第14話

 橋の上の運転は退屈である。景色が変化しないからだ。同じ景色をずっと眺めていると、段々と眠気が襲ってくる。そして突然、僕の視界は暗転した。


 ………………。


 視界が暗転したのは眠気に負けて瞼を閉じたからではない。逆に、うとうとしていた僕の眠気は一気に覚めた。そして叫んだ。


「どけろおおおおーーー」


「やだーい」


「ピーピーピー」


 僕の視界が暗転した理由は、とてもシンプルなものだ。運転中の僕に対して、コムギが目隠しをしてきたのだ。僕はブレーキを力一杯、踏み込んだ。


「見えねー。あぶねーから、本当にあぶねーかぁらぁぁぁぁぁ!」


 すると……。


「あ、あぶなあああーい」


 コムギもそう言って手を離した。目の前が明るくなるが、明順応の生理的反応のため、眩しくてすぐには何も見えない。ただただ、何かが近づいていることだけは分かった。ブレーキを踏み込んでいるが、速度は100キロを超えていたので、車をすぐには停止できない。


 まもなく大きな衝撃とともに、車は宙を舞った。5~6回は横転したのではなかろうか。橋の壁にぶち当たったのだ。


「うわあああああああ」「きゃああああああ」「ホ、ホ、ホ、ホホホホケキョヨオオオォォ」


 正直、死ぬかと思った。しかし魔道具であるこの車の外装は想像以上に頑丈なようで、ごろんごろん、と地面を転がった後に停まった。僕はシートベルトをしていたため、無傷で済んだ。コムギも目を回しながら倒れているだけで、流血はしていないようだ。コロポックルの生命力は意外にも高い。ホケも横転中、宙を飛んでいたようで、無事のようだ。


「大丈夫か、コムギ?」


「全然大丈夫じゃなーい」


「うん。大丈夫そうだな」


「大丈夫じゃないって言ったばかりだっつーの」


「『大丈夫じゃない』と、自分でそう言えるってことは、大丈夫ってことだ」


「だったら、聞くなー」


「ピーピーピー」


 僕たちは車の外に出た。エンジンから煙があがり始めたからだ。しかも前回の故障時よりも、煙の量が多い。


「ねえねえ、桃くん……」


「うん? なんだ?」


「ど、どどっど、どーすんの?」


「どーすんもこーすんも、こういう状況を作った張本人が、僕から何を聞きたいんだ?」


「これからのこと!」


「車は、もう動かさない方がいいかもしれねーな。途中でドカーンってなるかもしれねーから」


「な、なるの? 本当に?」


「道具使いの僕の本能がそう告げてる。今、エンジンをかけたらヤバいって」


「……だね」


「ピーピーピー」


 ………………。


 僕とコムギは先程から、小型化した車を腕で抱えながら歩いていた。今はコムギが運んでいる番だ。


「重たーい」


 車をミニチュア化させたところ、縮むには縮んだが故障した弊害か30センチほどの大きさで縮むのが止まった。質量は7~10キロほどだろう。ものすごく重たい、というわけではない。ただし2キロ、3キロと歩いていると苦痛に感じてくる質量でもある。


「コムギ、次の電信柱まで行ったら、今度は僕が持つからな。がんばれ」


「この橋のどこに電信柱があるっちゅーんだ! 数千キロ先? 数万キロ先? どこまで私が持たなくちゃならないの? こないだの仕返し?」


「運動不足の解消だぞ! ダイエットにもなるんだぞ」


「やったー。ダイエット、ダイエット。うれしーぃたのしーぃうほうほうっほーぃ。だなんて言うと思ったか! 運動不足という点に関しては否定しないけど、私は太らない体質だからダイエットなんて必要ないのよ」


「なんだよ。女は誰もが美容やダイエットに興味がある生き物じゃないのかよ」


「それはただの偏見ですっ! ダイエットに全く興味がない女性だっているんですっ。ねーねー、桃くん、そろそろ変わってよ。車を持つの交代してよ」


「交代してよって、僕はおめーが持つ前には、10キロほどそれを抱きながら歩いていたよな。メートルにして10000メートル。ドーユーアンダスタン?」


「イエチュ! おつかれっしたー」


「それで、おめーが持ち始めてから、何メートル歩いたか?」


「30000メートル」


「思い切り粉飾してるぞ。ゼロが一つ多いどころか、三つ多い」


「うん? 30000メートルから『0』をいくらマイナスしても、30000メートルという数字は変わらないよ?」


「桁としての『0』を3つ取るんだ。30000の後ろの0を3つとる。するとどうだ、30000メートルもワゴン車を持って歩いたとぬかしているおめーが歩いた、本当の距離が出てくるじゃねーか。30000の後ろの0を三つとったら30だ。つまりおめーは30メートルしか歩いてねーんだよ」


