放課後の彼女

 午前中の授業が終わり昼食の時間になった。

 とは言っても午前中は事情説明もあったので、ほとんど参加できてない。


「派手にやられてんなー、大丈夫か麟弥?」


 ご飯を食べよう弁当取り出した僕に親友の飛馬あすまが話しかけてきた。

 顔はアイドル顔のイケメンであり、背は僕より少し小さいくらいで制服の着崩した男。

 彼は三好飛馬みよしあすまという名前であり、中学からの同じ学校である。


「5対1って卑怯な手を使うよなー」


「まぁ骨も折れてないし、大丈夫だよ」


 近くの席から適当に椅子を取り僕の席に座った。僕たちの姿を見た一部の女子たちがざわつき出した。

 前に気になり尋ねてみると、いわゆる腐女子たちのネタにされていたらしい。


「みてみて、あの2人あんなにくっついてる!」


「やっぱり飛馬×麟弥よねー。はぁー、たまらないわ!」


 こっちに丸聞こえだよ。最近周りからそう見られてしまうから、たまったものではない。

 隣の席の蒼葉さんを見るとコンビニの袋を持ちどこかへと行ってしまった。

 そういえば、いつもコンビニの袋持ってどこか行ってたな。

 今まで認識をしていなかったことが、先程の一件で目に見えるようになった。


「どうしたんだ麟弥」


 飛馬は僕の顔を覗き込んできた。いきなりで驚いてしまったが、腐女子たちはますます喜んでいた。


「いや、なんでもないよ」


「そうか?まぁいいや、飯食おうぜ飯!」


 飛馬は弁当を広げて食べる準備をしていた。

 僕もカバンから弁当取り出し、広げて食べることにした。


 ◇◇◇◇


 午後からの授業はお腹いっぱいなこともあり少し眠かったものの、頑張って受けた。

 朝の怪我もだいぶ痛みもとれてきたので、良かったと思えた。

 放課後になるとみんな各々部活やら、バイトやらで解散していったが、僕は帰宅部なので帰ることにした。


「じゃあな麟弥」


「おう、部活頑張れ」


 飛馬はバスケ部に所属しているので、部活にいった。ちなみに司は風紀委員会に所属しており、今日は委員会活動で一緒に帰れない。

 そのため仕方なく1人で帰ることにした。


「あー、家帰ったら白夜姉になんて言われるかなー」


 1人なのでつい独り言を言ってしまう。やはり1人はつまらない。何か面白いことでもないかな。

 帰り道をのんびりと歩いていく。部活は特に入りたいものがなかったから入らなかったし、委員会も司に誘われたりしたが、自分には合わないと思い断った。

 そんなこと考えていると、どこか見た事のある後ろ姿を見つけた。


「あれって…蒼葉さん?」


 僕の視線の先にいたのは、隣の席の蒼葉さん。今日不良たちから助けてくれたから恩人である。

 彼女も帰宅部だったんだ。今まで帰り道会うことがなかった知らなかった。


 学校に行く際に必ず通る交差点の近くで彼女を見つけた。

 後ろ姿がたくましいなと思わず思ってしまったが、彼女の近くに杖をついた年配の女性がいた。

 信号が青に変わったものの、足取りは重く前に進んでいるようには感じなかった。

 すると、蒼葉さんはそのおばあさんのところに寄っていき、今朝僕にやってくれたようにおんぶをして信号を渡って行ったのだった。


「蒼葉さん…」


 不良としてみんなに恐れているあの蒼葉さんが親切をしているのを見て驚いた。

 驚いたというのは失礼ではあるものの、そんなことするイメージがあまりない。


「ありがとう…」


「いいよ、それじゃ車に気をつけて」


 彼女はニコッと笑顔を見せておばあさんの元から去っていった。

 僕は赤信号になった交差点でその姿を見つめていた。

 何となく僕の中で彼女のイメージが変わっていった。

 それにあんな顔をするんだ。

