第21話
塔の中で準備されていた6階層の控室に入った。2人になったところで、お面を外す。人間からコロポックルになったコムギは、眉間にしわを寄せながら言った。
「やべーよ。あいつら、まじでやべーよ。ド変態だよっ」
「おめーの気持ちも分らなくはないけれど、文化の違いってことで納得してやれよ。そもそも天使族の発情期は3年に一度、約1か月間しかないんだ。発情期でなければ、彼らはやばくもなんともない。天使族は、人間種よりもピュアで優しくて、聡明な種族性だと言われてるんだぞ」
「そうなのかしら?」
「そーだぞ。あと4時間もしたら、盛大な食事でもてなしてくれるらしいし、楽しみにしてよーぜ」
「う……ん、わかった」
「それじゃあ、僕はそれまで寝てるから。おやすミント」
「あれ? 今回は10階層を覗いてみないの? 塔マニアな桃くんなのに? さっき上がってもいいか、訊いてたよね」
「今は疲れてるから、後で覗いてみるよ。大扉の内側から中を覗くだけなら、いつでもOKだと許可ももらったしさ。おめーも、下着を取り換えて、リラックスしとけよ」
「下着? ああ、そうだった。急いで取り替えなくっちゃならないんだ!」
僕は、そのまま備え付けのベッドで横になった。
天使族は本来、ヤバくもなんともない存在である。しかし発情期は別のようだ。この時期の天使族が本当にヤバい存在であることを知るのは、まもなくのことだった。4時間後、ディナーの時間がやってきた。ドアがノックされ、食事の用意が出来たことを伝えられた。僕たちは会場である5階層に向かう。会場前には、先程の3人がいた。
どうやらこの3人は天使族の王様・大臣・首相という偉い役職についている者たちらしい。迎えの者だと言われていたので、下っ端の天使かと思っていたが、そうではない。天使の階級では王が『プリンシパリティ』で、大臣と首相がどちらも『アークエンジェル』という。天使族には天使の階級というものがあり、生まれた時からそれは決まっている。そして、より高位の天使が天使領の王になるという習わしがある。ここ数百年、中位以上の天使が降臨しないということで、現在最も天使の階級が高いプリンシパリティがまとめ役を担っているのだ。王はお辞儀した。
「お待ちしておりました。巫女様、従者様。そのお面、大変に似合っております。実は先程は気恥ずかしくてお伝えしてませんでしたが、私の手作りなのですよ、それ」
「……ありがとうございます」
「ささ、どうぞ。こちらへ」
会場は美味しそうな匂いで充満していた。僕とコムギは目を輝かせ、料理が盛られているテーブルを巡った。どれも美味しそうなサラダだ。バーベキューコーナーまである……焼野菜用の。
「どうでしょうか? 空島での朝採れ野菜です。天使族にとっての最高のご馳走なのです」
「美味しそうですね。ところで肉類はないのでしょうか?」
「……肉類」
王は驚愕の表情を浮かべた。
「我々は普段から肉は食べないのです。ヒューマンの言葉にもありませんか? 肉類、にくるい、にくくるい、肉狂い……我々は宗教上の観点から肉を食べないわけではありません。肉を食べたら『エッチ』になっちゃう体質だからです」
「別にいいのではありませんか? 今は繁殖期ですし……」
「従者様、だめなのですっ! エッチになったら性犯罪が増えるではありませんか」
「……そういう理由があるのでしたら、仕方がありませんね。納得した、ということにしましょう」
「しかしながら、従者様はお肉がご所望なのですよね? 私は先程、歴史に残るほどの限界突破のおもてなしをする、と申しました。覚えておられますか?」
「はい、覚えています。そう仰っていましたね」
「天使に二言はございませんっ! さあ、木材と原油の用意を! 『天使流のおもてなし』の準備をっ!」
王はそう言って、指ぱっちんした。すると他の天使たちが、ぞろぞろと木材を部屋に運んできて、僕たちのすぐ近くで組み立て、原油をドボドボとかけていく。その近くに、脚立も置かれた。
僕とコムギが、興味深くそれを見つめていたところ、王が語り始めた。
