第30話

 僕たちが巡礼の旅に出てから、まもなく1年が過ぎようとしていた。そして、現在向かっている塔が最後の巡礼の地であるエルフ領にある塔だ。エルフ領は大森林の中にある。300年に一度の巫女の巡礼のため、車が通れるほどに道は整備されていた。とはいえ、コンクリートなどで本格的に整備されているわけではなく、障害物としての木々や岩などをどかしただけ、といった凸凹道で、ごつんごつんと、車は揺れながら走っていた。


「うきゃ……あきゃ。うひゃあ……」


「……コムギ、奇声が、うるせーぞ」


「だって、揺れるんだもん。桃くん、もっと安全運転しなさいよ」


「仕方がないだろ。僕に安全運転を求めるんじゃなく、道に文句を言ってくれ。もっと平たんな道になれって」


「道さん道さん、どーか、もっと平たんな道になって下さい。お願いします。……って、無機物な道にお願いしても、どーにもならんだろー。桃くん、あんたはアホか! ドテカボタンか!」


「あははは。分かってるぞー。怒りを誰かにぶつけてフラストレーションを解消したいだけなんだろ? その矛先を僕に向けてるだけなんだろ? 良案がある。今度は、おめーが運転してみるか?」


「ど……どういうこと?」


「こういう揺れる道は同乗者にはストレスにしかならないけれど、運転している者にとっては遊園地のアトラクションなんかよりも、断然に面白いんだ。ひゃっほーい」


「あひゃああ」


 車はジャンプして、ドンと着地した。その衝撃で車内が大きく揺れる。


「まさに、でこぼこの斜面を滑るスキーヤーのごとくさ」


「あれだけ私を運転席に座らせたがらなかった桃くんが、運転をすすめている! 私は免許を持っていないけど、いいのかな? ドキドキ」


「どーせ、これから行くところが最後の塔になるんだ。もしも事故を起こして車が大破しても、数百キロ程度なら歩いていけるだろー。数万キロはさすがに無理だとしてもさ、数百キロ程度なら僕はOKさ」


「ええええー。数百キロ歩くのだって無理だって。でも、やったーい。運転してみたかったんだよね。やらせてー。やらせてー」


「ピーピーピー」


「ダーダー」


 ホケと天使の赤ん坊2人が慌てた様子で、僕のところに飛んできた。そして騒いでいる。なお、赤ん坊は不思議なことに、何か月経っても体が卵大の大きさから全く成長していない。天使族に電話で確認したが、これは有り得ないことらしい。卵から生まれた天使は、目に見えて成長するのが一般的なのだ。逆に栄養失調や虐待を疑われてしまった。当然ながら、しっかりと離乳食は与えている。


「ピーピーピー」


「ダーダー」


「桃くん、なんて言ってるの?」


「赤ちゃんたちの方は何を言っているのかは、わからねーけど、ホケちゃんは必死に『それはだけは勘弁してくれ、考え直せ』って言ってるぞ。あははは。随分と、おめーの運転に不安を覚えられているみたいじゃねーか」


「ピーピーピー」


「……うん? おやおや? 運転ではなく、おめー自身に不安を覚えているのだと、とホケちゃんが訂正を申し出てきた!」


「なんだよそれー。なになに、赤ちゃんたちも、同じようなことを言ってるの? 切羽詰った顔をしてるけど。ショックー。私、キーングショックー」


「ピーピーピー」


「ふむふむ。どーやら、ホケちゃんがいうには、赤ちゃんたちはな、『ワタチたちにも運転やらせてやらせてー』って言ってるんだって。面白そうだからってな。あははは。どーする? 運転やらせてみっか? どうせ残り数百キロだしね」


「それはだめ! 却下よ。赤ちゃんたちに車の運転をさせるだなんて、火を見るより明らかに事故になっちゃうわ。分ったわ。私も運転はしない。同じような不安を覚えられているわけよね。立場が変わって、よーく分かるぅぅ」


「ちなみに、おめーより、赤ちゃんたちに運転させる方が僕的には、安心度は高いからな。色々な意味でっ!」


「がびーん」


 ホケは、どういうわけか天使の赤ん坊の言葉を理解できるようである。なお、一般的に『赤ん坊』とは、まだ言葉を覚えていないので喋れないだけで、脳内活動は活発なのだ。普通なら、赤ん坊の頃の記憶は大人になるにつれて忘れるものだが、まだ赤ん坊に近しい頃は、母親の胎内にいる時の記憶だって覚えているらしい。ホケによると、実際に天使の赤ん坊たちは、卵の中にいた時の記憶を覚えているという。周囲にたくさんの仲間がいたのに、どんどん数が減っていることを感知し、とても怖かったそうだ。これは、僕とコムギとホケが、大量の天使の卵を食べまくって、どんどん数が減っていった、という事象に一致する。彼女らが無事だったのは、偶然に車の揺れか何かで、卵2つがケースから落ち、棚の後ろに転がったままの状態になっていたからだ。よくも割れずに無事だったものである。


