第29話
祈りの儀式を終えた後、巫女は朝食会に出席し、スピーチを行う予定になっていた。今回、僕は巫女側ではなく一般の大衆側からコムギのスピーチを拝聴することにした。さっきまで一緒にいた悪魔の女はいつの間にか、はぐれたようだ。しかし、しばらくして鳥だけが飛んできて、僕の肩にとまった。
「ピーピーピー」
「おっ。おめーも飼い主さんを見失っちまったのか? エサのこととか、色々と聞かなくちゃならないから、あとで会わしてやるぞ」
「ピーピーピー」
僕は鳥の頭を指で撫でた。
「あははは。ピーピーって鳴かれても何を言ってるのか分からねえよ。もう少ししたら、普段はなかなか姿を見せない魔王様ってのが出てきて、スピーチを行うらしい。それを見た後で、おめーの飼い主さんを探そうか」
「ピーピーピー」
コムギはスピーチ中に僕に気がついたようで、咳き込んだようだが、すぐに何事もなかったかのようにスピーチに戻り、やり遂げた。その直後、塔の奥からたくさんの宝石を身にまとった女が現われた。女の顔には見覚えがあった。
「あ、あれれ? あいつ、なんであんなところで、あんな格好してるんだ?」
その理由はすぐに分かる。
「魔王様ー魔王様ー」と割れんばかりの喝采が鳴り響いた。魔王はコムギに微笑みかけて、握手を交わした。旅の無事を祈っております、等の言葉を贈ると、塔の中へ戻っていった。
キキキ、とワゴン車が停まった。将軍と待ち合わせをしていた場所である。この時、僕の肩には鳥がいた。結局、門番に塔の中に入れてもらえず、魔王であった悪魔の女との対面は果たせなかった。
運転席から、将軍が出てくる。
「坊ちゃん、休暇は楽しまれましたか?」
「うん。かなり楽しんだよ。ところでコムギは将軍に迷惑をかけなかった? かなり面倒で手を焼いたでしょー」
「いやー。とてもおしとやかでした。坊ちゃんから、おてんばだと聞いておりましたが、そのような性分では全くありませんでしたよ」
車の中から、まだ人間のままのコムギもおりてきた。ニコリと僕に微笑んだ。
「桃くん、休暇は楽しめましたでしょうか?」
「お……おう。楽しんだ……ぞ」
「それはそれはよかったですわ。静養は必要ですものね。では、また今後とも従者として、よろしくお願い致します」
コムギは深々と頭を下げてきた。僕もつられて頭を下げる。
「うん……こちらこそ」
「では、私はこれにて。坊ちゃんと姫様、巡礼の旅、お気をつけてくだされ」
「将軍。ありがとうなー」
将軍は、あらかじめ停めていたバイクにまたがると、そのまま去っていった。
コムギは、しばらくニッコリとしていたが、将軍の乗ったバイクが見えなくなると、唇を噛みながら僕を睨んできた。そしてポムっと煙と共にコロポックルになると、涙目でしがみついてきた。
「寂しかったよー。桃くんに捨てられちゃったかと思ったよー。不安だったよー。もう、休暇なんてとらないでよー」
「捨てるだなんて、そんなことはしねーよ。というか、たった1日、顔を合せなかっただけで大袈裟だなー」
「だって喧嘩別れみたいな感じだったじゃーん。あいた。あいたたたたた。と、とり?」
デーモンウグイスが、コムギの頭を攻撃していた
「おう、鳥さんだぞ。この魔国領の魔王様のペットでもあるんだ」
「ホォォォーーーーーーーホケキョー」
鳥が鳴いた。
「この鳴き声は、ウグイスさんだ! というか魔王? 魔王ってさっき私が会ったあの綺麗な女の人だよね? 桃くんも、どこかで会ったの?」
「魔国領の案内をしてくれたんだ。とりあえず、こいつのこと、よろしく頼むぞ」
「うん……」
僕たちは新たな仲間であるデーモンウグイスを加え、次の塔を目指した。しかし魔国領での話は、これで終わったわけではない。
二日後、僕は車を停めると鳥と一緒に外に出た。僕はずっと違和感を覚えていた。その違和感とは『匂い』である。バイオ系の魔道具を開発するにあたり、五感を総動員させなければならない場合も多く、僕は嗅覚を鍛えていた。野外では風があって分からなかったが、鳥は常に運転席にいる僕の肩にいた。だから、僕はこの『異常』に気付いたのだ。
外に出た僕は、鳥に言った。
「おめーは一体、何者だ? 本当に、魔王様とずっと一緒にいた、あの鳥なんか?」
「ピーピーピー」
「ピーピーじゃねーよ。おめーは一体、何者だって質問してるんだ」
僕は魔道具『探偵捜査キット』をバッグから取り出し、中の粉末を鳥に振りかけた。すると鳥の腹部が輝き出す。
「やっぱりな。思った通りだっ!」
「ピーピーピー?」
