3 「プライド」


「地獄じゃあるまいし死者がわらわらと動きまわりやがって! 地獄の鬼は何してんだ!? 有給とってんの!?」


 前を見ればゾンビ、右を見ればゾンビ、左を見ればゾンビ、後ろを見れば美人という状況に悪態をつく。


 ゾンビの割合に対して美人が少なすぎる!!


「ゾンビがさっきよりも増えてない? 最初はこんなにゾンビはいなかったよね?」


 後ろの美人が俺にすがりつきながら言う。

 それにより何がとは言わないがすがられた俺の左腕に心地の良い柔らかさを持つものがあたる。


「え、あ、ど、どうやらさっきの車のクラクションのせいで他の場所からもゾンビが集まってきているみたいだな!」


 それをなるべく意識しないように言葉を返す。


「あのクラクションってそんなに響いてたんだ……。ねぇ。大丈夫なの? ここに来たってことは何か無事に抜け出す策があるってことなのよね?」


 美人は俺にすがる力を強める。


 こうして頼られるのは悪い気がしないが、俺は言わねばならないのだろう。

 男は正直者である方が良いってどっかの雑誌に書いてたしな。


「……策とか、ないっすね」


 俺は美人の眼を見て言った。


 嘘です。ちょっと目を逸らしながら言いました。


「……え?」


「策とか、ないっすね」


 美人の気の抜けた声に俺はもう一度言う。


「ないって、え? 高希は何しに来たの?」


「君を助けに来たんだぜ!」


「どうやって私を助けようとしたの?」


「そういうのは特に考えずに来ちゃったんだぜ!」


「いや来ちゃってんじゃないわよ!? まさか高希あんたあの時と同じく何も考えず私を助けに来たの!?」


「あの時ってどの時?」


「え、あの時の事覚えてないの!?」


「すみません俺『人類最終永続機関』のせいで記憶障害がおきてまして。って今はそんな話しをしてる場合じゃないでしょ!!」


 俺と美人が言い合っているとゾンビの1人が近付いてきていた。

 

 俺は美人から視線を外しゾンビを正面に据える。

 近い、手を伸ばしたらが届くほどだ。

 ゾンビの動きは基本的にとろいが、さっき足を掴まれた感じだと力は普通の人間よりもはるかに上だ。

 1人に掴まれたらそれを外すのに時間がかかってしまい他のゾンビにさらにまた掴まれるか、最悪噛まれてしまうだろう。


 俺は右の拳を握り力を込める。


 あの炎の壁を一瞬で突き破った力を今度は右腕に集めるよう意識する。


 あの脚力を腕力に変えるだけだ。


 できるできる。


 できるはずだ。


 出来ればいいなぁ。


 ……もしかしたら出来ないかもしれない。


 いやいや弱気になったらだめだ。


 意識を、拳に集める。


 正面に見据えたゾンビがゆっくりと、顎が外れてるんじゃないかと思うくらいに大きく口を開ける。


 そして、ゾンビの腕が俺へと伸ばされた。


「……クォラァ!!」


 それと同時に拳に溜めた力を解き放つ。


 腕を振ると同時に周りの空気全体が微細に揺れるのを感じた。


 俺に殴られたゾンビの頭が吹き飛ぶ。

 小規模な爆発音が空気を叩く。


 頭部が一瞬で消し飛んだゾンビは、最初に俺が特殊棍棒で殴ったゾンビと同じようにその場に崩れ落ちた。


「う、嘘でしょ? 殴っただけで頭が……!?」


 美人が驚く。

 そりゃ殴っただけで頭が消し飛ぶとは思わんよな。


 俺もダメもとでやったがうまくいってよかった。


 これなら……


「次ぃ!」


 俺は右の拳を引き構え直し、次のゾンビもまた右で同じように殴る。


 先ほどと同じように小規模な爆発音がなり、また1人頭部の無くなったゾンビが崩れ落ちた。


 これなら、何とかなりそうだ!!


「こ、高希! 大丈夫なの!?」


「大丈夫って、何が!?」


 俺はとにかく右拳をゾンビに叩き込んで、構え直してはまた叩き込んでを繰り返す。


 打つべし! そーれ、打つべし! 打つべし! 打つべし!


「何がって、右腕とか、ゾンビの返り血とか……」


「大丈夫だ! と思いたい!!」


 確かに返り血はあまり浴びたくないし攻撃手段が右ストレートだけだけど、今使える武器はこの副作用のパゥワーが込められた右腕だけだからやるしかない。


 俺は覚悟を決め、目につくゾンビ共の頭を次々と消し飛ばして行く。


「すごいわ高希! これならもしかしたら助かるかも!」


「ほら策なんてなくても、とりあえず行動すればなんとかなるんだっ?」


 不意に拳がゾンビの頭部から大きく下にズレ、鎖骨あたりに当たる。


 殴られたゾンビはそのまま後ろにいたゾンビと共に後方に吹き飛び転がって行った。


「はずれた?」


 殴ろうとした位置と、実際に殴った位置のズレに俺は嫌な予感を覚える。


「あぁぁぁあああ……」


「クッ……!!」


 だが次々と襲い来るゾンビに俺は嫌な予感を確かめる時間もなく、そのまま拳を振るう。


 しかしその拳も狙っているはずの頭部から大きく外れ今度は胸辺りに当たる。


 ゾンビは先程と同様に吹き飛ぶが、致命傷にはなっていないらしくまた動きだした。


「ハァ……! ハァ……!」


 気付けば俺は息が上がり汗が頬を伝っている。


「どうなってっ?」


 不意に視点が下がった。


 地面が迫ってきてる?


