6 「友人」

「マジで銃口あっついんだけどぉ!? 火傷しちゃうんですけどぉ!?」


 もみじは自分のこめかみに押し付けられた銃口から離れようともがくが、非力な椛では可憐なみために似合わず割と力のある紗希さきの拘束から抜け出すことができない。


「ちょっとこら暴れないでよ椛! 僕はもう引き金に指をかけてるんだからさ! 間違って殺しちゃうじゃん!! 間違ってね!? あくまで間違ってだからね!?」


 そして紗希の物騒なもの言いに、椛はピタリと完全に動きを止めた。心なしか顔色が青くなっている。


「お前、その銃どうした?」


 椛が静かになるのを見届けてから赤髪が問いかけた。

 俺もいつの間に紗希があんなものを手にしていたのか気になる。


「これ? さっき拾ったよ?」


「……なんだ? この国は気軽に銃が拾えるのか?」


 紗希のまるで道端で綺麗な石を拾ったかのような軽い言葉に赤髪の声は困惑の色をおびる。

 俺が紗希から赤髪に視線を戻すと、案の定その顔は見事にひきつっていた。


「さっき体当たりされた人が持ってた銃なんだよこれ。転んだ拍子にここまで滑ってきてさ。」


 俺が体当たりしたことにより倒れていた白いガスマスクをつけている人は、すぐに服の中に手を入れ何かを確認するそぶりを見せる。


 そして、どうやら目当てのものがない事に気づいたようだ。


 白いガスマスクはどうして良いかわからないと言うように赤髪に顔を向けた。


「お前、安全装置はどうした? 危ないから持ってるだけにしときなって私は言ったよな?」


 赤髪はその白衣に冷たい視線を向け言葉を浴びせる。


「安全装置はちゃんとしてあったよ? 僕がそれを外しただけ。」


「お前いつ銃の使い方習ったんだよ!?」


 椛が悲鳴のような声を上げ問いただす。

 その姿、まさに必死である。


「ほら、クラスメイトの渡辺君いるじゃん? あ、【いた】じゃん? 渡辺君はガンマニアでさぁ。モデルガンとか沢山持ってたし、銃の本とかもちょくちょく学校に持ってきてたし、授業中暇だったのか近くにいた僕に銃の豆知識とかを強引に聞かせてきたりしてたんだよねー。その時に安全装置とかリロードの仕方とかを教えてもらったんだよ。」


