5 「交渉」
俺が投げた椅子は、狙い通り女子生徒の両脇にいる2人の白いガスマスクのうち1人にぶつかった。
椅子の当たったガスマスクはよろめき、周りの机などに足をとられ転倒する。
「でぇい!!」
「ッッ!?」
俺はそのまま転倒する仲間に気を取られたもう1人のガスマスクに体当たりを決める。
そのままガスマスクは俺に突き飛ばされ遠くに転がっていった。
「え!? え? え!?」
先程まで銃口を向けられていた女子生徒は、急に現れた俺に驚き目を白黒させている。
何かかっこいい事を言ってみたいが、俺はその女子生徒に声をかける前に赤髪の方を確認する。
赤髪はメイドを庇うようにしながら教室の中心から黒板の近くまで下がり、俺から距離を取っていた。
「……………。」
「……………?」
赤髪と俺の視線が交差する。
不思議なことに、いきなり攻撃をした俺を見る赤髪の表情には怒りや焦りなどはなかった。
それどころか、どこか楽しげであるかのようにすら感じる。
「こんの大バカ特攻野郎が!! 自殺志願者でももうちょっと自分の命大切にすんぞ!?」
後ろから大きな怒鳴り声が響く。
赤髪の視線は、俺から後ろで怒っている椛に移った。
「お前はもう! ほんとにもう! なんで思考をしないんだ!? 思考回路がショートしてんのかそもそもないのかどっちだいやお前に思考なんて無理だったないつも本能でしか動いてないもんなそういうところだぞお前! そういうところ! わかってんのか聞いてんのか短絡思考の猿が!!」
それに合わせてバンバンと机を叩く音が聞こえるということは、あいつは怒りながら机を叩いているのかもしれない。
振りかえって言い返してやりたいが、赤髪から目を離したらなにをされるかわからないので視線を動かせない。
「
違ったわ。
俺の『もしかしたら殺されるかもしれない』という恐怖を乗り越えた勇気ある行動を笑う空気の読めない奴がいるだけだったわ。
なんなんだこの
さっきまでの俺の友人達への尊敬に似た感情が急速に消えていく。
「あぁもうクソが! おいバカ名札ぁ!!」
俺はその言葉を聞き、胸元にある名札を即座にもぎ取り後ろに投げる。
あやうく危ないところだった。決死の特攻で忘れていたがそういや赤髪達は名前を見て殺す殺さないを決めてるんだった。
もし俺の名前がバレて、俺が『3』以上だったのならこの女子生徒と一緒に殺されてしまうところだった。
「あだっ!? っ~!!
「後ろに目が付いてるかのようなコントロールだったよ。素晴らしいね。花丸あげちゃう。」
運が良い事に俺が適当に投げた名札は椛にぶつかったらしく、紗希は上機嫌な声で俺を称える。
「……で、銃を持つ私の前にのこのこ現れたお前はなんだ?」
そんな光景を見てから、赤髪は銃をわざと見えやすいように持ちかえて俺に話しかけて来た。
「まさかとは思うが、自分は死なないとかこれは夢だとか思ってるタイプの人間か?」
……めっちゃ怖い。なんだったら泣きそうだ。
だがそんな気持ちは顔に出さぬようにして俺は女子生徒を赤髪から隠すように立つ。
「これはこれは。その女を守るために飛び出してきたのか。その女はお前の恋人かなにかか?」
「まさか。俺は年中無休で恋人募集中の気高く美しい童貞だぞ?」
「なんだただのバカか。」
「え、酷くない?」
「バカって呼ばれたくなかったら名前ぐらい教えてくれないか?」
椛の顔面に名札を投げ、名前が分からなくなった俺に赤髪はしれっと名前を聞いてきた。
「いいよバカで。悲しいけどバカって言われるのにはなれてるし。」
どうやら名前を知られない限り殺されないという人生をかけた賭けには勝利したようで俺は内心安堵する。
「……名札を投げたことといい、お前、気づいてるのか?」
「あんなあからさまにやってればそれこそ猿でもわかるさ。」
「おうコラ気づいたのは俺様だからな! そこの猿は何も気づいてなかったからな!!」
いい感じに答えたのに後ろから椛の言葉が飛んでくる。
「……いやまぁ、あれだ。でもすごいな? お前はただの日本人の高校生だろ? よくこの状況で普通でいられるもんだ。」
「日本の男子は誰だって1度は自分の学校がテロにあったらって妄想をするんだよ。つまり俺は予行練習を脳内ですでに終わらせていたのさ。」
「そいつ僕が話しかけるまでアホ面で何もできずに立ちつくしてましたー。」
紗希も頼むから空気を読んでほしい。
「……なぁ。後ろの2人はなんなんだ?」
「さぁ? ちょっと俺も分かんないっす。」
赤髪は本気で訳が分からないという顔で俺に問いかけてくる。
俺もなんであいつらが黙ってくんないのか本気で分からない。
