2 とある少女の考え方

「本当にお前らが俺らを助けてくれんのか?」


 公園のベンチに座りながら、私の目の前にいる無精ひげを生やした男がいぶかしげにそう言った。


 口調や表情からビシバシとこちらを警戒しているという雰囲気が伝わってくる。


「はい。私達は無事な人を学校へ避難誘導しているところでして」


 そんな警戒心をあからさまに見せている相手に私の班にいる白いガスマスクをした男が落ち着いた声でそれにこたえた。


 現在、白いガスマスクが3人と学生2人の5人からなる私達『1班』は住宅街の近くにある公園にいる。


 他の生徒や白いガスマスク達は私の班と同じような『生存者を探す班』やそれと別の目的、例えば『食糧を確保する班』や『日用品の確保をする班』等に分かれて別々に行動をしているので近くにはいない。


 私達がいる公園の大きさは野球のキャッチボールがギリギリ出来るかできないかくらいの広さで、遊具はブランコとひときわ大きな滑り台がある程度だ。


 そしてこの公園の中心には変なオブジェクトが置いてあり、その上の方に時計がくっつけられている。


 明らかに公園で遊ぶには邪魔な所に置いてあるし、何をモチーフにされたオブジェクトなのかまったくわからないのでついついそれを見てしまう。


 そんな奇怪なオブジェクトにくっつけられている時計の針は14時を少しだけ過ぎていた。


 私達が学校を出たのが10時なので、かれこれここに来るまでに4時間もかかったことになる。


 本来なら1時間やそこらで来れるような距離なのだけど、生存者を探しつつゾンビを処理しながらだったので思った以上に時間がかかってしまっていたみたいね。


 因みにここまで来る間に生存者は1人も発見できず、諦めムード漂う中で小休止の為にたまたま入ったこの公園で運よくゾンビから身を隠していた4人の生存者に出会った。


 生存者を発見したとき、私は正直驚いた。


 まさかゾンビが発生して1日以上が経過しているにもかかわらず4人もの人間が無傷でこうして生きているとは思わなかった。


 生存者の探索など時間の無駄だと思っていたけど、案外人間はしぶといのかもしれない。


「なるほど。避難場所はこの公園ではなく近くの高校だったのですか……。分かりました。あなた達についていきます」


 そのしぶとい4人の生存者の内、メガネをかけた優男が救助に来た私達を見て安心したのかそう言い少しだけ笑う。


「良かったね美喜! 私達助かるのよ!」


「うん! ……梨香……私、安心したからかしら? 今になって足が震えてきちゃった……」


「あっ、本当だ震えてる!!」


 その男の後ろでは、制服を着たポニーテールの少女とツインテールの少女が笑い合っているのが見える。


 あの制服は確か近くの中学校の制服だった気がする。


 ゾンビがはびこる今の状態で中学校が機能しているとは思えないし、着ている制服が所々汚れているということはこの2人は中学校でゾンビの襲撃にあい、そのまま家に帰れず少なくとも1日以上はゾンビから逃げ回っていたのだろう。


 そうじゃないと動きにくい制服をゾンビが現れて2日目の今でも来ている理由に説明がつかない。


「その高校には俺らのような『正常な人間』しかいないんだよな?」


 私が女子中学生2人を観察していると、先程の警戒心全開の無精ひげの男がそんなことを言った。


 私は一瞬ドキリとするが、すぐに『正常な人間』とはゾンビではない人間達の事だろうと気づく。


 まさかこの男が私達が持つ『副作用』の事を知っているはず無いよね……。


「大丈夫です。あなたの言う『正常な人間』しかそこにはいません。勿論、『異常な人間』が入ってこないよう24時間常に私達が警戒しております」


「『異常な人間』の事、あんたらは何か知ってんのか? というか、あんたらなんなんだよ? 警察や自衛隊じゃぁねぇよな? 少し、いやかなり怪しいぞ」


 確かに、白いガスマスクをした男性3人と女子高生2人という組み合わせは怪しいと私でも思う。


 白いガスマスクをしてる男が3人ってだけで警察から声をかけられるレベルで怪しいというのに、そこに女子高生という要素が加わることによりさらに犯罪臭が加算されてしまっている。