「ピーピーピー」


「ダーダー」


 ホケとイチ、ニは、運転中の僕の頭の上で、じゃれていた。


「ずるーいずるーい。桃くん、ずるーい」


 助手席にいるコムギが僕を妬ましそうに見てきた。


「ずるいって、なにが?」


「ホケちゃん、桃くんに旅の間、ずっとベッタリしてるじゃない。私には一度もとまってくれないのにさー。ホケちゃんに頭でも肩でもいいから、とまってもらいたーい。もらいたーい」


「別にいいじゃん。重いだけだぞ?」


「桃くん、それだけじゃないわ。私の赤ちゃんたちは、そんなホケちゃんにベッタリしてるの。桃くんにベッタリしてるホケちゃんにベッタリしてる……つまりこれは、ホケちゃんだけじゃなく、赤ちゃんたちも桃くんにベッタリしてる、とも言えるんだぞ。ずるいずるーい」


「コムギ、おめーが産んだ赤ん坊じゃないだろう。それに面倒見がいいのは、明らかにホケちゃんの方だからなぁ。赤ちゃんたちが遊んでほしいってサインを出している時、おめーはゲームに夢中になって、もーちょっと待ってと、明らかに育児放棄してたもん。そんな時、ホケちゃんが、いつも遊んでやってたんだぞ。そりゃ、懐かれるのも当然だ。おめーが懐かれていない原因はおめー自身にあるんだよっ! 母親になる覚悟なくして、子供は育てられねーんだ」


「うぐぐぐぐ。か、覚悟はあるわよー。なんだよ、なんだよ。うわああん。うわあああああん。びええええん」


「な、泣いたっ!」


 コムギは盛大に泣き出した。


 そんなコムギを無視するように、ホケと赤ん坊は楽しそうにじゃれていた。ちなみに、最近のホケはそんなに頻繁に喋らなくなってきている。前は、『ピーピーピー』もしくは『ホーホケキョ』と鳴くのと同時に、ホケの言葉が僕の頭に流れてきたが、最近はその頻度が少ないのだ。だからか、本当の鳥になってしまったのかと錯覚する時がある。なお、このホケは魔国領の王――魔王がその正体でもある。僕たちの旅に同行している目的は、世界中の景色を見たい、というものだ。魔王は、巡礼の旅に同行する条件としての『ペットになる契約』を僕と交わした。ホケは真面目な性格で、最初こそは召喚獣『デーモンウグイス』というウグイスの習性などを演じているだけだったが、最近では『魔王様』と呼んでも頭に『?』を出して不思議そうにするだけだ。一方、『ホケちゃん』と呼ぶと『ピーピーピー』と嬉しそうな声をあげながら、僕のところに飛んでくる。エサもウグイスが食べるエサと同じものばかりを食べるようになった。魔王は今、役にのめり込み過ぎて、本当の意味でウグイス化していたのだ!

 僕は車を走らせ続けた。ひらけた場所に出た時、緑色の塔が見えた。緑色をしているのは、おそらくはコケだろう。


「ねえねえ、エルフ族ってどんな種族なの?」


「一言でいえば『長寿の種族』だな。1000年以上生きているエルフだって、たくさんいるらしいぞ」


「そうなの?」


「ゲームでも、エルフって長生きじゃないのかな。知らない? エルフに老死というのは、ないんだって」


「そんな種族なら、世界中がエルフだらけになってそうだけどねぇ。ネズミ講のように膨大に繁殖してさ。だって不死なわけでしょ?」


「でもさ、長く生きていれば、病気になったりするものだしさ。人間だって、老死より病死の方が死因としては多かったりしないのかな?」


「そういえば、そーね。病死……あなどれないわ」


 僕たちはひらけた場所から、再び森林帯に入った。なお、この森林地帯全部がエルフ領である。エルフは不死ではあるが、人間のように頻繁に子供を産んだりはしない。それはなぜか? 理由は簡単である。このあと、僕たちはその理由を心底思い知らされた。なお事前知識として、エルフは最低でも100年は生きないと、エルフとして未熟であると見なされ、子供を産んではいけない、作ってはいけない、という倫理観があるそうだ。これは人間でいうところの、例えば8歳の少年が、子供を作って父親となることを世間的に認められていない、という感覚に似ているだろう。


 また、エルフは精霊力という能力の行使ができる。この能力で、天使族や魔族のように、世界中で流通しているものと同種のエネルギーを無から生産することが可能となる。そのため、現在この2種族が独占しているエネルギー事業に割り込んで、金銭的にも恵まれた種族になれる下地は持っているのだが、自然と共に生きる、という信念が種族内で強く芽生えており、金銭などは持たず、物々交換なる原始的な経済体系が基本となっている。

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