「渡辺……。」


 渡辺という名前が出て来たことにより、今迄の思い出がふとよみがえる。


 いつかサバゲーがしたいとクラスの自己紹介で言い放つ渡辺。

 音がいいんですよこの音がと騒ぎ肝心の音が良く聞こえなかった渡辺。

 夜に道をあるいてたら警察に職質され懐にモデルガンを忍ばせていたことにより学校と親に連絡が行った渡辺……。


「そうか。……まぁ正直、ここまで抵抗されるとは思わなかった。」


 俺がもう会えない渡辺の数少ない思い出を振り返っていると、急に赤髪は銃と共に両手を上げた。


「わかった。お前の、お前らの要求を飲もうじゃないか。」


「え?」


 そして、思いのほか簡単に俺達の要求を飲んだ。


「なんだその顔? 私たちはお前らの要求通り『3』以下は殺さない。これでいいんだろ?」


「すんなり要求が通って僕達は嬉しいけど、ちょっとすんなりすぎないかな?」


 つまらなそうな声で紗希が言う。

 紗希のいう通りすんなりすぎる。こんな大規模な殺戮をしておいて、椛なんかの命を人質されただけで引き下がるのは変だ。


「それくらい私たちにとってそいつが大切なんだよ。」


 赤髪は苦笑しながら、どこか安心したように言う。


「やったじゃん椛。告白だよこれ。もうこんなこと言われないと思うからしっかり聞いておくんだよ?」


「死ね。」


「もー、なにカリカリしてんのさ椛。カルシウム不足?」


「死ね。」


「……で、その言葉を俺達は信じてもいいんだよな?」


「あぁいいぞ。だからそう警戒すんなよ。それに、お前らの要求がクラスメイト全員ではなく『3』以下ってのが個人的に好みなんだ。ちゃんと取捨選択が出来ている。」


「……もし『4』以下を生かせと言っていたら?」


「それは想像に任せるよヒーロー。」


 俺は後ろで言い合う紗希と椛を無視して赤髪に聞いてみるが、上手くかわされてしまった。


「ほら、もうその女は殺さねぇから安心しろよ。だがヒーロー、お前の名前は教えて貰うぞ?」


 そう言い赤髪は表情を真剣なものに戻し、俺の名前を聞いてくる。


「……分かったよ。『3』以下だもんな。」


 これで俺がもし『4』以上なら銃で頭を撃ち抜かれ、窓から外に捨てられるのか。

 ……やばい、今更になって身体が震えて来た。


「……た、助かったの?」


 俺が身体の震えを抑えようとしたところで、すぐ後ろからか細い声が聞こえてきた。


 そういえば女子生徒を庇ってたんだったな俺は。

 紗希と椛のせいで忘れていた。


「あぁ。えーと、もう安心してくれていいはずだ。」


 俺は振り返り、女子生徒の肩に手を置き言う。


「ぁ……ありがとぅ……!」


 女子生徒は俺に礼を言い、その場にへたり込んでしまった。


「あぁ、まぁそうなるよなぁ。死ぬ寸前だったんだし、無理もないか。」


「よかったねー君。」


「『よかったねー』じゃねぇんだよ。紗希は早くこの銃を俺様から離せ。」


 俺、紗希、椛の声が順番にクラスに響く。




「何を勝手に決めているんですか?」





 そこに鋭いナイフのような言葉が続いた。


 嫌な予感が全身を駆け巡る。


 視線を女子生徒からすぐに赤髪の方へ動かす。


 赤髪の横には先ほどまで持っていたバインダーの代わりに、赤髪と同じ銃を持つメイドがいた。




「お譲様からの命令は絶対です。」




 その声を聞いた瞬間、先ほどのように、



≪世界の時間がゆっくりになった≫



 銃口は、女子生徒に向けられている。

 赤髪は驚いたような表情をしながら、メイドを止めようと銃に手を伸ばしている。

 だが、その手が届く前にメイドは銃を撃てるだろう。

 もう引き金にかかっている人差し指が動き出している。

 俺にはそれがはっきりと見える。

 だが動けない。

 動けないどころか声が出ない。

 時間が引き延ばされているかのような世界で、皆の動きがスローになっている中で唯一俺の思考だけが普段と同じように動く。

 このままでは俺が先程白いガスマスクにしたようにメイドへ体当たりをしようとしても、距離的にメイドの人差し指のほうが速いだろう。

 ……クソッ! 

 ここまで交渉したのに結局は無駄だったのか? 

 助けられないのか? 

 せっかく助けられそうだったのに、こんな終わり方かよ!? 

 ふざけんなよ! 

 ここまで来たんだぞ!?

 そんなの絶対に許せるかよ!!


 絶対に、この子を助けるんだよぉぉおおおおおお!!!





 メイドは時間の引き延ばされた世界でゆっくりと引き金をひいた。





「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!!?」





 俺に体当たりをされた女子生徒は甲高い悲鳴を上げ横に転がる。


「…………………………。」


 すぐに女子生徒が大丈夫か確認をしたかったが、俺にそんなことをする余裕は無くなっていた。




「………………っぁぁあ……あ゛……あ゛…………あ゛ぁっぁぁああ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!!!!!!」




 俺の身体に、脇腹に穴が開いていた。


 その穴を中心として身体全身が熱くなり、まるで燃えてるかのような痛みが俺を襲う。


 身体に空いた穴から何か液体が流れていく。


 その液体はとても熱かった。まるで命そのものが流れていくようだ。


「あの一瞬で庇ったのか!?」


 誰かが叫ぶ。


 だが声が、音が遠い。汗が止まらない。歯を食いしばる。俺は熱い液体につかりながら身を丸める。


 とにかく痛い。


 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い熱い!!!


