第25話

「ピーピーピー」


「ダーダー」


 ホケが天使の赤ん坊2人の遊び相手になっていた。結構、面倒見が良い。むしろ、ママと公言しているコムギよりも、ホケのほうが面倒見が良いと断言できる。なお、二人の赤ん坊はそれぞれ『イチ』『ニ』と名付けた。呼ぶときはそれぞれ『イッちゃん』『ニーちゃん』だ。どちらも同じ顔をした女の子で見分けがつかなかったため、額に植物由来のマジックペンで『1』と『2』と書いて判別を始めたのが、名前の由来である。


「ねえねえ、桃くん。ホケちゃんってすごい鳥だよね。こんなに頭のいい鳥がいるだなんて、ギネスに申請したら登録されるんじゃないのかな?」


「頭の良い悪いを、どうやって判断するんだよ?」


「天使の赤ん坊の面倒をみれるか否かで!」


「そんなの、どーやって推し量れるんだ。僕は反対だな。ただの反対ではなく、大反対の方」


「えええー? そうなの?」


「ピーピーピー」


「ダーダー」


 ホケとイチ・ニの遊び声が聞こえた。このホケとは魔国領で出会った。巡礼を始めて帝国領、氷結族領のその次に訪れたのが魔国領である。実はコムギもそう言われているが、この魔国領には世界三大美女と称されている、その一角がいた。魔国領には魔王がいる。その魔王こそが、三大美女の一角である。僕は運転しながら、魔国領での出来事を回想した。


 魔国領は年中曇りの地域だ。そして、ゴロゴロと雷が鳴り続けている。この現象は自然現象などではない。雲自体が魔国領のフロスト系などの住人なのだ。


 この日、僕とコムギは魔国領を車で進んでいた。


「ねえねえ、桃くん……ここって、御来光……というか太陽自体を拝めるのかな? 確か一年を通して、晴れることのない場所なんでしょ? 植物だって、なんだかおかしいよ。変な形をしたのばかりだよ」


「魔国領だからな。雲から射し込むわずかな光量で、光合成をしなきゃならないわけだから、僕たちの見なれている植物と違っていても当然なのさ」


「あっ」


 前方で、ウサギのような小動物に、植物がガバッと襲いかかり……食べた。


「ねーねー桃くん。今、植物が動物を襲って食べたような光景を目撃した気がしたんだけど」


「そりゃあー、光合成を十分にできないのなら、他のエネルギー獲得法が進化するんじゃねーのか。これこそが、ダーウィンの進化論だよ」


「なーに、落ち着いて解説してんのよ。私、超ぉー絶にびっくりしてるんだけど!」


「魔国領は、魔族や多種多様な生物が住んでいる、ある意味ミラクルな場所だから、僕は何が起きてもビックリしねーよ」


 ゴロゴロゴロ、ピカーっと雷が轟き、僕たちのすぐ目の前にあった、3本の樹木に同時に雷が落ちた。


「うわああああああ」


「ひえぇええええええぇぇえぇぇ」


 僕は急ブレーキを踏んだ。


 木はメラメラと燃えている。


「ビ、ビックリしたー」


「桃くん、あんたも、いきなりビックリしてんじゃないのー! 『ビックリしねーよ』だなんて言っちゃった矢先にじゃない。なんなの、ここ! 魔国領って、一体なんなの。カルチャーショックどころの話ではないわよっ! 超ぉー絶に身の危険を感じるっ!」


「あははは。魔国領なんだから、こんなこともあるさー。あはははは」


「な、なんで笑うのかな……。私は不安で一杯なんだけど、桃くん、あんたはどうして、そんなに楽しそうな顔をしてるんだい? 目を輝かせてるんだい?」


「そっかなぁ?」


「……ああ、なるほど! 桃くんは塔マニアだったわよね。10階層以上の危険なモンスターが闊歩する階層をいつか制覇したいとか、言ってたわよね。似たような匂いのする場所だからウキワクしてるんでしょっ! ウキワクウキワクって!」


「あったりー。まだ見たことがないけど、思い描いていた塔10階層に似た雰囲気を感じるんだよ。ウキワクウキワクらんらんらーん」


「う、うわああああ。な、なあにあれ?」


「どうした?」


 コムギが驚きながら指差す先を見ると、斧を持ったゴブリンが森の茂みから出てきたところだった。


「ひぇぇええええええぇぇぇぇええええええええ。ネトゲに出てくるモンスターみたいなのがいるぅ!」


「モンスターとは失礼な。あれはゴブリン族だぞ!」


「十分にモンスターじゃないの」


 僕は再び車を走らせながら言った。


「ゴブリン族をモンスターと呼ぶのなら、コロポックル族はどうなんだよ。コロポックルもモンスターじゃないかよ。ハスを召喚するだけの、よわっちい部類のモンスターだけどな。あははは」


