4 「センス」

「『生き残った生徒達は全員ゾンビにはならない』だって?」


 俺は聞き間違いではないかと確認する為ジュリアが言った言葉を繰り返した。


 だがそれは聞き間違いではなかったようで、ジュリアはコクリとうなづく。


「それはまた……どうしてだ?」


 先程の話ではゾンビ化していない人類も感染事態はしているのだから、活性化済みのゾンビウィルスが体内に侵入した瞬間には結局ゾンビ化するって言っていただろうに。


「私達『人類最終永続機関じんるいさいしゅうえいぞくきかん』はゾンビを発生させるゾンビウィルスの特徴・構造・増殖のしかた等を何年も前から研究していたわ。」


 1人でない頭をフル回転させる俺をよそに、ジュリアはよく通る声で語りだした。


「まずこのゾンビウィルスの感染経路は、ゾンビになった感染者に噛まれる等の接触感染だけじゃなく経口感染・空気感染でも感染するわ。」


「空気感染でも? それって、ゾンビに噛まれなくてもゾンビになるってことか?」


「えぇそうよ。流石にウィルスが活性化した状態の人間、つまりゾンビに直接噛まれてのゾンビ化よりは遅いけどね。それでも空気中に含まれているゾンビウィルスを呼吸で取り込んで体内に溜め続ければ自然にゾンビ化する確率は上昇して行くわ。」


 ジュリアはこともなげに言っているが、それって結構絶望的な話ではないのだろうか?


 例えば、食糧問題とかを無視して外に出ず家に閉じこもっていてもゾンビになるってことだろ?


 しかも行動を共にする仲間とかがいるのなら、寝てる最中とかに何ともなかった仲間がゾンビになって襲ってくることだって勿論あるだろうし……。


「その話しが本当なら人類滅亡以外の道が見当たらないんだが……。というかゾンビウィルスって人間だけにしか感染していないのか? 映画とかでよく見る犬のゾンビとかはいないの?」


「いい質問ね花丸をあげるわ。ゾンビウィルスは犬・猫・ネズミなどの哺乳類は勿論のこと、爬虫類・鳥類・果ては魚類にももれなく感染しているわ。」


「人類滅亡どころか世界滅亡じゃないですかヤダー!?」


「でも安心して高希さん。ゾンビウィルスは人間を生きた屍である『ゾンビ』にする効果はあるのだけども、他の生物には感染していても人間のようにゾンビ化はしない事が分かったの。」


 ジュリアはまるで母のような抱擁力のある、見ていてこちらが思わず『ママ……。』と言ってしまいそうな笑顔と口調で俺に言い聞かせる。


「そ、そうなのか? なら問題ないのか……? ……あれ? じゃぁ、さっきの空を飛んでた見たことないくらい巨大な鳥はなん「そしてね? その『人間以外は感染しても効果はない』という特徴が私達の希望になったの。」


「あっはい。」


 俺の先程見た巨大な鳥についての質問にジュリアは謎の威圧感を放ちながら話しをかぶせて来た。


 先程の慈愛にあふれたような笑顔も凄味がある物に代わっている。


 『女という生き物は場面に応じて笑顔や涙を使い分けれる』とどうていから聞いた事がある。

 童貞もみじの話しだからと鼻で笑っていたがあながち間違いでもなさそうだな……。


「私達『人類最終永続機関』はどうにかして人類をゾンビにしないようにと研究してきたわ。そして私達と1人の天才は最後の最後に、その希望を糸口に人類が滅ぶ日の一歩手前に『人類進化薬じんるいしんかやく』なるものを完成させたのよ!」


