第2話

 ニーナはしゃがみ込んでプラスチックのケースに手を突っ込んでいた。その中にはC4爆弾とその起爆装置、接続した遠隔通信用の機器が詰め込まれており、緊急時に彼女が起爆信号を送ることで爆破させることが可能となっていた。しかし本当の有事にしっかりと動いている必要があるので、定期的に設置した爆発物や火炎放射装置のメンテナンスをしていた、これは彼女にとっての日課でありルーチンワークだ。

 配線の中には埃が溜まるし雨が降ればケースに入れているといえども濡れてショートするかもしれない、それにネズミが配線を齧るかもしれないのでその確認とネズミ捕りの用意も忘れない。

 爆弾の大きさや起爆方法は幾つかあり、場所によっては遠隔で電源を入れられてから動体感知で起爆したり、またその大きさによって直接脅威を爆殺する物から建物を崩落させて強力なバリケードを作る目的の物もある。

 一通り掃除や確認を終えてケースを閉じたニーナは手袋をした手で額の汗をぬぐい、傍に置いておいたM4を肩に掛け直す。空を見上げると日没が近いので空はオレンジ色に染まりつつあり、ビルの合間から眩い日光が差し込んで地面に散乱したガラス片や看板で反射している。

 彼女はバイクに跨るとふとここに来る途中で出会った生存者の一団を思い出して動きを止めた、あの位置から教えた消防署まではそう遠くなく、丁度今頃なら到着している筈だろうと考える。街の中で根城を構えるのはあまり得策ではないと考えられているが、ここ一帯は特に感染者の群れが居ないことを彼女は知っているし、元々サンフランシスコは封鎖直前の暴動で感染者が外側――つまり出入口となる主な道近くに集結して今でも徘徊しているという事情があるのだ。つまり街の中心部はそこまで危険でもないが、ここから出ようとするならそう簡単な話でもないということ。

 とは言っても街に感染者がもう完全にいない訳でもなく、武装も警戒もしないまま建物の奥や地下、光が差し込まない危険な場所に入り込めば彼らに襲われる可能性も十分あるのだ。

 ニーナはバイクのキーを回してエンジンをスタートさせつつ、消防署に寄って行こうと考える。あそこまできつく言った手前もう一度会う気も起きないが、ちゃんと無事に辿り着いて入れたかぐらいは確認しておきたかった。

 手入れが長い間されず崩れ始めている道路の上でバイクの後輪が回転し、アスファルトの黒い破片を弾き飛ばしながらバイクが勢いよく走り出す。

 落書きと血で汚れたバンやパトカーの直ぐ傍を駆け抜け、革のジャケットの裾をはためかせていたニーナの目が前方の人型に気が付いた。

 徐々に速度を下げながらその人影に近づいて行くとそれはただの人型ではなく、顔に鉈が突き刺さった人型であった。大の字で地面に転がっているそれは先程の集団の一人であると彼女は気が付く、しかしその時とは違い目を見開いたまま倒れ、鼻と目の間には深々と鉈が柄の近くまで突き刺さっており、その刺創からは黒々とした血が流れていた。

 バイクを降りてM4を構え、鉈の刺さった死体の直ぐ傍に近づきしゃがみ込んだ、目は微かに充血しているが不完全、また目や口や鼻からの出血も殆どなく、流れている小さな血の線は恐らく刺創によるものであろう。

 その時卒然と、彼女の立つ道路から伸びた裏路地から乾いた弾ける様な銃声が響いてきた。素早く立ち上がりストックを肩に押し当てて、頬をその根元に押し付けてサイトを覗き込み、その路地に銃口から伸びる射線を突きつけた。しかし一度の銃声が轟き消えてからは何も聞こえず、何も見えない。

 ニーナは歯を食いしばって頬を歪め、微かに八重歯を口から覗かせると一瞬だけ逡巡とする表情を見せて目を泳がせるが、大きく息を吐いてからフォアグリップとグリップを握る手に力を込めて、微動だにしない銃座の如き構えを続けたまま暗い薄汚れた路地に踏み込んでいった。

 路地の中は自転車や段ボールに空き缶と、こうなる以前とあまり変わらない汚れ様だったが、違うとすれば骨が見える程に腐敗した遺体、壁の至る所に飛び散りこべりついた血がある点。

