第31話

 2日後の早朝、この深い森の道を運転していたところ、エルフの木こりが切ったと思われる、切り株が幾つも目につきはじめた。僕は目的地が近いことを直感した。そんな時、『信号機』が見えた。なぜか、その信号機の周辺だけがコンクリートになっている。


「あれれ? なんでこんな森の中に信号機があるんだろう?」


 赤色になっているので一応、停まった。すると、森の茂みから、おばあちゃんが、よぼよぼと杖をつきながら出てきて、横断歩道を渡り始めた。僕はとても不思議に思った。しばらくして、信号が青に変わったが、おばあちゃんはまだ横断歩道の中央に立っている。しばらくして再び、ゆっくりと歩き出す。耳が長いので、エルフ族の老婆だろう。


「い、いきなりのカルチャーショックだ! なんだこれっ!」


 そんな僕に気が付いたのか、おばあちゃんは横断歩道を渡るのを止めて、手をプルプルと振りながらこちらにやってきた。僕は車の窓から顔を出して、おばあちゃんに言った。


「ちーっす! エルフのおばちゃん、なにか用かーい」


「ああん?」


 聞こえていないようだ。僕は大きい声でもう一度言った。


「何か用なのー?」


「用なんてないぞー。乗せてくんろー。わしを運んでくんろー」


「ええええ? ヒッチハイク? こんなヒッチハイクのやりかた、初めてだっ」


 僕は運転席を降りると、おばあちゃんの元に駆け寄り、手をとって、助手席に乗せてあげた。なお、コムギたちは後ろの居住スペースでスピースピーと眠っている。


「おばちゃん、どこまで乗せてけばいいんだ?」


「おうちまで頼むぞ、わこうどよ」


「おうちってどこ?」


「実は3日前ほどからそれがわからんのじゃよ。わしには、エルフ性認知症の疑いがあるらしくてのおぉ。徘徊してたら、どことも知らん森の中にいたのじゃ。わしにゃー、徘徊のくせがあるようなんじゃ。自覚はないがのぉ。こんなに徘徊ばかりするのじゃから、きっと徘徊が大好きなのじゃろう。あひゃひゃひゃ」


「えええええー。おばちゃん、認知症なんかー。エルフ性って、人間の認知症とは違うの?」


「なぞなぞか? わしゃーなぞなぞ大会で優勝したこともあるのじゃ。よーし、答えをだしてやろう」


「え? え? え?」


「答えは『人間』じゃ! 幼い頃は4本足。大きくなったら2本足。老いたら3本足、それは人間じゃて。どうじゃ、ごめいとうじゃろう?」


「そんなクイズ、僕だしてねー。……と、とりあえず、信号機は青だし、クイズじゃなくて、車の方を出すぞ。一本道だし、もっとエルフの方々がたくさんいるところに行けば、交番のようなとこもあると思うから」


「なーなー。おみゃーさん」


「うん? なんだ?」


「めしゃーまだか?」


「しらねーから。そんなの僕、しらねーよ」


 僕は車を進ませた。なお、後々エルフの方に聞いた話だが、道に信号機が設置されていたのにはちゃんとした理由があった。車を持たないエルフ領には信号機は不要である。しかし、観光旅行などの何らかの事情でエルフ領を出る時もあって、そんな時に交通事故に遭わないようにするために領のいたるところに、こうした交通ルールを体験できるものがいくつか設置されているらしい。エルフたちは、このようなものに日常から触れて、外界のルールや常識を学んでいる。


 森を抜けると、そこは盆地となっており、広大な田園風景が広がっていた。その中央に塔がそびえている。帝国領に『五箇山合掌造り集落』という遺産があるが、ここから見える風景はその遺産と殆んど同じだ。


 エルフ族の居住域を訪れた者は、彼らについての知識がなければ、限界集落だとしか思わない。エルフとは不死である一方、人間と同じ速度で80歳近辺まで歳をとる。その後に不老となるのだ。必然的に見た目がおじいちゃん、おばあちゃんとなっている方々が多数を占める。ここで、エルフとは100歳にならないと一人前とは認められず、子作りはしてはいけないという倫理観があることを考慮した場合、子供を作ろうとした時には、見た目的に老人同士がエッチなことをして子作りに励むことになる。よほど、みなぎったエルフではないと、子作りをしようとすら考えないのだ。100歳以上のエルフの夫婦が自発的に夜を共にし、ハッスルハッスルする確率は、100歳以上の人間の夫婦がそれを行う確率とほぼ変わらない。そもそも子供を作りたいという本能的な欲求は、種の保存の欲求からくるものだ。自らが不死の場合、子供を生むことで種の保存を図るよりも、自分自身がいつまでも健康であり続けることによって、種の保存を図ろういう欲求の方が高いらしい。


