第20話
リフトを降りたところには、3人の天使族の男が立っていた。天使族は羽がある以外は人とほとんど同じ外見だ。『巫女様 従者様 歓迎』と漢字で書かれた旗を持っていた。
そして三人は恍惚な顔をしながら羽を広げ、バサバサバッサと激しく揺らしてもいた。これは、まさか求愛行動? 視線はコムギに釘付けだ。
「こ、怖いんだけど……」
コムギのつぶやきが聞こえた。顔を見ると青ざめている。僕は天使族に話しかけた。
「あ……あの、迎えの方でしょうか?」
「え、え? あ、はい。失礼いたしました。巫女様の想像を絶する美しさに、我を忘れておりました。巫女様、従者様、歓迎いたします。ようこそ、空島へっ」
「は、はあ……」
天使族たちは、まだ羽をバサバサバッサと揺らしてる。
「もうしわけございません。この時期はちょうど、我々天使族の『繁殖期』でございまして、ビューティフォーな女性を見ると、ヒューマン族など種族を問わず、発情してしまうのですよ。今年度は予言の年でもありまして、伝説の熾天使のメタトロン様とサンダルフォン様がご降臨するという言い伝えもございます。なので、みんなでハッスルハッスルしているのでございます」
「なるほどっ! それにしても、みなさん、立派なものをお持ちで……」
服の上からでの推察だが、ヘソくらいまでは届いているようだ。もはや凶器である。コムギは完全に怖がっている様子だ。
「それでは、塔までご案内致しましょう。長旅は疲れましたでしょう。天力車をご用意してあります」
「天力車ですか?」
「あれでございます」
天使が指した先には、見覚えのある乗り物があった。僕は天使に訊いた。
「これは人力車みたいなものですね。人ではなく、天使の力で動かすから天力車というわけですか?」
「ヒューマンの世界の乗り物を見よう見まねで、この日のために、作っておいたのです。本来我々は宗教上の理由で、乗り物には乗らないという習慣がありますから、空島には乗り物の一切がないのです」
僕たちは天力車のそばまで行き、様々な角度から見てみた。道具使いの僕は、珍しい物を見るのが大好きなのだ。外見は人力車とほとんど同じだが、椅子がないようだ。どうやって乗るのだろうかと疑問に思っていたところ、天使がそれについて答えた。
「それでは、私が巫女様の天使椅子になりましょう」
「ああ、卑怯ですぞ。抜け駆けですぞ。私が!」
「いえ、私がなります! あなたたちは、従者様の天使椅子、押す方をそれぞれ務めなさい」
などと言いながら喧嘩を始めた。そうした喧嘩をしている最中にも、羽をパタパタさせながら、恍惚な表情になっているので、下心がミエミエである。つまるところ彼らは四つん這いになり、自らが椅子になることで、背中でコムギの尻の柔らかみを直で感じたいらしい。コムギは僕の耳元で囁いだ。
「桃くん、当然だけど、断ってきてちょーだい。彼らは人間の文化を勘違いしているわっ」
「おう。わかったぞ」
僕は天使たちに近づいて、言った。
「姫様はションベンを、おチビらせたばかりですので、そんなアンモニア臭い下着で誰の背中にも座りたくない、とご遠慮しております。なので、折角椅子をご用意して頂けるそうですが、ご辞退させてください」
『ああああああああ。なんてことを言ってるのっ! このおバカ』
というコムギのアイコンタクトが僕に届く。対する天使たちの反応は……。
「そ、それは。なんという、ご褒美っ! いえ、名誉ある仕事です。ぜひ、私に巫女様の天使椅子をっ!」
「いやいや。私にこそっ!」
「私がなりますぞ」
………………。
火に油を注いだようである。コムギの元まで戻ると、力いっぱい足を踏まれた。小声で責めてくる。
「アホ。バカ。ドテカボタン! 最悪、桃くんが、私の人間椅子になることで、場をおさめなさい」
「えー。勘弁してくれよ、なんで僕がションベンを漏らしたおめーの人間椅子にならなくっちゃなんねーんだ」
「従者でしょっ! 天力車を断れないなら、最悪、そうしなさいっ」
「ちぇ、わかったよ」
結局、説得の末、僕が人間椅子になることで話は収まった。現在、天使3人で天力車を引っ張り、車内で四つん這いになっている僕の背中に、コムギが腰をおろしている状態だ。
「僕、思ったんだけど、無理に人間椅子になる必要はあったんか? 確かに椅子はないけれど、2人してここであぐらでもかいていれば、いいだけなんじゃねーの? というか、これに乗る必要性自体もあったのか?」
「ほらほら。椅子の分際で、しゃべらない! 桃くんは、塔に到着するまで、私の椅子になっていなさい」
「勘弁してくれよ。僕の服にションベンがしみ込んじまう」
「もう乾いてるわよっ!」
そんなこんなで、塔までは天力車なるもので向かった。じっとしていただけなのに、とても疲れた。
しばらくして、天使族領の塔――別名、天空の塔に到着した。塔の周りには、見張りと思われる三十人程の天使族が立っている。どの塔も同じだが、高さが成層圏を越えて宇宙にまで達している。だから僕は不思議に思った。どうして、こんなどでかい塔が建っている空島は、バランスを崩したり落下したりしないのだろうかと。
