第22話

 天使族――なんておそろしい種族なのだ。なんてマゾな種族なのだろうか。正直僕の肝は心底冷え切った。確かに王が言っていた童話は聞いたことがある。しかしながら、その童話に出てきた神様は、うさぎが焚き火に飛び込んで、丸焼きになったのを見て、本当に感謝したのだろうか? どんびきしていたの間違いではなかったのだろうか。仮に本当に感激していたのだとしたら、僕は神様の心がさっぱりわからない。


 回復魔法をかけていた一人の女の天使がこちらにやってきた。


「巫女様、従者様、大変お見苦しいところを見せてしまいまして、申し訳ございません」


「い、いやあ。びっくりしました。それにしても天使族の回復魔法を初めて見ましたが、すごいですね」


「はい。……あと、お肉の件ですが、我々は普段から食べない習慣ですので、調達し忘れておりました。代わりにですが、次回のお食事時には卵料理などは、どうでしょうか?」


「卵があるんですか? でしたら、それをください。お肉はもういらないので卵料理ください」


「わかりました。では私、次の食事までに産んでまいります。産みたてほやほやは、また絶品なのですよっ!」


「えええええ」


「ピーピーピー」


「ドテカボタァァァアアアッァアァーンッ!」


 僕たちは全員、素っ頓狂な声をあげた。一方、天使の女は冷静な顔で言った。


「天使の卵は、名物でして、是非とも味わっていただきたいと思っておりますが?」


「確かに名物と聞いてますし、空島へのリフトに乗る前にも食べましたが……やっぱり、本当に卵を産んでいるのですね。実際に目の前の天使の方にそう言われると、なぜだか生々しさを感じてしまいます。天使って卵から産まれるのですか?」


「はい。さようです」


「哺乳類ではないのですか? 男性の方々は姫様に欲情しておりましたし……」


「生殖法は一つではありません。卵でも体内受精でも、どちらからでも生まれますよ。生まれるのなら、生まれ方なんてどーでもいいではありませんか。天使族は過程よりも、結果を大事にする種族なのです」


「なるほど! って、それは大事にする大事にしないという問題ではないと思いますが、そういう生態系なのですね!」


 どうやら人間の常識にあてはめない方が良いようである。


 その後、焼けた材木の残骸も片付けられ、ごくごく普通の立食の会場に戻った。先程、火の中に飛び込んだ天使たちも、今では普通に食事を楽しんでいる。そしてコムギに挨拶をしてきた。そう……本当に何もなかったかのように。コムギは彼らに対して、王女らしい振る舞いで対応していた。僕は彼女の後ろ姿を見ながら、さすがだと感心した。先程の動揺が全くないのだ。最後にコムギのスピーチが行われ、立食の食事会は終了した。


 僕は疲れた。早く控室に戻って、ゆっくりしたかった。頬がげっそりしているのだ。控室に戻ると、ドアを閉めた。


 すると……。


「ふぅ……やっと、楽に……。あれれ?」


「桃くん、どうしたの?」


「あ、あれ見てみなよ……」


「あっっっ。なんだこりゃああああ」


 僕は再び廊下に出ると、なぜか僕たちの部屋の護衛をしている大臣に質問した。部屋の中を指して。


「大臣、なんですか、あれは!」


「あれとは……ああ、撮影機材のことですね。気になさらなくて結構ですよー」


「気になるんですっ。なんで食事から戻ると、部屋中が監視カメラだらけになっているのですかー」


「もちろん、全天使族の民に、巫女様と従者様の休憩中のお姿を中継させて頂く為です。あれれ、ヒューマンの世界ではみなさん、有名な方に対しては、そうなされているのではないですか? 私もヒューマンの住む領域にまで旅をした経験がございまして、そちらでのテレビ放送を観た時、そのようでしたよ」


「なぜ、ほわい? ぼく、わーかりませーん」


「例えば、ボクシングとかフィギュアスケートとか、注目選手が控室で待機している様子を、中継で流しているではありませんか。同じく、巫女様ご一行も控室で待機している様子を、ヒューマン社会の風習を真似まして、中継させて頂こうと思ったわけです。この日のためにわざわざ4Kテレビを購入した天使もいるくらいでして……」


「やめてくださーい。勘弁してくださーい。監視カメラを今すぐに、撤去してください。でないと、この部屋で休息ができませんから」


「ど、どうしてもですか? 天使族は祈りが行われるまでの巫女様の一挙一動が気になるのですよ」


「大臣……僕は油断してました。今後は、姫様のお姿を放送されたい時には、ちゃんと前もって僕に取材許可をとってください」


「どうしても……どうしてもなのですか?」


「はい。どうしてもですっ!」


「……分りました。監視カメラは取り外させてもらいます。しかし、なにとぞ、盗聴器だけは……盗聴器だけはこのままで……」


「盗聴器もあるんかーい!」


「はいっ。もちろんっ」


 大臣は誇らしげに胸をはった。


 ………………。


「胸をはって言うことですか、大臣。当然ですが、盗聴器も取り外してください。休みたい時に撮影や盗聴されるということは多大なストレスになるのです」


「そうなのですか? それはどうしてでしょう?」


「古代の人間族には、伝説的なアイドルグループがいました。そのアイドルグループに所属している一人の少女が、とある企画に挑戦したのです。その時、その少女はアイドルとして、いいえ……社会人としてあるまじき行動をしたのです」


