第19話

 ブロロロロロン、と僕たちのワゴン車は走り続ける。そして目的地の、巨大な樹木に到着した。この樹の高さは数キロはあった。近くに地下へと続いている入口があり、車は地下に進んでいく。中には駐車場があり、そこで車を停めると、ミニチュア化させた。樹の下の地下は観光施設にもなっており、賑わっていた。地上に街を作ったら、古代生物に破壊される恐れがあるため、地下に作ったらしい。コムギはきょろきょろと見渡しながら歩いた。


「ここが天使領なのね? へー、地下にあるんだ」


「天使領には違いないけど、ここが主街区というわけじゃないぞ」


「ピーピーピー」


 ホケがコムギに向かって鳴いた。


「桃くん、ホケちゃんは、なんて言ったの?」


「巫女ならそれくらい、事前に知識として学んでから、旅に出ろやボケ、って言ってるぞ」


「やーん。ホケちゃんに怒られちゃった。むふふ。本当は桃くんが考えた台詞なんだろうけど、本当にホケちゃんにそう言われたと思ったら、嬉しいなあ。楽しいなぁ。もっと私を叱って叱って。ホケちゃんおねがーい」


「ピーピーピー」


「桃くん、今度はなんて言ったの?」


「勘弁してーってさ」


「勘弁しないよ。お姉ちゃんは勘弁しないよー」


「ピーピーピー」


 ホケは僕の肩から飛び立った。コムギはそんなホケを追いかけていった。


 ………………。


「全く観光しにきたんじゃないんだぞ、あいつら……って。おおっ! あれは天使領名物、天使の卵! うわあああ、一度食べてみたかったんだ。天使が産んだ卵って、どんな味なんだろう。あいつら、哺乳類のくせに卵を産むなんて、一体どんな生態なのかも気になるぅ」


 僕は土産物屋にダッシュで向かった。なんだかんだいって、僕も観光気分である。


 再び合流すると、飲食店で食事をしてから大樹の中に入った。巨根の部位から空洞となっており、中には幹をくり抜いて作られたエレベーターがあった。


 うぃぃぃーん、とエレベーターは70階に向う。


「桃くん、この大樹ってさー、エレベーターでもあったのね」


「そーだぞ。天使族が作ったんだ。天使族の塔には、ここを通らなくちゃ行けないからな」


「そういえば、ここには塔らしきものが見えなかったわよね。天使領に塔ってあるの?」


「もちろんあるさ。さっきは雲に隠れていたから見えなかっただけだ」


 ガチャン、とエレベーター止まった。外に出ると、強風が吹いている。


「うわああ。高いわっ! そして、一つ私、ツッコミどころを見つけちゃった」


「なんだ?」


「ここって70階なんだよね? でもさ、2階とか3階とか55階とか、なかったよね?」


「70階まで直通だからな。そして、従業員用も含めてエレベーターはこれ一本だ」


「だったら70階じゃなくて、ここは2階じゃないのかーい。ビシビシ」


 コムギは大樹の壁に、手の甲をぶつけている。


「うわー。確かに僕も気にはなっていたけれど、どーでもいいこと過ぎて、ツッコむ考えすらしなかったぞ。おめーは細かいやつだなぁ。さてはA型か!」


「違うわい! 私はAB型よ。血液型で性格が決まるだなんて、迷信よ」


「AB型って変人・奇人が多いらしいけど、だったらなぜ当たってるんだ?」


「知らんわっー。私は常識人よっ」


「ピーピーピー」


「ホケちゃんがな、てめーはどうみても変人だろ、このカスがっ、だって」


「うわーい。ホケちゃんにご褒美をもらっちゃった。るんるんるん」


「ピーピーピー」


 ホケが顔を真っ赤にしながら、再び鳴いた。


 ………………。


 枝の上に整備されている道を歩いていくと、リフト乗り場があった。スキー場に行けばある、あのリフトである。リフトが向かう先は、天使族の本丸――空島だ。雲の上までやってきて、ようやく空島が見えた。天使族領の塔は、空島から伸びている。そして、空島に向かうには、このリフトを使うのが一般的とされている。最近では飛行機などでも行けるようになったが、僕たちは空輸を使わないと決めているので、リフトで行くしかないのだ。なお、リフトがまだ建設されていなかった旧時代の巫女たちは、空島からロープを地上までおろしてもらい、何時間もかけてそれをのぼっていたらしい。


「よし! 乗るぞ」


「え? え? このリフトに、乗るの?」


「なんだ、おめー、怖いのかよ。しょんべんチビりそうなら、そっちのトイレでしてこいよー」


「ち、違うわよ。馬鹿にしないでっ! うわーい、うわーい。楽しそう。じゃあ、私、帰るねーん」


「待てぇーい」


「桃くん、未成年は高度数キロもある高さのリフトには乗ってはいけません、って憲法で決められてるのっ! 残念、ほんとーに、残念っ!」


「そんなの、憲法で決められてないわい」


 僕はコムギの腕を引っ張って、リフトに無理やり乗せた。すると、3分もしないうちに……。


「う、うわあああ。きったねー。本当にしょんべんチビるなよー」


「うぅぅぅぅ。お……覚えていなさいよ。ここ、ここここ、この借りはいつか返してや、う、うわあああ。やめ、やめなさああああーい」


「ブランコ、ブランコ楽しいなー」


 僕はリフトをぶらぶら、と揺らした。


「やめろー。おちる、おちるぅぅぅぅぅってぇぇぇ」


「そーいやあ。コムギ、なんか言ったか? この借りは、なんとかって?」


「い、言ってないっ! あんたの耳の穴は、耳垢で変になっているわっ! もしくは幻聴よ。なにも言ってなーーい。だから、やめなさーい。リフトを揺らすの、やめなさーい。泣くから! 本当に私、泣くからぁぁぁぁ」