 紙くずや骨片といった物は固い靴底のブーツで踏み潰し、空き缶やアルミ片といったものは見向きもしないまま蹴飛ばしていく。

 上半身の形は崩さぬままに急ぎ足で裏路地の中心を進んでいく、ドアがあれば下から上へとその隙間からドアそのものに銃口を向けて慎重に警戒する。

 裏路地の奥へ奥へと進んでいくと壁や地面に付着した血液の量が目に見えて増えていき、、やがてついさっきまで動いていた形跡のある新鮮な死体も目につき始めた。ニーナは死体に対して特に警戒して銃口を向けつつも進んでいき、十字路に突き当たると同時に左側へと通じる別の路地からさらに銃声が鳴り響く。ニーナは急いで音源の方向へと走っていった。

 すると路上で四人の男達が取っ組み合いをしているのが遠目に見えた、しかしそのうち二人は様子のおかしい男、もう二人が必死に抵抗している。一人の男は釘抜き部分から血の滴るバールで狂った様子の男の一人を壁際に追い込んで首を圧迫していた。だがその背後で拳銃を握ってそのグリップを相手の顔面に執拗に振り下ろしていた男が、拳銃を握る右腕を掴まれ顔面に赤黒い血を吐きかけられて地面に倒れ込んだ。バールを持った男は慌てて眼前の顔をバールのカーブしていない端部分で打ち払い、続けて首に突き立ててトドメを刺した。

 そして倒れた仲間に組み付く男の後頭部に思い切りバールを振り下ろした「グチャンッ」という皮膚が裂けて頭骨と脳が砕け混じる音が遠くにまで鳴り響く。

 急いで倒れ込んだ敵を退かして仲間を立ち上がらせようとする、ところがその時銃声が鳴り響き、バールが甲高い金属音を響かせて地面に転がった。先ほどまでバールを持っていた男は自分の胸に開いた血の溢れ出す弾痕に手を当て、驚嘆した表情で後ずさって壁に背を付けると座り込んだ。

 顔面が吐きかけられた血で真っ赤に染まった男は血を吐きながら仲間に銃口を向けていた。

「し、しにたくな――」

 既に目と鼻と口、あらゆる孔から自分の血を流し始めていた拳銃を握る男は、喉の奥からせり上がってくる血で溺れる寸前のような低い声を上げる。

 しかしその男が言葉を言い切る前に先程とは別の、低く鋭く響く様な銃声が一度だけ轟き、倒れながら銃を握った右手を持ち上げていた男の頭が破裂した、眼球が半分程眼孔からひり出されて頭頂部寄りの側頭部に孔が穿たれて血と脳が噴出し、男は頭をコンクリートの地面に落として横たわった。

 銃を向けてきた仲間の頭が撃ち抜かれ、男は壁際に座り込みながら胸から溢れる血を手で抑えて銃声の方向に目を向ける、そこには硝煙を吐くM4を構えて立つニーナの姿があった。

 彼女は銃を構えたまま倒れた男の近くに寄って行き、殺した男と撃たれて瀕死の男の顔、そして彼らの仲間だったのであろう二人の死体をサイト越しに観察して死んでいることを確認し、血を流して息絶えかけた男の傍でしゃがみ込んだ。彼女が目視で確認してもそれは明らかな致命傷、位置から考えれば心臓に直撃している可能性も高く、たとえ逸れていたとしても心臓が弾丸や肋骨の破片、また弾丸の衝撃の影響を受けているのは間違いなかった。

 男は右手を銃創に当てているが既に止血の効果など無く、ただ添えられているだけの指の間から鮮血が服をべっとりと濡らして溢れている。

 ヒューヒューと隙間風の様に口腔から息を吐く男はぼんやりとした目でニーナを見上げる、すると少しだけ頬を歪めて本人以外には伝われない微笑を浮かべ、左手を持ち上げると路地の壁となっていた建物、その一つにある窓を指差した。窓は割られて淵に残ったガラス片にはまだ固まっていない赤い血が付着している。

