1 「方向性」
「案外、綺麗で物静かなんですね」
「私の事か?」
「違う。『クレア』のことじゃなく学校の周りがだ」
俺は椛と『クレア』――『赤髪』の名前だ。学校から出る時に教えて貰った――の3人で外に出た。因みに服装は学ランからさっき渡された着心地の悪いジャージのようなものに着替えている。荷物は特になく、クレアが少し大きめのかばんを背負ってるくらいだ。
学校近辺は俺が思っていたような、道が死体や血で敷きつめられ足の踏み場がないような状況ではなくいつも通りの通学路だった。
いや、もしかしたら俺の登校時の記憶よりも道は綺麗かもしれない。
気になるとしたら匂いくらいで、風に乗って鉄のような匂いや嗅いだ事のない不快感を感じる匂いが時よりする。
「それはそうだろう。ここらは出来るだけ綺麗にしてある。それに、静かなのは先行隊のうちいくつかは4時間ほど前にここを通っているからだろう。その時にゾンビや未確認危険生物は駆除されているはずだ」
クレアはそう言いながらよほど周りに何もいないのを確信しているのかスタスタと歩く。
背が高いからか、歩幅の広いクレアのスピードに追いつくため俺は少し足を早める。
……思えばクレアってスタイルいいよなぁ。
引き締まってる身体って言えばいいのか?
服の上からでも無駄な肉とか一切ついてないんだろうなってのが分かるモデルみたいな身体だ。
「高希。ずっと私を見てるが何か言いたい事があるなら言葉で言ってくれ。私には視線や仕草だけでなにが言いたいかを察する事は出来ないからな」
ビクリと身体が震える。
クレアは一度も振り返ったりしてないのに、なんで後ろにいる俺が見ていた事に気付いたんだ?
「え、あー。そのだな。道を綺麗にしてあるって、わざわざ掃除でもしたのか?」
まさか『クレアは良い身体してんなーと思ってた』なんてセクハラ発言ができるわけもないので、少し気になったことを代わりに聞いてみた。
「あぁそうだぞ。汚いと何が湧くか分からんだろ?」
クレアは歩調を緩め俺の横に立ち、俺に顔を向け薄く笑った。
その笑顔は、普段の口調からは考えられない艶めかしい雰囲気を纏っていた。
あっ、これ教科書で読んだことあるぞ!
ギャップ萌えってやつだ!
「え、えぇ。そうですね……」
思わず口調が丁寧語になってしまう。
「ところで、さっきまで学校の外なんか出たくないと叫んでいた奴が今はとても静かじゃないか?」
クレアは俺の横をぴったりと離れない椛を見て言う。
暑苦しいし気持ちが悪い。
「……カッ。うっせーよ。俺様はお前らに突然渡されたあの書類について考えるのに忙しいんだよ。それこそ、会話する時間も惜しいほどにな」
椛の言う書類とは、白いガスマスクをつけた白衣の人が慌てて持ってきたもののことだろう。
俺も渡されたが、その書類には俺のことが事細かく書かれたものだった。
椛のも同じような内容だったらしく、気味が悪ぃと不機嫌そうに言っていたのを覚えている。
「あれは学校を出る時にゆっくり読んでる暇はないって白衣の人に返したじゃんか。学校に帰ってからしっかり目を通すんだろ? ここでしかめっ面して考えていたって意味ないぞ」
そういう俺も気にはなっているが、クレアさんに「今はこの『副作用』のページだけ軽く目をとおしておきな」と言われ仕方なく書類全てを読むのを諦めた。
「高希は楽観的で、バカでいいよな」
「おや椛? 言い直した意味は?」
「いいか
目を細くしながら椛は不機嫌そうにそのへんにあった石を蹴飛ばす。
椛が物に当たるとは相当いらついている証拠だ。
椛は身体が脆弱なので物に当たると大体自分にダメージを負うのであまり物には当たらないのだ。
今も石が思ったよりも重かったらしく唸りながら石を蹴った足を痛そうにさすっている。
「確かに、パッと見でもわかるくらい結構細かく書かれてたよなあの書類。身体能力とかは前の体力テストとかを参考にしたのか? まぁでも俺の特技が『体当たり』ってのはあまり納得できないが……」
もしかしてあの教室で白いガスマスクたちに体当たりをしたのが根に持たれていたりするのだろうか?
