1 「炎の壁」
炎の壁の奥にチラリと、ゾンビに群がられる直前の生存者を見た。
「……おいおいマジかよ」
その生存者の影は、すぐに勢いを増し続ける炎の壁で隠された。
だが確実にあれは見間違いなんてものじゃない。
しかも俺と同じダサいジャージみたいな防護服を着ていたって事は、俺達の仲間なんじゃないのか!?
「デイブさん! あなた足が明後日の方向に向いてますよ!? 何があったのですか!? そこに倒れてるのは、私達の仲間ですよね!? 他に生存者はいないのですか!? というか大丈夫なんですか!?」
「一度に……質問を、するなよ……クレア……。あと、口調が、戻っているぞ……」
「あ、ご、ごめなさ、あいやすまない! い、今はとりあえず止血だな!! おい高希! 私のカバンを持ってこい!!」
どうやら炎の壁の向こうにいる生存者にクレアは気付かなかったらしく、デイブと呼ばれる白いガスマスクが外れかけている体格の良い男に話しかけながら俺に指示を出す。
「待てクレア! そっちも中々に大変そうだがあっちもものすごく大変」
「早くしろ高希!!」
「ウィッス!!」
クレアの怒声に元気な返事を返しそばに落ちていたカバンを渡す。
俺からカバンをひったくるように取り上げたクレアは中から大量の包帯や水、縄などを取り出した。
「ヤベーぞヤベーぞ! どれくらいヤベーかと言うとマジでヤベー!!」
そこに少し遅れて語彙力がなくなっている椛が駆け足でやってきた。
「どうした椛!」
「なんかゾンビがこっちに大量に集まってきてる! あの数は死ねるぞ!?」
そう言いながら椛は後ろを指さす。
そこには確かに凄い数のゾンビがいる。
動きは相変わらずゆっくりだが、明らかにこちらに向かってきているのが分かる。
「というかクレアはしゃがんで何をして……!? おい生存者か!? ……いや、その趣味の悪いガスマスクからして身内か? 隣の死体もガスマスクをしてるって事は……」
「とりあえず応急処置はしたが、このままじゃ足が腐り落ちるかもしれない……」
クレアは男の応急処置を終わらせ立ち上がるが、表情には焦りが見える。
「いきなり……車がな……そこに転がってる奴と一緒に、轢かれたんだ……。足はその時に……。クソ……。生存者は……4人いた……が……どうなったかは……分からんな……」
デイブは息を荒くしながらも先程のクレアの質問に律儀に答える。
「あの爆発音の時か! ならとりあえず、その4人の生存者を探さないと!」
「そんな悠長なことしてる場合じゃねぇぞクレア! ゾンビの団体様がこっちに来てるんだって!!」
その椛の声でクレアはようやくこちらに向かってくるゾンビの存在に気付いたようだ。
「確かに少し多いな。どこにこんなに潜んでいたんだ。いや、このゾンビが焼ける匂いと先程までなっていたクラクションの音で遠くからもゾンビ達が引き寄せられているのか……」
クレアはカバンから2つの特殊棍棒を取り出し構える。
その構えはとてもかっこ良いんだが、まさかその2本の棍棒だけであの数のゾンビを相手にするつもりじゃないよな?
「きゃぁあああああ!! いやぁぁぁああ!!」
俺にも何かできることは無いかと考えていると、遠くで女性の叫び声が聞こえた。
「叫ばないでよ! またこっちに来ちゃうじゃないバカ!!」
「お前も叫ぶんじゃねぇよ! おい! ほんとにこっちでいいのか!?」
「田中さんも声が大きいですって! そして私の声も大きい!!」
「おい! 生存者ってもしかしてあいつらのことじゃねぇか!?」
椛の言う通り、生存者らしき人達が炎から少し離れた場所で何やら言い合いをしている。
「おーいこっちだ!! こっちに来い!!」
「バッ!? クレアお前大声出すなって! ゾンビが来るだろ!?」
「今更大声出してもゾンビがこっちに向かってきてるんだから同じことだろう! おーい私の声が聞こえるかー!!」
クレアは口に手をあて生存者を呼ぶ。
その呼び声が聞こえたらしく、こちらに生存者達が走ってきた。
白いガスマスクをした男1人と、何処かの学校の制服を着た2人の女の子。
そして、俺と同じダサい防護服を着た女子を小脇に抱える無精ひげを生やした男の5人だ。
「クソッ! クレアめお人好し気取りかよ。だが確かに今更静かにしても意味は無いか。というか、生存者5人いるじゃねぇか」
椛は悪態をつくと同時に生存者の人数が5人であることに気付いたみたいだ。
「そこで座っている男は生存者は4人だって言っていなかったか? ……いや、そうか。学校からの探索班もいるのか」
……あっ!
