5 「疑惑」
「ってことが説明されたな。」
俺はそう話を終わらせ、目の前で腕を組み難しい顔をする椛を見る。
校長室でジュリアの話しを聞いてから数分後、俺は椛と一緒に下駄箱の前に立たされていた。
ジュリアの話しはあの後も少し続いたのだが、はっきり言って何を言っているのか分からなかった。
まるで『知っているのが普通』のように知らない単語が説明に使われて、話しについて行けなくなったのだ。なんなんあいつ。絶対教師とかむいてねぇよ……。
そんな感じで、年下の少女が語る難しい話しによって俺の頭がショートする寸前に椛がトイレからメイドと共に戻って来てくれた。
それを待っていたのかジュリアは話しをすぐに打ち切り、『じゃぁ時間も押してるし、
特に断る理由もないし、なんなら難しい話からやっと解放されると俺は喜んでその言葉に従い2人と一緒に1階の下駄箱まで来た。
下駄箱についてすぐに紗希は、「人を呼んでくるから待っててねー。」と言って首輪で繋がっている幼女を抱えてどこかに行った。
待たされてる間は暇なので、俺はこうして椛に先程校長室で説明されたことを覚えている範囲で話しをすることにしたのだ。
「……いや、俺様がトイレ行ってる間にめちゃくちゃ重要そうな話ししてんじゃねぇよ。」
椛は不機嫌そうに顔をしかめ不満を口にする。
「椛がトイレから中々戻ってこなかったのが悪いだろ。」
「うるせーよ。こちとらトイレでこれからどうするか計画を練るのに忙しかったんだからな?」
「へぇすごいじゃん。で、本当は?」
「吐こうにも吐く物が胃に入ってなくて吐けず、ずっと
「お前……。」
なんというか、やっぱ残念だよなこいつ。
「にしてもそのジュリアの話し、色々怪しい所というかツッコミどころが多いな。」
俺の憐れみに気付くことなく椛はそう話し始める。
「そうか? 俺らの学校を選んだ理由や、俺達生徒が外に行って生存者をここに集めるってのは割としっかり説明されていたように思うが……。」
「お前はそんなことにしか疑問を持っていなかったのか? はぁぁぁぁまったくこれだから高希は高希って言われてんだぞ? 高希って言われて恥ずかしくないの?」
椛はわざとらしく額に手を当てため息をつく。
それただ俺が名前で呼ばれてるだけじゃねぇか。
やっぱ椛には憐れみとか必要ないな。うん。
「いいかまず、このゾンビの大量発生は自然の成り行きではなく明らかに人の手が加わっているだろ。」
「人の手が加わっている? つまり、椛はこの世界の崩壊は人の手で起こされたことだって言いたいのか?」
「いいか考えてみろよ? 聞けばゾンビが発生したのはつい昨日らしいじゃねぇか。」
「そうだな。紗希やジュリアが言うにはそうらしいな。」
「聞いていておかしいと思わなかったのか? ウィルスに全人類が感染しているってのは百歩譲って理解できるが、大多数が同時に発症するのはおかしすぎるだろ。ウィルスにも潜伏期間ってのがあるんだ。風邪だって、1日でクラス全員風邪にはなんねぇだろ? 感染病ってのは1人2人が発症して、そっからジワジワと増えるもんだ。だがジュリアの話しを聞く限り、この全人類に感染していたっていうゾンビウィルスは昨日という限定された時間に全人類の60%がいっきに発症しだした。なんだ? 『この時間になったら一緒に発症しようね♪』ってウィルス同士で約束でもしたってのかよ?」
椛は深刻そうな顔をして俺に説明をする。
「言われてみれば不自然だとは思うが、現にこうして昨日のうちに人類滅びかけてるしなぁ……。」
「あぁそうだ。現にこうして昨日のうちにゾンビウィルスは同時に行動を開始した。だから世界はこんなB級ホラー映画みたいなことになってるんだろうよ。だがこれは自然現象にしては不自然な現象だ。なら自然外のやつがなにかウィルスが活性化するようなことを、トリガーを引いたんじゃねぇのか?」
『ウィルスが活性化するようなこと』か。
確かに、今日までゾンビが発見されたって話しは聞いた事もない。というかゾンビが発見されたら大騒ぎになるだろうし、ニュースとかやるだろうし……。
全人類が感染していたってことは、昔からウィルス事態は存在しているはず。
なのに今の今まで自然にゾンビになった人間がいない……。
つまり自然にゾンビになることは、ない?