「……お前達は大事な人類の生き残りだ。ならばこそ、お前達を深く理解する必要がある」
クレアが俺と椛の会話に歯切れが悪そうに言葉をはさむ。
「人類? おやおやぁ? 今、俺様達が人類の生き残りって言いましたぁ? お前達『人類最終永続機関』に勝手に身体をいじられ『副作用』なんてけったいなものが、人類だとありえない器官・特徴ができた俺様達を?」
椛がここぞとばかりに皮肉気にクレアに言う。
「おちつけよ椛。殴られるぞ」
「マジで? 殴られんの俺様? わかった黙るわ」
椛は俺の言葉に素直に従う。
「あれ? それだけで黙るの? 今椛は怒っていたんじゃないのか?」
椛の意外な素直さにクレアは驚く。
確かに先程の椛の雰囲気は怒っている人のものだったが、今のはただの演技である。
多分だがクレアの内に何かを感じ、それを引っ張り出そうと椛は怒っているふりをしたのだろう。
「ハンッ。クレアから俺様達に対する引け目を感じたからためしにからかっただけだ。おおかたクラスメイトを殺したことを気にしてるんだろ? まぁ確かにクラスメイトを殺しやがったのと勝手に俺様の完璧な身体をいじったのはブチギレもんだが、今さらクレアに言ったってどうにもならないことだって理解はしてるんだよ。だが許した訳じゃないんだからな? 勘違いするなよ?」
「つまり、クレアは椛にただやつあたりされただけだな」
「椛は
「カッ! 褒め言葉として受け取ってやるよ」
椛のいつもの軽口にクレアは苦い顔をしている。
……椛の言葉を否定しないって事は、俺達に引け目を感じてるのは図星なんだな。
紗希みたいに『殺す理由があったから殺した』って真顔で言うタイプだと思ってたけど、クレアは案外人間味があるのかもしれない。
「でだ。危険な学校の外に出たって言うのに椛はなんで書類の事を考えてたんだよ」
話しがひと段落した所をみはからい俺は椛に話しを振る。
椛が自分の考えに没頭するのはよく見るが、それでも臆病者な椛がこんないつ命の危険が発生するか分からない状況で周りを気にせず没頭するのは違和感がある。
そんなに書類に重要なことが書いてあったのか?
「書類と言うか、俺が考えていたのは『副作用』のことだ」
「あぁ、『副作用』ねぇ……」
『副作用』。
未だに実感というか、現実味が湧かない単語に俺は空返事をする。
「化け物も今は出て来ないみたいだし、丁度いいから少し質問するぞクレア。……高希。お前は自分の『副作用』のページになんて書いてあったよ」
「俺? あー、確か俺は
・≪ネームド≫ 役立たずな才能
・≪身体強化≫ レベル6
・能力を使う際は大人や事情を理解してる人が必ず近くにいる事を確認して、用法・容量を守って適切に使うこと。
ってのは書いてたはずだ。大きく赤文字で『バカだろうがなんだろうがこのページだけでも死ぬ気で覚えろ』って書いてたからなんとか4行だけ覚えた」
俺は書類に大きく赤文字で書かれていた自分の情報を口にする。
他にも何ページにもわたって細かに色々書かれていたのだが、小さい文字がびっしりと並んでいたり、いきなり文章中に謎の数式とかが出てきてたり、赤黄紫青緑などのカラフルなマーカーが沢山引かれたりしているのを見て読む気が一切なくなった。
あのマーカーを色分けして沢山引くのって何が大切なのか分かんなくなるよな。
あと文章中に数式がいきなり出てくるとビビるのは俺だけじゃないはず……。
「そうか4行だけか。高希にしては頑張ったな。……ん? 『役立たずな才能』って書かれてたのか?」
「やっぱそこ引っかかるよなぁ?」
すごく嫌な響きだよなぁ。これも赤文字で大きく書かれてたからなんか怖かったし。なんか俺悪いことしたのかなって気になった。
「引っかかるっていうかそれもう悪口じゃん。おいクレア、この≪ネームド≫とか≪身体強化≫っていったい何なんだ? ≪身体強化≫の方は字面でなんとなくわかるんだが……」
椛は頭を掻きながらクレアに質問する。
「≪身体強化≫とはその人の副作用の『方向性』の一種だな」
「「『方向性』?」」
椛と俺の声がハモった。
気持ち悪すぎて吐きそうだ。
「ようは副作用の『種類』だ。≪身体強化≫が方向性とされてる場合、一般人に比べ身体が頑丈だったり、体力が底知れなくなったり、腕力脚力などの力が上昇していたりだな」
「ほう? つまり、一概に≪身体強化≫と表記されていても全てが同じってわけじゃないんだな?」
「椛の言う通りだ。この≪身体強化≫みたいな大きなくくりの『方向性』は12種類に分けられ、更にその12種類に分けられたものからまた細かく分けられていくという感じだ」
……?
