4 「『3』」

「『小林まり』『5』」


「あぁああいやいやだぁあ! やめてぇええ!! なんでなんでなん」


『パンッ』


 何回目かの乾いた音がクラスに鳴り響く。それと同時にまた1人クラスメイトが頭の中身を撒き散らして倒れた。


 生きる事を許可された幾人かのクラスメイトは、ただ椅子に座り耳をふさいで泣きながら震えている。


 5分やそこらでクラスメイトが1人ずつ殺されていく。

 そして次に殺されるのは誰か分からない。次は隣にいる友達かもしれないし、自分かもしれない。分かっているのは必ず赤髪の目の前に連れて行かれ、自分の命を掌で転がされなければならないという事だけだ。


 そんな極限な状況下でクラスメイト達は、


『次に赤髪の前に連れていかれ殺されるのは誰だ。』


『なんでこんなことに。』


『死にたくない死にたくない。』


『助けて。助けて。』


 とまじないのように同じ言葉を繰り返すだけになってしまっていた。


 中には立ってる事も出来ずにうずくまったり、小さく全身を震えさせ嗚咽を漏らしている人もいた。


 そして頭を吹き飛ばされてからもぴくぴくと僅かに動いていた女子生徒は、赤髪の前から白いガスマスクによって運ばれ窓から捨てられる。


 先程まで、ほんの20分~30分前までは普段どおりだった教室は、死臭と血が満ちる地獄に変わっていた。


 俺は、その地獄でただ立ちつくしている。

 ただただ立ち尽くし、何も考えられずに、何もできずに……。


「なんかさー。小説とかで頭を撃たれた死体とかって『まるでザクロがはじけたような……』みたいに芸術的に表現されるけど、こうして目の前で見てみると普通に汚いよね。あと臭い。というか、血生臭いのは分かるのだけどなんかアンモニア臭もするよね? だれか漏らしたのかな? ……ちょっと高希? ちゃんと聞いてるの?」


 そんな時、右隣から紗希が俺の肩をたたきながら普段と同じ調子で話しかけてきた。


「あ、は? え? さ、紗希、怖くねぇの? なんでお前そんな、普通に……。」


「いやだってもうこれダメでしょ。100%文字通り赤い髪の人に命運を握られてる感じじゃん。命乞いとか通じそうにないしね。殺されるのは嫌だけど、どうせ殺されるなら出来るだけ痛くなく殺されたいなぁって感じ。」


「感じって、お前マジか。」


 紗希のその態度に呆れるが、少しこの状況への恐怖が薄れたのを感じる。いや、少し冷静さが戻ったと言うべきか。

 紗希のどこか冷めてるような普段と変わらない様子を見て俺の頭も少しは冷めたのか、なんとか頭が回転するようになった。


 とにかく、このまま何もしなかったら紗希の言う通りただ殺されるだけだ。なにか、今の俺にできることはないか……?


「ねぇ? 椛もそう思わない? もうどうしたって……」


 紗希はそのまま雑談でもするかのようにいつの間にか俺の左隣で頭を抱えながらしゃがみこんでいた椛に話しを振ろうとして、言葉を切った。


 なぜ紗希が言葉を切ったのかと疑問に思うと同時に、俺の耳に小さくも聞きなれた声が聞こえてきた。


「あぁふざけやがってどうすりゃいいんだなんで俺様がこんなテロまがいな事に巻き込まれなきゃ……クソがクソがクソが…………! なんとか、そうだなんとかしてやる……! ……だが殺す奴は絶対に殺すみたいだし…………いや駄目だ偽名はすぐばれた……嫌まてまて偽名は何故ばれたんだ?……メイド……か? なら……バインダー? ……バインダーを……いや…意味がない………………さすがに殺される…………それなら……」



 椛は絶望して頭を抱え蹲っていた訳じゃないみたいだ。


 こんな状況でも必死に頭を動かし、1人で何かを考えていたのだ。


 そうだ。こいつはただうなだれて絶望に身を任せるような奴じゃなかったな。


 椛はどんな状況でも諦めが悪くしぶとい頑固な汚れみたいな性格だってことを忘れていた。


「あぁ……。椛はこんな状況でも僕みたいにもうだめだなーって考えないみたいだね。」


 紗希は椛から視線を外し、まっすぐ俺の眼を見る。


 (高希はどうするの?) 


