2 「校長室」

 紗希に御姉様と呼ばれる金髪の少女とメイドに連れられてたどり着いたのは大きな部屋だった。


 入ってすぐに目につくのは、壁の上部に掛けられた複数の人物の写真。その次に様々なトロフィーや旗が入れられたガラスケース。部屋の中心には大きく立派なテーブルと、それを囲むように置かれた黒いソファと椅子。壁には所狭しと棚が並べられ、一番奥にはカーテンがで遮られた大きな窓とこれまた立派な机があった。


 俺と椛が案内されたのは、学校の最高責任者が使う部屋である『校長室』だった。


「おい。」


 紗希から御姉様と呼ばれる人物が一番奥の机、校長が使う席に座るのを見計らい椛が口を開く。


「なにかしら?」


「ここに来る道中に見た学校の様子やこの校長室とかに色々と突っ込みたい事がある。まず、廊下に等間隔で置かれてるゴミ箱みたいな赤い箱型の機械はいったいなんなんだ?」


 それは俺も気になっていた。

 ここまで来る時に通った廊下には赤い機械が何個か置いてあり、妙な存在感を出していたのだ。


「脅威から人々を守るために必要なものよ。とりあえず座ってちょうだい。長い話しになるから。」


「……カッ。」


 椛は不服そうに声をひとつ出すと、ソファの1つに腰をおろす。


 俺と幼女を抱きかかえた紗希もそれに倣い、椛をはさむ形で同じソファに腰を下ろす。


「とりあえず、自己紹介からね。私は『ジュリア』。そしてこっちは私のメイドの『アンナ』よ。」


 御姉様、もといジュリアはそう言った。

 メイドは軽く腰を折ってお辞儀をする。


「あ、これはご丁寧に。俺は『佐藤さとう 高希こうき』っていいます。」


 俺はメイドのお辞儀につられ軽く会釈えしゃくし名前を言った。


「えぇ。佐藤さんと毒島さんの事は紗希や他の生徒から色々と聞いているわ。」


 ジュリアはそう言い軽く俺に微笑む。

 その微笑みは優雅で、妖艶さすらあった。


「そうだ。『他の生徒』だ。お前達はこの学校の生徒をどうしたんだ? ここまで来る時に廊下ですれ違ったのは白衣を着た白いガスマスクをつけた奴らだけで、学校の生徒や先生とは1人もすれ違わなかったぞ?」


 その中学生のような外見と見合わない綺麗な微笑みに驚く俺をよそに、椛は食い気味にジュリアに話しかける。

 どうやらそれが一番気になっていたことらしく、椛はいつになく真剣な様子だった。


「あなた達以外の生き残った学校の生徒達は今『外』にいるわ。」


「外? それって、学校の?」


「えぇ。学校の外に救助をしに行ってもらってるところよ。」


「……? 救助をに行ってるって言ったか? 救助をじゃなく?」


 俺は聞き間違いかとジュリアを見る。


「えぇそうよ。……アーニャ。」


「かしこまりました。」


 ジュリアの短い言葉にメイドが即座に反応する。どうやら『アーニャ』はメイドのニックネームらしい。

 メイドは棚から大きめのビデオカメラを取り出す。

 それを俺達の前に置き、カメラについてるディスプレイ部分を俺達の方に向けビデオカメラを操作しだす。

 そして暗かったディスプレイが起動して、何かの動画が再生され始めた。


「……おい? いきなり何だ? 少しは説明しろよ。」


「そのビデオカメラは昨日のこの学校近辺を撮ったものよ。」


 椛の言葉にジュリアはそう応える。

 確かにこの映像の撮影者はビデオカメラを撮るのに慣れていないみたいで手ぶれが酷いのだが、ディスプレイに映る場所にはどこか見覚えがあった。


「『ぎゃぁあああああ!?』」


「「!?」」


 瞬間、ビデオカメラから野太い悲鳴が聞こえ俺と椛は飛び上がる。


 撮影者にもその声が聞こえたのか、映像が通学路から走る足元に移動した。どうやら悲鳴の方に走り出したようだ。


「『な、なんだいきなりテメェ!!』」


 そして段々と声が近付いて来る。


「『いづぁっ!? おい! なにしや、いづっ、だから、やめろ! おい! やめろって! 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいだいいだいちぎれるちぎれる!!』」


 撮影者は叫びの発生源にたどり着いたのか走るのをやめ、ゆっくり映像を足元から上に移動させた。


 そこには、一人の男に複数の人間がまとわりついていた。

 男は苦痛の声をあげ暴れているが、複数の人間にたかられているためうまく動けないでいた。


『ドジャ』


 まとわりついた人間もろともその男が転ぶ。

 男が転んでからもまとわりついた人間達は離れず、何故か逆に増えてすらいた。

 撮影者は無言でその惨状に近付いてるらしく、だんだんと何が起きてるのかが鮮明に見えてくる。


 まとわりつく人間達の服はボロボロで、中には傷を負い血を流してる者もいる。だが、そんな装いには誰もかまうことはなく、まとわりつく者たちは一心不乱に中心に居る男へと手を伸ばしている。


