第13話

「いらいらいらいら」


 三時間ほど運転していたところ、後ろの住居スペースからコムギの声が聴こえてきた。


「いらいらいらいら」


 ………………。


「いらいらいらいら」


 ………………。


「いらいら……。って、桃くんや、何か反応しておくれよ。これはマナーよ! 常にアンテナを張ってなさいよ」


「おー。何か反応してほしかったのか。すまねーな。というか僕は、どう反応すればよかったんだ?」


「『どうしたんだ、おめー?』って、聞いて頂戴よ。一人で『いらいらいらいら』って言い続けていたら、『いら』しか言えない頭のおかしな人になっちゃうじゃない」


 ………………。


「どうしたんだ、おめー?」


「よくぞ聞いてくれたね。私は、いらいらしてるのよ」


「そのまんまじゃねーかよっ!」


「その理由も知りたい?」


 ひょこっとカーテンからコムギが顔を出してきた。


 僕は構ってほしいのだと察し、コムギに合わせることにした。満面の笑みで、チラリと彼女を見てから言った。


「すっげー、知りたい! 教えてくれるのか? ぜひぜひ教えてくれ! 頼むっ!」


「うふふ。いいわよ?」


「やったーい。いやっほーーーおおぉぅ。いやっほーーーおおぉぅ」


 僕は演技過剰になって喜んでみせた。


「むふふ。そんなに聞きたいのなら、教えてあげるのもやぶさかではないわ。実はね、お菓子がなくってイライラしてるのよ。なんとかしてよー、どざえもーん」


「どざえもんは死んでるから、何も出来ないぞ!」


「とにかく、おねがーい」


「なんとかしてくれって言われても、お菓子がない理由についてはさっき言ったから、知ってるはずだと思うけどなー。自業自得のはずなんだけどなー」


「それを承知の上で、何とかしてほしいって言ってるの! お菓子がないことで生じている、このイライラを失くしてちょーだい。桃くんは、道具使いのジョブ持ちなんでしょっ! この状況を打破できる、便利な魔道具を出しておくれよー」


「無茶苦茶なことを言ってくんなー。そうだ、『ミネウチ』ってやつをやってみっか」


「なにそれ?」


「ほら、ドラマとか映画でよくあるじゃん。首の後ろを手刀でドシュって叩いて、気絶させて、大事な部分を隠した状態から『安心してください、ミネウチです』って言いながら、胸を張るギャグ」


「最後の部分の意味がちょっと、分り難かったわ!」


「ようするに、気絶すればイライラも感じなくなるって寸法さ。あははは。気絶してれば、イライラを感じなくなるどころか、もう、何も感じなくなっちゃうけどなー」


「こわいわー。あんたのほうが無茶苦茶なことを言ってるじゃないの。そして、これまでの付き合いで、桃くんはそれを有言実行する場合もある人だって知ってるから、冗談で言ってるのか本気で言ってるのか、私には疑心暗鬼よ。その案は却下だから」


「イライラを感じなくなる、良案なのに?」


「良案でもなんでもないわー! あほかー」


「ピーピーピー」


 僕の肩の上で、ホケが鳴いた。


「おーおー。なるほど! 面白いクイズを出して、イライラをとり除いてあげようか、ってホケちゃんが言ってるぞ」


「嘘おっしゃいな。ピーってしか、言ってないじゃないの。でも、いいわ。クイズ、出してみてちょうだい」


「ピーピーピー」


 ホケが再び鳴いた。


「ホケちゃんからの挑戦状だ。『とある部屋に2人の男が一緒に監禁されていました。1人はVIPな人質で、毎日、好きな時間に、好きなだけ料理を食べることが許されていました。しかし、もう1人の男は死んでも死ななくても、どっちでもいいと思われていたどーでもいい男だったそうで、料理を与えられませんでした。それから半年後、警察がやってきて2人は同時に解放されました。この時、毎日料理を食べ放題だった男は当然、生き延びてました。しかしながら、一食も料理を与えられなかった男の方も生き延びてました。さて、どーしてでしょう?』だってさ」


「『ピーピーピー』だけで、よくそこまで長い文言になるものよね。まあ、いいわ。答えてあげるわ。つまり、『監禁されていた男の1人が、半年もの間、犯罪グループから料理を食べさせてもらえなかったのに生き延びた理由を答えろ』ってことよね。うーんとね……」


