縣犬飼大伴─草鞋は定義的にはサンダルらしいですよ

第04話 サンダルでダッシュ! 【大法螺葦原国史】

 縣犬飼連大伴あがたいぬかいのむらじのおおともにとって、彼女はまさに紫の上だった。

 まだ幼かった彼女に一目で恋をした。

 手元に引き取ってからは、朝な夕なに目をかけて、手ずから全ての世話をして、夜は彼女を見守りながら眠った。

 大伴の愛情をたっぷりと注ぎ込まれ、彼女はすくすくと育った。

 名前は、サキと名付けられた。


 大伴はサキに夢中になった。

 前髪から覗くつぶらで大きな黒目勝ちな瞳はあどけなく、その目を向けられると胸がきゅうと縮こまったように締め付けられて、頬を撫で上げたり、首に腕を回したりと、とにかく彼女を抱きしめずにはいられなかった。

 お腹はぽっこりとしていたが、それも、たふたふとした感触が、なんとも気持ち良かった。

 背から腰、尻を撫でてやると、サキは、いやいやをするように首を震わせていたが、大伴には、彼女がそれを嫌がっているのではなく、そうされるのが大好きなのだという事が解っていた。



 舎人とねりである大伴の主人は、名を大海人皇子おおあまのみこといい、皇太弟であった彼は、彼の兄の葛城天皇かつらぎのすめらみことが、彼の嫡子の大友皇子おおとものみこに位を譲る為、自分を殺そうとしている事を知り、病を理由にその称号を辞して出家する事を願い出て、それを許された。


 大伴は、主人に従って、近江朝廷のある大津宮おおつのみやから隠棲先の吉野宮よしののみやへ向かうのに、サキも連れて行った。そして、その道中のとある山中で、ついに彼女にし掛かった。

 それまで、大伴から身体中をくまなく撫でられ、磨かれてきた彼女だったが、いきなり負ぶさってきた彼の重みに、驚きととまどいを感じ逃れようとしたが、大伴にまたがられた上、彼女のあばらの辺りを膝で挟むように締め付けられてしまっては、サキは、大伴に従順になるより他はなかった。


 吉野宮に到着した大海人皇子は、

「私はここで、仏道の修行に勤しむ。名声を求める者は大津宮に戻り、それぞれの役所に仕えないさい」

 と、言った。

 ここまで共に来た舎人達の内、半数ぐらいは大津宮に帰っていったが、大伴は、ようやく一つになれたサキに、それまで以上に夢中になっていたので、大津宮に帰ってサキから目を離すより、サキと四六時中共にいる為に、吉野宮に残る事を決めた。


 大伴は、それまで以上にサキに愛情を注ぎ、丁寧に世話をした。舎人の人数が少ない分、思っていたよりは忙しかったが、それでも、大津宮に戻るよりは、時間に余裕があり、彼女の舎で寝る事も許された。


 大伴は、サキを連れて吉野川に水浴びに出かけたが、手入れの行き届いた美しい彼女の姿に、他の舎人達も思わず振り返る程になっており、大伴は、そんな彼等から彼女を守る為、より彼女の傍に寄り添った。

 


 ある夕方。

 大伴は、彼の従弟にあたる縣犬飼連東人あずまびとと、サキの寝る舎の外で酒を呑んだ。


「サキは別嬪だな」

 東人がそう言うと、大伴は、ふふんと鼻の穴を膨らませ、

「おうよ。あれ程、可愛くて良い子が他にいるもんか。俺が育てた最高の子だ」

 大伴は、そう言ったのを皮切りに、いかにサキがいい女であるかを力説した。

「ああ、本当に…あの子を初めて見た時から、『この子は他の子とは違う。絶対、素晴らしく育つ』と思った、俺の目に狂いはなかったよ」

 上機嫌で話続ける大伴に、東人は、

「なぁ、従兄にいさん」

 と、呼びかけた。

 東人は、彼の父親が亡くなってから自分の後見をしてくれている大伴を『従兄さん』と呼ぶ。

「うん?」

「…あのな。従兄さん…」

「うん? なんだ?」

「……その…一度でいいんだ」

「うん? 何がだ?」

 大伴は、東人が言いよどんでいる間に、椀の中の酒を開け、手酌で継ぎ足した。

「その…俺、サキに……乗ってみたい」

 東人が、ぼそりとそう言った瞬間、大伴の手が止まった。

「従兄さんが、サキを本当に大事にしているのは知ってる。本当は、誰の目にも触れさせたく無いと思ってる事も。…でも、従兄さんの言う通り、サキ程の別嬪は他にいない。そして、俺はサキに跨る従兄さんを見てる。だから、男なら、一度ぐらい乗ってみたいと思うのは普通だろ」