「詳しい説明は安全な場所で改めてお話し致します。今は一刻も早くここから避難しましょう。私達についてきて下さい。あとこれをどうぞ」


 白いガスマスクは早口でそう言い、背負っていたカバンから黒色をしたガスマスクを取り出し4人に渡した。


 間違ってもこれをどうぞと気さくに渡すようなものではないと思うのだけど……。


「……あの、大丈夫ですかこのガスマスク? それに聞きそびれていたのですが、あなた達はなんでガスマスクつけているのですか?」


 ほら。ただでさえ無精ひげの男がこっちを警戒していたのに、ガスマスクを渡したことにより私達に協力的だったメガネの人も怪しい人を見る目で私達を警戒しだしちゃったじゃない。


「ガスマスクのことも後でまとめてお話しを致します。今はとにかくガスマスクをしてください」


 いやどんだけガスマスクつけさせたいのよあんた。


 確かにこんな所でモタモタしていたらいつゾンビに襲われるか分かったものじゃないし、私としても早く安全な学校に戻りたいけど状況を考えてみなさいよ。


 いきなり救助しに来ましたと白いガスマスクをした集団が現れて、殆ど説明もなしにガスマスクを渡してくるのよ?


 めちゃくちゃ怖いじゃないそれ。誰がそんなガスマスク受け取るって言うのよ。


「分かりました。つけましょう」


 優男が何のためらいもなくそう言ってガスマスクをつけた。


 マジかこの男。


「あの、私ガスマスクの付け方が分からないんですが……」


「あ、私も分かりません!」


 後ろにいた女子中学生2人はガスマスクを初めて見るのか、手でもてあそんでいる。


 ……なんだかこの人達、ゾンビがいる世界で一夜を越えたにしてはなんだか緊張感がないな。


 それとも、ゾンビは実はそんなにたいしたものではないのかも?


「……なぁ。そこのガキ2人はガスマスクをつけなくていいのか?」


 ガキと言いながら私を無造作に指さす無精ひげの男。


「彼女達は特別ですので」


「特別? 俺らのように保護したって訳じゃないのか? そういや、なんか警棒みたいなの持ってるがなんなんだ? 服もなんかダセェし」


 どうやら無精ひげの男は私達も白いガスマスク達に保護された一般人だと思っていたみたいだ。


 それとどうでもいいことだがあまり服の事は言わないでほしい。


 私も凄くダサいと思うし、着心地も最悪なんだこの防護服。


 あとで私の副作用に合わせた防護服を支給してくれるらしいけど、多分それもダサいんだろうなぁ……。


「彼女達は私達と共に無事な人を誘導してくれているのですよ」


「はぁ!?」


 白いガスマスクの説明に無精ひげの男は何故か目を見開き、改めて私達の方を向く。


「こんな線の細いクソガキがか!?」


 さっきから私に対して失礼すぎないこの人?


「え、えぇ。そうですよ。」


 相対する白いガスマスクも表情こそ見えないが、いきなりのクソガキ宣言に面喰っているようだ。


「こんな女のガキが何の役に立つんだよ!?」


 さらに続く言葉に私はどん引きだ。

 ここまで言う男とか怒りよりも先に引く。


「おいテメェ。あまり大きな声をあげるんじゃねぇよ」


 そこに今迄黙っていた1班のリーダーである体格の良い男、デイブが声をかける。


 その声は何故か不機嫌そうで今にも手を出しそうな雰囲気を纏っている。


「お前らほんとに状況が分かってんのか!? ふざけてこんなの連れてんじゃねぇよな!? 女のガキがこんな危険な状況で誘導とか出来る訳ねぇだろ!?」


 だが無精ひげの男はデイブを無視して喚き散らす。


 あれ? 今もしかして私、こんなのって言われた?