 ニーナは窓を見つめてから男に視線を戻す。

「あっちに、子供が……逃げ込んだ。頼む……」

 男はそれだけを言い残してうな垂れて沈黙した、伏せて見えなくなった顔からはポタリポタリと血が滴る。

 ニーナは立ち上がると同時にうな垂れた頭頂部に向けてM4を発砲、飛び込んだ弾丸が歪んで踊ってから血を撒き散らしながら背中から飛び出す。

 男が指示した窓に近づくと真っ暗な廊下が見通せぬ先にまで続いている、サイト越しの視線と重なった射線を窓の外から見える限りの暗い室内に巡らせた。

「クソッ」

 やがて三度深い呼吸をしてハンドガードの左側のレールに取り付けられたライトからグリップに伸びたボタンを押してライトを点灯させ、窓を乗り越えて真っ暗な廃ビルに踏み込んだ、ギャギリと窓の下に散乱したガラスを踏みつける音が鳴る。

 裏路地とはまた違う異界のような静寂が支配した空間、じっとりとした湿気があり、光源も無いので彼女に見えるのはライトが銃口の先を照らす円形の範囲のみ。銃口とライトを廊下の奥へと向けるが、見えるのは薄汚れた壁に床にドア、それに枯れ果てた観葉植物。

 ゆっくりと踵からつま先を床へ押し付ける様に歩き、ドアのノブを捻って開くかを確認しながら進んでいく。

 するとニーナは一瞬足を止めて顔を何を見るわけでもなく動かしていくが、それは鼻腔に届く匂いに集中していた故の動作。微かに届くその異臭に気が付いた彼女は匂いに集中し、その正体を考えたがすぐに目をしばたいて前方へ視線と銃口を向け直し、今度は迷いの無いやや素早い動きで歩みを進め始めた。

 匂いの方向へとひたすら向かっていく、曲がり角があれば慎重にライトの光を差し込ませながら静かに確認して進み、一瞬立ち止まって匂いの元に遠のいたか近づいたかを確認する。

 彼女は再び歩き始めると一つのドアの前に立ち止まった、ドアは少しだけ開かれてその隙間から異臭が漏れ出していた。銃口とそのすぐ隣に並ぶライトをドアに近づけて、ゆっくりと少しずつ中を照らして覗き見ながら開いていく。

 円形に部屋の細部を照らしていくライトの光、銃を右から左へとドアに体を寄せながら円形の明かりを動かしていく。するとその時照らされる円形の光が人の下半身のシルエットを浮き上がらせた、ニーナは咄嗟にグリップのボタンを押してライトを消して銃口を向け続けると息を潜めた。

 その薄汚れたズボンを履いて裸足だった下半身を覗かせていた人影は明らかに子供の大きさではなかった、彼女は慎重に先程照らした場所を避けて他を探す。ゆっくりと部屋の中に姿勢を下げつつ踏み込んでいき、物音を立てないようにライトをスライドさせるように動かす。

 すると不意にアルミ製であろう安物の机をライトの照らす範囲から外そうとした時、微かな動きが目に入った。グリップを握る右手の人差し指の腹がトリガーを撫でながら、動きのあった机の下を照らした。角度が悪く陰っているのでよく見えず、両脚をやや曲げて上体を少しずつ下げて傾けて覗き込んだ。

 そこには体育座りで自分自身を抱く様に両手を体に絡めた少年がいた、歳は十代前半のミドルスクールに入ったばかりと思われるまだ子供と呼ばれるもの、フードを深く被って顔には古い血に汚れたマスクを付けている、それでも見開いた目は虹彩が一切動かず、小さく揺れているように見えるのは全身の震えによるものだった。

 ニーナはゆっくりと周囲を確認してから少年に近づいて行く、すると先程から嗅ぎ取っていた異臭が強くなった。銃口を突きつけたまま少年の手がギリギリ彼女の銃に触れられない距離まで寄った、すると少年が履いているカーキ色のズボンが股間から黒いシミが広がっているのが見えた、異臭の元は彼の失禁した尿の匂いだった。

「おい」

 ニーナは少年に小さな声で呼びかける。しかし少年は一切目を向けることも反応を見せることも無い、改めて周囲を見回して他の者に気が付かれていないかを確認して彼女はもう一度、今度は彼の手を掴みながら声を掛けた。

