公爵令嬢の威圧の前に、嘘はつけない

山吹弓美

公爵令嬢の威圧の前に、嘘はつけない

「ジョルジアーナ・ランブルテッゼ。お前との婚約を解消、破棄する!」

「まあ」


 婚約者であるファブニアル王子殿下からそう、わたくしは一方的に告げられました。

 王立学園の全課程を無事終了し、卒業することとなった生徒を祝う舞踏会。その会場である講堂の中央において。


「そうなると、ファブニアル殿下の妃にはどなたがなられるのでしょう?」

「もちろん、ここにいるメリアニア・スタンフォーレだ」

「よ、よろしく」


 殿下の隣に寄り添う、赤みがかった金髪の幼気な少女。スタンフォーレ子爵家のご息女、と伺ったことがございます。……確か、ご当主が外に作られた彼女を数年前に引き取られたとか。

 わたくしはランブルテッゼ公爵家の娘であり、第一王子ファブニアル殿下との婚約は王家側から打診されたものだと両親より聞かされました。……事実上の命令、みたいなものですわよね。いくら王家の分家とも言える公爵家でも、王家は仕えるべき主家なのですから。


「メリアニア様、ですか」

「な、何よ」


 もっとも、ファブニアル殿下が見初められた令嬢ということであれば致し方ないことでしょう。わたくしと殿下の間にはいわゆる愛情、というものはないに等しかったのですから。

 だからわたくしは、殿下に選ばれた彼女に声をかけました。このくらいは、許されますわよね?


「これから王家に連なる者としての教育をお受けになる、ということですか? 大変ですわよ」

「教育? ふん、どうせ大したことないんでしょ。平気よ」


 まあ、何というお心がけかしら。わたくしにはとてもとても大したことであったあの教育を、望んでお受けになるとメリアニア嬢はおっしゃったのですから。

 では、もう心配は要りませんわね。


「良いお覚悟ですわね。でしたら、わたくしに異存はございません」

「ま、待て、ジョルジアーナ」

「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 踵を返しかけたところで、殿下に呼び止められました。

 はて、何でしょうか? メリアニア様も、何やら慌てていらっしゃるようですけれど。


「お前、自分が婚約を取り消される理由を聞かないのか?」

「理由を伺うも何も、殿下がたった今宣言なされたではありませんか。王家に仕える公爵家の娘といたしましては、そのお言葉に従うまでですわ。理由など関係なく」


 呆れたものですわね。曲がりなりにも王家の一員であれば、ご自身のお言葉にどれだけの重みがあるかを自覚していただきたいものですわ。

 ああ、その重み故にわたくしは急がないといけませんわね。面倒ですから、軽く威圧させていただきましょうか。


「では、わたくしはこれにて。取り急ぎ登城せねばなりませんので、その準備をしてまいります」

「登城だと?」

「ファブニアル殿下より婚約解消の旨伝えられましたので、国王陛下にその了承のお返事と今後のお話を」

「何で父上に会いに行く必要がある!」

「王家とランブルテッゼ家との婚約でございますので、王家のご当主であらせられる陛下に報告申し上げるのは当然ですわ。では」


 本来であればこのパーティにお出ましくださるはずの国王陛下ですが、お仕事が詰まっておられるとかで少し遅くなる、というお話を伺っております。ですのでまだ、お城におられるはずですわね。

 どうして、殿下は慌てておいでなのでしょうか。まさか、お父上である国王陛下のお許しもなしに先程のような発言をされた、とでも?

 まさか。

 ……ところで。

 ファブニアル殿下やメリアニア様の後ろに控えておられた何人かの方々……いずれも上流貴族のご子息がたでしたけれど、あの方々は何をしにいらしたのかしら?

 まあ、わたくしの威圧の力を込めた視線で固まっておられたのだから、大したことではなかったのでしょうけれど。




「……というわけで、残念ですがわたくしは、ファブニアル殿下の妃にはふさわしくないと認められたようでございます」

「馬鹿か、あいつは」


 本当に、ファブニアル殿下のお言葉は陛下のお許しを得たものではなかったようです。執務室におられた国王陛下は、わたくしの報告に頭を抱えられました。

 さすがに込み入ったお話ですので謁見の間ではなく、プライベートに近いこちらのお部屋でお話できたことは幸いでした。執務机の上に積まれた書類は、そのほとんどが片付いているように見受けられますわ。これを片付けて、パーティに出向いてくださるはずだったのでしょう。


「育て方を間違えたかな……」

「いえ、陛下や王妃殿下の育て方は間違っていないと思います。ただ、それ以外の方々が育て方を間違えただけで」

「地味に言い方がひどいな、ジョルジアーナ」


 陛下はそうおっしゃるけれど、これは私も含めてファブニアル殿下とお付き合いをしたことのある者全ての感想ですわ。

 自分が一番自分が全て、自分の願いは何でも叶う。どうやら、殿下をお育てした乳母や養育係がこぞって持ち上げた結果らしいですけれど。

 乳母にしろ養育係にしろ、王族に直接仕える者たちですから大体がそれなりに格のある家から出仕している者たちです。王位継承権のあるファブニアル殿下が即位された後、ご自身の家に益をもたらすためにそのように育てたのだろう、とは以前お伺いした陛下の愚痴ですわ。