 これが不死のエルフ族が世の中で大繁殖をしない理由でもある。とはいえ、エルフの総人口が減少して、絶滅の危機に瀕している感じれば、計画的に子作りを行ったりもするらしい。


 隣の席でスヤスヤと眠っていたエルフのおばあちゃんが目を覚ました。そして、目を剥いて、叫んだ。


「こ、ここここはどこじゃーーーー。おぬし、なにもんじゃ」


「え?」


「とぼけるではない。わしを誘拐して、なにをたくらんどるっ! まさか、まさかわしのカラダ目当てかあー」


「いや、それはないよ……。おばちゃんが、おうちまで連れていってと、僕に頼んできたじゃん」


「ふん。最近の若者の言葉は信用できんわい。たくわえのある老人を、『オレオレ』と言って、鬼畜な騙し方をする。どうせ、おぬしもそういう類じゃろう。わしを騙そうなどとは、百年はやいわ。こわっぱっ! わしを今すぐにおろすのじゃ」


 杖で僕の頭をポカポカと殴ってきた。僕は車を停めた。


「いてーから。おばちゃん、いてーから。ほら、おばちゃん、エルフ性認知症なんだろ? 徘徊が大好きなんだろ?」


「な、なぜそれを知っておるのじゃ」


「だって、さっき、おばちゃん自身が言ってたんだもん」


「………………。あひゃひゃひゃ。そうじゃったそうじゃった。思い出したぞ。わこうどよ、杖で殴ったりしてすまんかったのぉ。痛かったかい?」


「いや、大丈夫だから……」


「そうかい? しかし、何か償いをさせてくれ。そうじゃ、クイズを出して楽しませてやろう。わしは、クイズ大会で優勝したほどのクイズ好きなんじゃ。ではいくぞ! 幼い頃は4本足。大きくなったら2本足。老いたら……」


「人間っ!」


「な、なんとっ! なんと! どうしてわかった!」


「だって、さっき、おばちゃんが言ってたじゃん」


「そうじゃったか。あひゃひゃひゃ。ところでじゃが、おみゃーさん……」


「うん?」


「めしゃーまだか?」


「さっき、僕のパンを食ってたじゃねぇぇぇかぁーーーー!」


 僕たちの車は塔に向かい、進んでいく。


 塔の前までくると、僕はおばあちゃんに助手席で待つように言って、カーテンの後ろの居住スペースに移動した。僕はスヤスヤと眠っていたコムギたちを起こす。


「おーい。起きろー、到着したぞ」


「ピーピーピー」


「ダーダー」


「むにゃむにゃ……まだ眠い……。到着ってどこに?」


「エルフ領の塔にだよ。あとな、森で迷っていたエルフのおばちゃんもワゴン車に乗せてここまで運んできたんだ。今、助手席にいるから、失礼のないようにしてくれよ」


「だ、誰かいるの? それを早く言ってよ」


 コムギはポンと音を出してコロポックルから人間になった。僕はホケと天使のイチ、ニと一緒に外に出た。すると、塔のすぐ近くの畑で農作業をしていたエルフの老人が僕に気付いて、こちらにやってきた。手にクワを持っている。


「おみゃーら、なにもんじゃ。人間のわかもんじゃな。人間がこの地に何をしにきたんじゃ。オレオレって言って、わしらを騙しにきたんか? それとも、取りつけるつもりのない、太陽光発電の電池を屋根に取り付ける契約をしにきたんか? わしの目が黒いうちは、騙されんぞぉ」


「い、いえ違います。僕は巫女の従者でして、この地には塔に祈りを捧げるためにやってきました」


「塔に祈り? 何を言って……お、おおおおお」


 突然、老人が驚きだしたので、振り返ってみると、コムギがエルフのおばあちゃんを助手席から降ろすのを手伝っているところだった。老人はエルフのおばあちゃんの元まで駆け寄った。


「オ、オトメさんじゃないか。みんな心配しておったんじゃぞ。徘徊して、行方不明になっておったんじゃぞ。一体、どこに行っておったんじゃ」


「誰じゃ? あんたは」


「わしじゃよ、わしっ!」


「おおお。もしかして、あんた、お風呂の修理屋さんじゃないか。100年ぶりじゃのおお。元気にしておったんか? あひゃひゃひゃ。長生きはしてみるもんじゃて」


「お風呂の修理屋さんは3000年前に、オトメさん、おみゃーが浮気をしていた相手じゃないか。わしはな、おみゃーの夫じゃ。100年ぶりというのは、もしかしてわしの知らんところでまた、あいつと会ってたんか?」


「あひゃひゃ。しまったわ。そういや。おめーは、わしの夫じゃ。思い出したぞい。100年前の逢瀬については、墓まで持っていくつもりだったんじゃが、バレてしまうとは、まいったまいった。あっひゃひゃ」


