第24話
悲しい時間も楽しい時間も幸せな時間も、そして食事の時間も同様に、いつしか終わりが来るものだ。まもなく、夜明けの時刻が近づいてきた。巫女の祈りを捧げるために、僕たちは塔の9階層にある祈りの間にやってきた。この時、僕は10階層に上がり、ドアから中を覗き見た。天空の塔の10階層にも広大な異空間があった。
興奮しながら9階層に戻ると、コムギはすでに祈りのポージングを決めており、御来光の昇る方角を向いていた。巡礼の儀式を見ようと、塔の下では大勢の天使族たちが集まっている。
そして――御来光が現われた。太陽がオレンジ色となり、地平線から姿を現す。グラデーションに染まった空の色はいつ見ても綺麗だ。
しばらくすると、祈りの間の壁のあちこちから模様が浮んで輝き出した。そこから無数の光の鳥たちが現われて、部屋内を飛びまわった後、塔の外に出ていった。
祈りの間にいる天使たちから「おおおおー」という声と共に、たくさんの拍手が鳴り響いた。
儀式の後、僕たちは再び空島からリフトを使って地上に降りた。大樹のエレベーターで、地下まで降りる。そして駐車場で大きくした車に乗り込んだ。
実は空島にいた時に、車中に大量のある食材を詰め込んでいた。それを見つめながら、コムギは僕に訊いた。
「ねえ、桃くん。これ、どーすんのよ」
「天使の卵。天使領の特産品だから、美味しく食べよーぜ」
「確かに美味しいんだけど、食指が積極的に、こう、動かないんだよねー。そして、この量っ」
「全部、有精卵だから、早く食べないと、天使の赤ん坊が生まれちゃうぞ」
「食べるといっても、ケース山積みじゃないかー」
祈りの儀式を終えた後、塔の門をくぐったコムギは、出待ちしていた天使族たちに囲まれたのだ。そしてファンレターや花束ならぬ、卵をもらってほしい、とせがまれた。僕はまさに空港に降り立った芸能人を待ち構えるファンたちから、プレゼントを回収するマネージャーもしくは空港職員のごとくに卵を集めた。そして、それらの卵を一時的に大きくした車の中に、せっせと詰め込んだのだ。
「巫女様、とりたてホヤホヤの妻の産んだ卵です。私のDNA入りですので、特濃ですぞ。ちょー特濃ですぞっ」
「あははは。モノマネが、うまいうまい。さっきの天使そっくりだ。でも突然、どーしちゃったのよ、桃くん」
僕は運転しながら、考え事をしていた。
「どんな料理にしようかと思ってな。でも、やっぱり、あれだろ」
「あれ?」
ピロリロリーン、と音が鳴った。炊飯器の音だ。ちょうど、ご飯が炊けたようだ。僕は車を停めると運転席から住居スペースに移動する。そして棚から醤油と鰹節を取り出した。
「ま、まさか、桃くん……」
「そうだ、卵かけごはんだ! TKGだ! TKG」
「ちょ、ちょっとそれは、やばいんじゃないの! 帝国領の卵は生で食べてもいいように十分な管理の上で生産されてるけど、海外での卵の生食はだめっ! 絶対にだめよっ! そして、気分的にもだめっ!」
「心配するな。天使さんに生で食べても大丈夫だって確認も取ったし、きっと、うめーぞ」
「いやいや、いやよっ!」
僕は、卵をぐるぐると混ぜて、それをお椀に盛ったご飯にかけた。鰹節の他に、海苔もパラパラと散らした。
「嫌よ嫌よも好きのうち、だろ?」
「それは稀な例だと思う、けど……ごくりっ」
「ほーら、喉が鳴った。体は食べたいと欲してるんだよ。さっきあんなに食べたのに、また食べたくなるなんて、おめーも、食いしん坊だなぁ」
僕はコムギの分の卵かけごはんを作った後、箸と一緒に彼女の手前に置いた。そして、自分の分の卵かけごはんも作り、頬張った。
「う、うめええええええええ。やっぱり、卵といったら、卵かけごはんだなぁ」
「……そんなに美味しいのなら、私もちょっとだけ……パク……。あっ! ああああああ。うまああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぃ」
「突然叫ぶなよ、びっくりしちゃったじゃねえかよ」
「いやあ。美味しいわ。これからの食事が楽しみよ」
「ほーら、もらって良かっただろ。有精卵なんて3年に1度の繁殖期である今じゃないと、食べられないんだからな」
「良かったわー。繁殖期にやってきて、正解だったわ」
「あははは、現金なやつだなぁー。じゃあ、TKGを食べ終わったら、次の塔を目指して、元気満タンで出発進行すっかー」
「おーっ!」
こうして僕とコムギ、ホケの旅は続いていく。
ただ、天使領での話はここで終わりではなかった。あまりにもたくさんの卵をもらったため、食べ尽くすまでに時間がかかったのだ。そして後日、天使2人がぱかりと割れた卵から生誕した。なんと、その2人は突然変異種なのか、そろって空を飛べた。
「そ、桃くん……産まれちゃったね……」
「ああ……有精卵だったからな。もらった卵は……」
「なんで空を飛んでるの? 天使って生まれたばかりの頃は、空を飛べるのかな?」
「……いや。飛べないと思う。そもそも天使の羽は、性的アピールをする時にのみ使う、飾りみたいなものだから……。で、どうする?」
「さあ?」
「とりあえず、天使族に電話してみっか……」
僕は電話をしてみた。
「あ、もしもし。王さまですか? こないだはどうも、お世話になりました。……はい、実は問題が起きまして……実は……」
電話して分ったことだが、本来天使の卵というのは適切な温度と高地の気圧でないと孵化しないらしい。つまり、有精卵であっても空島以外では孵化しないというのだ。車中に放置していた卵から天使が還ることは、ありえないことだという。
僕は受話器を耳に当てながら、話を進めた。
「なるほど。そうなのですか……で、引き取っていただけますか? えっ? 育ててみてくださいって? こうした奇跡も、巫女様へ贈られた神の意志、プレゼントなのかもしれません、って。んな無責任な。……え? 無責任は僕たちですって? えええええええ」
プープープー。
電話を一方的に切られてしまった。
「桃くん、どーだった?」
「普通に還って、空を飛べることも前代未聞だそうで、この奇跡は神様の意志かもしれねーから、僕たちが育てろってさ」
「ええええええー。……いいよっ! よろこんでっ!」
「うん、困るだろ……って、え? いいよ? よろこんで?」
「大事に育てるからさ。ほーら、わたちがママだよー」
「ダーダー」
天使の赤ん坊たちは、甘えるように、コムギにベッタリしている。
「お、おめええええー。分かってんのか? ペットを飼うのとは、違うんだぞ?」
「大丈夫、大丈夫。立派に育てるからさ。よちよち、ママがなでなでしてあげるねー」
「ダーダー」
………………。
「ピーピーピー」
こうして僕たちの旅に、羽をパタパタさせて空を飛ぶことのできる、突然変異な天使2人(握りこぶしより小さい赤ん坊)が加わった。なお、「ダーダー」としか喋れないようである。赤ん坊なので当然ではあるが……。
僕たちは次の塔に向かう。
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