 コムギは腕を組んで考え込んだ。そして回答する。


「ずばり、カスミを食べていたからよ」


「なんだ、それ?」


「ほ、ほら……知らない? 仙人とかが食べるやつ」


「つまり、カスミって何なんだよ。具体的に教えてくれよ」


「カスミってさ……空気でしょ?」


「空気を食べて、生き残ったのかよ! んなわけあるかい」


 僕がそう言うと、コムギは顔をしかめた。


「い、生き残れるかもしれないじゃないの! 知らないの? 空気中にはね、二酸化炭素と酸素と窒素だけがあるわけじゃないのよ! 目には見えないほこりや花粉などが、飛び散っているの。そして、ほこりには、ダニ、だって含まれているわ。湿度がある以上は水分だってあるはずっ」


「はぁ……っで?」


「よく考えてみて! 人は、動物性蛋白質、食物繊維、水があれば、たぶん大抵は生きられるはず。ダニは動物性蛋白質、花粉は食物繊維、湿度は水。仙人がカスミを食べて生きているのは、たぶん、同じような原理からでしょう。ずばり、料理を与えられなかった男は、必死で空気を吸って、それらを摂取して生き残った」


「ピーピーピー」


「不正解だってさ」


「がーん」


「空気を吸うだけで生き延びられるわけないじゃねーか。おめーはこれまでの人生経験からなーんも学んでねーってことが証明されたな。イタイやつだ。『死んでも死ななくても、どっちでもいいと思われていたどーでもいい男』ということから、不正解になるんだろうけど『病院で、食べ物を摂取できない患者さんが存命し続けられるように、男は《点滴》をずっと打たれてました』という回答の方が、『空気を食べていた』の回答に比べれば、よほど格が上だな」


「なにさ! だったら、こっそり『料理を自由に食べれてた男』から分けてもらっていた、という回答もありなわけ? 例えば、ポケットにパンを隠して、もう一人の男に届けていたとか」


「ピーピーピー」


「不正解だけど、おしい、だってよ。『2人の男が同じ部屋にいて、1人の男は好きなだけ食べ物を与えられる』ってところがポイントなんだって」


「うーんうーん。普通に考えれば、2人の男のうち1人は段々と痩せ細っていくってことになるわけよね。一体、どーして? どーして? 飢餓で死ぬはずの男が半年も生き残れたのはどーして?」


「ピーピーピー」


「降参か? だって」


 コムギは残念そうに頷いた。


「降参するわ。だって、何も思い付かないんだもの」


「ピーピーピー」


「ホケちゃんが、ばーかばーか、だってさ」


「あんた、ホケちゃんのせいにして、言いたい放題言ってんじゃないわよ。ホケちゃんは腹話術の人形じゃないんだから」


 コムギは顔を真っ赤にしながら抗議してきた。


「わかったわかった。それで、ホケちゃん。答えはなんだ」


「しらじらしい……答えを知ってるくせに! 問題自体、桃くんが考えたものでしょーに!」


「ピーピーピー」


「ふむふむ。ホケちゃんが言うには正解は『料理を好きなだけ食べられた男の排出物を摂取して生き延びていた』だって」


「は、はああ? どーう言う意味?」


「ピーピーピー」


「つまり日々、うんちを食べてたってこと。その他の回答として『タンパク質を摂取していた』もOKとみなすだってさ。どうやってそのタンパク質を摂取できていたのかについては、さすがにここでは言えねーなー」


「うげえええええ。なによ、その不快感をあおる正解は。汚過ぎるわっ! そして、タンパク質のくだりも分かっちゃった!」


「ピーピーピー」


「こんな問題、小学生でもわかるぞ、だって」


「わからんわー! というか、わかっちゃならんわ! ある意味、その問題の答えを発想できちゃった小学生は、小学生として、まずいでしょー。そもそも、うんちなんて食べたら、大腸菌のせいで、中毒を起こして死んじゃうでしょ、普通は」


「ピーピーピー」


「だったら、さっきの中から『うんち』の回答は除外して、現実的に『タンパク質』を食べて生き残った、という方を正解にする、だってさ」


「ごめんなさい。タンパク質の方に比べたら、うんちを食べて生き残っていたって答えの方がまだ、ましだわ。本当のサバイバル時はタンパク質もアリな回答でしょうけれど、考えたくないっ! 水分の補給に関しては、監禁されていた部屋に、都合よく『ろ過装置』があった、と思ってもいいんだよね。宇宙ステーションではおしっこをろ過して、飲料水にしてるんだもんね! 百歩譲れば、おしっこもうんちも、どっちも排出物のくくりで同じだよねっ!」


「ピーピーピー」


「想像は御勝手にどーぞ、だってさ」


「うぐぐぐぐ。遺恨の残る、クイズだわ!」


 コムギは悔しそうな顔で、後ろの居住スペースに戻っていった。僕は再び運転に集中した。それから4時間ほどが経過した。


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