第8話

 案内してくれた雪だるまと別れた後、チェックインを済ませる。宿の外観も巨大なかまくらのようだったが、館内の室温は暖かく、コムギは先程とは別人のように上機嫌になっていた。


「ビバこたつ。ビバわたしっ! あったかーいんだからー。うっしっし。これこそ人&コロポックルが暮らす場所だよ」


「宿に到着するまでは、ブスっとして文句ばかり言ってたのに、えらい変わりようだなー」


「だって、こんなに快適な場所だとは知らなかったんだもん。いいねえ、暖かいってステキッ」


 現在、僕とコムギは客室でくつろいでいる。なお、チェックインから、コムギはずっとコロポックルになっている。コロポックルにならないといけない時間が迫っていたのもあり、旅館ともいえる宿内では最初からコロポックルでいることに決めたようだ。また、この旅館の従業員は雪だるまではなく、人間のようである。ドアがノックされ、着物姿の仲居さんが部屋に料理を運んできた。


「どうも。今回、私がお客様方の仲居を担当をさせていただきます。よろしくお願いいたします」


 仲居さんは、そう言って料理をテーブルに並べていった。


「わーい。食事だ食事だー」


「さっき食べたばかりなのに、まだ食べたいのかよ」


「だって、ずっと朝から夜まで歩きっぱなしだったじゃない。失った分のカロリーを摂取しなくちゃ! さっきの雪だるまさんが作ってくれた料理だけじゃ全然もの足りないよー」


「確かに失ったカロリーは摂取すべきだろうね。寒さに対処するために生理的現象が働いて、体が発熱していた分は、通常時より摂取カロリーが必要になるかもしれない。けどな、一つ訂正するぞ。朝から夜まで歩きっぱなしだったのは、僕だー! しかも、ずっとおめーをだっこしてなー」


「てへへ。ねーねー。桃くんは食べないの? 雪だるまさんの作ってくれた冷製な食事で十分だった? 食べないのなら、桃くんの分も私が食べてもいい? わーお。美味しそう。うっはー」


「……いいよ。どーぞ」


 コムギは料理を次々と平らげていった。


 客室の室温は23度ぐらいの適温だ。窓ガラスが何重にもはられており、室内の温度を逃がさない工夫がなされていた。僕は窓のそばの椅子に座ると、外の様子を眺めた。外は猛吹雪だ。そんなブリザードを眺めながら、温かい部屋でのんびりと過ごす。これはある意味、とても贅沢なことなのかもしれない。


 ふと、視線を戻すと、いつの間にかコムギは料理を平らげていたようだ。


「はやっ!」


「まだまだ食べられるよ。私は、おかわりを所望する」


「って、おい」


 コムギは勝手に内線の受話器を手に取ると、食事のおかわりを注文した。帝国の王女の旅なので、お金に関しては、たくさん持ってきているので問題はないが……。


 電話を終えたコムギは、苦笑いしながら言った。


「板前さん、休憩時間に入っているから、料理が出来るまで2時間くらいかかるんだって。2時間もすれば、お腹が減るだろうから、桃くんの分も注文しておいたよ」


「コムギ、おめーなに勝手に僕の分も注文してんだよ。どーせ、僕の分も食べるつもりなんじゃないのか?」


「失礼な! 私はそんな大食いじゃないわよ。失礼すぎるから、罰として桃くんの分も私が食べてやるわ!」


「ほーら、2人分を食べる気、満々じゃねーか。上手に2人分を食べる言い訳を考えたみたいだけど、バレバレだったぞ」


「てへへ。ばれたか。桃くんも食べるなら、もう1人前注文しようか?」


「しなくていい。しなくてもいーです。僕が働いて稼いだ金で食べるわけじゃないから自由に注文してくれて構わないよ。ただし、僕たちの旅費は全種族の民の皆様方の血税によってまかなわれていることを忘れるんじゃないぞー!」