そうだ学校からの探索班だ!!
俺は椛の呟きに炎の向こう側にいた生存者の事を思い出す。
「クレア話がある!!」
「お前らが救援者か!?」
俺の呼びかけとこちらに走ってきた男の叫びが重なる。
「そうだ私達が救援者だ!」
クレアは俺を無視し生存者の叫びの方に応える。
この野郎!
こっちは人の命がかかっている案件なんだぞ!!
「デイブさん! 良かった……」
「新しい救援者!? 助かったの!? 今度はホントに助かったの!?」
「ねぇ大丈夫なの!? 今更3人増えたってどうにかなるの!?」
「おいおい今度はガキ2人と変な髪色の女かよ!? どうなってんだ!?」
俺達と合流した生存者は焦っているのか思い思いにそれぞれの感想を口に出す。
「色々説明してあげたいのだが今はそんな場合じゃない! 急いで私達が来た道を行け! その道なら奴らは少ないはずだ!!」
俺達が来た道を指さしクレアが生存者に指示を出す。
俺はそのクレアの腕を思い切り掴んだ。
「……何の真似だ?」
急に腕を掴んできた俺をクレアは鋭い眼で射抜いてくる。
その敵意すら含まれた眼はあの教室での出来事を嫌でも俺に思い出させめちゃくちゃに怖いが、こっちだって無視されて腹の中が煮えくりかえりそうなんだ!
「かっこよく指示出してるとこ悪いが俺の話しを聞けクレア! 炎の向こうにまだ1人生存者がいるんだ!!」
「なんだって!? 何故それを先に言わないんだ高希!!」
「言いましたぁ!! ……いや正確には言うタイミングがことごとくつぶされたんですぅ!」
「そうだ! そこのガキが言う通り向こうで女のガキが俺達を奴らから逃がすために囮になってんだ!! 早く助けに行かなきゃ死んじまうぞ!」
無精ひげをはやした男が俺とクレアの話を聞いていたようで切羽詰まったかのように言ってくる。
あの炎の壁の向こうにいる生存者は自分から囮になったのか!!
「待って! ちょっと待って!! 考えさせてください!」
クレアは頭を抱え悩みだす。
先に生存者を安全な場所に連れていくべきか、それとも炎の壁の向こうにいる生存者を助けに行くべきかを迷っているようだ。
だが今はその悩んでる時間だって惜しい!!
俺は再び炎を睨む。
せめてこの炎の壁が無ければまっすぐに走って行って助けに行くっていうのに……!!
そんなふうに俺が焦っていると、不意に風が吹いた。
炎が揺らぎ、向こう側がまた一瞬だけ見える。
そこには壁際まで追いつめられた先程の生存者がいた。
なすすべがないのかだらんと両腕をさげ下を向いている。
そんな生存者ににじり寄る大量のゾンビ。
……あぁもう駄目だ。
我慢の、限界だ。
「おいクレア!!」
「なななななんだ椛!? ほ、他に何かあったのか!?」
「高希を止めろ!!」
椛の声が聞こえる。
「はぁ!? なんで!?」
クレアは椛の言う言葉の意味が分からなかったのか疑問の声をあげた。
まぁそりゃいきなりそんなことを言われたらクレアじゃなくてもそんな反応になるよな。
横目で俺は椛を見る。
椛はこちらに走り出していた。
流石は椛だ。
この状況で俺がどんな行動をとるか分かったんだな。
伊達に友達はやっていないってことか。
だが少し遅かったな。
俺は、すでに炎の壁に向かって駆けだしていた。
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