「あの、田中さんちょっと言いすぎでは……」


「三浦さんもおかしいと思うよな!?」


「そうですね。私もそう思います」


 貰ったガスマスクを早速つけた優男が遠慮がちに無精ひげの男に声をかけるが、勢いに負け無精ひげに合わせて来た。


 まるでクラスにいた時の私を見てるようだな。


「あなたの言う事も分かりますが、こちらにも事情が」


「どんな事情がありゃあちこちで暴動が起きて人がそこらで倒れてる場所の避難誘導を女のガキに任せるんだおい!? お前ら頭大丈夫か!? なんでこいつらは学校に避難させてやらないんだ!?」


「だから大声をだすなって言ってんだろ! ぶっ殺すぞ!」


「ちょ、デイブさん!?」


「あぁん!? なんだてめぇやんのか! タッパがあるからって調子乗んなよ!!」


「た、田中さん落ち着いて!!」


 無精ひげの男とデイブが怒鳴り合い、お互いが後ろにいる優男と白いガスマスクに羽交い締めにされる。


 無精ひげの後ろにいた中学生の2人組はお互い寄り添い合い、いきなり喧嘩をしだした男達に怯え震えていた。


 なんでこうやってすぐ周りの状況も考えないで喧嘩するのかしら。

 ただただ皆の迷惑でしかないわ。


「すみません『大友』さんに『椎名』さん。少し公園の入り口でゾンビが来ないか警戒をしていてくれませんか?」


 残っていたもう一人のガスマスクはこんな状況でも落ち着きながら私達に言う。


「わかりました」


 確かにこの状況じゃ私達にはどうする事も出来ないし、ゾンビがこの騒ぎを聞きつけて現れるかもしれないものね。


 私はそそくさとその場から離れる。


「は、はい……」


 今迄後ろの方に隠れるようにして立っていた椎名と呼ばれるもう一人の女子高生も消え入りそうな声で返事をし、私の後をおずおずとついてくる。


 公園の入り口についた私と椎名さんはそのまま数分、黙ってあたりを見回しゾンビがいないか警戒する。


 幸いなことにゾンビは遠くにボーッと立っているのが何体か見えるくらいだった。


 公園の中に視線をチラリと向ける。

 ここからでは声はあまり聞こえて来ないが、無精ひげとデイブはまだ何か言い合っているようだ。


 なんであんなに他人に気持ちをぶつける事が出来るんだろう? 

 疲れたりとか、しないのかな?


「あの……大友さん……」


 自分とは違う生き物を観察している気持ちで言い合う2人を眺めていると、横から椎名さんに声をかけられた。


「なんですか?」


 私は元クラスメイトの椎名さんに視線を移す。


椎名しいな静江しずえ』。

 クラスで容姿は中の上。

 確か美術部所属でよく友人3人と一緒にいた。

 一人の時は基本ノートに絵とか書いていて、私とは確か……、……あぁ。私から最初に『可愛い絵だね』って話しかけたんだっけか。


 そこからは、まぁ優先順位が上の人がいない時に少し話しかけていたくらいかな?