「天使焼き、でもどうでしょうか? とある童話にはこのような話があります。神様がハラペコ老人のフリをして、お腹が空いたよー空いたよーっと言いながら下界におりてきました。そんなハラペコ老人を見た『うさぎ』は、老人がかわいそうだと思い、火の中に自ら飛び込んで、『焼きうさぎ』となり、老人の食事になったのです。老人に扮していた神様は大変感激して、そのうさぎを星座にしたとかなんとか……」
「ま、まさか……」
「あれは『うさぎ』ではなく、我々の種族だとも言われています。どれ、今回は肉を用意するために、私が供物となりましょう。はぁはぁはぁ」
「うわぁぁぁ。どーして、興奮してるんですかー」
王はマッチを取り出して、火を点けると、原油まみれの組み立てた木材に投げた。すぐに、ゴゴゴゴッゴゴゴゴッゴゴと激しく燃える。
「ひぃひぇぇぇぇぇぇぇ」
すぐ近くで予期せぬキャンプファイヤーが現われ、コムギは腰を抜かして尻餅をついた。本気で怯えている様子だ。尻餅の拍子で、つけていたお面が床に落ちると、コムギの顔を見た会場内の天使の男たちが、恍惚な表情を浮かべ、バッサバッサと羽を揺らし始めた。一方、そんな男たちを怒り心頭な顔で睨みつける女の天使たち。
王は高らかに叫んだ。
「聖者さまの供物になるだなんて、ありがたき幸せ! 天上の至極です」
「やめてください。ってか、やめなさーいっ」
僕は嫌な予感がして王の腕を掴むも、プリンシパリティである王の力は強く、突き飛ばされた。
「遠慮なんていりません。これぞ天使流のお・も・て・な・し。おもてなしっ!」
王はそう言って合掌した後、脚立に登ると、キャンプファイヤーに飛び込んだ。僕は目を剥いた。口もあんぐりと開けた。その直後、周囲から次々に信じられない声が聞こえてきた。
「ぼ、ボクだって巫女様に食べられたーい」「巫女さまに食べられるのは、おれだー」「いやいや。わたしこそが美味っ」「従者様に食べられたいでごわすー」
「え、ええええええー、なに言ってんだあんたら、ってオイオーイ」
天使たちは次々に脚立を登ると、躊躇なくキャンプファイヤーに飛び込んでいく。男の天使たちの奇声と、女の天使たちの悲鳴があがった。会場が混沌とした空間に代わる。コムギとホケはガタガタと震えていた。呆気にとられていた僕は、正気を取り戻すと、脚立を登ろうとしていた男の天使の足をぐいっと掴んだ。
「やめろー。やめるんだー」
「離してくださいっ! おねがい! おねがいします」
「離さねえー。僕は絶対にこの手を離さねえー」
天使を脚立から降ろすと同時に脚立も倒した。僕は去年に開発したばかりの魔道具『瞬間消火菌』をポケットから取り出すと、それをキャンプファイヤーに投げた。周囲は瞬く間に真っ白な胞子に包まれる。この魔道具は人工的に作った菌の塊である。この菌は火の熱エネルギーを吸収して急速に成長する。そして消火作用のある胞子を周囲にばらまき、それらの胞子は再び熱エネルギーを吸収して成長し、大量の胞子をばらまく、という原理の連鎖型の消火器具だ。バイオ系の魔道具の開発者である僕は、こうした魔道具を平常時から携帯することを習慣としており、今回それが役に立った。
消火を確認すると、僕は急いでボロボロになった木々をどかした。そして瀕死状態の天使たちに駆け寄った。そこには王もいた。
「大丈夫かっ。死んでないかっ!」
「従者様、どうか……どうか、こんがりと焼けました腕の表面だけでも、お召し上がり下さい……ペキンダックのように」
「召しあがるかーーーーい。そんなの食べれんわぁぁぁぁぁー」
僕は王に向かって盛大にツッコんだ。
なお、このあと、女の天使たちが『回復魔法』なるものを使ったところ、天使たちの火傷がみるみるうちに回復した。騒動も終わってみれば、死者も重症者もゼロである。なお、死んだり食べられたりした場合でも、灰や骨などが僅かにでも残っていたら『蘇生魔法』で生き返らせれるらしい。これが、あのような思い切った行動に出たカラクリなのだろうが……おそろしい。
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