1章-2 終わった世界
『外』へ行く前に
校門を前にして、ついこの前に『
「あーもういやだ! 絶対にいやだ! いーやーだー!」
私達が占拠・殺戮・保護した学校の男子生徒である椛が全力で駄々をこねているのだ。
私の横に立つ椛の友人であるはずの高希も呆れたような顔をしてそれを眺めている。
私は『
任命された時、私は一度その役を断った。
高希と椛の2人にとって私は、クラスメイトを惨殺した憎き相手である。
言うことを聞くとは思えないし、私も居心地が悪い。
ジュリアは仕方がなかったことだとしっかり説明をしてくれると言ってくれたが、説明されたからと言って憎悪がなくなる物ではない。
私は、人間の思考とは理性が3割・感情が7割であると考えている。
……例外はいたが、その考えは未だに変わってはいない。
私のその考えをジュリアは肯定しながらも『心配しないで。策はもう打っているから』と言って聞く耳を持ってくれなかった。
ゾンビウィルスに重度感染してしまっていた先代の隊長や先輩達の遺言で隊長になっただけの私が言うのもなんだが、ジュリアはまだ人の上に立つには幼いと思ってしまう。
だから多少強引に詰め寄ってでも考えを変えてくれないかと頼もうとしたのだが、ジュリアの後ろにいたメイドのアーニャさんがものすごい形相で私を見ていたのでシブシブとジュリアの命令に素直に従うことにした。
確かに、感情を抜きにすれば私がこの2人を見ることは理にかなってはいたし……。
そして意を決して2人に直接会った。
結果的に言えば、友達の仇である私を目の前にしても高希と椛は怒りにまかせて襲いかかってくるなどはしてこなかった。
ジュリアの言っていた策が効果的だったのか、そもそも日本の学生はあまり感情的にはならないのかはわからないが、私が2人を行動不能にするという一番最悪な事態にならずにすんでよかった。
「なぁ椛……。お前ここまで、校門前まできてまだそれ言うのか? いい加減諦めろよ」
高希の声に私は自分の思考をいったんやめる。
いつの間にか椛は地面にあぐらをかき私を下から睨みつけていた。
「何言ってんだよ高希! 不平不満こそ高らかに叫ぶべきだ! そこらの『はい。イエス。わかりました』しか言えないモブと違って俺様の口は理不尽なことをしっかりおかしいと言えるようにできている! 言わないといつまでも自分のためにならないからなぁ! いいか俺様は絶対に外に出たくない! ここまで血生臭い匂い漂ってきてるもん! わかるだろ!? 外は絶対ろくでもないって! だってゾンビいるんだろ!? いくら噛まれてもゾンビ化しないと言っても普通に噛まれたら痛いし、俺様中学生女子の平均以下の身体能力だから1度でもゾンビに捕まったら多分逃げらんねぇぞ! つまり食い殺されるぞ!? いいのか!? お前らのせっかく出来たゾンビ化しない駒をみすみす殺して!? なぁ考え直せって! そもそも学校外の生き残り探すために生き残ったやつら全員で危険なところ行くのおかしいだろ! 何人かは安全な学校内にいざという時のため残しといた方がいいだろ!? 少し考えれば保険は残すべきだなってわかるだろ! バカなのかな? いーやバカだなバカばっかりだ! バーカバーカ!!」
すっごい喋るじゃんこの男子高校生……。
「見ていて恥ずかしいぞ椛。あとお前の身体能力は中学生女子の平均以下じゃなく小学生女子の平均以下だ。変なところで見栄をはるんじゃないよ」
椛の友人であるはずの高希がため息交じりに言う。
「高希の言う通りだ。というか恥ずかしいと言うより痛々しいぞ。それに椛の言う保険はちゃんと学校内に何人かいるから大丈夫だ。あと私達はバカじゃない」
私も高希と一緒にため息をつきたいが、それを我慢し椛をなんとか諭そうとする。
……というか女子小学生以下の身体能力とは一体どうゆうことだ。
「はぁ!? じゃぁなんで俺様は保険じゃねぇの!?」
その言葉に椛は勢いよく立ちあがり私に詰め寄る。
「そ、そんなの私が知ったことか。そういうのはジュリアにでも聞いてくれ」
私は椛の勢いに若干後ろに下がる。
その際に足が何かにぶつかった。
見るとそこには校門にいくつか用意されていた衣装ケースがあった。
あぁそういえばと私はメイドのアーニャさんに『外へ行く際は校門に準備されている服を着てください』と言われていたのを思い出した。
私は衣装ケースを開ける。
中には白い服とズボン、靴が収納されていた。
「高希と椛。これを着ろ」
適当にその中から適当に2つずつ選び後ろの2人に渡す。
「それは?」
高希は私のとりだした服や靴を不思議そうに見る。
「これは特別な繊維を使用した防護服セットだとさ。着心地は保証しないが、ただの学校の制服よりはマシだろ?」
実際に私もこの服の改良型を着ている。ダサいから服の下にだが……。
ファッション性はあまり無いが、確かに切れにくく衝撃もどういうわけか大半は吸収してくれる。着心地は最悪だが。
「あ、ありがとうございます。」
「けっ。ダセェデザインだな。」
私から防護服を受け取った二人の反応は対照的だった。
……確か高希と椛はあの紗希の友達でもあったな。