 このわたくしが殿下の婚約者として据えられたのは、その愚か者どもから殿下をお守りするためでした。これまでわたくしが受けてきた妃になるための教育も、その一環。

 ま、全て無駄になりましたけれどね。


「未来の貴族当主たちの前で理由もなく婚約を解消されたのですから、このくらいは申し上げても構いませんでしょう?」

「俺の父上の時代では不敬罪だったが、今は俺の時代だからそれはなしだ。アレの父親として、そなたに大変失礼をしたことを謝ろう。そなたの威圧に勝てなかったのであれば、ろくでもない理由であることは明らかであるしな」


 いやほんとに済まなかった、と冷や汗をかきつつ陛下が頭を下げてくださいました。使用人や護衛兵士以外に人はおりませんし、このくらいの謝罪は受けて当然ですわよね?

 現在の国王陛下は、それまでの歴代の陛下よりも気さくでお話がしやすい、とは先代陛下をご存知である祖父の弁ですが、それでも威圧感は大したものだと思うのです。

 その威圧感に負けぬ一族が、我々ランブルテッゼ。わたくしがちょっと本気を出せば、たとえ貴族の方々でも威圧に飲まれて動けなくなりますわ。

 わたくしの威圧に勝てるのは、事実や真実をもってわたくしどもに言葉を紡ごうとする者のみ。嘘偽りをもって我らを欺こうとする者は、軽い威圧だけで口をふさがれることとなります。

 ……ああ。もしかしてあのご子息がたは、わたくしの威圧のせいで口を挟むことができなかったのでしょうか? では、何をおっしゃろうとしたのかはわかりませんが事実でも真実でもなかったのですわね。


「継承者をサグリットにすることも考えておくかな」

「なさるのでしたら、お早めに」

「分かった」


 陛下のお考えを、私は促しました。正直、そのほうがお国のためですものね。

 第二王子サグリット殿下はまだ十四歳とお若いですが、少なくとも同年代の方々より聡明な頭脳の持ち主です。ファブニアル殿下よりも周囲の環境に恵まれたからか、王にふさわしい考え方をされるとは城内でも、また王立学園でも評判ですわ。

 ええ、同じ学園の中等部に在籍しておられます。わたくしどもは高等部を卒業したところ、ですわ。

 ファブニアル殿下はいまだ在学中の弟君に王位継承権第一位を譲り渡すことになりますが、自業自得ですわね。


「ちなみに、サグリットの妃にすると言ったら」

「単純に王族教育しなくて良い、という理由でしたらお断りしますわ」

「だよなあ」


 陛下のご提案を、やんわりと断らせていただきました。状況が状況ですし、場所もプライベートに近いですし、この陛下ですので許されるといいますか。

 王太子が代わったので婚約相手も代わる、というお話は先例もございますので、王家からきちんと申し入れいただければこちらも考えますけれどね。


「なら、得意分野の方で力を貸してくれないか、ジョルジアーナ。鬱憤ばらしにはちょうどいいのがあるんだが」


 とはいえひとまず、わたくしは国王陛下の『鬱憤ばらし』に乗せていただくことにいたしました。




「さて、ファブニアル」


 二日後の、謁見の間。

 玉座におわす国王陛下の御前にわたくしとファブニアル殿下、メリアニア様とパーティの折にその側におられた皆様が揃い、かしこまっております。既に許しを受けておりますので、我々全員は陛下のお顔を見ることができておりますわ。


「そなた、ランブルテッゼ家のジョルジアーナと結ばれていた婚約を勝手に破棄した、と報告が入っている。なぜだ」

「それはもちろん、この女が私の妃にふさわしくない女だからです。それには、メリアニアがふさわしいと私は考えております」

「ほう」


 陛下のご質問に、ファブニアル殿下は堂々と答えを述べられます。わたくしはその会話を、ゆっくりと聞き届けることにいたしましょう。


「ジョルジアーナがふさわしくなく、メリアニアとやらがふさわしい理由を述べよ。ランブルテッゼの目の前でな」

「は?」

「二度言わせる気か」


 わたくしがファブニアル殿下の妃となるにふさわしくなく、メリアニア様のほうが適任である理由を殿下は、きちんとお話いただけるでしょうか?

