第2話

 僕は帝国領――別名『人間領』に住んでいる。かつて人間は世界中に散らばって住んでいた。しかし多種族の台頭により、極東の島国にまで追いやられた。肉体的に人間は、多種族に比べて脆弱な分類に属する。絶滅しなかったのは、超テクノロジー道具――通称、魔道具と呼ばれるものが開発されたおかげだ。第一号の魔道具『超化学防壁』と呼ばれる防御主体の兵器を島国全域に設置し、護りに徹することで、人間は争乱期を乗り越えたのだ。そして、安定期に入った現在、一時期8千にまで激減した人口は長い年月をかけ、2億にまで戻った。


 人間の住んでいるこの帝国領には王がいる。僕はこの王の弟の息子で、王とは伯父と甥の関係にあたる。僕の父は放浪癖があり、顔を合わせることはほとんどない。ある日、父はひょっこりと城に戻ると、王と妃に幼い僕を預けて、再び放浪の旅に出た。それから、気まぐれで数年に1度ほどのペースで城に戻ってくるが、2、3日滞在すると、再び放浪の旅に出ていく。僕はそんな彼を父とは思っていない。むしろ、面倒を見てくれていた王や妃のほうが、血の繋がった父よりも家族と思っている。


 僕は今、王と妃の娘である帝国王女の部屋に向かっていた。王女は類稀な美貌を持っており、特有のオーラ――フェロモンのようなものを、生まれた時から発していた。こうした特徴を持つ者は、『聖女』のジョブ持ちと呼ばれている。


 働き蜂がそうであるように、聖女は女王蜂のごとく、多くの者から無償の忠誠を捧げられる。300年に1度だけ生まれる、聖女のジョブ持ちは、この能力の助けもあり、巡礼を円滑にやり遂げることができる。しかし、当代の巫女である、そんな彼女には口外できない出生の秘密があった。


 僕は王女の部屋のドアをノックをした後、返事を待たずに開けた。


 部屋の中には50センチほどの身長の小人がいた。種族名はコロポックル。巨大なハスの茎を抱き締めながらベッドで上体を起こしている。威嚇するように、僕をじっと見つめている彼女こそが、この国の王女である。そしてコロポックルと人間のハーフという出生の秘密を抱えていた。


 妃の正体は突然変異種で人間と同じ体格にまで育ったコロポックルの巨人である。王はそんな妃に一目惚れして、熱烈なアタックの末に結婚したのだ。コロポックルの身長は平均50センチ前後で、妃のように人間大になる個体は珍しい。


 なお、基本的には、種族間の交配は禁忌とされている。生まれてくる子供の大半が、出産後にすぐに死亡するためだ。仮にすぐに死ななくても、ハーフはその姿が特殊なものとなる場合がほとんどで、いじめを受ける傾向にある。


 人族はかつて、他種族によって絶滅寸前まで追いやられており、世界が平和となった現在も、他種族への警戒心が根付いている。もしも自身らが崇高している王女が純血の人間でないことを知ると、帝国領が非人族に乗っ取られると叫び、内戦やらテロを引き起こす輩が現われる可能性もある。そうなれば帝国の平和は瓦解して、妃や王女の命の危険にも繋がる。


 王はこういう状況になると予期しながらも、恋心を抑えられなかったロマンチストだ。ちなみに、体格上、人間とコロポックルが交配することはこれまでになく、王女は歴史上で初めて生まれた人間とコロポックルのハーフともいえた。


 そんな王女はコロポックルの血をより強く引き継いだからか、基本的には部屋にこもり、コロポックルの姿でひっそりと生活している。


 僕は王女に言った。


「コムギ、準備が全然終わってねえじゃねえか。今日、発つんだぞ? 分かってるのか?」


「やだやだやだもーん。行きたくないんだもーん」


 そう言いながら、コムギはかぶりを振る。


「どうして?」


「だって面倒だからさー」


「でもさ、コムギが旅に出ないと世界中がゴタゴタになって、大変なことになっちまう。300年に一度の伝説の巫女役に選ばれたんだから、ちゃんとおつとめを果たさないといけないんだぞ。世界の命運を背負ってんだぞ」


