1章-閑話 少女と終わった世界
1 生き延びた少女
「今日は昨日の夜に伝えたように『外』へ生存者の探索に向かう」
朝10時ぴったりに昇降口に集められた私達は、目の前にいる白いガスマスク達の中でもひときわ体格の良い男にそう言われた。
集められたのは私を含め14人で、他の生徒は『ある3人』を除いて学校裏や体育館・プールに向かったようだ。
「本当に俺達が『外』に向かうのか……?」
男子生徒の一人が声を震わせながら言う。
外にはゾンビや『未確認危険生物』と呼ばれる変な生き物がいるらしい。
声が震えてしまうのも無理はないと思う。
「そうだぞ。それと、間違っても俺達から逃げようとなんざするなよ? もし逃げ出そうとしたら、俺達はお前達をどんなことをしてでも連れ戻せと上から言われてるんでね」
男は手に持っていた特殊棍棒と言われる物を肩に担ぎ言う。
まるで私たちが絶対逃げ出すと決めつけてるかの言いようだ。
「脅さないで下さい。言われなくても私達は学校から、安全地帯からわざわざ逃げませんよ」
私はその態度が気に入らず、つい口を出してしまった。
「ほぉ。どうやら平和ボケしたもやしみたいな奴しかいないと思っていたが、そこの女みたいに度胸がある奴も中にはいるみたいだな?」
体格の良い男が私を見ながら言う。
……駄目だな。目をつけられちゃった。
以前の私ならこんなのスルー出来たのに、やっぱりあの教室で私を殺そうとしたガスマスク達には嫌悪感が隠せないのかも。
「だが、全員がお前みたいに度胸がすわっているって訳じゃないし、賢い訳でもない」
男はガスマスクで表情は分からないが、声に少しの笑いが含まれているのを感じた。
むかつく。
「いいかお前ら! お前らの中には家に帰り家族に会おうとする奴がいるだろうが、今は遠くにいる身内じゃなく近くにいる他人を助ける時間だ! 勝手な行動・疑われるような行動は慎め! いいな!!」
男は大声を上げ私達に忠告をする。
そんな無駄に大声あげなくても聞こえるのに。
大声をあげられ、集まった生徒の大半はビクビクとしながら黙って男の話しを聞いている。
多分こうやってわざとらしく怒鳴るのは、私達を怖がらせて言うことを聞かせるためでもあるんだと思う。
「あ、あのぉ……」
私が体格の良い男を睨んでいると、隣にいた女子生徒がおずおずと声を出した。
「なんだ? 質問があるならはっきり言え」
「あの、あ、……す、すみません……」
だが男の高圧的な対応に女子生徒の声はだんだんとかぼそくなっていく。
「謝られたってこっちが困る。言いたい事があったんじゃないのか? おい?」
それが気に食わなかったのか、男は場所を移動し女子生徒の目の前に立つ。
ただでさえおどおどとしてる子なのに、そんな態度で目の前に立たれたらそれこそ何も言えなくなっちゃうじゃないの。
「この子の家は学校から近いんです」
隣の女子生徒、元クラスメイトだった女の子の言いたかったことを予想して私はピシャリと男に言った。
それを見て、女の子が私に小さく有難うと呟くのが聞こえた。
別にこの女の子が可愛そうだとかじゃなくて、この体格が良い男の態度が気に入らなくて言ったような言葉だっただけにそのお礼の言葉はなんとなく煩わしかった。
「……ほぉ?」
男は女子生徒から視線を外し、再び私に顔を向ける。
あまり目立つのもよくないけど、一度声に出しちゃったのだし仕方ないわよね。
私は当たって砕けろというか、半ば諦めながら話しをする為に口を開いた。
「優先するのは遠くにいる身内より近くにいる他人なんですよね? なら、近くにいる身内はどうなんですか?」
「言うじゃねぇか? 調子乗ってんのか?」
男はそう言い私の目の前に立った。
自分よりもはるかに大きい、右手に棍棒を握りしめる筋肉質な身体を持つ男が見降ろしてくる。
敵意は感じないけど至近距離で見降ろしてくる男の視線に内心少しビクつくが、虚勢を張り男を見返す。
こんな視線ごときで怖気づいてたまるもんか。
私をあの教室で助けてくれた人はこれよりももっと酷く、怖い状況で踏みだしてくれたんだ。
私だって、これくらい……!