 彼女のことが少し気になった。しかしあいにくその行く手は赤信号に阻まれる。

 少し待つと信号が変わり、急いで渡って行った。

 まだそれほど遠くはずはない。気になって彼女の後をつけることにした。


「多分この道だったはず…」


 僕は夢中でストーキングをした。こんなのどう考えても犯罪ではあるものの、それを思わせないほど彼女に興味があった。

 駆け足で探していると、蒼葉さんの後ろ姿を見つけた。

 あらゆる店が立ち並ぶ地蔵坂。そこは水景市でも古くから、商いの中心とされていたところで、老舗が多い。もちろんコンビニもバーもあるが。

 その地蔵坂にあるペットショップで蒼葉さんは足を止めた。

 ショーウィンドウに両手をつけて何かを見ていた。


「何見てるんだ?」


 気になったので近づいてみると、そこには小さな犬や猫たちがケージ入れられそこにいたのだった。

 彼女を顔を見ていると、普段の不貞腐れたような顔ではなく、とろーんとした、動物の可愛さにやられた表情をしていた。


「あー、癒される…。お前らは本当に可愛いなぁ…」


「動物好きなんだ…」


 今の蒼葉さんはなんだか可愛かった。いつもとのギャップというのか、あんな人もだらしない顔になるんだなって思えた。

 ちょっと意外な一面を見れて嬉しかった。


「あぁ、飼いたいな、愛でたいな、抱きしめたいなー」


 普段の彼女の声よりも高く可愛らしい声でそう言った。

 うちは猫を飼っているからそうなる気持ちはわかる。可愛いし、癒されるから。

 しかし僕は彼女の顔に油断をしており、自分がストーキングをしていること忘れていた。


「あ…」


「あっ…」


 ふと目が合ってしまった両者。その出来事になんとも言えないような状況になってしまった。


「おまえ…見てたな?」


「あ、その…は、はい…」


 蒼葉さんは顔を赤らめて恥ずかしそうにしていた。そして、またいつもの鋭い目付きに変わり


「ちょっとツラ貸せ」


「はい」


 絡まれてしまった。


 ◇◇◇◇


 人目のない裏通りに連れていかれた。


「さて、最後に言い残すことはあるか?」


「あの、助けてください…」


 拳をゴキゴキと鳴らした。そして顔には怒りマークが浮かんでいた。

 これはどうしようもない。逃げようと思っても身体が動かない。

 まるで蛇に睨まれた蛙のようである。ただ食われるのを待つだけの哀れな状態と同様だ。


「たまたま見かけたから…」


「たまたま見かけて、なんで隠れる必要がある?」


 一歩一歩とこちらへと近づいていく。死へのカウントダウンである。


「と、とりあえず、その拳をおさめて?僕も動物好きだし!」


「ち、違う!!私はただ、その…美味そうだなって思ったんだよ!?」


 嘘である。おもいっきり可愛いって声を聞いたから。動物好きは別に悪いことではないのにな。


「でも蒼葉さんは可愛いって言ってよね?」


「ほぅ…聞いてたんだな…なら話は早い」


 刹那、彼女の殺気を感じ取りギリギリだが避けることができた。

 彼女は一般人では反応ができないであろう、鋭いパンチを打ってきたのだった。


「避けただと…」


 蒼葉さんは自分のパンチが当たらなかったことに驚きを隠せていなかった。

 こっちも死にたくないからよけれるものは避けるに決まっている。


「うりゃぁぁぁ!!!」


 次は左のミドルキック、鋭さはあるもののよけれないものではない。また先程の同様にかわそうとした。

 しかし、微かな違和感を感じた。それは左のミドルキックと同時に本来ならば使うはずのない左の拳も同じように飛んできていたのだ。

 これは避けることができない。僕はキックとパンチを両方ともくらうことになってしまった。

 幸いガードはしたので最小限のダメージですんだのだが。