「世界の命運なんて、そんなの知らないもん。桃くん、ちょっときてよ」


「うん?」


 僕はコムギのそばにいった。すると、コムギは近くにあったマジックペンを持ち、僕の手の甲に『巫女の紋章』を描いた。


 ………………。


「あははは。桃くんもこれで巫女だよ! 巫女の役目は全面的に、桃くんに任せよう。巡礼の旅に行ってらっしゃーい」


「いやいやいや、無理だから。おめーのヘッタクソな絵を描かれただけの僕のような一般人が、塔の巡礼をしても、世界平和とその安定に貢献できないからー」


「いいじゃん。いいじゃん。そもそも生物として生まれてきた以上は、いずれは死ぬ運命なんだからさ。平和であってもそうじゃなくても、結局は死ぬ運命なら、それが早いか遅いかの違いだけだよ」


「それ、一国の王女がいう台詞か? いずれは死ぬ運命でも、出来るだけながーく生きたいというのが、生物の本望じゃないか」


「私は残された時間を、アニメとか漫画、ラノベを読んで過ごすからね。だから巡礼の旅になんて行かないよっ」


「わがまま言うなよ! 世界中の全種族がおめーの巡礼を今か今かと待ち望んでいるんだぞ。もし仮に、巡礼の旅に出発しなかったら、みなさまになんて説明すればいいんだ? 面倒臭いから巡礼しないようです、なーんて発表した日には、天変地異とかが起きる前に、全種族が、おめーを襲いにくると思うな。そして、きっと拷問してでも巡礼に出発させるだろーな。こえぇーこえぇー」


「う、ううううぅぅ。ほ、本当にそうなるの?」


 口からのデマカセだが、コムギは本気でビビりだしたようだ。僕は続けた。


「そんな状況で旅に出発した場合、本来そう扱われるように、世界に安定と平和を存続させる救世主様としての歓迎はされないだろうな。もう踏んだり蹴ったりの対応をされるだろうね。無理やり連れていくわけだから、逃げないように手錠とかかけられて、移動中の自由が一切なくなっちゃうのは覚悟しなくちゃいけないぞ」


 コムギの顔が青ざめる。僕は思いつきで言いながらも、そうなる可能性だってあるかもしれないと思った。それほど『巡礼の旅』とは全種族から必要とされている儀式なのだ。


 なお、僕は目の前の王女『コムギ』とはイトコの関係にあたる。帝国の王と妃が僕の育ての親でもあるので、姉弟の関係であるとも言える。幼い頃から一緒に育ってきたので、どんなことを言えば、どんな反応をするのか、よく分かっている。案の定、コムギは涙目になった。


「桃くん、なんとかいい方法を考えてよぉー。私が旅に出ずにこの部屋でずっとぐーたらしていても、いいようにぃー」


「考えるわけねーだろ。アホかっ」


「どうしても?」


「うん……どうしても」


 コムギは僕をじっと見つめてきた。『巡礼の旅』を行う巫女は、代々の巫女の血筋の者から選ばれる。選ばれた者は、手の甲に紋章を持って生まれる。今日は、巫女であるコムギの巡礼の出発日で、国を挙げての出発祈願祭が行われていた。現在、城の中では、その式が行われている真っ最中でもある。そして主賓であるコムギのスピーチが今か今かと待たれているのに、未だに本人が会場に姿を見せないため、僕がこうして呼びに来たわけだ。


 テレビ局も生中継でコムギの出発の様子や挨拶を撮ろうと待機中だ。式場にいる者たちだけでなく、全世界の皆様方がお茶の間で、コムギの登場を待っている。しかし、当の本人は巡礼の旅になんて行きたくない、とパジャマ姿のままなのだ。


