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