「……例えば『12種類の方向性』のうち ≪身体強化≫ ならそこから ≪身体強化≫ → <身体の皮膚強度上昇:小> や ≪身体強化≫ → ≪肺活量上昇:中>、 ≪身体強化≫ → <腕力・脚力上昇:大> となる。分かったか高希?」
どうやらクレアさんは俺の『ん? なんぞ?』と言う顔に気付いたのか分かりやすく教えてくれようとしてくれる。
要はゲームで言う『草』『水』『火』みたいな属性が12種類あるって話しか。
え? 違う?
「なるほどな。つまり、俺様と高希の副作用はその『12種類の大きな
「そうか? 俺には12種類は多いと思うが。」
12って2桁いってるじゃん。手の指の数じゃ足りないじゃん。
「そりゃお前にとったらそうだろうよ頭カラッポ野郎が。んで、≪ネームド≫ってのはなんなんだ? その『方向性』に含まれてんのか?」
確かに椛の言う通り≪ネームド≫が何なのかは結局よくわからないな。
……なんで俺は今罵倒されたんだ?
「≪ネームド≫は『方向性』には含まれない。薬によって現れた数ある副作用の中で、更に特異で強力な副作用には他と区別する為に個別で名前がつけられる。それが≪ネームド≫だ」
神妙な顔でクレアはそう説明する。
「え、じゃぁ俺の『役立たずな才能』ってのは案外凄いのか?」
役立たずってついてるけど割と凄いのか?
ステータスで希少価値なのか?
「そうだな。今の学校内で私が把握している≪ネームド≫は3人だけだ」
「学校に3人しかいなくて、その中の1人が俺!?」
俺は衝撃の事実に思わず声が上擦る。
なんか選ばれし者みたいでかっこいいな!
「あんま浮かれんなよ高希。いいか? 探索隊にいる生徒は33人らしいから、33人分の3は11人に1人だという計算になる。だから特に特別であるとは言えないからな? お前ごときがつけあがるんじゃねぇよ。身の程を知れ」
椛が盛り上がった俺のテンションに遠慮なく水をかける……。
なんなんこいつマジ腹立つわぁ……。
「というかおいクレア。お前さっき下駄箱前では俺様に副作用の事は便利な能力って事しか知らないぞみたいに言ってたのに随分詳しいじゃねぇか? えぇ?」
「そんな昔の事は忘れた」
「ふん。痴呆症でも患ってんのかよ。ところで、俺の書類に書いてあった≪ネー「椛。お話しはここまでみたいだぞ」
クレアは歩みをぴたりと止め、前を睨む。
「どうしたんだクレア?」
俺はそう聞きながらもクレアの様子から危険を感じ少しだけ腰を落とす。
「………」
「………」
「………」
そして、沈黙があたりを支配した。
こういう状況で屁とかしたらしばかれるのだろうか……?
「……来るよ。」
そんなしょうもないことを考えていると、クレアが短く言った。
そして、
「……ぁぁ」
なにか、声が
「……ぁぁ……ぁあぁ……ああ」
ズリズリと足を引きずるような音と共に
「ぁぁぁあああああぁあああああああ」
こちらに近付いてきた。
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