「すりゃあぁぁ!!!!」


 とにかく一つ一つの動きが速いうえに鋭い、まともに喰らえばTKOを食らうことになる。

 応酬を何とかかわしていくものの、次から次へと攻撃がやってくる。


「ちょ、ちょっと待って!!本気で殺す気なの!?」


「当たり前だ!生きて返すつもりはない!!!」


 勘弁して欲しい。どうしてペットショップでの姿を見ていただけでここまでのことをされなければならないのか。


「っ…!!(おかしい…。なぜ攻撃当たらない…)」


「うわっと!!このままじゃ拉致があかない…!!あ…」


 避け続けているうちに壁際まで追いやられていた。

 背後はもう壁で左右も建物に塞がれていた。避けるには狭すぎる。


「でやぁぁぁ!!!」


 彼女のライダーキックが僕に襲いかかる。まるで矢のような鋭さとも言うべきか。

 僕は某映画マト○ックスのようにキックを回避しようとした。その際に偶然だが、彼女のスカートから黒色のパンツが見えてしまった。


「なっ!?」


「うわっ!!」


 蒼葉さんのライダーキックは何とか壁に突き刺さっていた。僕はという腰を低くし反った体勢でギリギリかわせていた。

 しかし彼女の靴が脱げて僕の顔に彼女のおしりが落ちてきた。


「ひゃぁん!!!」


「ぐはぁ!!!!!」


 仰向けになった僕の顔の上には蒼葉さんの柔らかいおしりがあった。

 そのやわらかさに思わず触り感触を確かめたくなってしまった。


「ひゃぁ…あぁっ…!!」


「柔らかい…」


 蒼葉さんの可愛らしい声が聞こえた。

 僕はその声を聞き思わず可愛いと思った。

 先程のペットショップの時と同じギャップ萌えと言うものだろうか。

 とにかくこえだけでも可愛かった。彼女が恥ずかしそうに顔を赤らめている顔が浮かび上がる。

 ようやく、おしりをどかして立ち上がった蒼葉さんだったが、彼女は恥ずかしがりながらも僕を汚いものを見るかのような冷ややかな目で見ていた。


「ぶっころす!!!」


「ま、ま、ま、待って!!タイムタイム!!!?」


 今は仰向けの状態でありちなみに言うと蒼葉さんの黒のパンツがまた見えている状況だった。

 でも今はそこを気にしてはいられない。


「話を聞いて欲しい!お願い!!!」


「っ……!!!、、わかったよ…」


 何とか落ち着いてくれたようだった。正直無理だと思っていたが何とかなった。

 とりあえず、場所を少し変えた。近くの公園のベンチに移動しそこに座った。


「朝は助けてくれてありがとう」


「だから、別にお前を助けたわけじゃねぇよ」


「でも保健室までおぶってくれたでしょ?」


 彼女は不良だの言われているが優しいと思う。確かに殴りかかった怖かったりするものの、嫌いになれない。


「別に…たまたまだよ…」


「蒼葉さんって動物好きなんだね」


「ち、違うだから美味そうだなって…」


「それはさっき聞いたよ」


 イメージを壊されたくないのだろうか?頑なに否定していた。


「あの猫可愛いよね」


「あ!だろ!?あの瞳がたまらなく可愛いんだよ!?こうな、ぎゅっとしてあげたいって言うか!!……はっ!?」


「ははは。動物好きなんだね」


 蒼葉さんは俯きながらコクリと頷いた。


「うち猫飼ってるから気持ちがわかるよ」


「ね、ね、猫飼ってるのか!!?」


 猫を飼っていることを話題に出した瞬間急に食いついてきた。

 目をキラキラ輝かせながら、普段彼女の冷めたような目とは違う生気があった。


「1匹ね。うちの姉が貰ってきた猫だよ」


「いいなー。うちも飼いてぇけど、ババアがダメだって言うんだよ…」


 ババアっておそらくお母さんのことなのかな?まぁ柱のボロボロにしたり障子ぶいたりやんちゃなところあるけど。


