2 「再会」
「止まれ
「何をしているんだ高希!?」
後ろから聞こえてくる椛とクレアの声を無視して俺は走る。
炎の壁が段々と迫ってくる。
物凄い熱が走って近付く俺を焼こうと襲いかかる。
その熱に怖気づき止まろうとする足を必死に動かし、一歩、また一歩と踏み出し続ける。
『慣れてくれば分かるが、意識下でスイッチのON・OFFのように副作用が使えるはずだ』
クレアの言葉を思い出す。
まだ俺は『副作用』に慣れたなんてとても言えないが、この炎の壁の向こう側にいる生存者を助けるには炎を迂回していては時間がかかりすぎる。
それでは間に合わない。
間にあうには、ここからまっすぐに炎の壁を突き破って行くしかない。
普通ならまず無理だろう。炎の勢いを見れば分かる。
このままの速度で炎の壁にぶつかれば向こう側に走り抜ける前に俺の身体は炎に包まれ、焼かれておしまいだ。
だが俺の副作用、『役立たずな才能』ならば、いけるはずだ。
あの時のカーブミラーのところまで一瞬で移動した速度ならば、炎に身を焼かれる前に向こう側に行けるはずだ。
炎の壁はもう目と鼻の先にある。
熱で目が開けていられない。
息を吸うだけで喉や肺が焼けるようだ。
だがもう俺の足は止まれるタイミングをとうに過ぎている。
もし『役立たずな才能』が発動しなかったら、俺はこのまま身を焼かれて死ぬのだろう。
それは嫌だ。
本当に嫌だ。
そこまで考えてふと、最近似たようなことを思ったなと思い出す。
前にも誰かを助けるために命をかけて走り出したことがあった。
……そうだ。
あの皆が殺されていく教室で俺は今と同じように消えそうな命を助けるために足を踏み出したんだったな。
そう思えば、俺はあの時すでに最初の一歩を踏み出していたのかもしれない。
俺自身がもしここで炎の壁の向こう側にいる少しでも助けられる可能性がある命に対して何もできないのならば、あの教室で踏みだした時の俺の勇気を俺自身が裏切ることになってしまうだろう。
一度でも踏みだしたのなら、嫌でも歩き続けなきゃならない。
そうじゃないと、あの時の勇気が、気持ちが止まってしまうんだ。
踏みだした時の俺が、無駄だったって事になるから。
嫌でも、踏みだしたのなら、踏みだし続けなきゃならないんだ!!
『役立たずな才能』
あの時命を助けた俺に今の俺が笑われない為に……。
一瞬だけでいい……!
一歩だけでいい……!!
俺の『力』なら、俺に力を貸せ!!
「だぁっぁああらぁぁぁぁっしゃぁぁぁあああい!!!!」
気合いで声をあげる。
踏みだした足がアスファルトにめり込み、そして離れる。
一瞬で目の前にあった熱が消える。
景色が吹き飛んだ。
そしてまずきたのは衝撃。
次に聞こえてきたのは、何かが崩れるような大きな音。
上から何かが降ってきてるのかぼとぼとと俺に当たり少し痛い。
いつの間にか閉じていた目を開けると、砂煙が見えた。
世界が逆さまになっている事から、カーブミラーの時と同じ態勢になっている事に気づく。
そして砂煙の奥には炎の壁が激しく揺れているのが見えた。
……ということは。
俺は、無事に炎の壁を突き破ったのだ。
「ッ~!!」
俺は上から降ってくる石のようなものにダメージを受けながらも立ち上がり、叫ぶ。
「よっしゃ生きてる!!」
副作用を使った事により身体が少しだけダルイにも関わらず俺は思わず空に拳を突き上げ叫んだ。
それくらい炎の壁に突っ込むのは怖かったのだ。
いやぁ生きてるって素晴らしい!!
「ど、どうして……?」
「んぁ?」
心の底からの笑顔で拳を掲げていると横から不意に声が聞こえた。
そちらを見ると、人が立っていた。
どうやらうまいこと生存者の近くに移動出来たみたいだな。
……あれ?