 ジュリアは興奮を隠せないようで大声をあげる。

 その姿はまるで夏の宿題でだされる自由研究を完成させて喜ぶ可愛らしい少女であった。


 テンションが高いなぁこの少女はと眺めていると、ジュリアがチラチラとこちらを見ている事に気づく。

 最初は何故こちらに目配せをしているのか疑問だったが、しばらくして気づく。

 どうやらこちらから聞いて欲しいんだな。


「……その『人類進化薬』なるものって何だ?」


 このまま黙ってだんだんと1人でテンションをあげてしまった事への恥ずかしさにより顔を赤くしていくジュリアの様子を見ているのも良かったが、後が怖いなと思い程々のタイミングで話しかけた。


「コホンッ。少し遅かったけどよく聞いてくれたわね。簡単に説明をすると、『人類進化薬』とは人間を変態させる薬よ。」


「ん? 人間は変態だって?」


「……『人類進化薬』とは、薬を投与した人間を細胞レベルで人間とよく似た別の生命体に変える薬よ。」


「え!? 怖ッ!?」


 そんなヤベーものを自由研究完成させたみたいな無邪気な笑顔で語ってたのかこの少女!?


「つまり、『ゾンビウィルス=人間をゾンビにする。なら人間をやめればいいだけやないかーい。』っていう発想だねー。」


 隣で紗希さきはのんきに言う。


「おいおいそれ本当に天才がたどり着いた発想なのか? 一周回ってバカっぽいぞ?」


「なに今バカって言った!? 私達の苦労も知らないで! いい!? これは人類に残された最後の道なのよ!」


 ジュリアは椅子を鳴らしながら勢いよく立ち上がり校長室に入って初めての怒声をあげた。どうやら譲れない所に触れてしまったらしい。


 だがジュリアもすぐに自分の怒声に気づき、一度大きく息を吐きだすと再び椅子に座りなおした。


「頭に血が上ったみたいね。でも謝らないから。」


「お、おう。いや、今のは俺が悪いな。うん。俺が悪いわごめんなさい。」


「……まぁいいわ。それで『人類進化薬』の話しだけど、この薬には限界があって最高でも22歳くらいの若さがないと身体が耐えられないの。だから、薬に耐えられる若い人間達の情報が一気に手に入る小中高の学校の健康診断に私達は目をつけたってこと。」


 素直に俺が謝ったからか、ジュリアは頬を少しだけ膨らせながらも『人類進化薬』の話しを続けてくれる。


「なるほど。だから学校しかターゲットにしなかったのか。つまりゾンビに噛まれてもゾンビにならない薬ができたんだけど、これ大人には使えないから少しでもゾンビウィルスにかかっていない生徒の多い学校を調べて、そこを占拠して生徒達に投与してやろうって事……であってるんだよな?」


「えぇ。投与された人間はウィルスの空気感染は勿論、噛まれても大丈夫だし例えゾンビを食べようがゾンビにはならないわ。」


 どんな状況でゾンビを食べるなんて発想が生まれるんだよ。


「でもなんで全生徒にその『人類進化薬』を投与しないで『3』以上の生徒達を殺しまわったんだ?」


「『人類進化薬』はゾンビウィルスの感染度合いで効果が変わっていくのよ。『1~2』ならまぁ問題なく体内のゾンビウィルスを殺しつくす事が出来るけど、『3』以上になると薬を投与した人間の体の中でゾンビウィルスが薬に対して抵抗しだすの。そうなるとゾンビウィルスに汚染されていた細胞やらが拒否反応を起こしてショック死したりとろくなことにならない確立がグンと上がるのよ。大体が死ぬって分かっているのに貴重な『人類進化薬』を投与する訳にはいかなかったの。」