 東人の言葉を聴きながら、大伴は静かに椀を地面に置いた。

「じゃあ、お前。俺が三千代みちよに乗ってもいいんだな?」

 静かな、それでいてドスの利いた声だった。

「へっ?」

「俺が、三千代に跨っても文句はねえな?って聞いてるんだ」

「えっ? 何、言ってるの従兄さん?」


 縣犬飼三千代あがたいぬかいのみちよ

 東人の娘で、後に藤原不比等ふじはらのふひとの継室となり、大海人皇子の曾孫の皇后となる娘の母となる。しかし、この時はまだ10歳に満たない少女であった。東人が吉野宮に残ったのは、彼の妻が、大海人皇子の正室である鸕野讚良皇女うののさららのひめみこに、気が利く采女うねめとして気に入られており、三千代も女孺めのわらわとして働いていたからである。


 東人は狼狽えた。

 普段は優しくて、本当の父のように親身になってくれ、大抵の事であれば無理を聞いてくれていた従兄が、ここまで怒ったところを見た事が無かった。

 眉尻を大きく吊り上げ、眼光が鋭い。先刻までの上機嫌が嘘のようであった。


 東人が瞳をぐるぐるさせていると、大伴は、鼻息をフンッと出し、普段、東人に向ける柔らかな表情に戻った。

「いいか。俺にとってのサキは、お前にとっての三千代と同じくらい可愛くて大切な存在なんだ。簡単に『乗せてくれ』なんて言うもんじゃない」

「………ごめん」

「なに。解ればいいんだ。…さて、もうすぐ日も落ちる。お前も、嫁さんと三千代の所へ帰れ」

 大伴は立ち上がり、尻についた土を払い落とし、「うん…」と気の無い返事をする東人の頭の天辺に手をやし、髪の毛をぐしゃぐしゃにした。

 大伴にされるがままになっていた東人だったが、「……あっ」と声をあげ、俯いていた顔を斜めに上げながら、大伴を見上げる。

「そうだ!」

「あっ? なんだ?」

 急に顔を向けられた大伴は、東人の頭から手を引っ込めた。東人は、すぐに思い出した事を言おうとしたが、言い淀んだ。それを伝えるのは、大伴の顔を曇らす事になる事は間違いなかったからだ。しかし、注意喚起の意味も込め、口にした。

「あの…知ってるかもだけど…志摩様も、サキを狙ってるよ」

 案の定、大伴は、片方の眉山をピクリと動かした。


 逢臣志摩あうのおみのしまとは、大伴と同じく、吉野宮に残った舎人の一人である。但し、縣犬飼氏が、職務で天皇家に従属し、氏姓を与えられたむらじであるのに対し、逢氏は、天皇の右腕として信頼され、重宝された国造くにのみやっこの子孫で、その功績により氏姓を与えられたおみであった。だから、同じ舎人といっても、志摩の立場は遥かに上で、彼は、大海人皇子に近侍していた。


 東人の話によると、志摩は、それをサキの事だとは断定してはいないが、『しりを振って誘惑してくる』だの、『彼女の主人には自分こそが相応しい』などと言い、最後には、

「私のモノにしてみせる」

 と、戯言ともいえぬ口調で締めくくるのだそうだ。


「………そうか…志摩様が……」

 大伴は、手を顎に持っていき伏目がちに何かを考えこんだ。しばらく、そうしていたかと思うと、空を見上げ、

「よしっ! わらで履物を作ろう!」

 と、言った。

「へっ?」

 東人は首を傾げ、何故、大伴がそういう結論にいきついたのか解らなかった。


 ◆◇◆


 辛未かのとひつじの年。新年を迎える前に葛城天皇が崩御した。

 ユリウス暦においては672年になっていたが、当時の暦では12月であった。さりとて、大海人皇子は、吉野宮から出るような事もせず、大伴も、変わらずサキを愛でて過ごした。


