第32話
僕は改めてエルフ族についての情報を頭の中で巡らせた。エルフ族とは特殊な種族である。大変なお金持ちになれる能力を持っているが、彼らはお金持ちになろうとはしないのも、不思議な特徴の一つだ。お金には無頓着なのだ。しかし、全くお金を保持していないわけではない。彼らは100歳までの間、つまり未熟と言われている時期に、宝石類を自らの能力で無から生成する。そして老後――エルフ側からしたら一人前になると、それらを売るなどして温泉旅行など外界に度々出かける。それ以外は畑を耕したり、川で釣りをするなどして、のんびりと暮らしている。あとは、もらったら贈り返す……基本的には物々交換の社会の住人だ。
………………。
「ダーダー」
「ピーピーピー」
気付けば僕とコムギは2時間も花札をやらされていた。ホケと赤ん坊たちの退屈そうな声を聞いて、ここにやってきた目的を思い出す。
「あの、エルフ領の王様とお会いしたいのですが……」
僕がそう言ったところ、エルフEが顔中を真っ赤にして、吼えた。
「こりゃああ。勝ち逃げする気かいっ」
気付けばエルフEだけではなく、他の6人のエルフたちも、親の仇のように僕を睨んでいる。僕とコムギは花札で、勝ちまくったのだ。
「そうじゃそうじゃ。老人から大金ならぬ小金ふんだくりおって。最近のわかもんは、なっておらん」
………………。
僕は眉を八の字にした。
「賭けレートが小さいから、いいじゃないですか。しかも姫様も僕も未成年なんですよー」
そう言うと、なぜか、エルフたちの顔に華が咲いた。
「おお、なんと! では、賭け事をやってはならん年齢ではないのか? これまでのゲームは、お金を賭けていなかった、ということにしていいかえ? お金は返してもらうということで」
「ひっでー。僕達かなり勝ったのに」
「その代わり、従者どのの頼みごとをなんでも一つ聞いてあげる、というのでどうかのぉ?」
「いいですよ。どーせ勝った金額なんて、帝国領では缶ジュース一本分ですからね、それじゃあ、頼みごとをしますが、僕たちはエルフ領の王様と面会をしたいのです。どうすればいいのか教えてもらえますか?」
僕がそう言ったところ、エルフたちは話し合った。
「『オウサマ』。はて、そんな名前のもんはいたかの?」
「そうじゃそうじゃ。わしゃー、聞いたことがないの。うっしっしししし」
「いやいや、官兵衛さんよ、あんたが王様じゃろ? エルフ領の王様なんじゃろう? 自分の役職を忘れたんかい。けしからんぞ」
「そうじゃそうじゃ。おぬしがエルフ領の王様じゃった……気が……する? そういうおみゃーさんも、大臣ではなかったかい?」
「はて、そうじゃったかのお?」
なんと、オトメの夫であり浮気をされたという老人『官兵衛』が王様だったらしい。となると、ここに来るまでの道でばったりと会ったエルフのおばあちゃん『オトメ』は王妃ということだったのか?
………………。
「そういえば、わしが王様をしていたような気もするわい。いやあ、最後に王様と呼ばれたのが、よもや200年以上も前のことじゃから、記憶が定かではないがのぉ。うっしゃっししゃっしゃ」
「本当に? おじちゃんが王様なの? さっき、畑仕事してたのにっ」
「なんじゃなんじゃ。王様が畑仕事してて何が悪いのじゃ」
「いえ……いけなくはないけど……。まぁ、王様ならちょうどいいや。僕たちが休める個室を用意してもらいたいんだけど、お願いできないですか? ほら、頼みごとを何でも聞いてくれるんでしょ?」
「よかろうっ! 『聞くだけ』は聞いてあげたぞ、この自慢の長耳でっ!」
「そんなトンチはいらなからぁぁぁっ! 意地悪しないでお願いしまーす」
コムギが人間でいられるリミットが迫ってきているので、個室が必要となっていた。この後、僕たちは5階層にあるという『公民館』の客室に向かった。オトメと官兵衛、そして、なぜか先程から一緒にゲームをしていた5人組のエルフたちも一緒についてきている。エルフAがコムギに言った。たしか『ミチコさん』と呼ばれていたエルフだ。
「のおのお。巫女さまや、あんた、えらいベッピンさんやなあ。たのむ、うちの孫の嫁になってくんさい」
「え、ええぇぇ?」
コムギは驚いた様子だ。すると後ろから、他のエルフが……。
「おいおい、あんたんとこに、孫なんていたんか?」
「いたいた。孫はこのわしじゃ。もう既婚しとるがのぉ。はっはっは」
「なんじゃ、おみゃーはもう結婚しとったんかい。残念無念じゃ。ひょひょひょ」
「う、うふふふ。そ、それは残念でしたわ」
コムギもそう言って微笑むと、わはははは、と笑い声があがった。
……カオスである。しかし、一人だけ笑っていないエルフもいた。エルフEだ。エルフEは、どうやら怒っているようだ。
「皆の者、なーにを笑っておるんじゃ。残念がるとは失礼じゃろう、ミチコさんっ! あんたの孫のヨメはワシじゃー! 残念がらんでくんろっ。巫女さん、あんたもあんたじゃー。残念がらんでくんろっ」
「す、済みませんでした」
コムギは謝った。そんなコムギの背中をバシバシ叩いて、エルフEは言った。
「巫女様や、ワシも若い頃は、巫女様に負けないほどにベッピンさんやったんよー。いまでもまだベッピンじゃけどな。うしししし」
「なーにいっとるんじゃ。顔中しわしわじゃろうが」
「そうじゃ、馬鹿なこと言ってんでねー。巫女様に昔の自慢話をしても、困らせるだけじゃー。ほれ、巫女様。これくいなせー。うちで浸けた漬物じゃ。ほれ、あーんしてけろ。あーん」
とエルフD。
「あ、あーん」
コムギが口を開けたところ、エルフDが口の中に漬物を放り入れた。コムギはポリポリと食べる。さっきから一体、何の壺を持っているのかと思ったら、ヌカ壺だったのか!
