第17話

 魚人族領の塔だけに、陸にあがることの殆んどない彼らは4階層以上の階層にはいなかった。そして9階層にある階段をのぼり、10階層の大扉の前までやってきた。胸を時めかせながら大扉けたところ、そこには砂浜が広がっていた。僕は目をいっぱいに開いて中を覗いた。隣ではコムギも驚いていた。


「なに? ここ? これが10階層なの? まるで異空間じゃなーい。天井の代わりに、空と太陽が見えるわっ。これ、どういうこと?」


「ピーピーピー」


「だろ。ロマンがあるだろ? 夢があるだろ? なんだかワクワクしてこねーか」


「ワクワクはしてこないけど、砂浜が地平線の彼方まで広がっているわ。同じく目の前の海も、地平線の彼方まで広がっている。塔の直径のそれを完全に越えてるよー」


「この層のどこかに11階層へと続いている階段があるはずなんだけど、どこにあんのかな?」


「ねえねえ。桃くん、砂浜に降りてみよーよ」


「お、おい……扉から出るなって。危険だぞっ」


「大丈夫だよ。砂浜に降りるくらい平気さ。カーニ。カーニ」


「おいおい。普通の空間じゃねーんだぞ。……でも、僕も砂浜におりてみよっと。いぇえーーい。初の10階層だぜーい」


 見た目には普通の砂浜だが、空には2つの太陽がギンギンと輝いている。あの太陽はイミテーションだろうか……それとも本物だろうか? コムギは砂浜で、指をちょきちょきさせながら、横歩きしている。


「カーニカーニ」


「楽しそうだな。よーし、僕も参加するぞ。カーニカーニ」


「ピーピーピー」


 僕たちが浜辺でカニの動きをマネたダンスを踊っていたところ、『きゅきゅきゅきゅ』という声がした。


「あっ!」


「アザラシだ! 頭にするどい角が生えてるっ!」


 4メートルはあるだろう怪獣のようなアザラシが波打ち際にあがり、こちらに向かって突進してきた。口の端から生えているキバを光らせ、敵意ある視線を向けてくる。おそらくは僕たちに攻撃をしかけようとしているのだろう。僕は慌ててコムギに大扉まで戻るように指示しようとした……その瞬間だ。ドドドドドドドドっと音がし、海からさらに巨大なアンコウのような魚が浜にあがると、バタバタとこちらに向かっているアザラシを口に咥えて、海に戻っていった。


 ………………。


「た、食べた。モンスターがモンスターを、食べたぞっ!」


「食物連鎖よ! こんなダンジョンでも食物連鎖が存在するのね! そして今の光景、とてもデジャブ感があるぅっ!」


「コムギ……とりあえず部屋に戻るか? ここは危険だ」


「だね……」


「ピーピーピー」


 僕たちは10階層の大扉をくぐって5階層の控室に戻った。そして祈りの時間まで、仮眠をとった。儀式の時間になると、祈りの間で、コムギは祈りを捧げた。


 今回は御来光の直後、無数の光るクラゲがプカプカと浮きながら、グラデーションのかかった空へと飛んでいった。無数のクラゲが空中で躍っているような、その光景はとても幻想的だと思えた。


 儀式の後、祈りの間から海面を見下ろしたところ、高過ぎて降りられそうにないと判断し、再び魔道具の豆を食べて、水中に潜り、来た道を戻ることにする。コムギは恒例となっている塔の前でのスピーチを終えると僕たちは水中車で、大橋に向かった。


 なんとコムギは、スピーチが終わった直後に一度溺れ、海中車で大橋に向かっている最中にも再び溺れかけ、2度も死に目にあった。ホケは祈りの間から飛んで、直接車に戻ったのだが、海鳥たちに襲われるという一波乱があったそうな。


 大橋に停めていた車の中に戻ると、さっそくコロポックルになったコムギは布団にゴロリと寝転んで、ボヤいた。


「あー、あー。死ぬかと思った。それも2回もよ。行き帰りでは3回! ふざけ過ぎよ!」


「あははは。コムギ、心臓が止まったら、例の機械を使って蘇生してもらえたそうじゃないか。蘇生してもらえばよかったんじゃねーの。あははは」


「そんなことしたら、その場にいる魚人族さんたちも全滅しちゃうわよ。電気ショックで」


「にしても魚人のおっさん、本当に何度言ってもわっかんねーんだな。水の中でAEDを使っちゃダメだって、何度も言ったのにさ」


「いや……私はあの魚人さん、分かっていながら言ってたんだと思う」


「なんでそう思うの?」


「だって桃くんがいちいちツッコむんだもん。桃くんは気付いていなかったでしょうけど、桃くんがツッコむごとに、あのお魚さんの口の端の筋肉が、ゆるーゆるーっとしてたから」


「そ、そうなの?」


「桃くんはね『ボケてツッコまれる』ということが、どれだけ気持ちがいいことなのか知らないのよ。まぁ、ボケたことのない私にも到底分らない気持ちだけどね」


「うそつけよー。おめー、ボケまくってるだろ。ツッコむのも疲れるんだから、もうわざとボケるんじゃねーぞ」


「あれれ? 桃くんだってボケることあるじゃん」


「僕は生まれてから一度もボケたことはない」


「そっちこそ、うそつけー」


 コムギは起き上がると、手の甲で僕の胸を叩いてきた。


 ………………?


「え? え? なにその無反応? もしかして意図的にボケていたんじゃないの? まさか天然だったの? がーん」


「どーでもいいじゃん。僕たちは漫才師じゃないんだ。そろそろ、出発するか?」


「ピーピーピー」


「それにしても腹が減ったな。もうちょっと進めばこの大橋も終わるから、大陸にあがったら、何か食べようか?」


「賛成! 私、刺身が食べたいわ。焼き魚でもいい。とにかく、お魚が食べたい気分よ」


「はい?」


「だって魚人族に用意してもらった食事って、ワカメとかウミブドウとかの海藻類ばかりだったんだもん。すぐ目の前に美味しそうなものがあったのに」


「まさかっ! おめー」


「ずっと魚が食べたい食べたいって我慢してたのよ」


「魚人族の皆さんを、そういう目で見てたのかよっ! あぶねーあぶねー。確かに魚そのまんまな顔だったけど、そんなおめーの心の内に気付かれていたら、大変なことになってたからな」


「うふふ。とにかく私は、お魚さんが食べたいのでーす。さあ桃くん、早くよ! レッツゴーよ! 出発しましょ」


「じゃあ、長かったこの大橋も通り抜けて、いよいよ陸地にあがっちゃうか。そして、次の塔を目指して出発だっ」


 僕たちの巡礼の旅は、まだまだ続く。

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