第15話

 このサービスエリアには郵便局があり、僕は早速、ワゴン車を近くの修理場に郵送する。ふと、これまでそばにいたコムギがいなくなっていることに気づき、サービスエリア中を探した。すると、コムギはイートインのコーナーでコロポックルになってイカを食べていた。


「おめー、どこに行ったのか探したぞ。何してるんだ?」


「もぐもぐ。ねえねえ。もぐもぐ。もぐもぐ、このね、もぐもぐ」


「食べてからしゃべれ」


 コムギは、ごっくんしてから言った。


「桃くん、ここのサービスエリアはね、この焼きイカが名物なんだってさ。桃くんも食べなよ。ほら、買っておいてあげたからさ」


「おお、サンキューな。……って、どんだけ買ったんだよ。山になってるじゃないかよ」


 テーブルには焼きイカが山になって盛られている。僕は串を取ると、肩に乗っているホケに食べさせた。ホーホケキョ、と鳴いてから嬉しそうに食べた。続いて僕も、もう片方の手で串をとって、ガブリと噛みついた。


「うっめー。さすがは名物というだけはあるな。タレは醤油味か? 醤油は人間の開発した一番の発明だなー」


「でしょー。それにしても、ホケちゃんって、ウグイスなのに、肉食なの? イカを食べられるの?」


 僕の肩の上で、ホケがカプカプとイカを食べている。


 ………………。


「食べられるに決まってるだろ。ホケはウグイスだけど、正確には魔国領に生息しているデーモンウグイスなんだから。なっ、ホケちゃん?」


「ピーピーピー」


「だってさ」


「だってさ、と言われても……、ピーっとしか言ってないじゃないの。まあ、小鳥は昆虫を食べたりするし、雑食性なのかね」


 僕たちは焼きイカを一心不乱に食べた後、サービスエリア内のモールに宿泊した。翌日、車の修理には日数がかかるという修理場からの連絡を受けた。よって、しばらくはこのサービスエリアに滞在することにした。そして、あっという間に5日間が経過した。


 このサービスエリアはモールがあるなど、と規模が大きい。初日、二日目はモールの中で一日の大半を過ごしていたが、三日目からはサービスエリア内を探検するようになった。今では、コムギ(コロポックル)は顔を覚えられ、店員のおばあちゃん達から餌づけをされているようである。お腹がぽっこりと膨らんでいた。


「ダイエットが必要ない体質と言ってたくせに、腹が出てるぞ! 城の中では人見知りだったのに、随分とここでは順応してるんじゃないのか?」


「むっ! 私は社交的な女よ。ここでは、誰も私の正体を知らないしねーん」


「なるほど」


 城ではコロポックルでいる姿を目撃されることを極力避けているが、ここではそうする必要がないため、自由気ままに振る舞える、というわけか。なぜか感慨深い気分になった。


「ねーねー、桃くん。泳ぎに行こうよ」


「はっ?」


「このサービスエリアの真下はさ、砂浜になってるんだよ。桃くん、行こう行こう!」


「よく知ってるな」


「えっへん。昨日、下見したからね。じゃあ、行くよー」


「おーい、待てー。一応は、おめーは世界の要人なんだから、一人で出歩いたりしちゃだめー」


 僕はコムギを追いかけた。


 サービスエリアの下は本当に砂浜で、螺旋階段で降りられるようになっていた。大橋やサービスエリアは、海底に打ち込んだ柱の上に建設されている。ここは大海の真っ只中で、本来ならば砂浜などはない。しかし実際にあるということは、人工的に埋め立てたのか、最初から孤島になっていたかのどちらかだろう。砂浜は広く、船着き場のような設備もあった。海運業者らもこのサービスエリアを利用しているようだ。


「わーいわーい。海だ、海だー。カーニ、カーニ」


 コムギは両手でピースを作り、がに股で指をちょっきんちょっきんさせながら横移動している。


「おいおい。ここ数日、ずっと周りは海ばかりだったじゃないか。なんでそんなに珍しがってるの?」


「砂浜から見る海と道路から見る海じゃ、全然違うよ。気分が違う。開放感が違う! カーニ、カーニ!」


「そんなもんかねえ」


「桃くん、泳ごうよ」


「水着がないじゃん」


「そんなの下着でオッケーさ」


「おめー、一応は一国の王女なんだからな。それを忘れるなよ」


「気にしない気にしない。この浜辺、誰もいないしね。さあ、いこう。いざ、海の中へ」


「しかたねーな」


 僕とコムギが上着を脱いでいたところ「きゅきゅきゅー」という声が聴こえた。波打ち際を見たところ、アザラシが陸に這い上がってきたところで、一生懸命にバタバタとこちらに向かっていた。


「な、なんだ? う、うわあああああああ」


「シャ、シャチだあああああ」


 ザッボーン、と大きなシャチも陸にあがると、大きな口を開けて、アザラシをくわえて海に戻っていく。


 ………………。


 コムギが僕に訊いた。


「な、なに今の……?」


「食物連鎖だ。きっとアザラシはシャチから逃げてたんだよ」


「桃くーん。アザラシさん、かわいそーだよ。食べられちゃったよ。うぅぅ……夢に出てきそう。衝撃的な光景を見て、涙も出てきた」


「確かに可哀相だけどさ、動物系ドキュメンタリーでシャチが主人公だった場合は、狩りに成功して、よくやったー、って感想になるんだろうけどね」


「……生きていくという行為は、他の犠牲の上に成り立つというわけね。しかし、嫌なものを見たことには変わりはないわ」


「ピーピーピー」


「あれ、あれは……」


 ホケが僕の肩から飛び立ち、近くの立て看板の上におりた。その看板には『遊泳禁止』と大文字で書かれている。僕は看板に近づいて他の文面も読んだところ、ここら辺にはシャチだけではなくサメも出没するとあった。コムギは言った。


