4 「行動」

「かっこつけてんじゃ、ねぇよ!!」


 まるで沢山の重りをつけられているかのように重い身体を気合いで動かす。


 そして目の前でゾンビに今にも襲われそうになっている彼女の肩を掴み、後ろに引き倒した。


「きゃっ!?」


 まさか動けないはずの俺がそんなことをするとは思っていなかったらしく、彼女は可愛い悲鳴をあげながらさほど抵抗もなく俺の後ろへ倒れる。


「高希!? なんで!? ふざけてるの!?」


 自分の代わりにゾンビ達の前に躍り出た俺に美人は怒声をあげる。

 だが怒ってるのはむしろ俺の方だ。


「ふざけてんのはお前だ! お前が死んだら俺が命がけでここに来た意味がなくなっちまうだろ!?」 


「なにバカなこと言ってんの!? 大体、高希はもう狙ってもパンチが当たらないんでしょ!?」


 美人が痛いところを突いてきた。


 今の俺は確かに先ほどから連発していた副作用のせいか疲労で立っているのがやっとだ。


 視界はグラグラとしているし、足だって産まれたての小鹿のようだ。


 こんな状態の男に口で守ってやるなんて言われても不安しかないだろう。


 怒るのは当たり前かもしれない。


 だが、あんなに身体を震わせていながらも平気だと笑う人をはいそうですかと黙って見ていられる訳がない。


 俺は覚悟を決め前を睨む。


 睨んだ先には、口を大きく開いたゾンビがいる。




 その口に俺は左腕を突っ込んだ。




「ッッ!!」


 ゾンビは俺の左腕が口の中に入った瞬間、物凄い力で噛みちぎろうとしてくる。


 左腕が噛まれている所からブチブチと嫌な音をさせる。

 服に赤い模様が広がりだし、すぐに赤い液体が服から滲み滴り始める。


 汗が全身から溢れだした。


 奥歯を強くかみしめ声を殺すが、あまりの痛みにより声が漏れ出てしまう。


 それでもけっして叫ばないようにと我慢し左腕を噛みちぎろうとするゾンビを睨むと目があった。


 俺の左腕を噛むゾンビは感情と知性を感じさせない眼をし俺を見ている。

 他に何かをする訳でもなく、ただ腕を噛みちぎるためさらにさらにと顎に力を入れ続けている。




 つまり、絶好のチャンスだ。




「痛ぇんだよっ」


 俺は左腕に噛みつく至近距離の、俺を噛んでることによって動けないゾンビの顔面に右の拳を叩き込んだ。


 俺の拳は吸い込まれるようにゾンビの顔面を捉え、ゾンビはそのまま顔の上半分を無くした。


「これなら、今の状態でも当たるだろ?」


 俺は作戦の手ごたえを感じ、無意識に声を出していた。


 視線がグラグラで足元も覚束ない状態じゃいくら動きがのろくても、流石に動くゾンビに狙ってあの全力右ストレートはもう当たりそうにはない。


 それならば、相手の動きを拳が確実にあたる程の至近距離にいる状態で止めればいいじゃないか。


 左腕を噛んでいたゾンビの顎からは力がなくなり、そのまま左腕を振るえば残った体も左腕から剥がれ落ちた。


 だが、息をつく暇もなく別のゾンビがまた俺に噛みつこうと襲いかかる。


 俺はすぐに血に濡れた左腕を持ち上げ襲い来るゾンビに噛ませる。


「グゥッ……!」


 痛みでまた少し声が漏れるが、すぐに右ストレートを叩き込んだ。


「あ、当たらないからって、そんな文字通り我が身を削る方法で!?」


 後ろにいる美人の言う通り、俺は何体ものゾンビに左腕を噛ませ、そのたび右の拳に力をため殴るを繰り返している。


 痛みで頭がどうにかなりそうだし、左腕は何回も強い力で噛まれ続けている。


 もしかしたらこれでもう左腕は使い物にならなくなってしまうかもしれない。


 だが、2人分の命と比べたら俺の左腕ぐらいなんだって言うんだ。


 それくらいで人の命が救えるっていうのならこれほどうまい話は無いだろう。


「……おい」


 俺は右腕に力を込めるたび消えそうになる意識をつなぎとめるため美人に声をかける。


「な、なに? もしかして限界!? なにか私にできることはある!?」


「ない。だけど、これが終わったら、聞きたい事がある」


 特に話題は無いが、気になっていたことはある。


「き、聞きたいことって!?」


「それはっ……!」


 喋っていてもお構いなしでゾンビ共は俺に噛みついてくる。


「あぁもう痛ぇなチクショウいま俺が話そうとしているところでしょうが……!!」


 それにしても痛い!