なんか、この人どっかで見たことあるような気がする。
まだ近くで燃えている炎の光に明るく照らされる絹のような琥珀色の長めの髪。
見ていると引き込まれそうな紫色の瞳。
透き通るような白い肌。
すらっとした美しいラインを描いた肢体なのに、それはご立派な胸を持っている。
歳は俺と同じくらいか?
なんとなくどっかで見たことがあるような気がするその女性は、何が起きたのか分からないと言った表情で俺をジッと見ている。
「なんで……ここにいるの?」
誰だったかなぁこの人はと考えていると再び声が掛けられた。
いや、なんでここにいると言われましても。
「君を助けに来たんだけど?」
「…………」
黙ってしまったのだが?
え? なんで? 何でこの人ポカーンってしてんの?
言い方が悪かったのかな?
「女の子がピンチなら、ヒーローはどこかともなくあらわれるもんだろ?」
「…………」
駄目だな。
反応は先ほどと同じだが、表情が先程より不快気だ。
なんで炎の壁に命がけで突っ込んでまでして助けに来た人にこんな表情されなきゃいけないんだろうか。
それにしてもまいったな。
この呆れたような表情を見て確信したが、やはりどこか見覚えがある。
だが全く誰だか思い出せない。
……いやまてよ?
というかまずこんなレベルの美人を俺が忘れるか?
答えは否。
忘れるわけがない。
ということはつまり、一度も俺はこの人に出会っていないのだ。
なるほど。完璧な推理だな。
「保健室で寝ているって聞いていたけど……、いつも通り元気みたいね高希は」
少女は俺の名前を当たり前のように言う。
駄目だこれ絶対に俺はこの美人と知り合いだ。
しかも何故か口調がフレンドリーのそれだ。
おいおいこんな美人を忘れるとはどうなってんだよ俺の脳みそ。
何のために記憶力をつかさどる海馬があると思ってんだ仕事しろ。
勉強のしなさすぎで記憶の仕方を忘れたのか?
……いや、今は俺の記憶力の話は置いておこう。
まずはこの状況をどうしたものかを先に考えるべきだ。
もしこんな美人に『あったことあるみたいですが俺は覚えていません。誰ですか?』なんて言って嫌われてしまったら終わりだ。
美人には嫌われたくはない。
……いや違うな。これでは思考が
俺は人を悲しませたくないだけだ。
こんなにフレンドリーに接してくれてるんだからこの美人と俺は昔から仲が良かったはずだ。
きっと『副作用』かなんかが原因の記憶障害で忘れてしまっているのだろう。
なるほど。完璧な推理だな。
おのれ『人類最終永続機関』め。俺と美人の楽しい日々の記憶を消すとは許すまじ。
「……どうしたの高希? そう言えば壁に思いっきりぶつかってたみたいだけど怪我とかは無いの?」
『人類最終永続機関』に復讐を誓っていると美人が心配そうに俺に声をかける。
いかんいかん。ここはとりあえず違和感を持たれないように自然でクールに美人の話しに合わせていこう。
「ぜ、全然大丈夫だぜ! 俺はいつでも元気だゾ!? いやぁもうなに!? 元気がね? 凄いんだよ俺は。もう元気の塊みたいな、元気の息子みたいな、息子が元気みたいな?」
そんな風に完璧で自然な対応をする俺の足首を誰かが掴む。
足首を見ると、ゾンビが俺の足を掴んで噛もうとしていた。
「ぴゃぁあっぁあああああ!?」
俺は掴まれていないもう片方の足で思いっきりゾンビの頭を蹴りぬく。
『役立たずな才能』が発動したようで、ゾンビの頭はそのまま爆発四散し、俺の足首を掴んでいた手が離れる。
「だ、大丈夫!?」
美人が奇怪な叫び声をあげた俺を心配する。
しまった忘れてた!
いまここゾンビのお祭り会場だった!!
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