「だってさー私、完全な人間じゃないんだもん。コロポックルとのハーフなんだもん。これまでずっと、純血の人間が巫女だったんでしょ? 私が巫女だなんて、何かの間違いだよ。あは、あはは、はははは」


「でも、手の甲に巫女の紋章が出たじゃん。早くしろよー。とっとと着替えろよー」


 コムギは、そのままパタリと横になると、布団をかぶる。


「ぐーぐー。あと、5分……いや、あと5年だけでいいから」


「寝たふりすんなっ。今まで起きていたくせに、その手が通用するか!」


「私は本日、突然死したってみんなに言っておいて。むにゃむにゃ」


「そんな大嘘を言えるかよ! 中継は全種族のみなさまに繋がっているんだぞっ」


「……ぐーぐー」


「ちなみに、旅には僕も同行することになったからな。『従者』役は将軍から僕に代わったから。おめーが出発しなかったら従者である僕の責任にもなるんだから、頼むぞー」


「……ぐーぐ……え? 本当に? 桃くんが従者になって、一緒に行ってくれるの?」


 寝たふりをしていたコムギは、ぱっと上体を起こした。巡礼の旅にはルールとして、『従者』という存在が1名のみ同行を許可されている。正しくは『巫女の護衛をするに相応しい能力を持った1名』である。


 世界に他種族が台頭してきた頃から、人間の中で、不思議な力を持つ者が生まれるようになった。そうした超能力者ともいえる者たちを『ジョブ持ち』と呼んでいる。これまで確認されているジョブの種類は300ほど。基本的に同じジョブ持ちが同一時期に存在することはない。例えば『巫女』もジョブの一つであり、300年に1度1人だけが生まれるのが習わしで、同時期に2人は生まれてこない。本来なら『パラディン』と呼ばれるジョブ持ちの帝国の将軍が、今回の巡礼の旅に、従者として同行するはずだった。将軍は年老いてはいるが、強力な八百神を使役できたりする。その武力は一騎当千に値する。しかしながら昨日ぎっくり腰となり、動けなくなってしまった。その為、僕が急遽で『従者』役に選ばれたわけだ。なお、僕もジョブ持ちの人間である。僕のジョブは『道具使い』と呼ばれているものだ。このジョブの能力は、僕しか使えない特別な道具を使用できる、といったチート能力ではなく、道具やその素材と心で会話ができるといった能力――つまりは『説明書がなくても初見の道具をなんとなーく使える』といったものだ。この能力を生かして『魔道具』と呼ばれる超テクノロジー道具の開発を行うのが、歴代の道具使いの主な生き方になっているが、いわゆる研究職なジョブであり、戦力でいうなら『パラディン』と『道具使い』の比較は、月とスッポンだ。しかし、それでもなんとかなるだろう、というのが王の意見である。僕も今朝、従者役に任命されたばかりで、正直な気持ちとして、戸惑っていた。


 ふと前を見ると、コムギがベッドからおりていた。


「だったら行こうかなーっと」


 おや? コムギの気が変わった様子である。


「おう。早く準備しろー。行くぞー」


「でも、やっぱり面倒くさーい。乗り気じゃないんだもーん。やっぱり、やーめたっと」


 コムギは再びベッドに戻り、布団をかぶった。


 ………………。


「こら。ベッドに戻るな! 寝るなっ! おめーは僕が運転するワゴンに乗ってるだけでいいんだ。目的地の塔に到着した時に、祈りを捧げるだけで構わねーんだからな。難しいことじゃねえだろ!」


「……私、ずっと車の中にいてもいいの? 車内で、ぐてぐてしてていいの?」


「おう。約束するぞ! やることをきっちりとやるのなら、それ以外は何していても構わねーよ。文句は言わないぞ」


「だったら……行こうかな。と、見せかけて絶対、行かなーいっと」


 コムギは亀のように頭にも布団をかぶせ、丸くなった。僕はその布団を、えいや、と剥ぎ取り、コムギをベッドから引きずり落とした。

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