 事が動いたのは夏だった。

 それまでにも、近江朝廷側からの監視の目に晒されたり、大海人皇子の暗殺を目論む者達がいないでも無かったが、あちらからスパイが送り込まれているのと同様に、大海人皇子も、朝廷側の様子を伺っていた。朴井連雄君えのいのむらじのおきみという大海人皇子の舎人が、大友皇子が、葛城天皇のみささぎ造りを隠れ蓑に、兵を集めて武器を持たせ、吉野宮で暮らす者達の食糧も塞き止めようとしている事をつきとめて、報告した。


 怒りに燃えたのは、むしろ大海人皇子の正室である鸕野讚良皇女だった。大伴が直接見たり聞いたりしたわけでは無いので、彼の耳に入ったのは伝聞になるのだが、彼女は優雅な笑みを浮かべて、

「貴方。っておしまいなさい」

 と、仰ったのだそうだ。


 彼女は、夫にベタ惚れな子煩悩な母親だったので、彼女にとって、夫や子供に害を成そうとする者は、例えそれが彼女の異母弟であっても、虫ケラにも劣る存在であったのだろう。

 彼女の後押しを受け、大海人皇子は、大友皇子を討ち、天皇になる事を決心した。この瞬間、葦原国あしはらのくには二朝に分断された。


 大伴が、その事を耳にした時、志摩は、大海人天皇の命令を受けて、大分君恵尺おおきだのきみのえさか黄書造大伴きふみのみやっこのおおともとの三人で、倭京わきょう留守司とどまりまもるつかさ高坂王かたさかのおうから駅鈴うまやのすずを貰いに行っていた。


 駅鈴とは、官道に設置された駅家えきかを公用で使用する為の身分証明書のようなもので、これを鳴らす事で、駅家で飼育されている駅馬えきばを使用させてもらえたり、馬や人間の食事の提供、宿泊や休憩などをさせてもらえる鈴である。


 翌朝。

 志摩は、黄書大伴と二人で吉野宮に帰ってきた。

 二人で戻ってきた時点で、説得に失敗した事は解っていた。

 朝廷が大海人天皇を討とうと準備している事は、倭京にも伝わっていただろうし、朝廷に反旗を翻す為に、公用で使用する馬鈴を貰おうというのだから、その命令が成功する可能性は限りなく低かったので、失敗した場合、恵尺は近江に向かって、大津宮にいる大海人天皇の二人の皇子を連れ出す事を命じられていた。

 

 高坂王を口説きに行った事で、大海人天皇が、朝廷の不穏を感じ取り謀反を計る準備をしている事が、朝廷側に知れるのも時間の問題となり、もう、この吉野宮にはいられなくなった。


 大海人天皇は、雄君おきみからの報告を受けた後、三人の舎人に東国で兵を集めるように命じていたので、向かう先は東国なのだが、いざ吉野宮を捨てて東国に出向くにあたり、その移動手段として、大海人天皇や鸕野讚良皇女は輿に乗せて運ばなければならない。運ぶとなれば担ぎ手が必要になる。しかし今、この宮には、舎人が十数名しかおらず、他の荷駄もあり、輿一台運ぶのがようやくの人数しかいなかった。


 志摩が、宮殿の中で、大海人天皇に復奏している時、大伴は、吉野川の岩場で、サキに大津宮から吉野宮まで来た時と同じ装束を着せていた。そこに、東人と、大伴の息子の縣犬飼連禰麻呂ねまろがやって来た。


「従兄さん。こんな所にいたのか」

「…父さん。大海人様が…って、わぁ。サキ。綺麗にしてもらったなぁ」


 坂を降りて来た二人の目に映ったサキは、上等とは言えないまでも、面懸おもがい胸懸むねがい手綱たづな障泥しょうでいくらあぶみ、といったものを身につけ、彼女自身の醸し出す魅力と相まって、神馬といっても過言ではない立派な姿をしていた。