「むーむーむー。不愉快なっ!」


 コムギは頬をぷくーっと膨らませた。僕は更に車を走らせる。


 しばらくして、コムギが不思議そうに訊いてきた。


「それにしても、魔国領って不思議なところだよね。気象についても一体、どんな仕組みになっているんだろう。なんで、ずっと曇りなんだろう?」


「あの雲も魔族領の住民なんだ。フロスト系や、一粒一粒の水滴が意志を持って空に滞在しているとかなんとか。雨の日は、そんな空の住民に混じって、本当の雨雲がやってきて、雨を降らせるんだって」


「へー。だったら、空のあれは生き物の集合体なんだー。まるで雲にしか、見えなーい。面白いなー」


「魔族はかつてはこの世界には存在せず、違う次元空間に存在していたんだ。でも、長い歴史の中で、地球とその空間の2つの世界が合体しちゃったんだな。天使族がこの世界に降臨したのと同じ時期に、この魔国領も現れたと言われているぞ。当時の地球は、人間が支配していたんだけれど、魔族はそんな人間たちの世界をフロンティアしていったわけさ」


「フロンティアって?」


「開拓のこと。侵略ともいうね。もちろん人間も抵抗したんだ。その時に大量に使われた核兵器のせいで、放射能がたくさん散らばったんだ。そのせいで、数々の生物のDNAが組み替えられ、突然変異個体が現れ出して、氷結族などの多種多様な種族が誕生した、とも言われているんだよ」


「ぐーぐー。ん? もう話は終わった?」


「聞いてなかったのかよっ! 僕の説明っ」


「ごめーん。私、歴史は年代によって好き嫌いが激しいの。興味のない年代の話を聞くと、すぐに眠たくなるんだよねー」


「歴史好きの女『レキジョ』だと公言してるけど、そんなんで歴史好きとは、おそれいった」


「あはははは。にしても、色々な生き物がいるねー」


「魔族は全種族のうち一番、多種多様だからね。ゲームの中に出てくるモンスター的なのは、ほとんどいるぞ。そいつらがモデルになったのも多いそうだから」


「あっ。本当だ。不思議な犬のような生き物がいる。あそこには巨大な亀もいるね」


「ケルベロスとゲンブだ」


「ねぇねぇ、あいつら倒したら経験値を獲得すること、できるかなー」


「できねーよ。生態系が狂って、大変なことになるだけだ」


「ゲームの世界でのプレイヤーは、やたらモンスターを倒してまくってレベル上げをしてるけど、現実世界では、倒しまくったら生態系が狂ってしまうのねっ」


「だから、彼らはモンスターじゃねーんだって」


 ブロロローンと、僕は車を走らせた。そして沼地帯にやってきたところで、タイヤがぬかるみにハマり、動けなくなった。僕とコムギは車を出て、後ろから『いっせいのせい』と車を押すもビクともしない。


「や、やばいわ。HPがぁ~、HPが削られるわ。毒の沼地でHPが削られるぅぅ」


「いやいや、ここは普通の沼地だから。多分、土の中にある昔からの植物が完全に腐り切っていなくて、雨水を吸ったことで緩くなっているんだろうな。いやあ、ここで是非、僕はレンコンやイモを育ててみたいぞ! 珍しい細菌がいる気もするから、土を採取しておこう」


「そんなの、どーでもいいわよっ! 早く、ワゴン車を押して、毒沼から脱出しなくっちゃ! ジワリジワリとHPが削られるぅぅぅ」


「だから、毒沼じゃねーから、削られねえっ! そもそもおめーにHPなんてものはない」


「がーん」


 僕とコムギが引き続き、車を一生懸命に押していたところ、ドスンドスンと音がした。そして突然、大きな影が僕たちを覆った。なんだろうと、振り向いてみると、巨大な一つ目鬼のサイクロプスが見下ろしていた。


