第7話
僕とコムギは一番近くの家までたどり着くと、ドアをノックした。確実に助けてもらいたいため、巫女の一行だという素性を明かすつもりなので、コムギは人間になっている。
「ごめんくださーい」
「×△●××△●△●●●」
声がした。しかし、何を言っているのか分からない。隣でコムギが呟いた。
「な、なんだか嫌な予感がするんだけどー。とっても嫌な予感がするわ」
しばらくしてドアが開くと、中から『雪だるま』が出てきた。人間と似た姿だと聞いていたが、これが氷結族なのだろうか?
「●△●△●△●●●●××」
聞いたことのない言葉だ。氷結族が日常的に使う氷結語だろうか。僕はカバンから、ある『魔道具』を取り出して、口の中に入れて、飲み込んだ。そして雪だるまの姿をした氷結族と会話をした。
「すみません。僕たちは巡礼の旅をしている者ですが、道中で車が故障してしまったのです」
雪だるまは驚いたような素振りをしながら言った。
「そうでしたか。巫女様の巡礼が始まったことはニュースで知っておりました。さあさあ、中も寒いのですが、吹雪はしのげますのでお入りください」
「ありがとうございます」
僕と雪だるまの会話が成立しているのを見て、コムギが目を大きく開いた。
「え? え? え?」
「あなたが巫女様ですね? どうぞ中にお入りになられてください」
「………………?」
「中に入ってもいいって」
コムギは頭にクエスチョンマークを浮かべていた。家の中に入った僕たちは、リビングのような場所に案内された。
食事を作ってくれるということで雪だるまは退室し、部屋には僕とコムギだけになる。コムギは僕に小声で話しかけてきた。
「ちょっとちょっと。何で普通に会話が成立しちゃってるの? 私には雪だるまが『ペロペロブロピレなんちゃらかんちゃら』と言っているようにしか聞こえなかったんだけど?」
「あいたたたたた。おめーの魔道具の無知さには、毎回、ビックリさせられるぞ。この魔道具は有名なんだぞ」
「魔道具マニアの桃くんと一緒にしないでちょーだいっ。それで、さっき、何か口に入れていたようだけど、あれのおかげ?」
「そうだ。おめーの観察力にはおそれいった! いい探偵になれるかもな」
「ふふーん、どんなもんだい、とでも言うと思ったか! 残念だけど、そんなの子供でも分かるわい。それで本当に魔道具なの、あれ?」
「あははは。よし、コムギにも食べさせてやっか」
僕はカバンから、先程取り出した魔道具と同じものを出し、コムギに見せた。
「じゃじゃーん。魔道具『翻訳チーズ』だ」
「翻訳チーズ? げげげ、なんだそれっ。キモーイ! 桃くん、さっき、そんなの口にいれたのー?」
「一見すると、ただのカビの生えまくったチーズのようだけど、れっきとした魔道具なんだよ。これを食べると、なんとテレパシーを通じて言語の異なる国民同士だけではなく、多種族間同士でも会話ができちゃう、という効果があるんだ。そして、この魔道具の開発者は、なーんとこの僕であーる。『道具使い』のジョブ持ちを馬鹿にするなよー。3年前に僕が開発して、現在は特許取得中なのさ。さあさあ、食べてみてくれ」
魔道具『翻訳チーズ』を食べた場合、含まれている成分が脳の特定の部位を刺激して、ある脳内物質の分泌を活性化させる。その結果、相手の意思を受信し、こちらからも発信できるようになる、誰でもテレパシストになれるのだ。ミラーニューロンの活動の応用である。類似した意思疎通系の魔道具はこれまでにも幾つか開発されてきたが、食べることで効果が長期間続くものは、他にはないだろう。かつて、妖怪『さとり』と呼ばれる存在がいたと伝えられているが、僕はその正体は脳の特定の部位が活性化していた人間だと考えている。
「ええええー。毒とかないの? カビだらけで、お腹をくだすような気がするんだけれど。そもそも桃くんが作った魔道具って聞いて、めっちゃ不安っ!」
「大丈夫。このカビが本体で、チーズはおまけみたいなものだからさ。それに、これは持続期間が1年以上もあるという素晴らしさもあるんだ。これから氷結族の方たちだけじゃなくて、色々な種族の方々とも交流もするんだからな、嫌でも食べろよ」
「ぅぅぅぅう……。これ魔道具ではなくて、食べ物だよ。腐ってるぽい食べ物だよぉー。そして、どーして3年も前に桃くんが開発したというのに、まだ特許を取得『中』なわけなのよー」
コムギは鼻をつまみながら、嫌そうな顔をしてモグモグしている。
「おめーが今食っているそれはな、魔道具の中でも、レアなもんなんだ。なにせ、素材自体が希少だからなー。それが原因か分からねーけど、中々、特許がおりねーんだよ」
「うん?」
「素材はな、失われた古代文明の遺跡やら滅亡都市から発掘された年季の入ったもの、それ限りなんだ。僕的には、量産できるように代用品になる素材を開発しているんだけどさー。まだできてないんだよー」
「………………ふーん」
