第18話
現在、僕たちの乗っている車は、山岳地帯――ガードレールのない崖すれすれの道や整理されていないで凸凹道を走っている。そして、コムギは何度もナイロン袋にゲロを吐いていた。
「うおぇええええええ。うおぇえええええ」
「大丈夫かよ」
「だ、大丈夫よ。うおぇええええええ」
「全然大丈夫そうには、みえないけどなぁ」
「大丈夫だって言ってるでしょーがっ! なぜ疑うのよっ。アホー。バカー! ドテカボタンっ!」
「逆ギレ? 勘弁してくれー。……ちょっと休憩するか?」
僕は車を停めた。するとコムギはすぐに車の外に出て……。
「うげえぇぇぇええええええ」
「道のど真ん中に吐くなー。車の前に吐くな。汚ねーなー」
「はぁはぁ。どーして桃くんは酔わないの?」
「僕か? どーしてだろうな。多分、運転しているからじゃねーのかな」
「不思議! ホワイ? どうして運転していたら、酔わないの?」
「それを僕に聞かないでくれ。そういえば、こないだ渡した酔わないための眼鏡はどーしたんだ?」
「あれ、どこかにいったのよ」
僕は車内の住居スペースを見た。とても散らばっている。まるで、ゴミ屋敷だ。
「おめー片付けしろよ。散らかってるから物を失くすんだ。僕が片付けようとしたら怒るから、何もしてないけど、そろそろ限界だ。わけのわからないお土産とかを訪れた先々で購入しやがって。不必要なものは全部、ゴミに出すからなっ」
「違うの! 片付けてないわけじゃないの。あれが私にとっての定位置であるのよ。あれで完璧なのっ! 散らばっているように見えて、実は完璧な配置なんだからっ」
「片付けられねーやつらは口をそろえて、同じこと言うんだよなぁ。散らばっていた方が落ち着くとか言い訳して、散らかっているのを正当化させようとするんだ。僕はそれに異議を唱える! おめーらはアホか! と、片付けられない自分をリスペクトするな、と!」
「どーして?」
「キタナイよりキレイのほうが、いいからだ」
「裁判長、私はそれに異議あり!」
「ほう?」
「それは個々人の価値観により、違うのではないでしょうか。キレイよりキタナイを好む人だっているはずです!」
「いねーよ!」
「いや、いるわ! 蓼食う虫も好き好きよ」
「ピーピーピー」
「うん? これから掃除しよう、ってか?」
「えーえー。本当にそう言ってるの? ホケちゃんだって、今の方がいいよね?」
「ピーピーピー」
「ホケちゃんがな、んなわけあるかい、このクズがっ! って言ってるぞ」
「うっそーん」
「……ってなわけで、今から掃除をはじめるぞー」
「いやーん」
僕は車中の大掃除を始めた。不必要そうなものを、僕の開発した魔道具『リサイクルゴミ箱(特許取得中)』の中に入れていく。この魔道具の中に入ったゴミは、有機物なら分解力の強い細菌の働きにより『肥料』となる。無機物も同じく細菌の働きにより、素材レベルにまで分解・分別されて、売却できるようになるのだ。
当然、コムギにも掃除を手伝わせた。しばらくすると先程とは見違えるくらいに綺麗になった。失くしていた眼鏡も見つかった。
「いやあ。やっぱり、キレイな方がいいわね。さっきの私は間違ってたわ」
「ほーら。不潔より清潔、キタナイよりキレイの方がいいんだよ」
「異議なし!」
「ピーピーピー」
綺麗さっぱりしたところで僕たちは、崖の端からの景色を眺めた。とても見晴らしがよい。海側には、僕たちが延々と通ってきた大橋が見えた。一方……。
「なにあれ? 山側には壁がずっと続いているね」
「太古の漫画に、巨人から身を守るために築いたという設定の『巨大な壁』があったけど、同じような感じのものだな、あれは」
「どういうこと?」
「簡潔に言えば、そーだなぁ。あれは、天使領にいる古代の巨大モンスターを外に出さないようにするための囲いみたいなものだな。高さ80メートル。壁の厚みは10メートルもあるんだ。それが数千キロもの距離をグル~リと取り囲むように建っている。かの有名な万里の長城の超巨大版だ」
「古代の巨大モンスターって?」
「寿命がなく、体内で原子分解して自律的にエネルギーを作り、食べ物を摂取する必要のない巨大怪獣たちだ。しかし、食べる時もあってさ、その時には人間を主食にする、と言われているな」