 ほんとに痛ぇ!


 というか、俺は今ので何体殺した!?


 3体か!?

 4体か!?

 ゾンビは残りあと何体なんだ!?


 あと何体やればこの痛みから解放されるんだ!


「高希!」


 不意にすぐ横からあの美人の声がした。


「な、にしてんだお前……? 後ろに、隠れてろよ……」


 いつの間にか横にいた美人に対し口を開くが、自分の声に疲れがにじみ出てることに気づく。


 初めて知ったが、声を出すのにも体力って必要なんだな……。


 これは美人と話して意識を保つ作戦は使えなさそうだ。


「高希こそ何を言ってるの! 私がゾンビに体当たりをしなかったらあんたは横から噛まれていたのよ!?」


 疲れたような俺の声を聞いて、美人は怒声をあげる。


 前からだけでなくどうやら横からもゾンビに襲われていたようだ。

 正面以外のゾンビの攻撃に気付けないほど俺の視界は狭くなっているのか。


 ……どうにか。


 どうにか、俺の横で共に息を切らしてる彼女だけでも助けられないか?




「おいどこだぁぁあ死にぞこない野郎ぉぉぉおおお!!」




 その時不意に、場違いな罵倒が聞こえた。


「お前の事だぞ高希ぃぃいい!」


 ゾンビが沢山いるここに来るとはとても思えないが、俺の頭がおかしくなっていないのならこの声は椛の声だ。


「……誰が、死にぞこないだよ」


「助けが来たの!?」


 俺は呟き、美人は声をあげる。


 美人が声に反応したということはこれは俺の幻聴じゃないということだ。


 よかった。


 死にそうな時に聞く幻聴が椛の声だなんて死んでも死にきれないからな。


「今から俺様と普段の口調が実は丁寧だった赤髪女ことクレアが助けにいってやるからそのまま死にぞこなってろよぉぉぉおおお!」


「椛はあとで覚えておけよ! 油断しているところを突然襲って痛めつけてやるからな!! だが今は高希だ! 生きているか高希!!」


 どうやらクレアも来てくれているらしいが、声の聞こえぐらいからしてまだ距離はあるみたいだ。


 それに対して目の前にいるゾンビはまだ沢山いる。


 今迄盾の代わりとして使っていた左腕の感覚はもうすでになくなっており、武器として使っていた右腕にももう力がこめられずとうとう持ち上げることすらできなくなっている。


 これはあの2人がこっちに来るまでにはとても耐えれそうではないな……。


「死にぞこないどこだボケェ! 死んでたら返事しろよ!! …………。返事がないってことは生きてんだよなぁぁあ!!」


 本気でどうしようかボーッとする頭で必死に考えていると椛の大声が聞こえてくる。


 まったく椛は理不尽だ。流石は人類の底辺と言ったところか……。


 それに、大きな声や音にゾンビが反応するということを椛は忘れているのだろうか?