「子供は食べて寝ることが仕事よ!」


「おめーは、もう子供じゃなーい。18歳でそれ、もう適用しないから! せいぜい、幼稚園児とか小学生、ぎりぎり中学生までだから!」


「ぷぅー。ぷぅー。それにしても2時間、時間が空いちゃったなー。どーしてようかな」


「だったら風呂にでも行くか?」


「おお。いいねいいね。お風呂に入りたーい。グッドアイデアだよ! 行こう、行こう! レッツラゴーよっ」


 僕とコムギは宿の浴場に向かった。辺境な土地にある旅館なので、しっかりとした施設ではないと思っていたが、意外にもしっかりしており、人間種を含め、たくさんの種族が来館していた。館内全域には『翻訳チーズ』と同じような意思疎通系の魔道具が設置されており、スムーズな会話は出来ないまでも異種族間で、最低限の意思疎通は交わせれるようだ。


 また、温泉は適温で、とても気持ちがよかった。数時間前まで遭難して、凍死しかけていたことが嘘のように思える。長湯して、脱衣所にあったマッサージチェアでは眠ってしまった。2時間があっという間に過ぎ、部屋に戻るとコムギが食事をしていた。


「あっ。お帰りなさい。遅かったね? 桃くんは食べないって言ったから、私、桃くんの分も食べちゃったよ。3人分食べちゃった。でも安心して、もう1人前頼んでおいたから」


「僕は食べないと言ったはずだけど、いつの間にもう1人前注文してたんだよ! そして、更に追加したって、おめーは合計何人分食べるつもりだっ! さっき、雪だるまさんの家でも食事したことを忘れるなよ」


「てへへへ。そろそろ料理が届く頃かなー。と言っているうちに、来たみたいだよ」


 コンコン、とドアがノックされた。


「仲居です。追加の分のお料理をお待ちいたしました」


「おめー、全く、どうしようもないやつだ」


「はーい。仲居さん、どうぞー」


 仲居さんが鍋物を持って部屋の中に入ってきた。


「どうぞ巫女様と従者様」


「はい、ありがとうござ……って、えええ? ギクッーーー」


 そう言いながらコムギが固まった。素性をバラした覚えはないのだが、どうして仲居さんは僕たちを巫女と従者だと呼んだのだろうか。僕は訊いた。


「あ、あれれ? 仲居さんは、僕たちが巫女とその従者であると、どうして思ったのですか?」


「当然、最初から知っておりますよ。ところで、どうして巫女様はコロポックル……なのでしょうか……?」


 仲居さんは、じーっ、とコムギの顔を見つめてきた。コムギの額からは、汗がだらだらと流れる。確か、僕たちを助けてくれた氷結族の雪だるまも、この旅館に用事があると言っていた。その雪だるまから話を聞いたのだろうか? コムギは仲居さんに言った。


「ほ、本物の姫様は、こちらには遅れてこられるのです。よ、用事がありましてっ!」


「じーっ」


「ほ、ほほ、本当ですよっ! そうでした、仲居さん。受付にもう1人分、増えることも伝えておいてくれませんか? あはは……」


「いえいえ、そのようなことは致しません。たった今、私は全てを察しました。黙っていることにしますね。仲居にも守秘義務というものがございます。それよりも、料理が冷めてしまっては台無しになりますので、お早めにお召し上がりくださいませ」


 仲居さんはお辞儀をして、部屋から出ていった。しばらくして、コムギが僕に訊いてきた。


「バレちゃったのかな? 私が人間とコロポックルのハーフだってこと」


「いやいや。人間とコロポックルのハーフなんて世界広しといえど、コムギしかいないはずだからハーフだとは思われていないはずだよ。きっと、さっきの雪だるまさんから、巫女一行が来館したって話を聞いたんだよ」


「にしても、田舎……情報が伝達速度が速すぎるわ」


「僕はもっと従者として注意しねーといけねーな。反省したっ」


 僕はそう言いながら、箸を持って……。


「桃くんや、あんたは本当に反省してるのかねー。言葉と行動が伴っていないっ! さっき、食べないといった鍋を、どーして食べてるの?」


「だって、これは僕のために注文してくれてたんだろ? 反省した時は、食べて寝るに限るのさー。もぐもぐ」


「こらー。私が注文した鍋を一人で食べるなぁーーー」


 僕たちは、競い合うように鍋を食べた。そして布団に入ると、すぐに眠りについた。仲居さんに、どこまで勘付かれたのかは知らないが、守秘義務とやらで黙っていてもらえるそうなので、それを信じることにした。


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