 このわたくしの、威圧の前で。


「……っ!」

「ひいいっ!」

「スタンフォーレの娘も発言を許す。自分のほうがジョルジアーナよりも王妃にふさわしい、その理由を述べよ」


 ファブニアル殿下は息を呑まれ、メリアニア様は情けなくも悲鳴を挙げられました。この場におられる方で唯一わたくしの威圧に負けることのない国王陛下は、平然とお言葉を続けられます。

 陛下からのお許しを得て、メリアニア様が何とかお言葉を紡がれたのは数分の後、でした。


「だ、だって! わたしのほうが、王子様のことを愛しているんですもの!」

「そうです父上! 私とメリアニアは、愛、あいっ」


 続けて殿下も、お言葉を紡がれます。ですが、そのお言葉は途中で停止してしまいましたわね。

 わたくしと国王陛下は、お二方のお言葉の意味をすぐに理解することができました。まずは、メリアニア様から。


「……『王子様』、か」

「名前で呼ばれませんでしたわね、ファブニアル殿下」

「そ、それ、が?」

「つまりスタンフォーレの娘はお前という個人ではなく、王子という肩書に惚れているということだ」


 そういうことです。わたくしの威圧に耐えつつご意見を紡がれたことには感心いたしますし、そのお言葉に嘘はないのですが。

 『ファブニアル様』ではなく『王子様』とおっしゃったメリアニア様の本心は、今陛下がおっしゃったとおりということなのですわ。


「それにファブニアル。お前、そこな娘と愛し合っている、と言えなかったではないか」

「なっ」

「ランブルテッゼの前で、嘘は許されない。たとえお前がその娘を愛していることが本心であろうとも、その逆が真実でないのだから言葉が出てこなかった。そういうことだ」

「え」


 逆はなさそうですのでこの場合、メリアニア様が本心からファブニアル殿下のことを愛しておられなかったと取れますわね。

 ですから、愛し『合って』というところまで言葉が紡がれなかったのでしょう。

 さて、威圧を止めましょうか。この後は陛下と殿下、メリアニア様との間のお話ですからね。


「ランブルテッゼの者は、向かい合った相手を威圧することができる。その力の前で紡ぐことのできる言葉は唯一、真実のみ」

「は?」

「今の当主が本気で威圧すれば、俺も勝てんぞ。ジョルジアーナはそれほどでもないが、王家への悪意を持ち合わせる者の口は開かせることができる」

「何ですか、それは」

「逆に、俺やお前が国を私物化しようものならランブルテッゼは黙ってはいない。ファブニアル、お前がまともな王になることを願ってジョルジアーナとの婚約を進めたのだがな」


 あらら。国王陛下、口調が砕けておいでですわよ。もっともこの場には、メリアニア様を除けばほぼ身内しかおりませんけれど。


「お前以外にその娘を取り巻いていた連中に関しても、ジョルジアーナの威圧に何も言えなかったらしいな。さて、何を言おうとしたんだか」

「ち、父上! ジョルジアーナは、メリアニアに数々の嫌がらせをしたのです! それを、告発しようと!」

「だが、言えなかった。ランブルテッゼの威圧に屈した時点で、その嫌がらせとやらは虚偽でしかない」


 あの方々が居並んでいた理由は、それでしたのね。確かに、嘘を並べ立てるつもりだったのであれば口など開けません。……その嘘を作り上げたのがどなたか、という問題は残りますけれど。


「嘘ではありません! わたし、ほんとうに、ジョルジアーナ様に!」

「わたくしが、あなたに、何をしましたかしら?」

「……っ」


 ほうら、しゃべれない。もちろんわたくし、メリアニア様には何もしておりませんもの。


「そういうことだ。ファブニアル、そしてスタンフォーレの娘はもういい、下がれ」

「な、な、な」

「沙汰は追って下す。ジョルジアーナ、ご苦労だった」

「はい」


 疲れ果てた陛下のお言葉により、『鬱憤ばらし』は幕を閉じました。……あら陛下、鬱憤は晴れておられないようですが大丈夫ですか?




 結果として、ファブニアル殿下は王位継承権とわたくしとの婚約を失うこととなりました。サグリット殿下が、現在継承権第一位ですわね。妃には、どなたがなられるのやら。わたくしはご辞退申し上げましたけれど、陛下はまだ諦めておられないご様子です。

 殿下同様、メリアニア様の取り巻きをなさっておられた方々もお家に引き戻されたり、ご自身の婚約を白紙に戻されたりとお忙しいご様子です。彼らのお家とは利害が対立するお家の方々が、これ幸いとばかりに王家に近づいておられるご様子ですわ。陛下の頭痛の種が増えられたとか、何とか。

 そうしてメリアニア様ですが、彼女もまたスタンフォーレのお家に引き戻されたとのことです。そもそも正夫人様のご息女ではないのですから、お屋敷の中で肩身の狭い思いをされていることでしょう。それに、既に醜聞が広まっていますし……どこかに、嫁ぎ先があるのでしょうかね? はて。


 わたくしはといいますと、卒業を祝う舞踏会を再度催させていただきました。ろくでもないお話で皆様のお楽しみを潰してしまったのですからね、このくらいの埋め合わせは当然です。ランブルテッゼの当主である父上にもきちんとお話はいたしましたし、支援はいただきました。これもまた、当然のことですわね。

 その後わたくしは、父上とともに国王陛下のお側で働くこととなりました。ランブルテッゼの家に伝わる威圧の力をもって、王家や我が国に仇なす者を見抜くために。そもそも我がランブルテッゼは、この力と王家との結びつきを強めるために公爵位を賜っている家なのですから。


 さてさて。

 ランブルテッゼには既に兄上という後継者もおりますし、わたくしはそのうち王家なりどこかの貴族なりに輿入れする身なのですが。

 それまでは、この力をもって、しっかり働くことといたしましょうか。

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