「ここ!! ここに高希がいるから早く来てぇ!!」


 限界近くの俺に代わって美人が声をあげてくれた。


「この声は、先程囮になったという生存者の声か!? 生きていたのだな!!」


「……って声の方向はよりによってゾンビの群れの方かよ!? そっちまで行くには骨が折れるぞ!!」


「なんとか私たちの方まで来れないか!? ゾンビの数が多すぎて近寄れないんだ!」


「そ、そんなこと言っても無理! 高希はもう動けない状態なの!! とにかく早く来て!!」


「高希のバカが! ゾンビの群れの中に突っ込んで動けなくなるとか予想していたことだろうに! これだから短絡思考は困るぜ!!」


「今高希の事なんて言ったお前!! 許さないわよ!!」


 椛の比較的軽い、なんなら挨拶程度の罵倒に美人が聞いた事もないようなドスのきいた声で叫ぶ。


「うわよくわかんねぇけどスッゲェキレられた!? と、とりあえずクレア! ゾンビの群れを凪払え!」


「私を何だと思っている椛!? もう少し数が減らないとちょっと無理だ!」


「ならちょっと減ればできんだな!? 嘘つくなよ!? ……え? 少し数が減ればあのゾンビの群れ凪払えるのお前?」


 相変わらず椛は騒がしいな。


 だがこの調子なら俺はともかく横にいる彼女は何とか助かりそうだ……。


 そう思っていると、不意に左の脇腹に痛みが走った。


 見るとそこにはゾンビの頭がある。


 どうやら油断してしまったらしい。


 脇腹を食われて凄く痛いのに、もう動けないし叫び声もあげられない。


「えっ、高希!? ちょ、高希から離れてよぉ!!」


 美人も俺を食べるゾンビに気づいて何とか引きはがそうとするが、意味はないようでゾンビはそのまま俺の脇腹を食べ進める。


 あっ、これは駄目だ。

 直感でわかる。


 そろそろ、死ぬのかな俺?


「おい高希!! 爆竹に火をつけて遠くに投げろ!」


 先ほどよりも遠くで椛の声が聞こえる気がする。


 どうやら耳も機能しなくなってきたみたいだ。


 だが、聞こえた。


 確かに聞こえたぞ。


 俺は右ポケットに入れてあったものを取り出す。


 クレアから『ここぞと言う時に使いな』と渡された爆竹だ。


 まさか、『ここぞ』がこんなにすぐ来るとは思わなかったがな。


 というか今の今迄忘れていた。


「爆竹……!」


 美人も俺がとりだした爆竹を見て察したようだ。


 だが、ライターは左のポケットに入れてあった。


 今左ポケットがあった位置にはゾンビの頭部がある。



 ……流石にイラッときた。



 俺は爆竹を地面に捨て、俺を食べ進めるゾンビの頭部を右手でわしづかみにする。


「じゃ、ま、……なんだ、よぉぉおおおお!!」


 最後の気力を振り絞る。


 右手の指がゾンビの頭部に埋まって行く。


 まるで粘土を握るようだ。


 俺は、力をそのまま右手に入れ続ける。


「おぉぉぉおおおぉぉぉおおおおおぉおおおおおおおおぉおおおおお!!!!」



 グシャ。



 ゾンビの頭は、思ったよりも簡単な音を立ててつぶれた。


 ゾンビは俺の脇腹から離れる。


 だが左側のポケットは、無くなっていた。


「……ハハ」


 思わず笑いがでた。


 俺は運が悪いな……。


「貰うわよ!」


 爆竹を諦めたことにより力が抜け、倒れてしまいそうになった時に美人が地面に投げ捨てた爆竹を拾った。


 そしてそのまま爆竹を握ると、すぐにそれを投げた。


 ……あれ?

 火、つけてないですよね?


「……あの、火を」


 俺が美人に声をかけるのと同時に、大きな音が鳴り響いた。


 どうやら今投げた爆竹が発動したようだ。


 なんでだ?


 近くで見ていたが一切火を使っていなかったのに。


「やった……! ゾンビが音の方に向かっていく……!」


 美人の声に希望が宿る。


 確かにゾンビ達は爆竹の音にひかれゆっくりと移動を始めた。


 だが、俺ら2人の近くにいたゾンビは相変わらずこちらを見て歩みを進めている。


 ……多分、俺の脇腹と左腕から垂れる血の臭いのせいで。


「安心してね高希」


 美人がゾンビの前に立つ。


「このくらいの数なら、クレアが来るまで私でもなんとか耐えれるはずよ」


 そう言って彼女は笑った。


 その笑顔は先程の笑顔と違い、不敵で素敵な笑顔だった。


「いや……。どうせなら、力を……合わせて、この地獄を……生き延びよう、ぜ」


 俺も負けじと、不敵な笑みを浮かべてみる。


 ……多分、痛みと疲労感で酷い笑顔になってるんだろうけどな。


「……ぁぁぁ」


「?」


 なんか、上から何か声が聞こえる?


「ぁぁっぁあああああああああああ!!?」


 俺がその声を確認するよりも早く、その声の持ち主である椛が飛んできて俺らに向かってきていたゾンビにぶつかり吹き飛ばした。


「……」


「……」


 呆気にとられるとはこのことだ。


 椛は雰囲気とか空気とかを読めないのか?