「あの、その、大変なことになっちゃったね……」


「まぁ、そうだね。あの田中って人、わざわざ『女の』って言うとか男女差別主義者なのかもね」


「あ、うん……。確かに今のも大変だけど……」


「? どうしたの?」


 てっきり、今の『無精ひげの男とデイブが言い合いをしてる今の状況』が大変ってことかと思ったんだけどどうやら違うみたいだ。


「なんか、『あの日』からガラって変わっちゃったよね」


「『あの日』……」


 私達のような生き残った生徒の間で呼ばれる『あの日』とは学校が白いガスマスク達に占拠された日の事を指す。



 そして、私の今迄築いてきた『誰とでも仲良く、誰にでも優しく、友達思いのノリの良い奴』という学校での立場が無駄になった日でもある。



「あぁごめんなさい! 嫌なこと思い出させちゃったね……。そのね、そんな、悲しい顔させたくて言った訳じゃなくてね……?」


 苦労して獲得した地位が、こんな予測不可能な事で跡形もなくなくなったという事実を思い出し徒労感ににた何かを感じていたら椎名さんに心配されてしまったようだ。


 どうやら顔に出ていたらしい。


 私は大丈夫だよと伝えるため故意に笑顔を作る。


 その笑顔を見た椎名さんはぎこちなく私に笑顔を返してくれた。


 ……駄目だなぁ。

 前は本当の顔を他人の前に出すなんて失態はしなかったのに……。

 やっぱり実感はあまりないけど、あの日から私は少し気持ちが不安定なのかもしれない。


 うまく感情の操作と自分がどう見られているかの客観視が出来ていないように感じる。


「ううん。私は大丈夫だよ。『あの人』に助けられてなんとか今こうして生きてるからね」


 とりあえずこちらから話題を振る。


 このまま椎名さんのぎこちない笑みを見ながら時間を潰すよりかは楽しくお話しをして絆を深めた方が良いだろうしね。


「そ、そうだね……。『あの人』、かっこよかったね」


「そうだね」


「…………」


「…………」


 お話し終わっちゃったよ……。


 まいったな。

 椎名さんはあんまり仲良くしなくても良い人間だと判断していたから椎名さん用の話題を用意していなかった。


「……好きになったりとか……した?」


「へっ?」


 天気の話題・前に椎名さんが読んでいた本の事・絵を描く時のテクニック・学校はどうか・家族の事・友人の事・ガスマスク達の事……。

 なにか無難で会話が続きそうな話題はないかと考えていると意外なことに椎名さんから話題を振ってきた。


 学校では常に『待ち』の姿勢の子だったのに……。


 そういえば、さっきもこの子の方から声掛けて来てたよね。

 知り合いが今は私しかいないから積極的に私と仲良くなろうとしてるのかな?


「あっ、いきなりごめんなさい!」


「謝らなくて大丈夫だよ椎名さん。それでえっと、なんだっけ?」


 とにかく、椎名さんから声をかけてくれたのなら楽だ。


 私はただふられた話題に乗っかればいいだけなのだから。


 よくきこえなかったけど、あっちから振ってきた話題ならしっかり返しておけば間違いはないはず。


 大丈夫。大抵ならうまく返せる自信があるもの。


「あの、そのね……。よく私が読んでる本ではね、こう、ヒロインのピンチに颯爽とかけつけて、助けてくれるヒーローによくヒロインが恋をするんだ! だから、大友さんはあの助けてくれた人を好きになったかなー……とか、思って、みたり……しました……はい……」


 あ、これ駄目な話題になる流れだ。


「あ、ほ、ほかにはね!? ヒーローに頭を撫でられただけとか、ヒーローを一目見ただけでとか、嫌いな牛乳を代わりに飲んでもらっただけで恋するヒロインもいるんだけど、それはチョロインって言われてたり」


「ごめんね椎名さん。私、『好き』とか少しよくわからないんだ……」


「あっ。そ、そうだよね。ご、ごめんなさい……」


 私が一番苦手な話題だったので即話しを打ち切った。


 あーもう運が悪い!

 よりによって話題が『恋や愛』関係なんて!

『恋や愛』の話題だけはほんとに無理なんだ。皆が何を思っているか。何故そう思ってるか。


 そんなの全然理解が出来ない!


 ……私には『愛情』と『友情』の違いがよくわからない。


 よく男が、たまに女性もだが私に告白してくる。


 そのたびに何故好きなのか、私と何がしたいのかとか聞いたりはするけど、大抵は一緒にいると楽しくてずっと一緒にいたいからとか、一緒に出かけたり遊んでみたいって言う。

 あなたの特別になりたいとかもあったなぁ。


 でも私はその気持ちは『愛情』じゃなく『友情』でも成立すると思う。


 一緒にいたいって気持ちは友達でも普通に感じるし、一緒に遊んだりとかも別に恋人にならなくても出来るじゃん。


 特別になりたいって、もう『友達』の時点で特別じゃないの?


 もし『普通の友達』じゃなく『上位の友達』になりたいなら私に何かメリットを示してほしい。

 それとも、メリットがなくても良いのが『愛情』なの?

 でもそれだと『愛情』を持つ人が損するだけだし……。


 ……椎名さんから見たら私の『あの日』の立場は小説とかだとヒロインだったのかな?