「……とにかく、なんか策があって飛び出してきたんだろヒーロー?」
赤髪は気を取り直すかのように銃口を構え直し、ヒーローと言って俺に問いかける。
「あぁ……。」
俺は不敵な笑みを浮かべ堂々と銃口を見やる。
『銃口を人に向けんじゃねぇ!!』と心の中で叫びながら。
……まぁでもあれだな。
……特に何も考えずに衝動だけで飛び出しましたけど何か? とか言える空気じゃなくなってしまったな。
「……。……? ……どうした? 何かあったんだろ? 言えよ?」
俺が何か有りますけど? みたいな空気をだしながら黙っていると、赤髪がなんかおかしいぞこいつと再度問いかけて来た。
「…………。」
俺は慌てず不敵な笑みを浮かべ続ける。
「……え、おいお前? マジかお前? いやいやこんなかっこいい特攻してきてお前まさかなにも策がないとか」
「
赤髪が何故か逆に焦り出した瞬間、椛の声がクラスに響いた。
「……なんだ?」
銃口を俺に向けながらも、赤髪は椛を見る。
「俺様達の要求は【『3』も生かせ】。これだけだ。」
椛の言葉で赤髪は眼を大きく見開いた。
「ほぉ! そこまでか。そこまで気づくのかお前らは。いや、これは評価を改めなくちゃな。」
「そらお前ら声をひそめてる訳でもねぇしな。」
「いやいや。こんな状況で、しかも近くではクラスメイト達が泣き喚いているってのに冷静に私たちの言葉だけの情報を整理して考える力は称賛ものだ。すげーよお前ら。ほんとすげー。」
「おう。俺様も俺様の凄さにビビるぜ。」
「……で?」
「…………。」
椛の軽口が止まる。
俺は赤髪の言ったその一言になぜか寒気がした。
『で?』ってなんだ?
何でこんなに、嫌な予感がするんだ?
「なんで私たちがお前らの要求を聞かなきゃならねぇのかを教えろよ?」
赤髪は目の前の俺に視線を送る。
「そ、それは……」
俺は思わず言い
そして、後ろから小さく『やっぱそうなるよなぁクソが……。』という椛の言葉を聞いてしまった。
椛はこうなることを見越していたのだ。そして、見越していて何も言わないということは、この問いの答えを椛は持っていないと言うことになる。
それははっきりと俺に絶望を与えた。
「んだよ? まさか、考えなしか?」
俺の絶望が赤髪に伝わってしまったのか、声を上げた。
「はぁ……お前ら舐めてんの? ただ要求すりゃ受け入れてもらえるとでも思ったの? この状況で? 日本って交渉の仕方とか授業でやんないのか? 要求するだけで何かが通る訳ないでしょ。要求するんならそっちも何か負担を覚悟してからにしてくれない?」
赤髪は苦笑しながら言う。
「おいヒーロー。名前がばれないと撃たれないって踏んで特攻した勇気は認めてやるがよ? 勇気だけじゃ人は救えねぇぜ? ついでに、自分の命もな。」
そして、そのまま銃口を俺からはずし、
「おい。こいつの名前はなんだ?」
『3』より下の数字を言われたクラスメイトに向けた。
「ヒッ!」
「5秒でこいつの名前を答えろ。クラスメイトなんだから分かるだろ? ほら、1.2.3.4」
赤髪は勝ち誇ったかのような視線を俺に向け数を数える。
「あ、え、こいつは『さと」
そして俺の名前が言われる刹那、後ろで何かが爆発したような音が響いた。
「みんなー。ちゅうもーく。」
あまりに不意になった『銃声』により耳鳴りがする中、間の抜けた紗希の声が聞こえて来た。
俺は急な事態につい振り返ってしまう。
そして絶句した。
「はい皆静かになるまでの間に僕とこの俺様系クズはこんな感じになりましたー。」
何故か銃を持った紗希が、その銃口を椛のこめかみ押し付けていた。
「熱い! 銃口めっちゃ熱い!!」
椛が暴れているが、完全に動きを拘束されている。
「……何してんだ? お前?」
「何って、『交渉準備』だよ?」
紗希は何故か笑いを含め答えた。
「『0』。『奇跡の存在』ってやつが殺されたくなかったら『3』以下は生かしてくんないかな?」
「助けてくれ! 死にたくねぇんだ!! 俺様はまだ死にたくねぇんだよぉぉぉおお!! 童貞のまま死んでたまるかぁぁぁあ!!」
友人の命を人質に『交渉』を始めようとするサイコパスと、友人に殺されかけているという状況に混乱して恥ずかしいことを口走っているクズの図。
「……なぁ。本当に、あの2人はなんなんだ?」
赤髪が先ほどと同じような質問を俺にする。
「さぁ? 本当に、俺も分かんないっす。」
それに俺は先ほどと同じような答えを返した。
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