 彼女は、毛並みも艶やかなスタイル抜群の木曽馬の牝馬であった。


 サキの支度を終えた大伴は、足元に置いておいた麻の巾着袋を拾いあげると、その袋を、自分達の傍までやってきた東人に向かってほり投げた。受け取った東人が、巾着の口を広げると、中には沢山の草鞋わらじの様な物が入っていた。

 この時代、まだ草鞋は無い。大抵の人は裸足だった。


「東人。すぐに国栖くずの若い衆を10人ばかり集めろ。集めたら、袋の中の物を足に履かせて、車駕しゃがを担いで俺達を追え」


国栖とは、吉野に住む住人達の事である。大友皇子からの暗殺者から大海人天皇の命を守れたのは、彼等のお陰だと言ってもいい。

又、車駕とは、天皇の乗る輿の事をいう。本来なら、その形状も決まっており、今、吉野宮にある大海人皇子の輿は、それとは別物であるが、大伴は、彼が天皇となった瞬間から、彼の輿を車駕と見立てて、そう呼んだ。


「え? 何? 従兄さん。どういう事? …って、うん。志摩様にも命じられたけど…それは、従兄さんも一緒に…」


「裸足だと、峠を全速力で走るのはキツい。だが、それで足を守っていれば、…そうだな。津振川つふりがわ辺りで追いつくだろう」


「は? そんな…無理だよ」


「無理でもやれ。…俺は、サキに大海人様を乗せさせる」

大伴の言葉に、東人は、目を見開いた。

「大海人様は主人だ。しかも天皇になる事を決められたからには、間違いなく天皇になられる。だから、太陽が頭の上にある内は我慢しよう。だが…それ以降になると…ああ、大海人様に皇女様は、いらっしゃらないか…さて…そうすると…」


東人は、大伴の話の途中で、巾着の袋を締めると、禰麻呂の腕を引いて駆け出していった。



 ◆◇◆


 吉野宮では、鸕野讚良皇女が輿に乗る事は決まっていたが、他の者達の移動手段で揉めていた。

 志摩は、しきりに自分が倭京から乗って帰った馬に大海人天皇を乗せようとしていた。

「天皇になられようというお方が、駄馬に乗るなどあり得ません。その点、私の馬ならば、鞍も鐙もつけた、立派に設えておりますから、どうか、御乗り下さいませ」


 志摩の馬は、確かに立派な馬だった。しかし、日頃からサキ程の手入れはされておらず、しかも、今朝方、彼を乗せて倭京から戻ってきたばかりで、大いに疲れており、更にこれから峠を越えるとなれば、果たして、耐えられるのかどうかが不安なところだった。


「では、志摩。お前は、どうする? お前は徒歩かちで行くのか?」

「はい。もちろんそのつもりでございます。…ああ、いや、そうだ。縣犬飼の者達には、大海人様の輿の担ぎ手を探させに行かせておりますから、彼等の馬が残っております。私は、その馬に鞍をつけて遅れて馳せ参る事に致しましょう」


 志摩は、うまうまとサキに乗る理由づけが出来たと思っていたが、大海人天皇は、その言い分を鼻で笑った。


「なるほど。そうして大伴の馬サキを奪い、お前のよれよれの馬のせいで、峠を越えかねている私を殺害し、良い馬と私の首を土産に近江王朝に戻る腹積りだったのだな」


「はっ? 大海人様。一体、何を?」

志摩がそう言って、大海人天皇に近づこうとしたところを、黄書造大伴と、同じく舎人の大伴連馬来田おおとものむらじのまぐだが、彼の両腕を掴み、戒めた。


「ふんっ。本当は、もっと早くに私の殺害を目論んでいたのだろうが、あの美しい牝馬を欲しくなり、今まで、行動に起こせなかっただけだろう。大伴県犬飼は、とっくにお前の正体に気づいていたさ」


大伴が、サキに夢中であった事に間違いはない。そして、他の者達の目には、大伴が碌に仕事もせず、日がな一日、サキの世話に明け暮れている様に映っただろう。しかし、彼は、サキを駆けさせながら、近隣の様子を伺い、大海人皇子を禍から守っていた。