「危ない!!」


 地面が俺にぶつかる寸前に、後ろからのびてきた手が俺を掴む。


 後ろにいた美人が倒れそうになる俺を抱きしめるようにして支えてくれたのだ。


「いきなりどうしたの!? なんか、パンチも最初とおかしいし……」


 美人がそのまま倒れないようにと肩を貸してくれる。


「!! 高希のその赤い瞳、副作用ね。そうか、それならこんな怪物じみた力も、あの炎をものすごい速さで突破できたことも納得ね。でもいったいどんな副作用なの?」


 副作用を使うと赤くなるという俺の眼を見て美人が言う。


「俺の副作用はどうやら特別製らしくてな」


「……そうね。私も色々な副作用を見たけど、素手で殴っただけでゾンビの頭を吹き飛ばしたり炎の壁の向こうからこっちに吹き飛んでくるようなのは見たことないよ」


 美人はそういい、俺を後ろの方に降ろした。


 まるで、ゾンビから少しでも遠ざけるように。


「なんだ? なんで俺を後ろに降ろすんだ?」


 俺は支えがなくなったことにより座りこんでしまう。


 気付けば俺は立つ事もままならなくなっていたようだ。


「立てなくて不思議そうね高希。あなた副作用を使ってたんでしょ? あの炎を突破したやつも副作用なら、使い過ぎでもうそろそろ体力の限界なんじゃないの?」


 確かに美人の言う通り、汗が止まらずダルさが凄い。なんか吐き気も出て来たし……。


 だけどそれがなんで、


「それがなんで、俺を後ろに降ろすことに繋がるんだ?」


「……高希はさ? ここに一人で来たわけじゃないんでしょ?」


「あぁ。他に椛という変な男とクレアっていう赤髪の女と一緒に来た」


「クレアが……。そう。あいつが来てるのね……」


 美人はクレアという名前を聞き一瞬だけ顔を曇らせた気がした。


「どうした? クレアのことを知ってるのか?」


「知ってるも何も……。いや。今はいいや。ちょっと癪だけど、椛はともかくあいつが来ているのならまだ何とかなりそうね」


「何とかなるってなんだよ。それよりももう次のゾンビがこっちきてんぞ!!」


 せっかく何体か倒したのに、ゾンビ共はまた俺らの周りを囲みながらジリジリとよってくる。


 それなのに美人は1人でなにかを納得したような、諦めたような顔をして俺に背を向けた。


「お、おい? どうした?」


「クレアなら多分あんたを見捨てるようなことはしないでしょ。あいつがここに来るまで何とか時間を稼ぐわ」


「時間を稼ぐってどうすんだよ?」


「私が、身体で止める」


「は?」


 なんだって?


「私がこいつらに食われながら時間を稼ぐ」


「いや、何言ってんだ? そんな食われるったって、え? 食われると痛いぞ?」


「えぇそうね。痛いどころか私は死ぬかもね。でも少なくとも高希は生き残れる」


「俺が? ……いやいやそれこそお前は何を言ってんだ!?」


 叫ぶ俺をよそに美人は一歩、ゾンビに向かって足を踏み出した。


「おいふざけてる場合じゃねぇだろ!? 大体、こんな近くにいたらお前が食われても違う奴が俺を食いに来るだろ!? 無駄死にするぞ!?」


「ゾンビは血の匂いに寄ってくる。なら、私が食べられながら血まみれになって、少しでも高希から離れたら時間稼ぎにはなるはずよ」


「なんだその謎理論! 大体助けに来たのは俺だぞ!? なんでお前が俺を助けようって流れになってんだ!? とにかくこっちに戻って」


「あんたが助けに来てくれたからでしょ!!」


 俺の言葉をかき消すように、美人は叫んだ。


「あんたが! 高希が! 私を、自分の命を投げうって助けに来てくれたからでしょ!!」


 そう叫びまた一歩踏み出す。身体を小さく震わせながら。


 ゾンビは叫んだ彼女に狙いを定めたのか、歩みを彼女に向ける。


「1回目はただ、恩だけを感じただけ。でも、2回目の今は違う。実際に高希の顔を見て、安心した。おかしいでしょ? 恩しか感じてないって思ってたのにさ。さっきまでは惨めに助けてってしか言えなかったのに、高希の顔を見ただけで安心できたの。全然状況はよくなってないし、何なら今から私は食べられて死ぬ。でも、怖くはないの。……何でだと思う?」


「いやそんないきなり質問されてもしらねぇよ!?」


 いいからはやくこっちに戻ってきてほしい。

 何を悠長に喋ってんだ。


「そっかぁ。わかんないかぁ」


 俺の焦りを余所に彼女はそう呟き、こちらを振り向いた。


「それはね。私を助けようとした高希の為に無償で何かをしてあげたいって思えたからだよ」


 そう言って笑う。


 いや、表情は笑っているが声はこわばり身体は先程よりも大きく震えている。

 少し押せば倒れてしまいそうだ。


 そんな状態でも、少しでも俺に心配させないようにしてるのか笑っている。


 

 そうして笑う彼女に、ゾンビは襲いかかる。










 それをただ見てるだけなんてのは、許せないことだ。

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