 (ずっとそのまま何もしないで、諦める?)


 (このまま何もできない奴でいいのかな?)



 目は口ほどにものを言う。


 紗希は口ではなにも言わなかった。だが紗希のその怖いくらい澄んでいる暗い目は俺に確実にそう言っていた。


「ほら次はお前だ。……可哀想だが時間がねぇから早く来てくれや。うだうだしてても状況はかわんないんで……変わんないんだからよ。」


 赤髪が隅に集まったクラスメイトの誰かに指をさし言う。

 その隅にいるクラスメイトももう数が少ない。


「あぁぁぁぁぁあああ! もうやめてぇ! 離してよぉ!! 私は今迄うまくやって来たのに! 誰か! 誰か助けてよぉ!!」


「おい。はやくそいつを連れてこい」


 指を差されたらしき女子生徒は泣き喚くが、ガスマスクに2人がかりで掴まれ赤髪の前に連れて行かれようとしている。


 こんなどうにもできないような状況を椛はどうにかしようと頭をまわしていたのか。


 本当に無謀と言うか、諦めが悪いと言うか……。


 だが、そうだ。


 椛はろくでなしだが、それと同時に頭が回る奴だということを俺と紗希は知っている。


「おい椛。」


 俺は赤髪達にばれないよう小声で椛に話しかける。幸いなことに赤髪達は目の前で暴れる女子生徒に注目していて俺ら3人を見てはいない。


「くそ……はやく……嘘を……なにか他に……」


 俺は1人で思考に潜ってる椛の頭を軽く叩く。


「痛ッ!? な、なんっ」


「静かにしろ。椛、お前ずっと何か考えてるみたいだけどなにか策があるのか?」


「そうそう。椛の眼がギラギラしてる時は大抵何か考えてる時だよね? 高希と僕にちょっとその考えを教えてくれない?」


 椛は話しかける俺と紗希に迷惑そうな顔を向ける。

 こいつさては親友である俺と紗希を信用してないな?


「……椛、普段は言わないがお前の頭の回転だけは素直に頼れる。回転だけはな。いいか頭の回転だけだからな? ……それに、お前がそうして頭を回してるって事は、この状況をどうにかできる何かを見つけてるんだろ? 俺と紗希が全力でお前の考えに協力する。だから教えてくれないか?」


 俺は明らかに信用してない椛にそう言ってお前の考えに協力すると話しを持ちかける。


「……オーケーだ。カカッ。そういやお前らという優秀な駒がいたんだったな俺様には。なんで『回転だけ』を繰り返し言ったのかは気になるがまぁいい。」


 椛はそう言い、挑戦的な笑みを見せる。


「まず前提の話しだが、あいつらは殺す奴と殺さない奴らを明確に区別している。」


 そして俺と紗希に語りだした。


「その区別だが、どうやらあのメイドが言う数字が関係しているみたいだ。メイドが俺様達の名前を確認してから言う数字の『0~5』のなかで、ふざけた話だが『3』以上は全員殺されている。そして、『2』以下は殺されていない。しかも『0』は奇跡の……いや、まぁとりあえず『0~2』は殺される心配はないと考えていいだろう。」


 ……確かに椛の言う通り、赤髪が俺達を殺す前には必ずメイドは数字を言っていたことを思い出す。


「暴れてる奴をわざわざ押さえつけて、名札を確認してるって事はだ。あいつらは無暗やたらに殺すってことはしてこないはずだ。しっかりとそいつに割り振られた数字を確認してから殺したり生かしたりしている。それに、俺様が偽名を使った時はあのメイドがバインダーを注視してから俺の言った名前の人物はこの学校にはいないと断言した。つまりメイドの持っているバインダーには多分この教室全員の名前どころか学校にいる人間すべての名前が書かれている。それと、生徒全員に0~5の数字が割り振られてるはずだ。だからメイドは名前を聞いてから、そいつに割り振られた数字をしっかりと確認し、殺す役の赤髪に殺すか生かすかを伝えているんだと思う。」


 そう早口で椛は言い切り、メイドの持ってるバインダーを睨む。


「……バインダーをメイドから奪うのはどうだ?」


 俺は手っ取り早い作戦を提案する。


「高希はあの不審者どもを舐め腐ってんのか? それとも単純に頭が腐ってるだけか? バインダーを奪うとかいう大きな行動をとるとまずマークされるだろ。 そこまでの行動を起こせば問答無用で殺されないとも限らねぇ。まぁ無理な作戦だな。」