「自然外、つまり人工的に誰かが昨日ゾンビウィルスを大量に発症させる何かをしたってことか?」
「ふざけた話だが、そういうことだろうな。」
俺の導きだした答えに同意した椛の声は怒気を孕んでいた。
「でだ。それを踏まえたうえで俺はそのゾンビウィルスの活性化させるトリガーを引いた奴の第一候補はジュリア達だと予想している。」
そして声に怒気を孕んだまま椛はとんでもないことを言った。
俺は思わず椛の顔を見る。
椛は怒りを隠そうともしていなかった。いつもの腐った目ですら奥にギラギラと光る怒りが見えるようだ。
「マジかよお前。なにか根拠あるのか?」
一応は俺らを保護してる立場であるらしいジュリア達が黒幕というのは流石に絶望が過ぎる。
だが椛は嘘を愛し嘘に愛された男だ。
それ故に誰よりも真実に近づける。
そんな奴が本気の怒りを露わにして言うことを、冗談として片づけることなどできない。
「根拠だと? まずその『
ちょっと何言ってるかわからない。
「その顔、さては理解していないな高希。」
俺の顔を見て椛は微妙な顔をする。
まったく。俺が理解できるとでも思っていたのだろうか。心外だぜ。
「なんでお前が不満そうな顔をするんだよ……。いいか? 薬ってのは普通は病気が発生してからつくられるんだ。
『病気が発生して人が苦しむ。』
『なぁにこれ? 何をすりゃこの病気治るの?』
『なんかこの病気はこれに弱いからこれを強化した物質でも作ってみようぜ。』
みたいな流れがあって、そっから短くない時間がかかってようやくその病気への特効薬が作られるってわけだ。だが今回の話しは違う。『ゾンビが発生』を『病気が発生』に変えると、病気が生まれる前にあいつら『人類最終永続機関(笑)』は特効薬を作ったことになる。そんなこと出来るわけがねぇ。」
……なるほど。順番が逆転してるってことか。
簡単に言えばゾンビが発生してないのにゾンビにならない薬が作られてるから変だぞって事だよな?
「でもそれってゾンビウィルスはゾンビが発生する前から発見されてて、そこから実際にゾンビが発生するよりも早く薬の研究がされたんじゃないのか?」
「お前さてはバカだろ。ウィルスがこの世に何万種類あると思ってんだ。沢山あるウィルスの中でなんのヒントもなしに『あ、これ人間が感染したらゾンビになるウィルスやーん。こっわーい。』って発見するだけでも奇跡だってのに、実際に治験薬もなしに完成品が出来るわけがないだろ。予想だが、100%あいつらは『ゾンビ』で何かしらの実験をしているはずだ。ということはあいつらはウィルスに感染した人間がゾンビになるトリガーが何かを確実に知っていて「おもしれぇ話ししてるじゃないの?」
「「ぎゃぁぁぁああああ!!?」」
不意に上から顔が現れ、俺と椛は大きくのけぞり叫び声を上げた。因みに下駄箱を背にしていたので思いっきり背中と頭を下駄箱にぶつけた。
「おっとと。」
ホラーじみた登場をした人物は、俺らがぶつかった衝撃で揺れる下駄箱の上から華麗に回転しながら舞い降りた。
「お前は」
誰だ?
