第12話
旅は順調に進んでいた。氷結族領の塔で祈りの儀式を終えてから、すでに幾つかの塔を巡り終えている。道中、魔国領という場所では『デーモンウグイス』が仲間に加わった。ホーホケキョ、と鳴く愛くるしい鳥だ。外見は人間領にいるウグイスとよく似ているが、知能がとても高い。
コムギは当初、この鳥を見た時にこう言った。
「ねーねー、この鳥ってウグイスでしょ? ウグイスって、ペットにしちゃいけない鳥じゃないの?」
「大丈夫だ。なぜなら、僕がペットにしたいと言ったわけじゃないから。向こうからペットになりたい、と言って勝手についてきているだけだから」
「……って、ペットにしちゃいけない動物を飼ってる人は、口をそろえて警察にいいわけするんだよねー」
「だって本当のことなんだもん。それに、その法律は人間領だけの法律さ」
「だったら、食べる方の規制もないわけだね……ウグイスって、どんな味なんだろう。じゅるり」
「食べ物じゃないからな!」
デーモンウグイスは『ピーピーピー』とも鳴く。僕はこの鳥を『ホケ』と名付けた。毎朝、ホー『ホケ』キョと鳴くのが名前の由来だ。
ホケはパタパタと飛んで、コムギの肩に乗った。
「おっー、私の肩に乗ってきた。頭をなでなでしてみよう」
コムギが人差し指をウグイスの頭に近づけたところ、がぶり、と噛みつかれた。
「いたあああああい」
「おめーのこと、大嫌いなんだってよ。食べる、だなんて言うからだぞ」
「なんで分かるのよ。大嫌いだなんて、なんで分かるのよぉぉ」
「ホケちゃん、コムギのことが好きだったら『ピー』って鳴いてくれ。嫌いだったら『ピーピー』って。大嫌いだったら『ピピピー』。こいつなめてんのかぶっころすぞ、と思ってたら、『ピピピッピーピー』って鳴いてくれ」
「ピピピッピーピー!」
ホケは鳴いた。
「はやっ! 何の躊躇もなく鳴いた! 大嫌いを軽―く通り越えてるよ! というか、この鳥、人間の言葉、分かるの?」
「どーだ、驚いたか。このデーモンウグイスはな、人間並みに知能が高いんだぞ」
「私、色んな意味を含めて驚いたっ!」
「そういうわけで、こいつ、今日から旅に同行するけど、勝手に食べたらだめだぞ」
「そこは約束できないわ! 残念ながらっ!」
「いや、そこは約束しよーよっ!」
そんなやりとりがあり、ホケが旅の仲間になった。あれから随分と日数が経ったが、未だにホケはコムギに懐こうとはしない。逆にコムギはホケを可愛く思い始めているようで、気を惹こうと必死である。実はこのホケには、秘密がある。
現在、僕たちの車は橋を渡っていた。ただし、橋は普通の橋ではない。海の上に建築されている万里の橋だ。太古の昔、伊良部大橋が3540メートルと、無料で渡れる長い橋として有名だったが、現在の造橋技術は、当時の比ではない。千キロ、万キロと続く橋が世界各地に建設されている。
「いやー便利な時代になったものよねー」
「あれ? コムギは歴史について詳しいの?」
「歴史は好きだよ。私は歴史が好きな女『レキジョ』だからさー。特に最近では西暦という年号の2000年代が、私にとってのホットな時代かな」
「たしか車の燃料って、その頃は『石油』ってのが主流だったんだよな?」
「化石燃料とも呼ばれていたわね。もう少し時代が進むと藻に石油と同じような燃料を精製させることが主流になるの。更に、もう少しすると水素電池が主流になるわ。今では魔法発電が主流になってるけどね」
「時代の流れを感じるなー」
「だね」
「ピーピーピー」
現在、主流となっている『魔法発電』は原子力発電に代わる発電方法だ。仕組みは、魔族や天使族が発電施設内で詠唱を続け、超密度の巨大な電気を無から召喚する、という人間の僕には正直よく分からない類の発電方法である。この発電方法のメリットは危険が少なくエコであるという点だろう。発電に必要なものは、発電所内で勤務している魔族さんや天使さんのマカナイのみだ。また、電気の召喚にはマジックポイント(MP)というものを消費するのだが、これは一晩寝ると回復するものらしい。