高希は、私が思う一般の男子高校生のイメージだ。特にこれといった身体の特徴は無いし、性格も破綻しているわけではない。良くも悪くも普通って感じだ。少しバカっぽいが。
椛は、まぁよくこの状況でそんな態度が取れるなと私は感心している。だがこういう自分を貫ける奴が状況を一変させることがある。性格も捻くれてはいるが、理解はできそうだ。
紗希は、言われるまで男とは気付かなかった。それほどまでに可愛らしい外見をしているのだが中身が終わっている。破綻しているとかでなく、終わっているのだ。
こうして考えてみても3人は全く似てる所がないのに、よく友達になれたものだ。もし時間が出来たら、仲を深めるという目的で話しの種として聞いてみるのもいいかもしれない。
「椛さぁ。たまには文句と詭弁と戯言と見栄と泣き言以外の事言えよ。せっかく防護服貰ったってのに」
「カッ。詭弁と戯言だろうが、言わなきゃならない時に何も言えずにいるモブよりかはマシだ」
「そんなんだから椛は変なことに巻き込まれたり敵が増えたりしてるんだろ」
「敵がいてけっこう。俺様は俺様だからな」
「お。紗希みたいな事言うじゃん。どん引きだ」
「ざっけんな誰があんな性別不明サイコパスと一緒だ! 泣かすぞ!」
2人の会話を黙って聞いているとほんとに友達なのかと問いたくなってくる。
その時、ふと校舎の方向から誰かがこちらに来る気配を感じた。
そちらに視線を送ると、白衣と白いガスマスクをした研究員がこちらに走ってくるのが見えた。
「『クレア』さん!!」
そいつは『私』の名前を叫び大きく手を振る。
「どうした?」
「よかった……。もう外に出たのかと……」
「いいから早く要件を。その様子じゃ急ぎなんだろ?」
私の言葉に、肩で息をしながらもけっして白いガスマスクを外さない白衣の研究員はうなづく。
後ろにいる高希と椛も何事かと声をひそめこちらを見ているのがなんとなくわかる。
「はい! ……あー。ちょっとそこの2人に聞かれたらまずいので場所を移動してもいいですか?」
「かまわない。高希と椛。お前らはここで待っていてくれ。……椛、逃げようとしても無駄だからな?」
「逃げるなんてとんでもない。まぁちょっとトイレには行くかもしれないがな」
「高希。椛を見張っていてくれ。」
「わかった」
「高希お前裏切ったな!」
「元からお前の仲間ではないからな?」
私はそんなやり取りをする2人を横目に少し離れた――――といっても椛が走り出したらすぐ追いつける距離――――ところで改めて研究員に話しを聞く。
「それでクレアさん。良い話しと悪い話しがありますが、どちらから聞きますか?」
「じゃぁ悪い話しを良い話しに聞こえるようにして言え」
「えぇ!?」
私は少しイラッとしながら言うとそいつは困ったように声を上げた。
「一度言ってみたかったセリフなんだろうが、時と場合を考えろ」
「うぅ……すみません。……これを」
白いガスマスクはそう言い右手に持っていた書類を私に差し出してきた。
書類は2冊に分かれていて、どちらも社外秘と書いてある。
……ゾンビ溢れる世界に社外秘と書く意味はあるのか?
「話しじゃなかったのか?」
小言を言いながらもとりあえず渡された書類を見る。
その表紙には『社外秘』の他には短く簡潔に『レベル0。毒島 椛の副作用(仮)』『レベル0。佐藤 高希の副作用(仮)』と書かれていた。
「へぇ。もう副作用が分かったのか?」
「舐めないで下さい。私達科学者は未知を既知にすることにエクスタシーを感じる変態ですよ?」
「かっこいい事言ったつもりだろうがお前あとで他の科学者に謝れよ」
「まぁそれはそれとしてですね。レベル0である椛・高希の副作用は分かったといっても、まだ副作用の方向性しか分かってない状態です。やはりレベル0は複雑ですから、もっと時間をかけねばいけないことに変わりはありません」
「方向性だけか……」
「はい。詳しい事はその書類に書いてありますので早めに目を通しておいてください」
「あぁ。外に出る前には目を通すさ。……この書類、本人達には見せてもいいのか?」
私の言葉にガスマスクは言葉を濁した。
「それですが……、片方には必要最低限の事以外教えないで下さい。」
「……何故だ? 副作用は本人の理解があって初めて100%利用が出来るものなんだぞ?」
自分の事を知り、自分のできる事を見極めるというのは大切なことだ。
それをおろそかにすると無駄が生まれるし、周りをも巻き込んだ大きな失敗にも繋がる。
「言いたいことは分かります。ですが、こればかりは例外です……」
ガスマスクは私の不満を察したのか、少しためらいながらも片方の書類のページをめくった。
「……!!」
そして最後のページに書かれた文面を見た時、私は声を無くし目の前のガスマスクに視線を移す。
「先代の最高責任者。ジュリアちゃんのお父さんの夢を、私達は成し遂げたのかもしれないのです……」
ガスマスクはかみしめるように、まるで泣いてるかのようにそう言った。
その言葉を聞いた時、私は自分でもどんな表情をしているか分からなかった。
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