「……もう、泣いてんじゃん」


 可哀相なので、これくらいにしておいた。


 しかし、それから20分も経たないうちに、コムギはこの高度に慣れたようで、リフトの上から目を輝かせて地上を見下ろしていた。


「うわあああ。あんなところに、古代生物がいる。ここから見ると超小っちゃいわ」


「そりゃあ。遠近法が働いているからな。遠くのものは小さく見えるんだぞ」


「ねえねえ。もうすぐ天使族がたくさんいる、空島に行くんでしょ? どんなところなの? というか、天使族について教えてよ」


「おうっ! 天使族の秘密を教えてやる。天使には羽が生えているだろう?」


「うんうん。さっきの地下街でも何人か羽の生えている天使がいたね」


「なんとっ! 羽が生えているけど、あいつら、空を飛ぶ事はできねーんだ」


「ふーん。だろーな、と思ったわよ」


「あらら? 驚くかと思ったけど」


「ペンギンと同じでしょ? 羽が生えている以外は外見が人間とほぼ変わらなかったもん。あれじゃあ、いくらパタパタ羽を動かしても、重くて空は飛べないわよ」


「おめーにしては、よく分かってるじゃねーか。でも、昔の天使は空を飛べたらしいけどな。といっても、その当時も、羽を使って飛んでいたわけじゃないそうだけど」


「だったら一体、あの羽はなんだろうね? 全くいらないじゃーん。人間にとっての盲腸みたいのものなのかな?」


「一概に、そうともいえないんだなー、これが」


「え? 使い道があるの?」


「もっちろん。あの羽はな、性的なアピールに使うんだよ。求婚の時、男は女の前で大きく羽を広げてパタパタするんだ。その美しさで、女をメロメロにしちまう。だから、コムギも気をつけろよ。おめーに気がある天使は、求愛アピールをしてくるだろうからな。『羽を広げ、恍惚な表情を浮かべて、羽をパタパタ』、だ。覚えておけよ」


「大丈夫、大丈夫。一国の王女、ましては巫女に求愛なんてしてこないわよ、さすがにね」


 リフトは僕たちを乗せて空島に向かう。先程、大樹の地下街から電話で、天使領の者にこれから向かうゆえを伝えたところ、迎えの者を待機させておく、と言われたことを思い出した。


「そういえば、迎えの者がいるんだって。コムギ、おめーそろそろ、人間になっておけよ……って、早いな!」


 隣を向いたところ、コムギはすでに人間になっていた。


「うふふふ。もうなっておりますわよーだ」


「さすがはコムギ。さっき、しょんべんチビってた奴と同一人物だとはとても思えねー」


「ピーピーピー」


「なー、ホケちゃん」


 コムギは、笑顔でホケと会話する僕を睨んだ。


「なに共感し合ってんのよ。女性のご聖水に大金をはたく変態だっているご時世よ。さらに、お金を払って顔にぶっかけてもらうド変態さんや、ゴクゴク飲んじゃうド~ドド~ドドドド変態さんだっているらしいわ」


「いねーよ、そんなやつ。と、言いたいところだけど。どんな味なんだろうな、しょんべんって」


「ほーら、ここにいたわ!」


「勘違いすんなよー。僕はションベンの味がどんな味なのか、純粋に気になっただけだ。おめーだって、ちょっとは気になったりしないか?」


「ごめん。全然、気にならない」


「ああ、そうなの……」


「ピーピーピー」


「ガーン。僕だけかよ、気になるのっ」


「とはいえ桃くん、飲みたかったら自由に飲めばいいわ。自分のをねっ! あとで後悔しても自業自得だけどねっ! ああ。それにしても、この匂い、どうしようかしら。こんなリフトの上で下着を交換できないし、香水でごまかしちゃおうっと」


 コムギは僕のバッグを勝手に開けると、中から香水を取り出して、それを自分に振りかけた。僕は鼻をつまんで抗議した。


「うわ。くっさーい。香水の匂いもな、強過ぎると臭いんだよ。そういうのって、少しだけいいんだよ。男性陣はみんなはっきりとは口にはしねーけど、かなり迷惑に思ってるんだぞ、香水の強い女を。まぁ、しょんべん匂い奴よりはマシだけどな、あはははは」


「こ、このやろー。誰のせいでこうなったと思ってるんだ」


「ピーピーピー」


 僕はコムギに言った。


「ホケちゃんがいうには、てめーがションベン臭せーのは、ションベンを漏らしたてめーのせいに決まってるだろーがボケ、だってさ」


「おっしゃる通り! しかし、その原因を作ったのが誰なのかも考慮して頂きたいっ!」


 ………………。


 僕たちを乗せたリフトは終着点に到着した。何十キロもあるリフトゆえ、後ろを振り向くと、先程の大樹が、とても小さく見えた。


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