第4話
僕は運転しながら、車の住居スペースにいるコムギに言った。
「おーい。もうすぐ、到着するぞー。次の塔にさ」
「はーい。それで、あと、どれくらいで到着するの?」
「大体、あと2日後くらい」
「2日後はもうすぐじゃないでしょー。桃くんの『もうすぐ』の時間感覚は、アワー単位じゃなくて、デイ単位かいっ! このタコ! バカ! ドテカボタンッ!」
「でもさー、ここまでくるのに何週間もかかったじゃん。それを思えば、やっぱりもうすぐだよ」
現在、僕が運転する車は100%氷で出来た道の上を走っている。位置は地球の最南端。南極とも呼ばれている場所である。見渡す限りが雪野原だ。晴天のこの日、白銀の世界を颯爽と走るのは、とても気持ちがよかった。
ちなみに、この地には『氷結族』と呼ばれる種族が住んでいる。氷結族は寒さに非常に強い種族であり、これまでの争乱期において、どの種族とも争うことのなかった唯一の種族でもある。この地球の最南端の地を征服し、自分たちの領土にしたいと望んだ種族がいなかったのだ。南極、ここは過酷な環境なのである。
本来この地は、吹雪などで道が雪にすぐに覆われるため、車で訪れるものはいない。今、僕の運転する車が通っている氷の道路は、その氷結族の方々が整備してくれたものだ。
また、南極大陸には車でやってきたわけだが、大型船などに乗せたりして運んだわけではない。帝国領からずっと車を走らせてやってきたのだ。現在、全ての大陸は海上にかけられた『巨大な橋』によって繋がっている。橋をかけたのは、魚人族の働きにある。彼らは海面上に橋を建築するための独自の建築技術を開発したのだ。僕たちは何万キロという長さの巨大ブリッジを通ってきた。
「おめーなー、文句ばっかり言わないの。乗り物酔いで苛立っているのはわかるけど、最初の頃と比べて、そろそろ慣れてきただろ?」
「いーえ、まだ慣れてませーん。私、こんなに乗り物に弱いとは、思わなかったよ」
「乗り物酔いをするなんて根性がない証拠だな」
「えぇええー。精神論? 私は、それは違うと思うなー。体質だと思うな」
「そもそも、車の中でマンガとか読むから、酔うんだよ」
「うっせーうっせー。私は意地でも読む! 読み続けてやる! 読むのを諦めたら、そこで負けだ。それを踏まえた上で、酔わない方法を考えておくれよー。桃くーん」
「オッケー。だったら、昔から言われている方法で、いい方法があるぞ」
「ふーん。『んなの、あるわけねーだろ』とでもツッコミをいれてくるのかと思ったけど、あるのねっ! じゃあ、聞くだけ聞かせてもらおうかしら」
僕はコムギに『車に乗っていても酔わなくなる方法』を教えた。そして実践してもらった。
コムギは助手席に座ると窓を開けて、そこから万札を掴んだ手を出して、札をピラピラさせる。そして、もう片方の手で、漫画のページをめくっている。今はコロポックルなので、足りない座高は座布団を重ねて補った。
「………………桃くん、これって」
「どうだ? お金が吹き飛んじゃうかもしれねーという緊張感で、酔うどころじゃなくなるだろー」
「よく分からないんだけど……漫画が読みにくいっ。そして、腕も冷たーい。寒ぅーい」
「コムギ、あんな。車に酔うっていうのは不思議な現象なんだ。なぜだか知らないけど、運転手は酔わないんだよ。つまり酔いに対して、対策を講じることが出来る、というわけだ」
「うーん。でもね、でもね。本のページが開きにく………………へぶっち」
コムギはくしゃみをした。その瞬間、手に持っていたお札が飛んだ。
「あーん、お金が飛んでいっちゃったーん」
僕は急ブレーキをかけた。車は大きく揺れて停まる。
「は、はぁあああぁぁぁ? おめー何やってんだ! 何でお札を離すんだよ! 罰当たりめっ! 責任をとって回収してこーい」
「え、えええええええー」
「お金は大事!」
「だったら窓からお札を持った手を出させたりしないでおくれよー。桃くんの案でしょー」
「あーいえば、こういう。まったく、おめーは、キカン子に育ったねー。人前ではちゃんとしているのにっ」
「それとこれとは違うと思うなー。私は違うと思うんだなー」
「とにかく、すぐに回収してきなさい」
「桃くん、あんたは、めちゃくちゃだー。ドテカボタンだー」
コムギは文句を言いながらも氷の路上に降りて、吹き飛んだお札の回収に向かった。
結局のところ乗り物酔い対策としては『特殊な眼鏡』をかけることで問題は解決した。この眼鏡のふちには水が入っており、車が揺れるごとに、その水も揺れる。その揺れを目の端で捉えていると、車の中で読書をしていても酔わなくなるのだ。魔法でも何でもない人間科学にのっとった画期的な眼鏡である。
「桃くーん、こんな便利な道具があるのなら、もっと早く出しておくれよー。これまで私が吐いたゲロ、どうしてくれるんだよ。世界の食糧事情を考えろよー」
「ゲロを吐いた程度で、世界の食糧事情にまで頭がまわるのなら、今度からは吐いたゲロを飲み込ませるぞ」
「そんな冗談は……よしこちゃん……」
「よしこちゃんでも、よしおくんでも、僕はやるぞ」
「……それは困る」
そんなこんなで、コムギと会話しながら車を走らせていたところ、突然、『ボン』と音がした。その後、プスンプスン、と車は上下に揺れながら速度を落としていき――完全に停止した。
………………。
周囲は一面が銀世界だ。花一輪はおろか、雑草さえ生えていない道路の中央で完全にエンストしたようである。まさかと思うが、さっきの、急ブレーキが原因なのだろうか?