魔法発電――それは『質量保存の法則』という物理の根本を覆す、革命的な発電方法だった。なお、魔族や天使族の多くがこの発電業務の仕事に就いており、1日8時間の週5日勤務。残業なしで年収は1000万円ほどらしい。
こうした仕事があるため、両種族は基本的にお金持ちである。低年収な種族は、ずっりー、と不平不満を漏らすが、これは彼らの持つ能力の特権でもある。かつて化石燃料が主流だった時代は、こうした能力を持たなくても、家の敷地から石油が出れば、何の努力をせずとも金持ちになっていたそうだ。そんな時代と比べたら、能力のある者が高給取りとなる。それはある意味、公平といえるかもしれない。
橋は地平線の先まで続いていた。僕は大きくため息を漏らして、車を道路の脇に停めた。助手席に座っているコムギが不思議そうな顔で訊いてきた。
「あれれ。どーしたの?」
「休憩だよ。僕、疲れちゃったよ」
「なるほど。ご苦労様です。運転は疲れるもんね」
「いやいや。運転の方じゃなくって、おめーとの掛け合いに疲れちゃったんだ」
「なななっ! ひどっ! 私は深く傷ついたぞー! 謝れー謝れー」
「はいはい、どーも、すみましぇーん」
僕は変顔を作って謝った。コムギは顔を真っ赤に染めていく。
「心がこもってないぞ! だめだ、だめだ。ちゃんと謝れ謝れぇー!」
「……うざい。おめーは新種のうざダイコンだ! 僕にも心の平穏が必要なんだぞ」
僕は運転席のドアを開けて、外に出る。
「ピーピーピー」
ホケもパタパタ飛んでついてきた。橋の端に寄ると、海を眺めた。地平線がどこまでも続いている。
背後でガチャンと音がした。コムギも車から降りたようだ。コロポックルになって、満面の笑みを浮かべながら、トコトコとやってきた。
「ごめんよー桃くん。もううざいと思われないようにするから、一人ぼっちにしないでおくれよー」
「おめーはいつも、同じことを言うじゃん。僕はそのフレーズを、この旅に出てから10回以上は聞いたぞ!」
「桃くん、一ついいコトワザを教えてあげよう。『イヤよイヤよも好きのうち』に類似するコトワザよ。それはね『うざいうざいも快感のうち』。このドMめっ! どーせ、うざいと言って嫌そうにしてるのは、パフォーマンスなんでしょう。白状しなさいよ。私にはバレバレなんだぞー」
「そういう一方的な考え方をストーカーってやつらは皆してるんだろうな。こえーこえー。そしてそのコトワザ、今おめーが考えたばっかのやつだろ。教えてあげるだなんて、偉そうに言っちゃってさ」
「ばれちゃったか。テヘ」
「テヘ、じゃねー」
「私はね、桃くんにかまってもらいたいのだよー。ほら、いじめっ子って、好意的な人に、かまってもらいたくて、わざといじめたりするじゃない。私は、桃くんのいやがることをして、わざと困らせてやりたいのだよぉ。だははは」
「頼むから、勘弁してくれ。僕を一人にしてくれー。いじめないでくれー」
「やだやだ。背後霊のように、一生、桃くんにつきまとって困らせてやるわ。ぐふふふ。くけけけけ」
コムギは悪そうな顔をしながら笑った。
「ピーピーピー」
ホケはそんなコムギの頭に乗ると、クチバシで頭を突き始めた。
「いたたたた。あいたたたたた」
「おお、ありがとうな、ホケちゃん。僕の代わりに怒ってくれてるのか」
ホケはコムギの頭から飛び立つと、僕の肩にとまった。コムギは不思議そうにホケを見つめた。
「なんでホケちゃんは、私には懐いてくれないんだろう?」
「そりゃあ、日頃の行いを見て、懐くに値しない人物と判断されてるからじゃないのかな? 車の中では、ダラダラしてばかりだからな。しゃきっとすればホケちゃんに懐いてもらえるかもしれないぞ」
「なんでそーなるのっ! ホケちゃんが何を考えてるのか、わからないじゃないの」