 俺の提案は却下された。

 というか誰の頭が腐ってるだ、こんな状況でなければ殴っているところだぞ椛め。


「あと有効そうなところは、『3』の生徒を見た時に赤髪が『「…残念だ。ギリ殺せって言われてんだよ」』って言ってたところか。もし何か良い考えがあれば、なんとか『3』を殺さないよう事態を動かせるかもしれねぇが……」


「つまりどういうことだ?」


 俺は椛に分かりやすい説明を求む。


「『3』ならもしかしたら殺されなくてすむことが出来るかもしれねぇって話しだ。今はそれを考え」






「『大友愛理』・『3』」






 メイドの凛とした声が椛の話しにかぶさる。


 いま、『3』と聞こえた。


 赤髪の方を見ると、ガスマスク2人に引っ張り出されていた女子生徒が涙を流しながら赤髪の前に立たされている。


 赤髪は黙って銃口を女子生徒の頭に向けようとしている。




 ……俺はその場面から目を離せなくなった。


 そして目を離せないでいる俺は、女子生徒の口が動くのを見た。




『助けて』




 声は聞こえなかったが、確かにはっきりとそう口が動いた。








≪……その言葉を理解した瞬間、世界がとまったかのように俺の思考が高速で動きだした≫











『「『3』ならもしかしたら殺さなくてすむことが出来るかもしれねぇって話しだ。」』

 椛の言葉が脳内で繰り返される。

 あそこにいる、今から殺されるであろう女子生徒は、『3』だ。

 その救えるかもしれないという女子生徒に赤髪は銃口を構えようとしている。

 そのまま他の俺のクラスメイトにしたように、銃の引き金を引くつもりなのか?

 助けられる可能性を持つクラスメイトが今この瞬間に殺されようとしている。

 簡単にまた俺の目の前で人が死のうとしてる。

 『助けられる』可能性がある命が、奪われようとしている。


 俺は俺の思考以外が止まった世界で、両隣りにいる悪友を思う。



『紗希』はこの地獄に突然放り出されても自分を見失わないで冷静で、混乱していた俺をも冷静にしてくれた。


『椛』は自分の思考を一時中断して、俺にこの状況を少しでも良い方向に持っていけるという希望を教えてくれた。


 なら、『俺』は?


 『紗希』のように冷静にしていることや、『椛』のように考える事は俺には出来ない。


 俺はこの悪友たちのように何かこの状況、この地獄に対応はできないのか?




 それは、いやだ。




 ならどうする?

 目の前で消えゆく命のために俺は何が出来る?

 出来ることは無いもないのか?

 ……いや、出来ることはある。

 あるんだ。

 もしかしたら最初から分かってたかもしれない。

 だが、『これ』は怖い。

 本当に、怖い。


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い!!


 でも、やらなきゃ目の前で人が死ぬ。

 なんで誰もやらないんだ?

 わかるだろ!?

 目の前の命を助ける方法が!

 誰にでもできるだろ!


 ……いや、違う。


 皆も俺と同じく怖いんだ。

 この感情、恐怖はできることをできなくする……。

 普通の事ができなくなる。

 普通が普通でなくなるんだ。

 だからみんな、動けないのか……?

 ここで動ける奴はいないのか?

 命を助ける事のできる奴、


 ヒーローは、いないのか?




 いや違う。




 ふざけるなよ。


 ふざけんなよ!!











「うぉらあぁぁああああああああああ!!!」


 俺は叫ぶ。


 声を上げると同時に世界は時間を元に戻した。


 赤髪たちは、いやこのクラスの全員は急に声を上げた俺を驚き見る。


 あの紗希でさえ、目を見開き俺を見たような気がした。


 だが俺はそれにかまわず近くにあった椅子をガスマスクの1人に投げつけ、走り出した。


 そうだ。走り出したんだ。


 命を助けたいなら、何かをしたいならまずは行動をしなけらばならない!


 動かないと何も始まらないから!


 俺が、

 この地獄に対抗する為にできる事は、

 冷静に状況を確認することや作戦を考える事じゃない。







 まずは、動き出す事なんだ!!

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