「ほうほう。どのような企画だったのでしょう?」


「カメラの回っている個室で一ヶ月を過ごす、というだけの企画でした。その企画中、少女はとんずらをこいたのです。つまり、とんだのです。全国放送中に音信不通になってしまうという珍事を起こしたわけですよ」


「な、なんと。で、そのアイドルの方はその後、どうなったのですか?」


「卒業という名目で、アイドルをクビになりました。まあ、社会人としてそうなるのは当然のことですね。企画を辞めたい場合のとるべき手順というものを放棄し、一人でぶっとぶ、という一番やってはいけないことをしたわけですから。バスツアーで例えるなら、ツアーの途中で運転手やバスガイドが突然、SAなどでの休憩中にバックレるようなものです。ツアー客やバス会社に多大な迷惑をかけることになるでしょう。同じくこのアイドルも番組関係者らに多大な迷惑をかけたのです。とはいえ、僕はこのアイドルの少女の気持ちが十分に分かります。アイドルがぶっとんだこの事例からも分かるように、監視カメラによってプライベートを撮影されるというのは、される側にとっては多大な心理的負担になるのです。底なしのストレスを感じるものですっ! それは盗聴も同じです」


「わかりました。では盗聴器も取り外します。一つ残して全てをっ!」


「大臣、その一つの盗聴器も、取り外してくださーい」


「えー。そんなー」


「そんなもこんなもありませんっ!」


 僕は大臣に全ての監視カメラと盗聴器を取り外させた後、念のために盗聴器などを検知する魔道具『電波発見機』を使い、取り外されたことを確認した。


「コムギ、もう大丈夫だ! 全て取り外されたみたいだぞ。コロポックルに戻ってもいいぞ」


「桃くん、ごくろうさま。あと『戻る』って言うけど、私はコロポックルというわけじゃないので、そこんところ勘違いはしないでね。ハーフだから! 単にコロポックルでいる時間が人間でいる時間より長いだけよ」


「わるいわるい。どっちのおめーもダラダラしてるけど、コロポックルの姿でダラダラしているほうが、妙にしっくりくるからな」


「……まあ、いいわ。さーて、と」


 コムギはコロポックルになると窓際に行った。そして大きく呼吸をしてから、窓を開け……。


「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


「ど、どうした? 突然……」


「わあああ。わあああああああああああああああああああああああ。わああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 コムギは一心不乱に叫び続ける。


「お、おい……気は大丈夫か?」


「ねえねえねえねえ。桃くん、あぶないよー。危なすぎるよ、天使族たち。私の精神がおかしくなる寸前だったわ」


「今のおめーも十分にあぶなかったぞ。ついに狂ったのかと思った」


「んなわけないでしょ。シャウトで溜め込んでいたものを発散させたのよ! 吐き出したの」


「なるほど……」


 ドンドンドン、とノックされた。


「はーい」


 ドアの先から大臣の声がした。


「あのー。今、叫び声が聴こえましたが、何がありましたか?」


「てめええらのせーじゃ、ぼげえええ」


 コロポックルのコムギがドアに向かって吼える。


「はい? 今のお声は? 巫女様と従者様以外にも、部屋の中に誰かいらっしゃるのですか?」


 僕はコムギの背後にまわると、彼女の口を押えた。


「なんでもありませーん。ただの、持ち込んだ音楽の再生機器の故障です。古くなっていたので、ロック歌手のシャウトが大音量で洩れたみたいです。すみませんでしたー」


「もごもごもげもご……」


「なるほど。何かあれば、お呼び下さい」


 カツカツカツ、と足音が遠ざかっていく。


 ………………。


「おめー、なに情緒不安定になってるんだよ。さっきまで、立派な対応をしていたのに」


「あれは演技よ。脇の下は汗で大変なことになっていたのよ」


「そうだったの?」


「お面をつけているのに天使族、私をすごい目で見てきたわ。視線だけで私、はらまされちゃう!」


「いやいや、それは言い過ぎっ」


「なんなのここー。やばいわ。まじでヤバすぎるわ。いきなり火に飛び込むしさー」


「あはははは。おめー肉大好きなんだから肉、食べればよかったじゃん」


「あんなの食べられるわけないでしょー! そんなことしたら未来永劫、悪夢に出てくるわよ。いえ、さっきの光景もきっとこの後、悪夢として見続けるんだろうね。間違いないわ。あー、早く祈りを終わらせて、このぷかぷか浮いている島から出たい」


「もう一度、食事をしたら、祈りの時間になるからさ。次の食事では、天使の卵を食べれるみてーだからいいじゃん」


「あの、女の天使さんが産むと言ってた卵のこと? いやよ。私は食べないわ。きっと産む時にウンチもついているのよ。そうに決まっているわ」


「仮についていたとしても殻にだからいいじゃないか。ウンが付いているだけに運がよくなりそう!」


「えぇぇー。桃くんは平気なの?」


「僕はすでに食べたから。リフトに乗る前に」


「もう食べちゃったのかー。御愁傷様です。ちーん。ぽこぽこぽこ。ちーん」


「どうして住職の真似をしているのかな? 全然おもんないから。じゃあ僕、メシの時間まで寝てるからね。おやすミント」


「ねーねー。一人で寝ないでよぉ。起きてなさいよー」


 コムギは僕の体を揺らし、眠りの邪魔をしてきた。しかし、僕は疲れており、すぐに眠りに落ちた。

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