「ぎょぎょぎょ」


「うわああああああ」


 僕たちは驚いた。体長8メートルはあるだろう鬼がじっと僕たちを見つめていたのだ。サイクロプスはニコリと微笑んで言った。


「お困りのようでぽこりん。わたちがお助けするでぽこりん」


「ぽ、ぽこりん?」


「どっこいしょ、でぽこりん」


 サイクロプスは車の後部を持ち上げて、タイヤを沼のぬかるみから出した後、前に押し出した。


「これで、大丈夫でぽこりん」


「あ、ありがとうで……ぽこりん」


「助かったで……ぽこりん」


「困った時はお互いさまでぽこりん。ばいばいぽこりん」


「ば、ばいばい……ぽこりん」


 サイクロプスはどすんどすん、と大きな足跡を残しながら、去っていった。


 僕とコムギは車に乗り込み、運転を再開した。


「いやあ、桃くん。魔族のこと、私は勘違いしてたわ」


「なっ、温厚だろ?」


「サイクロプスなんて、もうゲームで敵として出てきても、攻撃できないわよ」


「あははは。見た目と中身は違うってことだな」


「だね」


「でもな。巫女が祈りを捧げなかった場合、この地にいる魔族を含めた動植物たちはみーんな凶暴化するらしいんだぞ」


「へ、へえ……」


「それだけおめーの責任が重大だってことを肝に銘じておけよ。おめーが世界平和の行く末を担っているわけなんだからな。どーせコムギのことだから、大事な祈りの儀式の最中、じっとしながらも食い物のことばかり考えてるんだろーけど」


「ぎくり。どうして、そう思ったの?」


「僕は何でも知っている。分らないこと以外は」


「うわああ。かっこいい台詞を言ったようにキメたようだけど、中身はそーでもないからっ」


「あはは。おめーとの付き合いが長い分、何を考えているのかは、大抵予想がついちまうってことさ」


「うぐぐ。心の中を読まれているよーで、なんだかムカツクわ」


「何を考えていても、おめーの自由だけどさ、祈りの儀式というのは大事なものだということは認識しておけよ」


「う、うん……」


「ところで話は変わるけど、今にして思えばワゴン車が沼にハマってしまった時点で、ミニチュア化させればよかったなー」


「そうよっ! なんで桃くんは今頃気付くのよー。全く、使えないわねー」


「……おめーだって気付いてなかったじゃねーか。今の言葉、そっくりとお返しするぞ」


「ぷんーだ。お返しされても、受け取りませんよーっと」


「だったら勝手におめーんとこに、置いてくだけだ」


「『言葉』は置けませーん。ばーかばーか。桃くんはアホねっ。超ド級のドテカボタンね」


 『ふんっ!』と僕とコムギは顔を背け合った。その後、コムギは助手席から後ろの居住スペースに戻っていった。


 魔国領の住民は温厚である。ある意味、人間よりも温厚かもしれない。とはいえ、祈りを捧げなければ、そんな彼らも凶暴化し、本能的に人を襲いたいという欲望が生まれるらしい。先程、魔国領にモンスターはいないと言ったが、そうした点を踏まえるなら、完全にモンスターではない、とは言い切れないかもしれない。彼らが人間に対する凶暴性を抑えて温厚でいられるのは、巫女が塔に祈りを捧げ続けている間だけなのだから。


 後ろから、声が聴こえた。


「桃くん、さっき、あんたは祈りの儀式を大事なものだと認識しろって言ったわよね」


「おう、言ったぞ」


「だったら、私の警護も、もっと厳重にしなくちゃいけないんじゃないのかなー。そこんところ、どうなのかなー」


「なんだよ。従者が一人のみ付き添うってことは、古来からのお約束なんだぞー」


「だから、もっと武芸ができる人とか、銃が使える人とかの方が、適任じゃないのかなー。よわっちくてザコっい桃くんなんかよりもっ!」


 キキキー。僕はブレーキを踏んで車を停めた。


「ど、どうしたの?」


「じゃあ、ここで従者を交代するぞ」


「はいっ?」


「コムギ、おめーは武芸の達者な人がいいんだよな?」


「そ、そーよ! 私のようなビップを守れる能力のある人の方が断然にいいわ」


「願ったり叶ったりだな。今から紹介するから、挨拶の準備をしておけよっ。帝国領のナンバーワンの武力だ」


 僕は運転席のドアを開けた。外には、筋肉がムキムキの中年の男が立っていた。僕は会釈した。


「じゃあ、よろしくお願いすっぞ。将軍」


「はい。かしこまりました、坊ちゃん」


「え? え? え?」


 後ろから、コムギの声が聴こえた。僕が運転席から降りると、男――将軍は僕と入れ替わって、運転席に入った。将軍はコムギのいるカーテンに向かって言った。


「姫様。私も姫様がコロポックルと人間のハーフという御秘密に関しては、承知しておりますので、どーぞお気遣いなく、自由におかわりください」


「え、ええええー」


 バタンとドアを閉めた。車は移動を始める。


 すぐにシャーっと音がした。コムギが車の窓に設置されているカーテンを開けたのだろう。窓はマジックミラーのため、外から中を見ることができないが、僕は窓を向いてニッコリと微笑みながら手を振った。

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