「だったら、ホケちゃんに聞いてみるか?」
「聞く?」
「ホケちゃん。僕が今言ったことが正しかったら、ピーって鳴いてくれ。違っていたら、ピピピーって。こいつなめてんのかぶっころすぞ、と思ってたら、ピピピッピーピーって鳴いてくれ」
「ピピピッピーピー」
「だってさ」
「だってさって……。なんか最後のだけ、質問の解答候補が違わない? 質問のその意図が違ってないかなー? そして、なんで私、そんなに嫌われちゃってるのっ!」
「だから、ダラダラしてばかりだから、と言ってるだろ」
「いやいや、ホケちゃん、それは否定したばかりだから! 違う選択肢を選んだからっ」
ふう、と僕は一息つくと、再び海を眺めた。青い海はとても美しい。
「ねーねー。桃くん、この巡礼の旅はいつまで続くの? あとどれくらいで終わるの? 私、この橋にはもう飽きちゃったよ」
「ずっと同じ風景だからなぁ。今は、太平洋のど真ん中をちょっと越えたところにいると思うんだけど……どれ、この双眼鏡で見てくれ。あっちの方角かな」
僕は双眼鏡をポーチから取り出して、コムギに渡した。
「うん。あっちの方角を見ればいいのね……あっ! あれはっ!」
「塔が見えるだろう! 塔はな、成層圏を軽く超えて宇宙まで達しているから、地球の裏側のはさすがに見えなくとも、地球上のどの位置からでも3~4つほどの塔は見えるんだよ」
「す、すごーい。カジキマグロを発見! 釣りたーい」
………………。
「僕の話、聞いてた?」
「ごめん。ちょっと黙ってて。うわああ。本当に背びれを出しながら泳いでいるんだ」
「……カジキマグロの漁では漁師さんが、あの背びれを見つけて、近づいて、電気のヤリで刺して仮死状態にしてから捕まえるんだ。本来は、カジキマグロは海の奥深くで魚を食べたりして暮らしているけど、日向ぼっこで体温をあげるためなのか、時折水面に出て背びれを出しながら泳ぐんだ。ちなみに、サメには日光浴をする習性を持つウバザメというサメがいてな、こいつは……」
「ウンチクはいらないから」
「……そーですか。へいへい」
「確かに、遥かかなたに塔が見えるね。しんどくなってくるわ。あっちの方角にも見える! あの塔も、あの塔もまだ行ってないじゃーん。しかも、まだまだ遠いじゃーん。やだやだやだ。もー、やだかんね」
コムギはそう言いながら地べたで寝そべると、バタバタと手足を動かした。
「おめーは、駄々っ子か! これまでの塔での祈りの儀式の後、各々の種族の方々にスピーチで、『世界平和こそが巫女である私にとっての最大の願いです』とかなんとか言ってるけど、あれは嘘なのかよ」
「うん、そうだよ。嘘だよ」
「がーん」
「その場の雰囲気に合わせて言ってるだけのことで、いわゆる建前だね。あはははは」
「笑いごとじゃねー」
「だって、本音だもん。スピーチの間、頭の中では早く面倒なことを終わらせて、車に戻ってお菓子を食べたいなーってことばかり考えてるんだから」
「褒められた事ではないけど、話しながら他のことを考えられるって、器用なやつだ。でも、今はそのお菓子も殆んど食べ尽くしちゃってんだよな。残念だったな」
「だよー。もっと多く買っておいてよ」
「一日一個のルールを守っていれば、無くなることはなかったはずだぞ。いわば、今お菓子を食べられないのは自業自得だ」
「むむむっ」
コムギは頬を膨らませ、僕を睨んできた。
「ねーねー、桃くん。もう車の中に戻ろうよ。もう休憩は十分済んだでしょ?」
「全然、休憩にならなかったような気もするけど、まあ、いいか。じゃあ、次の塔を目指していくか」
「おーう」
「ピーピーピー」
僕たちは再び車の中に戻った。運転席に座りハンドルを握ると、運転を再開する。
そして……。
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