 彼の体は震えで振動しながらも石のように硬直したまま、しかし見開かれた眼孔に収まった碧眼が彼女を見返した。

 ニーナは一瞬うろたえる、少年の反応を見ている限りもはや怯えているどころではない、人間としての機能を失いかねないほどに精神を追い詰められているのが明らかな様子だった。

 人間は苦痛の限界を越えると幾つかの反応を示す、何らかの精神的逃げ道を作り出すか、それとも体の機能を犠牲にしながらも命を守るか、彼はもう人間として許容範囲とされている恐怖を大きく上回ったものを全身に浴びせ掛けられ続けているに等しかった。

「とにかく、ここから離れ――」

 その瞬間ニーナは見つめていた少年の目が彼女の左隣に視線を移したことに素早く気が付いた、さらにその体の震えが不自然なほどに突然止まったことにも。

 ニーナは少年から手を放して目にもとまらぬ速さでM4を両手で構え直し、しゃがんだまま左に視線と銃口を動かした。

 彼女がサイト越しに見つめるライトに照らされた場所、並んだ机に挟まれた細い通り道に男が一人仁王立ちしている。ライトは最初男の首から下だけを照らしていたがすぐにその上も照らす、そして浮かび上がった男の顔は異様なほどに青白く殆ど黒色になった太い血管が何本も浮き出ていた。さらにその目や鼻から赤黒い血が線を引いて流れ続けており、唸り声を漏らす口の食いしばった歯の隙間からは泡を含みながらグチュグチュと黒い血が流れ出していた。目はほぼ完全に充血しきって虹彩が真っ赤に見え、その悪魔とも呼ばれかねない風貌の男の表情は皮膚と筋肉が裂けんばかりに眉間にしわを寄せ、グラスゴースマイルの如く口端が吊り上げられて歯を剥き出しにした狂気の激怒を具現化したものだった。

 少年はその感染者に視線を釘付けにして体を硬直させられる。

「ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛」

 血を垂れ流す男が咆哮上げた瞬間前のめりに全速力で駆けてきた。そんな症状は無いにも関わらず狂犬病を発症した犬を彷彿とさせるように顔を左右に揺らして、口から血を撒き散らしながら男はニーナに勢いよく接近する。

 「ガガン、ガン」と低い銃声が轟きM4の銃口が黄色に煌めく。二発の弾丸で頭部の眼孔から上が弾け飛び赤黒い血に染まった脳片と、薄い頭骨、頭皮毛髪がまとまった欠片が爆散、一発の弾丸で胸にも穴が開いて背中から赤黒い血と肉が噴出。感染者は走り出した勢いで前のめりに倒れ込んだ。

 ニーナはセミオートで三発撃ち終えて銃声の反響が鳴り止むより早く上体を動かし銃のセレクターを操作、先程の咆哮で気が付き彼女に向かって駆け出す背後の別の男――感染者に向き直るとフルオートで瞬く間に五発胸に叩き込んだ。激しく稲妻の如く銃声が轟き、マズルフラッシュがマズルとその周りを一瞬だけ照らす。弾丸が胸に吸い込まれてほぼ同時に背中から血肉を伴って飛び出す、弾丸と砕けた肋骨胸骨が心臓とその周りを破砕していった。感染者は後方に倒れ込む。

 彼女は素早く照準を僅かに右側に向ける。机をよじ登って今にも飛びかかろうとしている感染者の胸、首、顔を縦薙ぎに銃弾を叩き込んだ、胸骨が粉砕されて陥没し、首は潜り込んだ弾丸の衝撃で皮膚が弾け飛ぶと赤黒い血が流れだす、顔は顎が砕けて醜く歪み、鼻とその奥が掻き回されて頭部を後方にのけぞらせた。机に上った感染者は頭部を仰け反らせると脱力して倒れ込んで床に転げ落ちる。頭部が地面に叩きつけられて砕けた顎が揺れ、血が飛び散った。

 ライトが感染者を照らし、発砲されるとその発砲炎でストックの根元に頬を押し当てて八重歯が剥き出しの険しい表情でM4を発砲するニーナの顔が照らされる。

 一瞬の静寂が場を満たすが、すぐにドタドタと走り出す音や何か物を押し倒す音が外から漏れ聞こえる、それに加えて感染者の恐ろしい呻き声も数がわからない程に重なって聞こえた。