 そして人間達の間からすりぬけ男がその姿を見せた時、いつの間にかなくなっていた叫び声の理由が分かった。


 喉を噛みちぎられていたのだ。

 喉だけでなく、耳や指も無くなっている。その男の喉からは赤い液体が留まることなく流れていた。

 男は数歩だけ歩いたが、すぐに足を掴まれまた転んだ。

 男はうずくまり身を小さくさせる。


 その後は、ただただ人間の人間を捕食する映像が流れていた。


「……お、おい。」


 椛が震える声でジュリアを睨む。


「この映像。よ、よくできてるみたいだが? い、一体何の理由があって俺らにこんな胸糞悪いのを見せるんだ? 映像の評価なら別の奴に頼んでくれよ。」


「その映像はノンフィクションよ。なんだったら現在進行形でその映像みたいな事が『外』で繰り広げられているわ。こちらに来てくれる?」


 ジュリアはそう言い立ちあがり、俺らに手招きをする。


 俺達は手招きをされるがままにジュリアの横、大きなカーテンの前に来た。

 その時に紗希はメイドから何故か双眼鏡を渡されていた。


「……ごめんなさい。」


「……え?」


 ジュリアは小さく何かを呟いた。

 そして俺が聞き返す前にカーテンを開ける。


 学校の4階に位置する校長室の窓は町を一望できるように造られていて、とても大きい。

 学校のパンフレットでしか見た事が無かったが、それは本当だったようだ。




 なぜなら、世界がどうしようもないほどに壊れてしまった事が良く分かったからだ。




 あちこちから火の手が上がり、いつも使っている通学路には破損した車が捨て置かれ、点々と小さくだが、確実に人間だと分かる物体が紅黒く色づき倒れている。そして、空には見た事がないくらい大きな鳥が何羽か見られる。


「お。あれ見てみなよ。」


 俺と椛が『外』の景色に絶句してると、1人だけ双眼鏡をのぞきこんでいた紗希が椛に双眼鏡を渡す。


 椛はされるがままに双眼鏡を覗き込み、


「うっ、おまっ、ざけんな!!」


 口を片手で押さえ、もう一方の手で紗希に双眼鏡をおしつけ後ずさった。


「クソが! ……クソが。……クソ……。」


 そして椛はソファに手をつき、手で顔を覆った。


「……はい。高希。」


 椛の状態を見たうえで双眼鏡それを俺に渡すのかぁ……。


「おい。この景色もお前らがやったことなのか?」


 俺はこちらへ渡されようとする双眼鏡を押し戻しながらジュリアを見る。


「そんな訳ないじゃない。むしろ私達はこの景色をあなた達に見せないよう努力したのよ。」


 隣にいたジュリアは身長の関係から俺を下から睨みつける。


 確かに、こんなふうに町をどうにか出来るような奴らが高校を占拠する訳ないよな……。


 だがしかし、この地獄絵図みたいな町とこいつらが無関係だとも思えない。

 だってこいつらは、俺らの学校で地獄絵図を描いたんだから。


「高希ってさ、ゾンビってわかる?」


 俺が記憶にあるあのクラスと目の前の町を重ねていると、あの時と同じように紗希が雑談でもするかのように声をかけて来た。


「……舐められたもんだな。それくらい知ってるさ。ゾンビってあれだろ? 人間がウィルスかなんかで凶暴化して人を食べるやつだろ?」


「そうだね。んで、噛まれたけど何とか生き残った人間も噛まれた所からウィルスが感染して同じ生きた殺人死体、ゾンビになるんだね。 アンナさん。お願いがあるんですけど、さっきのビデオカメラ貸して下さい。」


 紗希のお願いにメイドはビデオカメラを渡す。


「ありがとうございます。えぇっと……。……あぁ、できたできた。」


 紗希は慣れない手つきでビデオカメラを操作し、俺と今にも吐きそうな調子の椛に先程のようにディスプレイを見せた。


 そこには、先ほどのように沢山の人間はいなかったが、あの喉を噛みちぎられた男の死体があった。

 ……俺にはそれがとても現実には思えなかった。いつもの見慣れた景色のど真ん中に死体があるのだ。すぐに受けいれることなんかできるわけがない。


「……マジかよ。」


 後ろで椛が言葉をこぼす。


 どうした? と聞こうとするよりも早く、俺は椛の言葉を理解した。


 男が、動いたのだ。


 男は明らかに死んでいる。

 喉からはもう血はあまり出ていないが、首の半分がなくなっているのだ。

 それなのに、男は這いずりだした。そして、撮影者に気付いたのか顔がこちらを向く。

 黒目の無くなった目、大きく開けられた口からは血がよだれのように垂れ流されている。

 動いてはいるが、そこに一切の生気は感じられない。


「ね? ゾンビでしょ?」


 紗希は、これで理解したよね? と聞くかのように俺と椛に笑いかける。俺はその笑みを直視できずに視線をさまよわせ、ジュリアと目があった。


「……これはね。世界各国で起きているの。そして、この町で一番安全な場所は、この学校なのよ。」


 ジュリアは俺から視線を逸らし、何故か申し訳なさそうに言った。





「あっ、因みにこの映像を撮ってきたのは僕だよ。いやぁ、気持ち悪かったなぁこの男の人!」


 相変わらずな親友のもの言いを聞き、俺はこいつと親友で本当にいいのかと疑問に思った。

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