………………。
「ねえねえ桃くん、なんで停まったの? 走ってもいいんだよ? というか、走って?」
「エンジンをかけてるんだけど、うんともすんとも………………あっ」
エンジンをかけようと何度もキーを回していたら、ボンネットから白い煙があがった。僕とコムギは眉を寄せながら、その煙を眺めていた。
「桃くん、あれってさー、叩いたら直るやつかな……」
「いや……明らかに、無理でしょ」
「わ……私、見なかったことにするわ! さーて、コタツに入って読みかけのラノベでも、読もーっと」
コムギは現実逃避よろしく、助手席から後ろの居住区に戻ると、コタツに足を入れてスイッチを押す。しかしニッコリとした笑顔はすぐに霧散し、泣き声を混じらせて言った。
「電気が……電気がつかないよー。暖かくならないよー」
「元々エンジンを動かすことで電気を作っていたからね。エンジンに不具合があったせいで電気も使えなくなったんだろうね」
「しょ、しょんにゃー」
コムギは電気の通っていないコタツに足を入れながら、パタリと寝そべった。
僕はエンジンの状態を調べるため外に出て、ボンネットを開けた。エンジンを直接調べてみる。しかし……。
「うーん。よく、わからないな」
修理というものは本来、道具や素材と心で通じ合える『道具使い』のジョブ持ち、つまり僕の専門分野である。しかし、『道具使い』でも得意・不得意とする分野があるのだ。僕はバイオ系は得意としているが、機械系を苦手としており、魔道具であるこの車の使い方こそは、本能的に分かるものの、修理方法は分らない。ただただ、エンジンが故障しており、動かせない、としか判断できない。
僕はスマホをポケットから取り出すと、帝国本部に連絡をした。それから運転席に戻る。車の中ではコムギがカーテンから顔を出して、不安そうに訊いてきた。
「どうだった? 桃くんは『道具使い』のジョブ持ちなんでしょ? 大丈夫なんだよね?」
「うん。エンジンが壊れていることは、僕の能力で判明させたぞ」
「んなの、さっき、ここから見りゃわかったでしょーに。壊れたことぐらいなら、あんたじゃなくても私でもわかったわっ! 私のさっきの『どうだった?』の内訳の99%は、修理できるのか、という意味が含まれているの」
「だったら残りの1%は、なにが含まれているの?」
「えーとね………………愛!」
「今、考えたばっかだろ。間があったぞ」
「うぐぐぐ……」
「そもそも、『どうだった?』と訊いたその言葉の中に、『愛』が含まれてるだって? 全く意味が分からねー。おめー、頭がおかしくなったんじゃねーの?」
「うっせーうっせー。桃くん、そういうのを人の揚げ足をとるというの。ああ、めんどくさーい。あんたは宇宙一めんどくさい人だ! 宇宙一どころか、もはや銀河系一だよ」
「……ところで、修理できるのかどうかについての回答だけれど、『できない』だね。僕では修理は無理だ」
「え? えええ? 本当に? ファイナルアンサーしちゃうの?」
「うん。ファイナルアンサーしちゃう。そして、僕達はここで遭難しちゃう」
「ガビーン」
コムギは顔を真っ青にしながら、その場で倒れた。
「だったら私達、遭難してどうなっちゃうの。死んじゃうの? あたり一面が雪原で温度はマイナス数十度の世界。生きていけるわけないじゃーん。さっき、お札を回収しに外に出ただけで、死ぬかと思ったのよ! なんてことっ! だから巡礼の旅なんて、嫌だったんだよ。行きたくなかったんだよー。おーいおいおい。おーいおいおい」
コムギが号泣しはじめた。涙と鼻水で顔がすごいことになっている。
「コムギ、そんなに泣くなよー。さっき衛星回線を通して、帝国のこの地域に滞在している緊急対応部隊に連絡をとったからさ。ここの座標位置も伝えたから、車の整備員さんが、修理しに来てくれるって」