「タエさんの漬物は世界一じゃ。さーて、今日はこれを肴に宴会じゃー。巫女様たちの部屋で、宴会じゃー」
「え、宴会? 勘弁してくださいよ。ゆっくりと休息させてくださいよ」
彼らが僕たちのあとをついてきていたのは、どうやら僕たちをダシに、宴会を開くつもりだったらしい。結局、宴会は僕達が入室した客室の隣の部屋で行ったらしく、笑い声や手拍子が断続的に聴こえてきた。しかし早寝早起きらしく20時ごろには家に戻ったのか、すっかりと静まった。
そして時間は経過し、最後の祈りを捧げる瞬間が近づいてきた。
日の出前となる現在、僕たちは祈りの間にいた。エルフ族たちは、喪服のようなものを着ており、数珠を手にナンマイダーナンマイダーと、巫女のポージング中のコムギを拝んでいた。御来光が出ると、いつものように祈りの間全体に模様が浮かび上がり、輝く。そして無数の光の蛇が現われ、這いながら周囲に散っていく。巡礼の旅における最後の塔だったわけで、何か特別なことが起きるのだろうかと期待していたが、いつもと変わらない現象が起きただけだった。いや、いつも通りでよかったのかもしれない。いつも通りであることこそがよいのだ。トラブルなく無事に終わることが一番だ。
僕は喪服姿のオトメに訊いた。
「ところで、おばちゃんたちの宗教ってそっち系なの? エルフ族って、そっちけいの宗教なの?」
「いいや。わしらは、無神教じゃ」
「おばちゃんさ……だったらどうして、数珠とか持ってるの?」
「それはな、なんとなーくじゃよ。あひゃひゃひゃっ」
「な、なるほどっ」
帝国領の歴史に、かつて日本という国が存在していた。その国も無神教であったが、仏教や神教などはあった。今にして思えば、エルフたちはそんな日本の国民性に似ている。もしかしたら、ルーツはそこにあるのかもしれない。
祈りの儀式を終えたコムギは、いつものように塔の前でスピーチを行った。そして僕達は、車に乗った。全ての塔で、祈りの儀式を済ませたわけであり、これにて巡礼の義務が終わったと言ってもいいだろう。
これまでの旅を、例えば旅行記などとして出版化した場合、世界平和を邪魔する裏組織が現わることで僕達が危機に瀕したり、もしくは某御隠居様の旅のように、その土地その土地の問題ごとや困っている人達を助けてあげたりしていた方が盛り上がる展開になったかもしれない。だが、僕達の旅の道中には、僅かばかりのトラブルがあっただけで、総じてみると順調な旅だった。
ご当地の特産品を食べ、そして寝て、車を走らせる。それだけの旅だったのだ。最後の塔での祈りの儀式も何事もなく無事に、あっけなく終わった。しかし、そんな旅がとてもとても楽しかった。振り返れば、心が躍るような旅だった。
「ねーねー桃くん。これで私達の旅は終わりなの? 地下帝国なんかに行って、真のラスボスを倒して、最後のお祈りの儀式をする展開はないの?」
「そんな展開はねーから」
「本当に? これで終わっちゃうの? なんだか物足りなーい」
「なんだよ、おめー。一年前の今頃は、行きたがらなかったくせにさ」
「意外に楽しかったのよね、巡礼の旅。あーあ、終わっちゃったか」
「なに言ってんだ。遠足はな、帰るまでが遠足なんだ。同じく、巡礼の旅も帰るまでが旅。さーて、最後まで気を抜かずに、帰るか」
「はーい。帝国に戻ってゴロゴロするのもまた一興かもね」
「おめーは車の中でも、いつもゴロゴロしてただろー」
「ピーピーピー」
「ダーダー」
僕の頭の上でホケと天使の赤ん坊たちがじゃれ合い始めた。赤ん坊2人は帝国に戻ってから、正式にコムギの子供として戸籍登録するそうだが、ホケはどうするのだろう? ペットでいるという契約は旅が終わるまでとなっている。
「おい、ホケちゃん、おめーは、この先どーすんだ?」
「ピーピーピー? (ピーピーピー?)」
………………。
「う~ん、なんでもない」
やはり最近のホケは……本当に鳥化している。役者が演技にハマって、演じている架空のキャラクター本人になってしまった末路と同じだ。ただし、楽しそうだし特に不満もなさそうなので……。まあ、いいか。
僕は車を走らせた。車はすぐに大森林を出た。まもなく見えてくる海上にかかっている大橋をひたすら進めば、帝国領の城に到着する。僕たちの約一年ほどかかった旅も、本当の意味で終わりとなるのだ。僕は心の中で強く願った。世界に永久の平和が続くことを――。そして、二週目がないことをっ! 文献によると、たまーにではあるが、巫女の巡礼における二週目が必要となる場合もあったのだ。
のんびり珍道中★世界の塔めぐり旅 @mikamikamika
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