1章-3 救出

男の怒り

「……ちくしょう……」


 車が燃える匂いと死臭があたりに充満する中、顔から白いガスマスクが外れかけた男が壁を背に座りこみながらうめいた。


 その男、『デイブ』はつい先ほど暴走する車に勢いよく跳ねられた。


 普通なら即死の可能性すらある事故だが、デイブは着ていた防護服と跳ねられる瞬間に近くにいた仲間をクッションにするというとっさの判断で幸い死にはしなかった。


 しかし、命は助かった代わりに左足のすねが思い切り折れてしまっている。


 デイブの前方には車が3台重なり合い、そこからは炎が勢いよく立上っている。


 左右ではデイブから漂う血の匂いに魅かれ死臭の原因である生ける屍がゆっくりと、だが確実にデイブをめがけて近付いてきていた。


 その数は普段のデイブであるなら脅威にはならない数ではあったが、今は左足のすねから先を無くしてしまっている。


 痛みで動く事もままならない。そんな状態で対処は不可能だ。



 ――――――ちくしょう。


 ちくしょうちくしょうちくしょうちくしょうちくしょう!!


 なんでだよなんなんだよふざけんなよ最悪だ何故俺がこんなめにあわなきゃならない!?



 デイブは激昂するが、自身の口から出てくるのは怒号ではなく先程と同じようなうめき声だけだ。


 それがさらにデイブをイラつかせる。



 ――そうだ。大体、最初から俺には不向きな仕事だったのだ。



 そしてデイブの怒りは別の方向へと燃え上がる。



 思えば子供や生存者を守りながらの戦闘なんてガラじゃないのだ。


 だからあの生意気な子供……『ジュリア』の命令を聞いた時から嫌な予感はしていたんだ……!!


 脳裏に校長室にいる金髪の少女の姿がよぎる。


『人類最終永続機関』は確かにこの事態を、この終わった世界が近々訪れる事を予測していた。


 そしてそうなってもいいようにと『対策』もしっかりしていた。


 このゾンビがはびこる世界で『人類最終永続機関』の研究者が生き残るには『武力』が必要だ。


 その『武力』として俺達『カール傭兵団』が雇われた。


 雇われた。


 あぁ雇われたさ!!


 金も沢山もらった!

 武器も提供された!

 俺達の飯の面倒も見て貰った!!


 だけど本当に世界が終わった状況になって、『人類最終永続機関』を守る『仕事』をする意味はあるのか!?


 隊長も含め、先輩達はほとんど化け物になった!!


 だから『戦場を体験した事がある』という理由だけで半人前もいいとこの俺が『副隊長』なんて重役を任される羽目になったんだ!


 俺は確かにそんじょそこらの奴らには負けないし、根性だってあるつもりだ。


 作戦はしっかり遂行したいという思いもある。


 だが金は意味をなさなくなったし、武器も飯もいつかは尽きる。


 そんな状況でわざわざ危険を冒してまで他人を助ける作戦なんて元から俺は反対だったんだ!


『人類最終永続機関』は雇い主だった。


 だが世界が終わった今、『武力』を持った俺達の方が『人類最終永続機関』よりも立場は上のはずだろ!?


 あんなガキの言う作戦なんざ無視すりゃよかったんだ!


 それなのに俺以外の生き残った奴らときたら、『隊長の意思』だとか『恩がある』だとか抜かしてバカみたいに『人類最終永続機関』の言うことに従いやがって!


 死んだ隊長の意思がなんになる!?

 恩の為にお前らは死ぬってのか!?


 理解が出来ない!


 俺1人じゃこの世界は生きていけないから仕方なく周りのバカどもに合わせて『人類最終永続機関』に世界が終わった今も協力していた。


 だがもういい加減うんざりだ!


 泣き叫ぶ何人ものガキの世話!

 『人類最終永続機関』の奴らからの訳がわからない命令!

 さらには助けに来たってのに喚きだす生存者!


 極めつけはこの状況だ!!


 足は動かねぇし、俺の血の匂いに集りだした化け物ども!!


 クソクソクソクソクソクソクソクソクソ!!


 最悪だ!


 あぁちくしょう死にたくない! 死にたくない!! 死んでたまるか!! 死んでたまるかってんだ!! 死ぬために今までいけすかない『人類最終永続機関』の言うことを聞いてきた訳じゃねぇんだよ!!


 動け! 動いてくれ!! 動けってんだよ俺の体だろ言う事聞けや!! 死にたくないんだよ! 化け物に食われながら死ぬのなんて、そんな死に方受け入れられるか!!



 デイブは怒る。


 その果てしない怒りはいつの間にか思考から痛みを忘れさせ、ついに身体は震えながらも動きだす。


 彼は、動かないはずの身体を怒りの力だけで動かしだしたのだ。


 デイブはまず、近くに転がっていた一緒に轢かれた仲間の死体が背負っているバックに手を伸ばす。


 バックの中には幾本か折れ曲がった特殊棍棒と、見るからに厳重な作りをした小さな箱が沢山あった。



 この中にあるはずだ。

 持ってきているはずだ。

 無事なはずだ。

 壊れてないはずだ!!


 頼む頼む頼む……!!



 デイブは願い、とうとうバックの奥に目当てのものを見付けた。


 すぐに『それ』を取り出し、覚束ないながらも手慣れた手つきで操り壊れてないことを確かめる。


 そして、もう目と鼻の先にいるゾンビの顔に『それ』を構えた。


「俺からの……プレゼントだ……クソ野郎共……!」


 デイブは最後まで自分の運命に、世界に怒りながら、少しでも生きる時間をのばすため『銃』の引き金を引いた。

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