 確かに命を奪われるという瞬間、私はあの人に助けられた。


 恩は感じてる。

 でもこの『恩』ははたして『愛』に転じるものなのかな……?


 この『恩』は返さないといけないという思いはある。

 でもこの思いは私の純粋な『愛情』からなのか、ただの返さなければならないという『義務感』からなのか。


 そもそも、違いはどこなのか?


 頭が痛くなってきた。

 こんがらがってきた。


「大友さん。椎名さん。準備が出来ましたので、今から学校に戻りますよ」


 そして私が私自身の考えに息苦しさを感じ始めた時、丁度良く白いガスマスクが声をかけて来た。


 いつの間にか無精ひげの男とデイブの言い合いは終わっていたらしい。


 見るとデイブともう一人のガスマスク、そして4人の生存者はこちらに歩いてきていた。


 どうやら私達のいる公園の出入り口からこのまま外に出るみたい。


「分かりました」


「……………」


「……? どうしたの椎名さん?」


 私は先に来てそれを伝えてくれたガスマスクに返事をする。

 しかし、隣にいる椎名さんは返事をしなかった。


 それを不思議に思い椎名さんを見ると、椎名さんは黙ってある方向を凝視し続けていた。


 不意にカチカチと小さく音が聞こだす。


 椎名さんが歯を鳴らしているのだ。


 そしてだんだんと椎名さんの身体は小刻みに震えだし、顔からは血の気がなくなっていく。


「椎名さん……? どうしたの?」


 ただ事ではない。

 私は椎名さんの名前を呼び肩を掴む。


 なんだかわからないけど、嫌な予感がする。


「おい。どうしたんだ?」


「それが、私にもよくわかりません……」


 デイブも椎名さんの異変に気付いたのか私達に駆け寄り、先にいた白いガスマスクに話しを聞く。


「あ、あ……そこにいる、人……」


 その時小さく、本当に小さく椎名さんはそう呟いた。


「人?」


 私は椎名さんの視線を追う。


 椎名さんの視る方向には確かに人影が何体かいた。


 その中から、服をどす黒い色に染め、右腕が取れかかっている人影がこちらに向かって歩いてくるのが見える。


 それは女性で生気がなく、口元には色々な肉が付着しているが、どのような人相かはなんとか把握できるゾンビだった。


 椎名さんはその『生前』の面影が残っている生きる屍、ゾンビを指さし呆然と言葉を吐く。


「あの人、私の」


「っ!! 見るんじゃない!!」


 デイブは何かに考えがいたったのか椎名さんの目をその大きな掌で覆う。





「私の、おかあ……さん?」





 だが、その行動は遅すぎたようだ。





「……お母さん? お母さんだよね? え、私の? 私のお母さん、おかあ……。…………嘘だ。ありえないありえない嫌だやだやだやだやだやだやだやだやだ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘!!」





 言葉が洪水のように椎名さんから溢れだす。

 今迄溜めていた不安やら恐怖やらが現実となってしまった事により決壊してしまったのだろう。


「おい大友! 落ち着かせろ!!」


「っ! 椎名さん! しっかりして!!」


「いやぁぁぁああああおかぁぁあさぁぁぁああああん!!!」


 デイブに名前を呼ばれ、私も椎名さんに声をかけるがあまりの絶望に私の声が届いていないようだ。


 そして椎名さんの甲高い叫びにゾンビ達が気づき、こちらに向かってくる。


「チクショウが!!」


「私のバックに特殊棍棒があります!」


「あぁ分かってる!!」


 デイブは椎名さんから手を離し、泣き叫び声が響く中で白いガスマスクの背負うバックに手を突っ込み特殊棍棒を取り出そうとする。


 だが、私は椎名さんの声の中に違う音が混じりだしたのを聞き逃さなかった。


「デイブ後ろ!!」


 私は叫び、近くにいた椎名さんを抱え道脇に跳ぶ。


 私の声、私の行動、そして『エンジン音』に気付いたデイブは咄嗟に後ろを振り向く。


「クソッなんて日だ!!!」




 デイブはそう叫び、カバンを背負っていた白いガスマスクと共に私の目の前で車にひかれた。

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