「全く、そそっかしいのぉ。しかし、わしはそんなオトメさんが、たまらなく好きなんじゃ。うっしゃっしゃしゃしゃっしゃっ」


「あひゃひゃひゃひゃひゃ」


 二人は大笑いしている。どこが面白いのか僕にはさっぱりわからないが、とりあえず、エルフ領の交番に連れて行かずに済んだようだ。僕は彼らに話しかけた。


「あの……宜しいでしょうか?」


「おや? オトメさん、この若者たちはなにもんだ?」


「おうおう。この方はな、クイズ王さんじゃ。わしの出したクイズを瞬時に答えなさった聡明なお人じゃ。クイズの武者修行をしに、この地にやってきたんじゃよ。森で迷っておったわしを、ここまで連れてきてくれた心の優しい子なんじゃよ」


「おお。クイズ王さんか」


 そう言ってエルフのおばあちゃんはコムギを讃えた。コムギは困っている。


「おばちゃん、違うっ。クイズに答えのは、僕だ! そして、そのクイズの答えはすでに、おばちゃん自身が言ってたからなっ! さらに武者修行もしてねーからなっ!」


「そうじゃったか? あひゃひゃひゃ。とりあえず、ジイさまや。ここでの立ち話もなんじゃから、この子たちを休めるところに案内してやっておくれ」


「おお。そうじゃな。それじゃあ、『公民館』にでも、入っておくれ。今、楽しいゲームの最中なんじゃ。美味しいお菓子もたくさん用意してある」


「公民館? ここって……塔ですよね?」


「違うわいっ。公民館じゃっ! じゃあ、ついてまいれい」


「あ……はい……」


 僕たちは、老人2人の後に続いて塔の中に入った。塔の1階層は室内ゲートボール場に改装されていた。さらに奥にある大階段の近くには、畳が敷かれており、そこで何組かのエルフたちが、それぞれゲームを楽しんでいるようだ。僕たちは、そのうちの一組の元まで行った。5人のエルフたちが、ちょうどゲームを終えたようである。彼らは僕らを見つめて言った。


「おやおや、もしかして人間かい? 人間のわかもんかい」


「一体、何しにきた。オレオレと言ってわしらを騙しにきたんかっ?」


「これは珍しい来客がきたもんじゃ……うん? 後ろにいるのは、オトメさんじゃないのかい。見つかったのか、良かったのお」


 オトメの夫は頭をかきながら、お辞儀した。


「ツミさん。いやあ、心配かけてしもうたようで、すまんかったの。みなの衆も心配をかけてしまい、面目ない限りじゃ」


「なんにせよ、無事に見つかって本当に良かったわい。ところで、人間のこの子たちは一体、ここに何をしにきたんじゃ?」


「この子たちは、クイズ王さんら一行じゃ。クイズの武者修行をしにここにやってきたんじゃ」


「おお、そうかいそうかい」


 僕は大きく、かぶりを振った。


「違いますっ! 僕たちは、世界平和のために、エルフ領の塔に祈りを捧げにやってきたんです!」


「祈り? なんじゃい、そりゃ。わしゃー、聞いたことがないぞ」


「300年に1度、塔に祈りを捧げに、巫女が巡礼をすることになっているのですが……」


「はて? 300年前であれば、わしらも全員生きておるのじゃが……あ、あああ。わしは思い出したぞ。ほらほら。塔の聖者様じゃよ」


「あーん?」


 聞こえてないようだ。エルフAは口をエルフBの耳元に近づけて大声で言った。なお、僕は暫定的に脳内ですぐ近くのエルフから時計回りに、エルフA・B・C・D・Eと名付けた。


「塔の聖者さまご一行じゃよおぉぉぉぉおおお。あのありがたいお人たちじゃ」


「お、おお! そうじゃそうじゃ。思い出したわ。ありがたいお人たちが、やってきたんじゃった。懐かしいのぉ。今頃どーしておるんじゃろうか?」


「今年は残暑見舞いで、お中元でも出してみるとしよう」


 とエルフC。


「そうじゃそうじゃ。そりゃあ、いい」


 エルフ5人とオトメとその夫が同調した。


 ………………。


 僕は彼らに説明した。


「あの……その巫女様は、もう死んでますけど……300年も前の方ですから……」


「な、なんとっ! まことか! それはそれは、おしい人を亡くしたものじゃ……ところで、話は変わるが、めしゃーまだか?」


 とエルフC。


「おやおや。菊次郎さんや、あんた、さっき食べたじゃないか」


「はて、そうじゃったかのお?」


「そそっかしいのぉ。だはははは。ところで、ミチコさん、わしのめしゃーまだか?」


「あんたも、もう食べておるよ」


「そうじゃったかのお?」


 ………………。


 僕はそんなエルフ族のやりとりを見つめながら、心の中で叫んだ。エルフ族って一体何なんだぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ、っと。


 これまで様々な種族と交流し、その度にカルチャーギャップを覚えてきたが、それらのどれでもない特殊なカルチャーギャップに感じた。

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