大化の改新で廃止されたが、縣犬飼氏は、代々、天皇の直轄地である屯倉みやけを守衛する組織を束ねる一族であった。


大海人天皇は、志摩の始末を二人に任せ、徒歩で吉野宮の正門を潜り、そこで待っていたサキに乗り、大伴に手綱を引かせた。


 ◆◇◆


 大海人天皇一行は、無事、峠を越え、津振川の辺で休憩を取っていた。いくらサキが素晴らしい馬であったとしても、大津宮で過ごしていた時から輿に乗っていた大海人天皇の尻は、久しぶりの鞍と山道のせいで、限界に近かった。


そんな時、彼等の後方から「うぉーーーーっ」という音声と共に、東人を先頭、禰麻呂を最後尾に、草鞋を履いた若者達が大海人天皇の輿を担いで峠の道を降りてきた。


東人は、休憩を取っている大海人皇子の前に進み出て、


「(ゼーッ)大海人天皇に(ハーッ)申し上げ(フーッ)奉り(ハーッ)ます。(ヒーッ)この通り、(フーッ)輿の担ぎ手(ハーッ)集いましてございます(フーッ)れば、最早、騎乗は不要。(ゼーッ)どうか、輿…いえ、車駕にての移動が相応と思われます…(ヒーッ)」


息も絶え絶えな上奏に、大海人皇子は、一瞬、ぽかんとしたが、東人の必死の形相に、

(ああ、俺は、いい部下を持ったなぁ)

と、破顔一笑した。


東人の後ろでは、

「すげーっ。これ履いてたら、足、全然、痛くねー無いよ」

と、国栖の若い衆達は、自分の足の裏を草鞋越しに揉みながら感心しっ放しであった。


ちなみに、彼等は、志摩の始末を終え、彼等より先に吉野宮を後にした、黄書造大伴と馬来田を途中で追い越していた。両名が、車駕に乗った大海人天皇一行に追いついたのは、菟田うだ吾城あきという場所であった。


 ◆◇◆


 壬申の乱の戦後処理の一切合切が終わった翌年、大海人天皇は、病気にかかった大伴を見舞う為、彼の家を訪れた。大した病では無かったが、もしもの事を考え、不敬だとは思いつつも寝殿の中には入れず、ひさし──屋根の下のテラスで、円座わろうだに座って貰った。

 大伴は、筵の上で居住まいを正そうとしたが、大海人天皇は、それを制して横にならせた。


「なぁ。大伴」

「はい。主上おかみ

「一つ…聞いていいか?」

「はい。なんなりとお尋ね下さいませ」


 大海人天皇は、長い間気になっていた事を聞いてみる事にした。それは、吉野宮から峠を越えて津振川で休んでいた時の事だ。


「あの時…東人は、なんであんなに早く人を集め、車駕を担いで追ってきたんだ? もちろん、お前のサキに乗っているのは、申し訳ないとは思ったが、それでも、夜までは借りる事になるだろう。と、俺は思っていたんだ」


 大海人天皇の問いかけに、大伴は、顔の皮を外側に向けて引っ張られた様な表情をした。

「あ、え…と、それは…」

 しどろもどろになる大伴に、大海人天皇は、にやりと笑い

「皇后は、お前のサキのように、大人しくも従順でもないぞ。あの悍馬かんばを御せるのは、俺以外にはおるまいよ」



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 後書


 自主企画

 主催者:香鳴裕人 様

[第2期] 同題異話SR -July- 『サンダルでダッシュ!』


 参加用書下ろし作品です。

 キャッチコピー『草鞋は定義的にはサンダルらしいですよ』



 逢臣志摩さん。すみません。

 彼がスパイであったとか、そんな史実はありません。


 大友皇子を、葛城天皇天智天皇の崩御後も、皇子表記しているのは、吉野宮にいる人達は、近江朝廷内で大友皇子が、天皇になったのかどうかを知らないからです。

 又、天皇という名称は、少なくとも天武天皇が、きちんと即位した後の事なので、恐らく、この時は、大海人大王と表記しないといけないんでしょうが、面倒臭がりました。


「大海人皇子に皇女がいない」という台詞を言わせてますが、十市皇女は、近江朝廷側にいるので、“傍にはいない”という意味です。

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