「チーズって熟成させればさせるほど味がでるっていうけど、数万・数千も前のチーズはひと味もふた味も違うだろー。あははは」
「ぶっはあああああああああああ」
口をもぐもぐさせながら眉を寄せていたコムギが、噴いた。
「きたねーやつだな。魔道具の食べカスが僕の顔にとびちったじゃねーか。いきなり吐き出すなっ」
「なんて食べ物を口にいれさせるのよっ!」
「食べ物というか、魔道具だぞ。当代の『道具使い』である僕がじきじきに開発したもんだ!」
「食べ物であろうが、魔道具であろうが、どうでもいいわいっ! そんな大昔のものを、食べていいものかー」
コムギが顔を真っ赤にしながら抗議していたところ、氷結族の雪だるまがやってきた。
「どうなされましたか、巫女様」
「い、いえ……なんでもないです。お騒がせしてもうしわけありませ……あっ」
「そうでしたか。もうすぐ、料理ができあがりますので、おまちください。普段から火を使う習慣がないので、冷製の食べ物ですが、カロリーはとれますので、体が温まりますでしょう」
「あ、ありがとうございます」
コムギは雪だるまに向かってお辞儀をする。そして、雪だるまがいなくなった後、目を丸くしながら言った。
「桃くんっ! か、会話が成立しちゃってるっ! 私、アンビリーバブル!」
「だろ? すげーだろ」
「魔道具って色々すごいんだねー。なるほどー。桃くん、あんたは天才っ!」
「だろだろ? えっへん」
コムギはうんうんと頷いた。僕は胸をはる。
数分後、雪だるまが食事を運んできてくれた。冷製の食事ではあったが、とても美味しかった。僕はお礼を言った。
「美味しかったです。どうもありがとうございます」
「いえいえ。巫女様と従者様のお役に立てたことを嬉しく思います」
「ところで、この町に宿泊施設はありませんか? 実は数日間、こちらに滞在する予定なんですよ」
「でしたら、とてもいい場所がありますよ! お教えしましょう。そこでしたら、暖が取れるでしょうし、こちらよりも居心地がよいかと思います」
「どうもありがとうございます」
僕たちは再び外に出ると、雪だるまの後ろをついて歩いた。ちょうど、雪だるまもこれから案内してくれる宿泊施設に用事があるらしいのだ。
隣を歩いているコムギが文句を言ってきた。
「なんで、あの家で泊めてもらわなかったのよ。お願いしなかったのよ。ホワイトアウト中の外になんでまた、戻らなくちゃならないんだー。さむーいいいいいい。ぶるぶるぶる」
「だって、さすがに厚かましいだろ?」
「命の瀬戸際だったのに、厚かましいも何もないわよー。桃くんが宿のことを聞いていた時は正直、『何言ってんのこいつ?』って正気を疑ったわ。私はあの家で寝る気まんまんだったのに」
「まあまあ、ところでさ。ほら、よく見たら、氷結族の人たち結構、いるよ?」
「どこに? ホワイトアウトしてて、1メートル先もみえんわー。ちっくしょー」
「ほら、よーく周囲を見てみなよ。何かが、動いているのが分かるだろ?」
「うーん。何も見えないけど……あっ」
吹雪が激しいので、よく目を凝らさないと見えないが、周囲に立ち並ぶ家の前で、氷結族の方々が雪かきをしていた。
「ゆ、雪だるまがたくさんいるわ! 雪だるまが、せっせと雪かきしてるっ! なんてシュールな光景!」
「そんな言い方するなよ。雪が積もったら、玄関からの出入ができなくなるじゃないか。雪かきをするのは、大事なことだぞ」
「それはそうだけどさー、わざわざ、雪が猛烈に降ってる最中にすることではないでしょ?」
「僕たち人間の常識だよ、それ。氷結族は氷点下で過ごしても、全然苦にならない体質だから、普通のことなんじゃねーのかな。というか、おめーは純粋な人間じゃなかったな。コロポックルでもあったな」
「しーっ! こんな町中で言わないの! それにコロポックルはこんな氷と雪だけしかない土地には住んでいませーんからっ」
「他種族の文化は、確かに僕たちの常識と異なるところがあるかもしれないけれど、尊重するべきだぞ。頭から否定ばかりはすんなよ」
「わかったわよ。それにしても、宿にはどれくらいでつくのかな? ずっと桃くんの腕の中にいたから、寒いとはそんなに感じなかったけど、改めて分かるわ。何十度もマイナスのこの世界、めっちゃ寒いっ! 体の芯から凍りそうっ」
「さっきの家から3キロほどだって」
「うぅぅぅ……3キロ。たかが3キロ。されど3キロ……雪があって歩きにくい。また、桃くんにお姫様だっこしてもらいたいけど、氷結族の方々の目があって、恥ずかしくてできない」
「してくれと言われても、する気なんて、ねーけどなっ」
「……いじわる。あんたは、いじわるキングのドテカボタンだよ、まったく」
僕は無言で歩き続けた。そして、宿に到着した。
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