「だぁクソ!! なんで俺様がこんな目に合わなきゃならねぇんだ!」


「……なにをしてんだ?」


「俺様は何もしてねぇよ! クレアに『高希達を見つけたぞ! 行け、椛!!』ってぶん投げられたんだよ! あいつ酷くね!? ってうわ、高希は姿が酷いな! ただでさえ顔も酷いのによ! なんでそんなに血まみれなんだよ! 特に左腕と脇腹がとてもグロテスクなことになっているな!? 自主規制とかそういう心遣いができないの? グロに耐性のない人がそれを見たら半泣きになるだろ! 例えば俺様とかな! ん? となりの美人は誰だ? というかそうだゾンビは!? 俺様ゾンビ超怖いんだけど!?」


 こいつうるせぇ!

 なんで空からダイナミックエントリーするなりこんなマシンガントークできるんだよ!?


「……ね、ねぇ。あれ、何?」


 だが美人は急に現れたと思えばめちゃくちゃうるさく質問してくる椛を無視し、ゾンビが散らばり見通しがきくようになった道を指さした。


「……?」


「あぁ?」


 俺と椛は美人の指さす方を見る。


 そこにいたのは、先程の爆竹の音におびき寄せられたゾンビの1体だった。


 何かを食べているのか口を動かしている。


 右腕はちぎれていて、首は不自然に曲がりほぼ真横を向いている。

 間違いなく死んでいる人間、ゾンビだ。


 そんなゾンビがなんで、ジーッとこっちを見ているんだ?


「……ヒィ!」


 不意に美人が短く叫び俺に抱きつく。


 左腕がぁぁぁぁああああ!!?


 美人に抱きつかれた左腕が超痛いぃぃいいい!?


「なんだよお前、いきなり声を出すなよビビるだろ?」


 椛はそう言いながらも、動かないでこちらを見ているゾンビから目を離さない。


「き、気付かないの?」


「気付くも何も、一目見ただけで明らかにおかしいだろあのゾンビ」


 そう言って椛は俺の後ろに移動する。


 確かに2人の言う通りあのゾンビは少しおかしい。


 音に寄って来たなら迷わず爆竹の方に向かうはずなのに立ち止まってこっちをジッとみているし、音ではなく俺から流れ出ている血の匂いに反応しているなら俺達の方に来るはずだ。


 なんでこっちをニヤニヤしながら見ているんだ……?


「おっ」


 椛が声をあげる。


 ゾンビが俺らを見るのをやめ、どこかに足を引きづりながら歩き出したのだ。


「い、いなくなった……?」


 美人はゾンビがいなくなったのを確認して安堵の息を吐いた。


「皆無事か!?」


 そんな、狐に包まれたかのような空気を切り裂くように切羽詰まった声が響く。


「クレア! やっときやがったかこの野郎!!」


「高希! 酷いケガだ……。応急処置をしてやりたいが、今はここから逃げるぞ!」


「処置は……大丈……」


 ……あっ。やばい。


 クレアを見て安心したのか今になって痛みが顔を出してきた。


「おい無視かてめぇ! 俺様を投げた事恨んでんだからな!!」


「クレア! 今変なゾンビが……、いや今はとりあえず包帯を貸して! 私が高希の応急処置をする!!」


「囮になったのは大友だったのか。お前も無事でよかった。だが今はそんなことをしてる場合じゃなくて」


「『そんなこと』!? 今高希の応急処置のことを『そんなこと』って言った!?」


「い、いきなりどうしたんだ!?」


「いいから早く包帯とか出しなさいよ持ってるんでしょ!?」


「いや持ってはいるが今は処置をしている場合では」


「早く!」


「だから!!」


「なぁとりあえずそこの女に包帯渡して軽く高希の処置をさせてるうちにクレアが退路にいるゾンビを何体か倒してくればいいんじゃねぇのか?」


「「椛は黙ってろ!!」」


「あぁん!?」


 皆が皆自分の意見を通そうと話しだす。


 言い合いなんかしてる場合じゃないのに……。


「なぁ……」


 声を出し一歩足を踏み出す。


 そして気づいたら地面に寝ていた。


「「高希!?」」

「ゴミカス野郎!?」


 3人の声が聞こえる。


 何かを言っているが、地面に倒れたら段々眠くなってきてうまく聞き取れない。


 血を流し過ぎたのかな……。


 それとも副作用を慣れてないのに使い過ぎたから……?


 ……あぁ。今はそんなことを考えるよりもまず眠い。


 ……身体も、重いなぁ。

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