 ニーナは振り返るとうずくまったままの少年の腕を掴んで力任せに引き上げた、そして殆ど引きずりながら部屋のドアまで辿り着くとスリングに繋いでいたM4から右手を離し、その手で少年の頬を鷲掴みして上を向かせると強引に目を合わせさせた。同時に左手で掴んでいた少年の右手を自分のベルトに押し当てる。

「私のベルトを掴んだまま後に続いて必死に走れ、絶対に転ぶんじゃないぞ。わかったな?」

 怒鳴るわけでもないがハッキリと怒りを滲ませた声で少年に言葉を捻じ込む、少年は涙を滲ませた顔で震えるように頷く、そして確かに力を込めて彼女の固いベルトを掴んだ。

 彼女は部屋の外の廊下に視線を戻してM4を両手で構え直す、すると少年に伝えようという気があるのかないのかわからない声で小さく呟いた。

「お前、逃げて隠れて震えてたんならまだ死にたくないんだろ……」

 そして堰を切ったようにニーナは出口に向かって走り出した、少年は必死に足を動かして彼女のあとを追う、走る勢いで流れる風で少年のフードが取れて短い赤毛が露わになった。

 ビルに侵入したルートから地図を頭の中に思い浮かべ、そして確認できた限りのドアや曲がり角も地図に加えていく。

 素早く進みつつ薄汚れた廊下や左右のひび割れた壁を小さな円形の範囲で照らしていくと右側へと通じる曲がり角が見えた、その瞬間曲がり角から叫びながら感染者が弾丸の如く飛び出して止まれず壁にぶつかり張り付き、血を吐きながら素早く彼女の方向に赤い目を向ける。

 ニーナは慌てる様子もなくただ眉間に小さくしわを寄せて素早くほぼ一瞬で四度発砲、銃口から放射状に発砲炎が噴出し、弾丸が飛び出して壁に両手をついて吠える感染者の首と頭部を撃ち抜いて弾け飛ぶ皮膚と血潮。続けて二人血まみれの感染者が全速力で飛び出してくるが向かってくるより先に胸に二発撃ちこみ、背中から真っ赤な粘っこい血肉の花を噴出させて地面に倒す。排莢口から蹴り出された金色の薬莢が、甲高い音を上げながら地面の上に落ちる。

 曲がり角の先を覗き込んで銃口とライトを向け、さらに二人の感染者を照らして胸に二発顔に一発撃ち、後頭部と背中から皮膚や毛を纏った肉と血を撒き散らす感染者を尻目に走り抜ける。

 暗い廊下を走り抜けていき左右でドアが開かれれば感染者が姿を見せる前にドア越しに頭部の高さを狙って撃つ。そして残弾が五発を切るとマグリリースを押し、M4を手首のスナップで振ってマガジンを抜き捨ててから新しいマガジンを差し込んでボルトリリースを叩く。

 暗い廊下の中を彼女は的確に素早く照らしていき、次々と感染者が姿を現すや否や胸を撃って一瞬でもスキがあれば顔にも撃ち込む。そんな血と弾丸の嵐のような状況を彼女の後ろから少年は目の当たりにする、しかし彼女の走れという頭の中で響き続ける声に無心で従って足を動かし続けた。

 不意にニーナが振り返ると左手で少年の頭を掴んで脇に押しやり、暗闇の中から真っ赤な目から血を流して疾走してくる感染者たちを照らして一息に全員の胸と頭を撃って射殺する。