「ぞれぼぉ、さいじょにいべええええええ」
コムギはくしゃくしゃな顔でそう言った。よほど不安だったのだろう。僕はハンカチを手渡してやる。
「あーよがっだ」
そう言って、チーンと鼻をかんでハンカチを返してきた。
………………。
「ただな、問題があるんだよ。ここに来てくれるまでに最低でも3日間かかるってさ。『最低』な」
コムギは再び、ずこーっと倒れた。
「え、えええええ……暖がないのにぃぃ」
「しかも、気象情報も聞いたんだけどさ、ブリザードがやってくるらしい」
「ブ、ブリザード?」
「知らないの? めっちゃくっちゃ強い大吹雪のことだぞ。ブリザードが長引いたら、その分、車の整備員さんがすぐにはきてくれなくなるんだ。だから『最低』でも3日かかるんだ」
「そ、それで私達は、どーなっちゃうわけ? まあ、どーなっちゃうのって、質問すること自体、ちゃんちゃらおかしな分かり切った質問なんだけど……桃くんのお口から、聞かせてちょーだいっ!」
「そりゃー凍死だよ。暖を得る手段のないところでマイナス数十度で3日以上だぞ。人間の体はな、何十度もマイナスの世界で生きていけるようには、できていないんだ」
「そのとーり! それで、どうするのよ。凍死はいやだー。じわりじわりと死んじゃう死に方なんでしょ? 苦しいんじゃない? どうせ死ぬなら、痛みを感じずに楽に死にたいっ!」
「あれ? 凍死って気持ちのいい死に方なんじゃないの? 脳から、痛みを快楽に変える脳内物質を分泌するとかなんとかで。きっと夢心地! 気分はもはや天国。実際にそんな死を体験したことがないから、分らないけどさ」
「そりゃそうでしょう。死んだこともないのに、それが本当かどうかを知る術はないんだからね。だから、私は信じない! 信じないから! でも、ちょっぴりだけ、興味はあるかな。凍死に」
「興味はあるのかよ! あははは。嫌よ嫌よも好きのうちってことか?」
「でも、やっぱり死ぬのは嫌よ! 死ぬのは、ごめんよ」
「そりゃ当たり前だけどさ。まぁ、生き延びる方法がないわけじゃあないぞ」
「どーするの?」
「それは……」
返事をしようとしたその時、電話がかかってきたので、僕はスマホの着信に出た。そして先程から、調べてもらっていた情報を教えてもらった。こちらから道を外れ、ずっと西に向かったところに氷結族が住んでいる町があるので、そこに向えという。なお、氷結族の見た目は人間とほぼ変わらないと言われている。氷点下で裸になっていても生きていける、という特異体質のみ、人間と異なっているらしい。一説によると、多種族の台頭で、南極に逃げた人間が進化したのが、現在の氷結族の先祖だとも言われている。これぞ、ダーウィンの進化論である。着信を切ると、すぐさまコムギが訊いてきた。
「……それで桃くん、私達は助かるの?」
「単刀直入に言うと、助かるね」
「いやっほーーーう」
「ただし、町まで歩かないといけないらしい。氷結族のさ」
「町ってどこにあるの?」
「あっち」
僕は西を指した。コムギはじっとそこを見つめる。
「地平線が見えるね。地平線以外、なにも見えないね……」
「それは、地球は丸いからだよ」
「ちがーう! 私は、どうして『地平線というものが存在するのか』という理由・根拠を聞きたいわけじゃなーい。ねえ、何キロ? 何キロなの? 地平線の先の見えないところまで、歩いていけってこと?」
「だね」
「がーん」
僕たちは車からおりると、西に向かって歩き始めた。本来ならば魔道具であるワゴン車はミニチュア化できるのだが、完全に故障しているためか縮小させることができず、路上に残しておくことにした。
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