「高希っ!? 大丈夫か!!」


「あーぁやっちゃったよあのメイド。」


 先程まですぐ後ろで聞こえていた2人の声も今はいやに遠くに聞こえる。


「どういうつもりだっ!」


 怒声が聞こえ、なんとか顔を上げる。


 視界がかすんでいるが、赤髪がメイドの胸元を掴んでいるのが見えた。


「どういうつもりはそちらでございます。あのような人質をとる行動はただのこけおどしでございますよ? そんなものでお譲様の命令を違えるのは」


 メイドの言葉をさえぎるように、乾いた音がした。


 もう何度も聞いた音だ。


 しかし赤髪もメイドも銃を使っていない。

 その銃声は後ろの方で聞こえた。


「うーん。椛の血も赤かったのか。てっきり緑色の血でも流れてるのかと思ってたんだけどな。」


 後ろでは、椛が倒れていた。


 今の俺と同じように、赤い湖に身を沈めている。

 俺と違う所は、全く動かないところくらいだ。


「…………え? ……な、何をしているのですかっ!?」


 メイドが初めて大声をあげる。


「なにを驚いてるのさ? 最初にそっちが約束を破ったんでしょ? ならこっちもそれ相応の事をするまでさ。」


 紗希は銃口から硝煙を上げる銃をいじりながらつまらなさそうに言う。


「……紗希……!! お前ぇ……!!」


 俺は痛みをこらえ声をひねり出す。


 自分の声ながら、地獄にいる怨霊があげる怨嗟のように聞こえる。


 だが紗希は普段と全く変わらない様子で俺を見る。


「そんな怒らないでよ高希。僕も出来れば殺したくはなかったんだけどさぁ? 仕方ないじゃん?」


「く、狂ってる……! 友人を、ほんとに……!!」


 メイドは声を荒げ頭を抱える。

 そこに先程までの冷静さは見えない。


「バカ! あの子の表情や態度見てれば分かるでしょ! あの子は表情すら変えずに本当に弾がでる銃を友人のこめかみに押し当ててたのよ!?」


 赤髪は焦っているのか先程の威圧的な口調がなくなっている。心なしか声も先程と違い可愛いものとなっている気がする。


「お譲様……私は…………どうすれば…………お譲様……」


 メイドは手で顔を覆いなにごとかを呟き続けている。赤髪の声はどうやらメイドに届いてはいないみたいだ。


「あぁもう! ねぇそこのガスマスク! あの子と、この子の手当をして!! ……いや、もう『人類進化薬じんるいしんかやく』の投与をしてあげて!!」


「あ! 待って!」


 赤髪の声で我に返り動きだそうとしたガスマスクに紗希は制止をかけた。 


「動かないで。ねぇ、このクラスに絶対殺しちゃだめな奇跡の存在。『0』って何人いるの?」


 紗希が銃を赤髪に向け話しだす。


「はぁ!? 今この状況で質問するの!?」


「椛を殺しちゃったから、人質がいなくなっちゃって。」


「今はそれどころじゃ」


「いいから教えてよ。じゃないと適当に銃弾が尽きるまでここにいる生徒達を無差別に殺すけどいい?」


「なんで!?」


「このままだと僕たちの【『3』以下を殺さないで】っていう要求が通らなくなりそうだからね。」


「心配しなくても『3』以下はもう殺さないわ!!」


「いやいやあなたがそう言ってもまたそこのメイドさんみたいな人が出てくるかもじゃん? だから保険として他にも『0』がいないかって聞いてるの。また嘘ついたら『0』を殺すよって脅す為に。」


「……『0』は奇跡の存在。そう簡単にはみつからないわ。」


「歯切れが悪いなぁ。……そう言えば全部メイドさんが数字を教えていたよね。もしかしてこのクラスの生徒に割り振られた数字を君は知らないの?」


「……えぇそうよ。なんでも極秘情報らしくてね。私らには教えてくれないの。」


「じゃぁそこにころがってるバインダーには書いてるの?」


 紗希は視線でメイドの手から離れていたバインダーを示す。


「そうかもしれないけど……。」


 赤髪は銃口を向けられているにもかかわらず紗希から目線を外し、そのメイドが持っていたバインダーを手に取った。


「……悪いけど、非常事態だからね。」


 そしてためらうそぶりを見せながらも、謝りながらバインダーに目を通し始める。


「書いてる?」


「……驚きね、まさかこんなに『0』がいるなんてな。」


「あ、奇跡の存在はまだこの教室にいたんだ。じゃぁ、教えて。」


 紗希の緊張感のない言葉に腹が立つ。

 だが俺はもう声を上げる体力すらない。


「……『毒島ぶすじま もみじ』・『早乙女さおとめ 紗希さき』・『佐藤さとう 高希こうき』。この3人が『0』だ。」


「…………ぁ?」


 だが、上げられた名前に思わず声が漏れた。

 それと同時に紗希のもつ銃が赤髪から俺に向けられる。


 しかし、赤髪が即座に紗希の持つ銃の射線をさえぎるように俺の前へと立ちはだかった。


「動きが速いなぁ赤い髪の人!」


「あなたの友人にためらいなく銃口を向ける速さも中々よ!」


 咄嗟に動いた2人が大声で褒め合う。いや、赤髪の方は皮肉を言っているのだろう。


「うーんでも困ったなぁ。椛は死んで、高希は保護されちゃったか。」


「困ってるようには見えないけど? というか、この子も『0』だったのね。」


「うん。まぁ実際に困ってないからね。あ、因みに僕の名前は『早乙女 紗希』って言います。これが証拠の名札。」


 紗希が名札を銃を持っていない方の手で器用に外し投げる。


「あなたが早乙女さんね。……で、そうなるとこの子が佐藤さんなのね。」


 名札を受け取りチラリと確認して赤髪は言った。


「うん。」


「じゃぁもういい? はやく『0』2人の治療を行いたいの。」


 2人の治療と聞き俺は安心した。すくなくともこのまま見殺しにされるってわけではなさそうだ。


 もう近くにいるはずの赤髪の姿でさえぼやけてきていることから俺はもう限界が近いのを悟っているが、俺と同じように倒れている椛はもしかしたら治療を受ければまだ助かるかもしれない。


「あー、待って待って。」


 早く治療をしてくれと願う俺の心境を知ってか知らずか紗希はそう言いながら、




 俺に向けていた銃を口に咥えた





「ぽくのいのちをちとぢちにしゅるかりゃ、このきゅらすじぇんいんみにょがしちぇ?」






「……『僕の命を人質にするから、このクラス全員見逃して?』」


「ほうほう!」


「……気でも狂っているのあなた?」






 赤髪の言葉に酷く同感しながら、俺はとうとう意識を手放した。



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