「実際の距離はそうかもしれないけど、体感的には30000メートル歩いた感じだよ。はひぃーほひぃー。もーくたくた。死にそぅ」


「ピーピーピー」


「ホケちゃんが、だったら死ねっ! だって」


「うわーい、辛口だねー。って、桃くんがそう思ってるってことだよね?」


「否定はしない」


「んにゃろー。交代しろー。車を持つのを交代しろー。女の子に車を持たせて、それでも、男かっ! 血も涙もない、ホモヤロー」


「誰がこういう状況を作ったのか、おめーの胸に聞いてみろ」


「トントントン、胸さん胸さん、誰がこんな状況を作り出したのですか? 『ドクンドクン』。ふむふむ、どうやら私のようです」


「ご名答さま。おめーが運転中の僕を目隠ししなけりゃ、こんなことにはならなかったのになー」


「へへーん。どんなもんだーいって意味なく威張ってみたりしてー。だははは」


「……笑いごとで済ませられると思ってるみてーだけどな、もしも人をひいたりしていたら、事態は最悪だったぞ。橋の壁に思い切り激突したのに、壁が破損せず、僕たちにも怪我が無かったというだけでも、奇跡と思わなくっちゃならねえ」


「うぅぅ。おっしゃる通りです。ごめんなさい」


「運転中の人に、目隠しなんてしちゃだめ! 絶対にだめっ!」


「はい……」


 その後、しばらく橋を歩き続けていたところ、時間帯によるのか、車の行き来が活発になってきた。それを見て、ヒッチハイクをして近くのサービスエリアまで乗せてもらおうという計画を立てた。なお、巡礼の旅は従者は1人のみというルールがあるが、これらのルールに関してはグレーゾーンなところもあり、かつての巫女で、その地その地で馬車の荷台などに乗せてもらって旅をした、という実例もある。


「もー。どうせヒッチハイクをするのなら私、このくっそ重たい車を持って10キロも歩いて、損したじゃーん」


「おめー全然反省してないだろ。また『0』が多いからっ」


「むーむー。10キロから0をいくらマイナスしても10キロには変わりはないから」


「ピーピーピー」


 ホケが鳴いた後、僕はコムギに言った。


「ホケちゃんがな、このドアホっ、バカヤロウ、大嘘つきめ、って非難してるぞ」


「鳥がしゃべるかーい。ところで、ヒッチハイクってやったことがないんだけど、大丈夫なの? 本当に車は停まってくれるの?」


「たぶん大丈夫。太古の昔に活躍していた芸人さんはな、ユーラシア大陸をヒッチハイクだけで横断したんだぞ」


「おお。すごーい。ヒッチハイク、すごいっ!」


「カメラのまわってないところでは、飛行機に乗ってたけどな」


「ずこー。だめじゃーん」


「でもヒッチハイクだけで『ほぼ』ユーラシア大陸を横断したということは、ヒッチハイクは移動に対して有効な手段である、ということを示しているんだ」


「よし、じゃあ、ヒッチハイク開始だ!」


「おー」


 僕たちは両手を挙げた。


 現在、たくさんの車やトラックが道路を行き交っている。交通量は時間帯によってマチマチのようで、今は最も多い時なのかもしれない。


「それにしても、たくさん車がやってきているね。さっきまで閑古鳥のような道路だったのにさ。国民の税金で作ってたら、内閣は非難ゴーゴーだったのに!」


「通勤ラッシュみたいなものじゃないのかな。ヘイ、トラックー! 乗用車でもいい! 乗せてくれー」


 僕は腕を上げ、ヒッチハイクをしたい、というポーズをとった。


「な、何してるの、桃くん?」


「こうやって中指を立てんだ。すると、車が停まってくれんだよ」


「ちがーう。それは、ヒッチハイクのジェスチャーじゃなーい。『ファックユー』の挑発のジェスチャーじゃああああ。中指は、あげちゃだめぇー」


「ピーピーピー」


「なんだよ、コムギもホケちゃんも。冗談に決まってるじゃねーか。親指を立てて、こうやるんだろ」


 僕は今度は親指を立てた。


「桃くん! 確かに親指を立ててるね! 立てているよね! でもさ、どうして、立てた親指を、人差し指と中指の間に差し込んでるのかな? ほわぁーい? また違う意味を持つジェスチャーだよ、それっ!」


「ピーピーピー」


「あれれ? これも違うんか?」


「それじゃあ、きっと誰も停まってくれないわ。そんなジェスチャーじゃ、誰も停まってくれないからっ! それ、若干の卑猥さを感じさせるジェスチャーよ! ヒッチハイクの合図はね、親指の先を単純に、天に向けるだけよ!」


「むむむ。僕よりもヒッチハイクに詳しいとはっ! さっきはヒッチハイクなんて全く分らないような素振りをしていたのに」


「私は実際にやったことがないだけで、常識的な範囲での知識くらいは持っとるわーい」


 僕は親指をあげた。しかし全然、車は止まる気配がない。かれこれ1時間ほど、車がやってきたら親指を立てる。通り過ぎたら歩く。車がやってきたら親指を立てる。歩く……を繰り返している。どの車も時速100キロを超えるスピードを出しているため、停車したくても出来ないのだろうか?


「桃くん……全然、停まってくれないね……」


「なんでだろー?」


「今度は私がやってみるわ」


 コムギはコロポックルから人間になった。そして、次にやって来た乗用車に向かって、親指の先端を天に向ける。すると……。


 キキキキー。車は急ブレーキで停まった。


「なんでだー。なんで一発でなんだー」


「うふふふ。なーんだ。最初から私がすればよかったじゃーん。おほほほ」


 ヒッチハイクに成功。


 僕がいくら試みても、成功しなかったのに……。コムギの威光の凄まじさを再認識させられた。さすがは『聖女』のジョブ持ちだ。車に乗せてくれた方には、一番近くのサービスエリアまで運んでもらえた。


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