塔がいつできたのか。そして、どのようにして作られたか、などについては未だに不明だ。そうした塔に関する沢山の謎が、僕の冒険心をくすぐりもする。天力車から降りると、車をひいていた天使の一人が僕らに言った。
「さささ。長旅ゆえにお疲れになっていることでしょう。明日の明け方まで時間も御座います。それまでは歴史に残るほどの限界突破なおもてなしを、させてください」
僕は彼にお辞儀をした。
「どうもありがとうございます。……あと、その発情もそろそろ止めて頂けたら嬉しいのですが」
今では、先ほどからの3人だけではなく、周囲の天使族たちも一斉にバッサバサと羽を揺らして恍惚の表情を浮かべているのだ。ある意味、ホラーである。
「も、もももも、申し訳ございません。でしたら、大変恐縮なのですが、このお面を着用していただけないでしょうか?」
天使の男は、自身のバッグから何かを取り出して、僕に手渡してきた。それを見て、軽く驚いた。
「こ、これは……祭りなどで売っている、ヒーローのお面っ!」
「ヒューマン種の文化について勉強しましたところ、イベントがある毎に販売されています、このようなお面が結構な売れ行きだと聞くではありませんか。巫女様ご一行が、ご来訪される時期が我々の発情期と重なったことを受けまして、急きょ作りましたものです。お面をかぶれば、美女かどうかの判断なんて出来ませんので、我々の発情も鎮火するという理屈です」
「ヒーローのお面ですね。たしかに発情期にこちらの領に来てしまったのは、こちらの情報不足でした。我々も出来る限り問題は避けたいので、ぜひとも姫様につけてもらいます。しかしながら、これは……」
コムギがニコニコしながら僕の横にやってきた。
「私、着用させていただきますわ。お面をお渡しください」
………………。
コムギが優雅なたたずまいで、ヒーローのお面を手に取るも、それを見つめたまま固まった。まぁ、分からなくもない反応だ。これは、とある男戦士のお面である。太古の昔、主人公である、この男戦士が巨大な人造ロボットに乗って敵と戦った。そのアニメグッズは、世界中で記録的な売上を誇ったと史実に残っている。
僕は天使に訊いた。
「しかしながら……どうしてお面は……アヘ顔なのでしょうか?」
「お気に召さなかったですか?」
「……いえ。なんと言いますか……」
「ピーピーピー」
突然、僕の肩からホケが飛び立ち、天使の頭を突くなどの攻撃を始めた。僕の内心を読み取り、代弁――いや、代わりに行動してくれたのだろう。天使は頭を抱えて痛がった。
「あいたたたたた。乱暴はっ、乱暴はベッドの上だけにぃぃぃ~~~してぇ~~んっ」
『ホケちゃん! やれやれーぃ』と心の中で思ったが、すぐに止めさせた。ホケの攻撃を受けている天使は痛がっている素振りをしながらも、悦んでいたからだ。
………………。
「やめなさーぃ。ホケちゃん、ただちに、やめなさーぃ」
ホケは攻撃を止めると、僕の肩に戻ってきた。
僕は天使に謝罪した。
「申し訳ありません。僕たちのペットのデーモンウグイスのホケが乱暴を働いてしまいました。おケガはありませんでしたか?」
「怪我はありません。しかし、発情期にこのようなことをされると、大変に困ります。ますます発情が盛んになってしまいます。ささ、早く、そのお面をお付けください。……じ、実は理性の我慢がもう、限界なのですよ……」
それはまずい。
「分かりました。姫様にすぐにでもお面を付けていただき……って、あれ? あれれ?」
先程まで、発情していた周囲の天使族たちほぼ全員、恍惚とした表情から一同にシラーっとした顔に変わっていた。羽のパタパタも止めている。振り向いたところ、コムギがお面をつけていた。コムギは天使たちに言った。
「どうも、ありがとうございます。滞在中は、私の身の安全のためにも、このお面をつけさせていただきます……しかし、まだ3人ばかりでしょうか、お面の効果が伝わっていない方々もいるようですが……」
「巫女様。彼らはゲイなのです。なので巫女様に発情しているわけではありません。安心してください」
「え?」
よく見ると、その3人は僕を見つめているようだ。僕は慌てて確認した。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ。というのは……もしかして、僕に対して発情してるってことですか?」
「さようです。おそらく、好みなお顔なのでしょう」
「ぎょえええええええええええ」
「従者さまも、お面はご利用ですか?」
「もちろんですっ! 天使領を出る頃に、痔になっていたくはありませんからー!」
「わかりました。ではこれをどうぞ」
「ありがとうございます」
僕がもらったそのお面は、先程と同じく太古の昔に記録的人気を誇った、魔法少女のアヘ顔のお面だった。
………………。
お面を装着したところ、羽をパタパタさせていた残りの3人の天使の羽も止まり、シラーとした顔になった。
「ささ、塔の中に休息のためのお部屋をご用意させていただきましたので、こちらにどうぞ」
「ありがとうございます。さあ、姫様、行きましょう」
「はい」
「ピーピーピー」
僕たちは、塔の中に足を踏み入れた。
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