私は男を見上げる。
そして決して屈さないという意思を持ってガスマスクの奥にある目を強く睨んだ。
数分間男と私は視線をぶつけ合う。
私と男はおろか他の生徒や男の後ろに控えている何人かのガスマスク達もその間は何も言わず、なにもしなかった。
「……豪胆だな」
いつまでもこの状態が続くんじゃないかと思いだしたころ、男は目の前にいる私にしか聞こえない声量でそう呟く。
「え?」
「よし! 言いたいことは分かった。おいお前!!」
私が聞き返す前に男は再び隣にいる女の子に声をかけた。
「は、はいっ!」
「おどおどしてんじゃねぇぞ? お前みたいなのが一番使えねぇ。最初に質問しようとして話しかけたのはお前だろ? なにこいつに代わりに質問させてんだ?」
「す、すみません……」
「すみませんじゃねぇんだよ。謝ってるけどお前本当に分かってるのか? おい」
女の子はドスの利いたその声にとうとう何も言えなくなり、下を向いてしまう。
それから女の子から鼻をすする音が聞こえだしてきた。
「デイブさん。時間が……」
ガスマスクの一人がおずおずと体格の良い男に話しかける。
「あぁ分かってる! いいかお前! 『外』ではいつでも誰かがこいつみたいにフォローしてくれる訳じゃないんだからな!」
「は、はいぃ……」
女子生徒はほとんど泣き声でそう返事をした。
「ったくよぉ……」
デイブと呼ばれた体格の良い男は顔に――正確にはガスマスクにだが――手を当て困ったかのような声を出した。
その仕草があまりにも自然で、私には本当に困っているかのように見えた。
「……あーそれでだ。話しがそれたが、これから俺達は『外』に向かう。班は今ここに1班・3班・5班・7班・9班・11班・13班がいる。まずは『外』に出たら班ごとに分かれ探索を開始する。敵、『ゾンビ』が現れたら出来るだけお前らに対処させるからな。殺すのが嫌だとか綺麗事抜かすのはやめてくれよ? これはお前らにできるだけ早くこの世界を慣れて貰う為なんだからな。あぁそうだ、対処する際は各自に渡された特殊棍棒を使え。『副作用』を使ってもいいが、使う時は必ず俺らに許可を得てから使うんだ。分かったな?」
分かったな? とは聞いて来るが、反論を許さない雰囲気だ。
「それじゃ、時間がもったいねぇしいくぞ」
そしてデイブは校門に向かう。
「なに止まってんだ早く行くぞ! びびってんのかお前ら!?」
それでも中々歩きださない私達を見てデイブはまた声を荒げる。
「び、ビビるにきまってんだろ……。『外』にはゾンビが……」
生徒の内誰かが小さな声で言う。
他の生徒も声には出さないが、皆同じ気持ちのようでその場から動こうとしていない。
「ゾンビがどうしたって!? お前ら全員、昨日のうちに少なくとも何体かはゾンビを殺すか殺すところを見たりしたんだろ? 今更怖くて動けないとかぬかしてんじゃねぇよ! おい! お前らも早くそいつらを動かせ!!」
デイブは仲間であるはずのガスマスク達にも怒鳴る。
ガスマスク達はそれで初めて私達を昇降口から外に出そうと慌てて動き出した。
ガスマスク達に半ば無理やり生徒たちが昇降口から追い出されるなか、私はかまわず自分で歩き出す。
デイブの言う通り、私達は昨日のうちにゾンビを何体か殺している。
昨日、ゾンビが発生するなりどこかの性別不明サイコパスがゾンビを数体わざと校内に入れ、私達にぶっつけ本番だとのたまい殺させたのだ。
私も1体、ゾンビを燃やし殺した。
そのせいで昨日はよく眠れなかったな……。
私はゾンビを殺した掌を隠すように拳を握る。
「おいお前」
そんな時にデイブが棍棒で私の横腹をつつき声をかけて来た。
「なんですか。つっつかないでください。セクハラで訴えますよ」
「フン。この状況で俺にその態度とは将来有望だな」
「こんな就職先が消え去った世界で将来有望と言われても嬉しくないです」
「それは同感だ」
「それで、なんですか? ただ私にセクハラをしに来ただけですか?」
「それもあるんだが……。お前、さっきの奴と同じ班だよな?」
デイブは先程自分が泣かせた女子生徒にチラリと視線を向ける。
「そうですけど?」
「あいつ、ここから家が近いんだよな?」
「まぁ割とですが」
私は自慢ではないが顔は広い方だ。
それがクラスメイトだったら誰がどこに住んでいるのかくらいまで把握している。
「そうか」
デイブは声に落胆の色をにじませる。
その声の調子に私は先程の怒鳴っていた姿はやはり私達を脅すための演技だったようだと確信する。
「さっきからなんなんですか?」
「……お前、こうなる前からあいつの友達か?」
私の質問を無視してデイブは質問してくる。
『こうなる前』というのはゾンビが現れる前の事かな?
「友達ですよ」
だったら私は自信を持って友達だと言える。
「なら、あいつの心が折れそうになったら支える役目は頼んだぞ」
「はぁ?」
「いやいやお前……。そんな顔をするなよな。真剣に頼んでんだよこっちは」
デイブは私の全力で嫌そうな顔を見て若干引きながら言う。
「分かりましたよ。善処するわ」
デイブの反応にまた少しむかつきながらもその申し出にはちゃんと答えた。
というか、答えないと色々と面倒そうだしね。
「助かるぜ。俺たちじゃ、そういう心のケアってのは無理だからな。頼んだぞ……。……あー。お前、名前なんていうんだ?」
デイブは意外にも申し訳なさそうに私の名前を聞いてきた。
確かにそろそろお前呼びにも嫌気がしてきていたところだし、私は自己紹介をした。
「2年7組だった『大友(おおとも)愛理(あいり)』です」
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