と言う前にその人物が燃えるような赤い髪の持ち主だということに気づく。
「よぉ。生き返ったって聞いた時はまさかと思ったんだが、思った以上に元気そうじゃないか。」
赤髪はクラスにいた時よりも軟らかめな口調で俺と椛に気安く話しかけてくる。
いきなりクラスメイト達の仇に遭遇して身体が強張る。
「……クソが。紗希が呼んでくる人物ってのはお前かよ。」
「あ? おいおいなんか文句でもあんのかおい?」
椛の言葉に赤髪は顔を近づけ低い声で睨みを利かせる。
「あぁん? 文句なんかあるわけないだろまた再会できてとっても嬉しいです本当にありがとうございましたぁ?」
椛はガンを飛ばしながらも可能な限り赤髪に対して下手に出る。
「椛。情けないぞ。」
「うるせーぞ高希。……あぁそうだ。赤髪、お前に聞きたい事があるんだが「残念だが私は小難しいこととかは聞かないし聞かされてないんだ。だから薬の話しも、ゾンビの話しも私はなんも分からん。もちろん、副作用の事も便利な能力って認識しか私は持っていないし、これから人を集めるってのも何故なのかいまいちピンときてない。さらに言えばこうして世界がこんなことになっているのに電気が使えてるのも不思議だし、世界の国々の事は勿論、日本の政府や自衛隊がどのように行動してるかも知らない。そこんとこを踏まえたうえで質問してくれよな?」
椛の言葉をさえぎり赤髪は一息でそう言った。
「……。」
質問をする前に口を挟まれたことに怒ったのか椛は眼を細める。
「えーと、聞かされてないってあんた達は仲間じゃないのか?」
口を閉ざした椛の代わりというわけではないが、俺は気になったことを赤髪に聞く。
「仲間というか、取引相手だ。まぁもう今じゃその取引をする相手もジュリアだけなんだがな。」
赤髪は困ったように笑う。
その笑顔は妙に似会っていた。赤髪は割と苦労人なのかもしれない。
「カッ。赤髪、お前がある程度事情を知ってるが『俺らを完全に信用してない』か『めんどくさい』か『口止めされてる』かの理由で一切こちらに情報を与えないよう【何も知らないという嘘】をついたのは分かった。なら逆にお前から俺らに与えられる情報を教えてくれないか?」
「……やりにくい子共だね。」
椛に【嘘】が見破られたらしい赤髪は、さっきまでの笑いとは反対にため息とともに言った。
どうやら先程の椛の態度は怒ったわけではなく、質問をする前に質問の答えを言われたからどうするか考えていたための態度だったみたいだ。
「まぁそうだな、私が説明できるのは『外』の軽い状況と生存者を連れてくる『任務』の話しくらいか。」
「そういえば、『外』から生存者を連れてくる生徒達って何人ぐらいいるんだ?」
「紗希を除いて33人よ。」
何気ない質問に衝撃の答えが返ってきた。
「いやそれ少なくねぇか!? 俺ら1クラス40人前後だったから1クラス分にもみたねぇじゃねぇか!! あとなんで紗希がはぶられてるんだよ!?」
椛があまりの事に叫ぶ。
「紗希だからよ。」
それに赤髪は冷静に説明をする。
「あぁなるほど。……いやそれ説明になってねぇよ!?」
こいつさては全然俺らに説明する気ねぇな!?
「え!? なにお前ら!? うちの学校は423人も生徒いるんだぞ! 33人ってどんだけ俺様の学校の生徒を殺してんだよざけんな!」
椛の言葉で俺はこの高校に423人も生徒がいたことを初めて知る。
「私らが殺しまくった訳じゃないぞ。『人類進化薬』でゾンビにならない身体と副作用を得た他の生徒79人にはこの学校から逃げられただけ。」
「「おぉん!? 逃げられた!?」」
椛と俺の言葉が思わず被る。
「なんかな? 紗希が目覚める1日前、あんたらが目覚める2日前以前に目覚めていた生徒達に『今日から一緒に学校で暮らそう』って言ったら生徒全員が『俺達のクラスメイトを殺した奴らと一緒になんて居られるか! 家に帰らせてもらいます!』って副作用の力を上手く使われて出て行かれた。」
「「納得だわ!」」
そらクラスメイトを殺した奴らがいきなり一緒に暮らそうとか言ってきたら逃げるわな!
俺だってそうするもんな!!
……あれ、じゃぁなんで俺は今逃げようとしていないんだ?
「だから困ったことにこの学校にはゾンビになる心配もなく外に出られて生存者を連れて来れるのは、たった33人だけなんだ。」
「なにが『困ったことに』だ! ただの因果応報じゃねぇか!!」
俺のふと感じた違和感は、椛の魂のツッコミによりなんだかどうでもよくなった。
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