 前屈みで全力疾走をしたままこちらを血走った目で睨み、血を吐いて吠える感染者の顔が陥没、欠損していく。

 ぐるりと振り返って再び進み始めて曲がり角を曲がると廊下の先に光が見えた、目を凝らすとそれは彼女が入ってきた窓から差し込む光。

「行け! 走れ!」

 振り返ってニーナは少年に吠えるように指示し、返答される前にすぐ隣のドアから聞こえる叫び声に反応してドアを蹴りつけ抑え「ダダダンッ」と三発ドア越しに撃ち込む。

 感染者の叫び声で体を震わせた少年は脱兎の如く涙を流し始めながら窓に向かって行く。

 ニーナは少年の走り出す背中を見てM4から手を離すと腰からMEUピストルを引き抜く。疾く再び来た道をMEUピストルに取り付けられたライトで照らし、奥から次々と咆哮を上げて駆け寄ってくる感染者三人――の腰を、骨盤を狙って発砲する。銃口から円錐状に発砲炎が噴出して廊下の暗闇を一瞬明るく照らし、飛び出した45ACP弾が腰に直撃した衝撃で皮膚や筋肉を引き裂き、その奥では大腿骨や大腿靭帯、骨盤を粉々に足と下腹部の中で爆散させた。

 走っている途中で突然脚が思うように動かなくなり感染者は次々と転んでいった。そしてニーナは少年の後を追って走り出す。

 廊下を駆け抜け左右の部屋から姿を現した感染者の顔に至近距離で発砲して脳を吹き飛ばし、続けて走りながら背後に向けて片手で二発撃ち放つ。MEUピストルのスライドが後退したままロックされて空になった薬室が露出、その瞬間突然現れた感染者が大口を開けて左手を両手で掴んだ。ニーナは左手を外側に大きく回転させて相手の腕を捻ると体勢を崩させて足払いを掛ける、さらに左の拳を鼻に叩きつけてから足で胸を押し込む、足元で感染者が吠えて暴れる間にMEUピストルを再装填して頭を撃ち抜いて再び走り出す。

 窓にまで辿り着くと震えた少年が立って彼女を見返していた。

「何してる! 外に出ろ!」

 少年が慌てて窓の淵をよじ登っている間にニーナはMEUピストルをホルスターに押し込んでM4のグリップを掴む、そして空マガジンを引き抜いて新しいマガジンを差し込んでボルトをリリース。少年が外に出ると彼女も素早くよじ登って外に出る、辺りからまだ数人分の叫び声が聞こえて少年が不安げな目で周囲を見回す。

「ついて来い、さっさと行くぞ!」

 ニーナがM4を持ち上げて前方に銃口を向けながら走り出す、少年は黙って彼女のベルトを掴んで後を追う。二人は裏路地を出てニーナが訪れた時と変わらないままのバイクを見つける。

「あのバイクのところまで走って行って後ろに乗れ、私が追い付いて乗ったらすぐにしがみつけ。いいな?」

 もはや振り返ることもなくニーナは少年に話した、すると少年は幼さ滲む小さな声で答えた。

「うん」

 少年は一瞬、M4の引き金に指を添えながらグリップを右手で握り、左手ではフォアグリップを握りつつCompM5サイトを覗き込み真っ直ぐ前方に向けて銃を構えるニーナ姿を見上げて走り出した。

 そしてニーナは振り返って路地から押し寄せてくる感染者たちを次々とセミオートで撃つ。感染者は被弾すると倒れ込み、その体に後方から現れる感染者は足を取られて転ぶ、しかしそれをも踏み越えて次々と感染者たちが雪崩込んできた。彼らは口から血液を撒き散らして叫びながらお互いに押し退かそうと腕を振り回して我先と全速力で向かってくる。

 後ろに歩きながら次々と現れる感染者を射殺していきバイクの傍にまで辿り着く、横目で怯えた少年がちゃんとバイクに跨っているのを確認する、そして素早く自分も乗り込みフルオートで感染者の群れに弾丸をばら撒いてM4を背中に回した。群れの最前列を成していた感染者が弾丸と血肉、内臓片を背中の射出孔から撒き散らし、胸や腹、首といった場所に穿たれた射入孔から血をほとばしらせて倒れる、後ろに続く者たちが足を取られていった。

 そしてサイドスタンドを蹴り上げてバイクのエンジンを始動、回転するタイヤが地面で煙を上げながら猛スピードで走り出した。

 彼らが走り抜けた道路には次々と感染者が姿を現して全速力で追いかけていくがやがて追いつけず、その数も減っていきやがて追ってくる者はいなくなった。

 バイクがスタートしてから必死にニーナの体にしがみついて目をつぶっていた少年、感染者の声が聞こえなくなってから振り返り彼らがいなくなったことを知ると、運転する彼女の横顔を見上げていた。


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