「……泳ぐ?」


「泳ぐわけないだろーーー。よくよく考えれば大海の真っ只中にいるわけだから、サメとかシャチとかがいても全然おかしくなかったぞ。僕も見逃してたけど、おめーも遊泳禁止のこの看板、見逃してたのかよ?」


「いいや。私は気付いていたよ。でも、別にいいやって感じで思ってた」


「泳いじゃならない場所と知って、泳ごうと提案したのかーい。だめじゃーん」


「ピーピーピー」


「ホケちゃんも呆れてっぞ。当然、僕も呆れてるっ!」


「ご、ごご、ごめんなさーい」


 コムギは土下座してきた。


「だめ。許さない」


 僕はコムギを縄で縛ると、しばらく螺旋階段の上から宙吊りにすることにした。


「ゆるしてー。うわあああん。うわあああん。ルールは守るからああ」


「しばらくそこで反省しろ」


「桃くん、王女にする仕打ちじゃないわー。これ、王女にする仕打ちではないわよぉーーー。桃くんの方が忘れてるっ。私が一国の王女だってこと、忘れてるってー!」


 ………………。


 そんなことがあってから更に数日が経過した。


 この日、僕とコムギはイートインコーナーで焼きそばを食べていた。そんな折、僕はふと首を傾げた。


「あれれ? 僕たち、何か大事なことを忘れているような気がするんだけど、なんだっけ?」


「桃くん、忘れるということは、きっとそれはどーでもいいことなんだよ……あああああっ。わかったぁぁぁ。私はわかったわっ! あぁぁぁあああああああ」


 コムギは突然、ムンクの叫びのような格好で、悲鳴をあげた。


「ど、どうした?」


「大事なことを忘れていたんじゃなく、忘れられていた! ない……ないないないっ! いつも焼きそばに入っている、キャベツの芯がなぁーーーーい」


「大事なことじゃなく、どーでもいいことじゃねーか。そもそも、キャベツの芯って、あのまずいやつだろー。あんなの入ってない方がいいじゃん」


「あの微妙にまずいけど、野菜の量を増すために入っているキャベツの芯が、私は大好きなのよぉー。キャベツの芯が入っていると、何だか安心するのよぉぉ。まずいけどぉぉぉ。うぇえええーん。猛烈にかなしぃぃぃーーーいっ。うぇえええええん」


「泣くようなことじゃねー。その代わり、いつもより多めにモヤシが入ってるじゃねーか」


「そうそう。この、どちらかと言えば、入れない方が完成度が高くなるけど、店側はサービスだと思って入れてくれるヘロヘロのもやし。これがたまんないんだよねー。調理法次第では、しゃきしゃきになるのに、あえてヘロヘロになっている、これ! このもやしこそ至高よっ!」


「僕はしゃきしゃきの方が好きだけどな。にしても、なーんか、他にもっと大事なことを忘れているような気がしてるんだけど、なんだっけなー」


「別にいいんじゃない? 忘れるってことは、それは、取るに足らない内容という意味の裏返しなんだってー」


「だな、あはははは」


「うふふふふふ」


「ピーピーピー」


 僕とコムギとホケは引き続き、焼きそばを楽しんだ。そんな時、一人の女がこちらに駆け寄ってきた。僕たちが宿泊しているモールの支配人さんだ。


「桃ちゃーん」


「おお! 支配人のおばちゃん。どーしたんだ?」


「宅配便で荷物が届いたわよ。今、宅配業者さんが、サインを求めて待ってるの。ちょっと来てくれる?」


「宅配便? なんだろ。すぐ行くー。コムギ、ちょっとここで待っててくれ」


「はーい」


 僕は支配人さんとモールに戻って宅配便を受け取った。宅配便は小包だった。その小包の中にはミニカーが入っていた。


「あああっ! 思い出した。大事なことを思い出した。そういや今、巡礼の旅の真っ最中なんだった」


「ピーピーピー」


 ホケが僕に抗議した。


「そんな大事なことを忘れちゃいけない、だって? でもな、ホケちゃんだって忘れてたじゃねーかよ」


「ピーピーピー」


「面目ない、ってか? 気にすんな。しかし、危ない危ない。あまりにも居心地のいいサービスエリアだから、のんびりし過ぎてた。まるで浦島太郎の心地だぞ。でもこれで巡礼の旅を再開できる」


 僕はモールの外に出ると車を巨大化させた。故障した箇所は完全に修理されているようである。


「よーし、ホケちゃん、これから巡礼の旅の再開だ。乗ってくれ」


「ピーピーピー」


「レッツゴー。いやあ、巡礼の旅のことを忘れていただなんて、物忘れが激しいってレベルじゃねーな。あははは。僕にもついに若年性健忘症のサインが出ちまったかな」


 僕は車を運転してサービスエリアを出た。


「ピーピーピー」


「うん? 他にも大事なことを忘れてるって? なんだっけな? モールのチェックアウトは済ませたし、旅に必要な荷物は全てワゴン車の中だし」


「ピーピーピー」


「だったらこのまま行こうってか? おう、いくぞー」


 僕はアクセルを踏んで車を加速させた。その時、後ろから微かな声がした。「待ってよぉー。おいていかないでよぉー」と。ミラーを見ると、コムギが涙目で追いかけてきていた。


「ああっ! なるほど、コムギを車に乗せるのを忘れてたんだった」


「ピーピーピー」


 僕たちは魚人族領にある塔に向かった。

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