「いいなぁ…私も猫を欲しい…」


「あははは…。そうだ今度うちの猫見に来る?」


「え?いいのか?」


「いいよ、うちの猫人懐っこいからすぐに仲良くなれるよ」


 ぱぁーと笑顔の蒼葉さん。可愛いかった。こんなに表情に変化があるなんて思わなかった。

 どうして学校ではいつもあんななのだろうか。


「蒼葉さんはどうして不良なの?」


 直球の質問をしてみた。


「気づいてたらなってた…」


 すっごい適当な答えだった。もう少し、ディープな理由でなったのかと思いきやまさかの本人の無意識でとはおかしく感じた。


「この生き方が楽なんだよ。自分にしっくり来るというか…」


「そうなんだね」


「そういえば怪我大丈夫なのか?」


 少し心配そうな顔で僕に質問してきた。


「それならもう平気だよ。さっきあれほど動けてたでしょ?」


 危うく殺されそうだったが、まぁおしり触ったこともあるからおあいこにして欲しい。

 それにあの程度の怪我なんて1時間あればほとんど治る。


「さっき思ってたけど…お前よく私の攻撃をかわせたな。普通の人間ならまず回避は不可能なはずだ」


「避けるのは得意なんだ。死ぬのはまっぴらだから」


 しかし、どれも紙一重であった。1歩間違えれば病院送り免れない一撃ばかりだった。

 さすがは蒼葉さん。確か二つ名?みたいなものがあったはずだ。





「碧眼の龍」それが蒼葉辰美の二つ名である。彼女特有の碧眼と名前の辰から連想された名前である。

 彼女はこの水景市に住む人間ならば知らないものはいない。

 不良達を容赦なく叩きのめすその姿から恐れられており、不良たちの世界では目をつけられた死を待つしかないと言われているほどである。

 しかし、麟弥は目をつけられたにも関わらず奇跡的にこれを退けたのである。



「私は喧嘩には一度も負けたことない。全戦全勝の負け知らずそれが私、蒼葉辰美」


「そういう話は興味無いから知らなかったよ」


「な、何?知らないだと!?「碧眼の龍」のこの私だぞ!?」


 冗談だろという目で僕を見ていた。でも知らないのは知らない。

 ちらっと小耳に挟むことはあるがそんな情報は消してきた。

 それに暴力は嫌いである。暴力というのは規模を大きくしてしまえば戦争に変わる。

 暴力ほど、愚かなものはない。暴力とは弱い人間使う手段である。


「蒼葉さんは殴りかかったりした事あるの?」


「いや、私は自分からはいかない。別にふっかけようとは思わないから。相手が仕掛けてくるなら別だけど…」


「そうなんだ」


 蒼葉さんはそういうと立ち上がり、拳をシュッ素早くと空を打った。


「ただ、強い人間ではいたいな」


「どうして?」


「ん?それは…。あ!やべぇ!?もうこんな時間だ!!!」


 ふと蒼葉さんは腕時計を見て慌てた様子になった。カバン持ち帰る準備をしていた。


「すまん、用事があるから帰る!」


「あ、ちょっと!」


「またな…。えっと神室木?」


「そうだよ」


 彼女は軽く手を振って公園を後にした。

 蒼葉さんがいなくなったあとの公園の他に向こうの遊具で遊んでいる子供たちの姿くらいであった。しかし、どうやら遊びを切り上げて帰るようだった。


「さてと、僕も帰るとするか…」


 彼女の強い人間でいたい理由。それはまた別の機会で聞くとしよう。

 家に早く帰らないとお腹をすかせた姉たちが待っているだろうな。




 金髪の髪をなびかせて走っている少女はふとある1人男のことが頭によぎった。


「神室木か…。悪いやつでは無さそうだな…」


 少しニッコリ笑い、家路を急いだのだった。



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