「今、おめーに振りかけたのは魔道具『探偵捜査キット』のとある薬品だ。血というものは、洗ってもすぐに落ちるもんじゃない。おめーから血の臭いがプンプンとするから、おかしいと思ってたんだよ。そして今、薬品を使ったところ体から血液反応が出た。これをネオ・ルミノール反応と呼ぶ。なお、露天風呂でデーモンウグイスは空を飛んでて、現場にいなかったよな。百歩譲って僕が脱衣所にいる時に地上に降り立った場合、足から反応が出る場合がある。でもな、この反応が『腹部』から出ることはありえないんだ。こうした血液反応が腹部から出るのは、前方に向かって大量の鼻血を出した本人だけだ」
「ピーピー……お、おほほほほ。ソナタ、よく分かったのぉ。匂いがした、とは本当か? 確かに、わらわは軽くお湯で流す程度しか洗わんかった。ソナタは、もう湯からあがっておったし、ホスト役を務めているわらわが、ソナタを待たせるわけにはいかんからのぉ。この二日間も、水浴びをしたのじゃがなぁ?」
鳥はそう言って、ドロンと煙を出して悪魔の女――魔王に姿を変えた。
「おめー、そんな変身の能力を持っていたのかよ」
「わらわほどの上級悪魔となると変身くらいは、わけもないことなのじゃ。なにせ現魔王であるからの。おほほほ」
「だったら、巡礼の旅には、連れてはいけねーな。従者が2人になっちまう。2日間ぐらいなら問題ないだろうけど、おめーのような力を持った相手とは長くは一緒にいられねー」
「でも、わらわも、ソナタらと一緒に旅に出たいのじゃ。頼むよ」
「……ところで先日、塔にいた魔王さんは誰なんだ?」
「あれは、わらわの召喚獣じゃ。いつも一緒にいたあの鳥じゃ。あれも、変身の能力を持っておる。わらわの影武者でもある。あれに、わらわの留守中の代役を任せてきておるぞ」
「ふーん」
「なっなっ? 頼むよ。わらわは外の世界が見たいのじゃ。旅がしたいのじゃ」
「ペットならよかったけど、駄目だな。おめえは十分に従者に相応しい力を持っているからな。悪いな」
「ペットならばいいんじゃな? 力の行使が制限されてできない完璧なペットであれば? おほほほ。ならば良案がある。悪魔と人間との契約は絶対的なものじゃ。それはソナタも知っておろう? わらわはソナタと時間を過ごし、伴侶になってもよいと決断をした。しかし、ソナタを見る限り、おそらくは同じような気持ちではないとも思った。じゃから、この契約を新規で結んでおくれ。これで万事解決じゃ」
魔王は懐から用紙を取り出すと、契約書の製作を始めた。渡されたその契約書を読むと『ペットになる』と大きな文字が書かれてあった。『ピーピーピー』『ホーホケキョ』などとしか鳴かず、言語を話さない等の諸条件が細かい文字で詳細に書かれており、従者として認められるだろう能力の全ての放棄、それを破った場合には魔国領への強制転移が実行される、などとある。母印を押すための朱肉は今でも持ち歩いているようで、契約書には彼女の母印がすでに押されていた。
「おいおい、いいのかよ? ペットだぞ?」
「もちろんじゃ。わらわの決意はかたい」
「おっけー」
「もちろん、簡単には決められないことだろうとは思うが……って、オッケー? 許可したのかえ?」
「おう。あとな、おめーは一つ間違ってるぞ。僕はおめーのことを面白い奴だと思ったから、別に結婚してもいいかなーとも思っていたんだ。あははは。でも、伴侶でもペットでも、どっちでも面白そうな相手には変わりないから……じゃあ、ペットにすっか」
僕は魔王から朱肉を受け取り、指を押し付けた。そして……。
「え? え? そういうことなら……待ってほしいのじゃ……って、押したっ! 母印を押して、契約が成立しちゃったっ!」
ポム、っと煙があがると、再び魔王は鳥の姿になった。
「ピーピーピー(待てと言ったではないか)」
「あれれ? ピーピーピーとしか、聴こえないのに、何を言っているのかが、分かるっ」
「ピーピーピー(これもわらわの能力の一つじゃ。およよよよ。ペットより、めかけにもらってくれるのなら、そっちの方がよかったぞ。わらわは、なんだかとても勿体無いことをした気分じゃ)」
「でも、ペットじゃないと旅には同行させられねーぞ」
「ピーピーピー(そうじゃのお。おほほほほ。では、これから、よろしく頼むぞ)」
「おう。わかった。それで、えーと、おめーの名前だけど、本名で呼んだらお忍びがバレたりするかもしれないんだよな? かといって『鳥』って呼び続けるのも、なんだし……『ホケ』でいいか? ホーホケキョって鳴くからな。よし! 今日からおめーは、ホケちゃんだっ」
こうして僕たちの旅に、ペットのホケが正式に加わったのだった。
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