「やっぱお前らってろくでもないよな。」


 命を冷酷に選別する、まるで親友である紗希のような考え方に吐き気がした。理解は頭で出来るが、どうにも好きになれない考え方だ。


「そういえばその『人類進化薬』ってなんか副作用とか、危ないことはないのか?」


 俺はふと気になり聞いてみた。俺にとって薬ってのは副作用が悪いってイメージが強いからな。

 いやまぁあくまで俺のイメージだし、多分そんなことはないのだろうが一応な。


「……副作用は個人によるわ。それが危ないものか、役に立つものなのかもね。」


 ジュリアは歯切れ悪く言い、椅子の背もたれに沈んでいくように態勢を崩した。


 なんか嫌な予感がする。


 例えば、椛が『何かお困りのようですねぇ』と爽やかな笑顔で言ってきた時のような。

 例えば、紗希が『先生の車のブレーキパッド抜いてきたよ』と言ってきた時のような。


「……なんかあるな?」


 ジュリアは俺の言葉に沈黙を返す。


 この場合の沈黙は肯定だ。


 紗希を横目で見やる。

 ただの勘ではあるのだが紗希ならば何かを知っているかもしれないし、その何かを教えてくれるかもしれないと考えてだ。


「うーん熱い視線を送ってくれるねー高希こうき。……副作用はホントに個人によるんだよ。人によって様々さ。例として、『骨が無くなったり』、『眼球が縦に割れてたり』、『体温が90度になったり』かな。」


 これは困ったぞ。やばい答えが返ってきた。


「おいそれ大丈夫なのか!? ジュリアさっき人間に似たって言ってたよな!? 人間に似たって!! 人間から遠くかけ離れた存在じゃねぇかバカ野郎!!」


「はぁぁぁぁぁもう一人で騒がしいわね。人類を未来につなぐためよ。」


 ジュリアはクソデカため息をついて、額に手をあてうっとおしそうに言いやがる。


「その人類を人外にしてるのによくそんなこと言えるな!?」


「人類を思うがゆえに考えぬいた私達の苦肉の策に文句があるって言うの!?」


「く、苦肉って言うか皮肉だろこんなの!? 人類の未来の為に人類を人外にしてんだからよ!!」


 ジュリアの怒声と勢いに一瞬だけたじろぐが、今回は俺も譲れない! 大体『眼球が縦に割れてたり』ってなんだよ想像もできねぇ!!


「因みに、高希と椛、あとこの僕も寝てる間に『人類進化薬』投与されてるよ。」


「お前は相変わらず爆弾発言をサラッと言うよな! なぁ大丈夫!? 俺に尻尾とか生えてない!?」


「ふん。大丈夫よ。高希さんだけは期待通りにはいかなかったけど姿形は元のままよ。」


「なんだよ期待通りにはいかなかったって! ……いやいや待てよ? そう言えばジュリア『生き残った生徒達は全員ゾンビにはならない』って言ってたよな? じゃぁもしかして全員……。」


「えぇ。高希さんの想像通り生き残った全員に『人類進化薬』を投与したわ。」


「マジかよ……。」


 皆ちゃんと『副作用』の事を説明されて薬を投与されたのかな……。いや、絶対無理やり投与されただろうな。

 生き残っている学校仲間に同情するぜ……。


「高希さん。頭を抱えて唸っている所申し訳ないのだけれど、ゾンビにならない身体と副作用を得た高希さん達には外に出てまだゾンビに噛まれてない生存者達をこの学校に避難させてほしいのよ。」


「……は? この学校に?」


「えぇ。この学校には『人類進化薬』と『赤角君』があるからゾンビウィルスをいくらか抑えられるからね。」


「うん。とりあえず『赤角君』ってなんぞ?」


「ほら、ここまで御姉様おねえさまとメイドのアンナさんに連れて来られる時に廊下に等間隔で置かれてたゴミ箱みたいな赤い箱型の機械があったじゃん? あれが『赤角君』だよ。空気中のゾンビウィルスを除菌してくれる機械。いわば空気洗浄機。」


「えっ! あれそんな凄いものだったのか!?」


 でも確かに言われてみれば空気洗浄機の形してたわあれ!


 ……それにしてもこいつら『人類最終永続機関』や『人類進化薬』、『赤角君』といいなんか単純と言うか、ネーミングセンス最悪だな。


 俺は心の中で不機嫌そうな顔で校長の椅子に座り直るジュリアを憐れんだ。



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