「そんなの、外に出しちゃ駄目よねー。壁に感謝です。でも、一体どんな外見なのかしら」
「怪獣のこと気になる? もうすぐ、あの壁の内側に入るから、思う存分に観察すればいいよ」
「うん。そうするわ……って、ヘッ?」
「僕も初めて見るからワクワクする。巨大怪獣って一体、どんなんだろう」
「桃くんや! なんでわざわざ、危険を冒そうとするのっ! 反対! 大反対」
「襲われると思ってるんだな? そこは大丈夫。巫女が祈りを捧げている期間は、その巨大怪獣たちは、大人しくて無害だからさ。自分でエネルギーを作っているといっても、食事をしないだけあって、滅多に動くこともないんだ。動くと疲れちゃうからねー」
「だからといって安全だとは私には思えないわ。壁を迂回しましょうよ」
「無理。だって次の塔は、あの壁の中だもん」
「……マジで?」
「ピーピーピー」
「おう、分ったぞ。コムギ、ホケちゃんが早く先に進もうってさ。行くぞ」
「う、うん……」
僕たちは車に乗り込み、先へ進んだ。そして巨大な壁の関所のようなところで、天使領に入領するための手続きをした。関所周辺は町として賑わっている。天使領は観光地でもあるのだ。大抵の観光客は、ここまで飛行機でやってくる。壁の中はサファリパークのような感じになっており、古代生物を見学してまわるというツアーが人気となっていた。
壁の中は、全てが大きくなったような場所だ。花も雑草も巨大化しており、まるで自分達が小人になった気がした。
助手席のコムギは不安そうに、周囲を見回していた。そして、唐突に悲鳴をあげる。
「うぎゃあああああああああああ」
「どうした?」
「き、気持ちが悪いのがいるんだけど……」
コムギの視線の先には巨大なクモが横たわっていた。たくさんの目が、水色になっている。
「大丈夫だ。何もしてこねーから。巫女が祈り続けている限りは、だけどな」
「桃くん、ちなみに、もしも私が祈らなかった場合、どうなるの?」
「あいつの目が真っ赤なって、凶暴化して襲ってくるかもしれないな! あははは」
「こわー。マジで怖いからっ。オームかいっ! 早くこの領域の塔の祈りを終えて、ここから出よう」
コムギは真剣に怖がっていた。しかし、すぐに慣れたようで、大型生物を見つけるごとに僕に報告するようになった。
「うわーうわー。すっごい。すごいよあれ、巨大なトマトかと思ったら、目がついてるよ。どうやって移動するんだろー。うわあああー。うわああああー。あそこには、巨大イモムシがいるよ。蝶になっても塀を飛び越えないのかな」
「おめー随分と楽しんでるじゃねーか」
「うん。すっごく楽しい」
「壁の中は本来なら阿鼻叫喚の地獄でも、巫女が祈りを捧げている間は、全く危険がないからな。天使族たちは今、この場所をサファリパーク的な感じの観光資源として使ってるんだよ」
「なのねー」
「あと、空を飛ぶ系の古代生物もいるけど、なぜかこの地から離れようとしないんだって」
「うわああぁぁぁぁ。あんなところにもいるんだ。うわあぁぁぁ。擬態しているのもいるっ。誰かに狙われているわけでもないのにっ」
「昔、巫女が祈りを捧げなかった時に、この地を離れた古代生物がいるんだけど、なぜかひと通り暴れ回った後、老いて死んだ例が大半だったんだ。どうやらこの地から離れた場合は寿命が……」
「うわああああああ。うわあああああああああああああああああああああああああああああ」
僕がコムギに語っていたら、コムギは今日一番の叫び声をあげた。今度は何を見つけたのかと思って前方を向くと、そこには……。
「うおっとっと。あぶねーあぶねー」
「桃くん、ウンチクはいらないからね。お願いだから前を見ながら安全運転してねっ。命が縮んじゃったわ」
目の前には、巨大な岩があった。
「わりーわりー。あれれ? さっきは何もなかったのにな……」
巨大な岩を迂回したところ、岩についている目がギョロリとこちらを向いた。どうやら岩ではなく、巨大生物のようだ。外見はナメダンゴという海に生息している生き物に似ていた。離れると擬態してか、徐々に透明になっていく。なるほど、僕たちの車が近づいてきたので、ぶつからないように擬態を解除して姿を見せたのか。
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