第3話

11月1日、残業を終えたヒメは駐車場で待っていた浦見の車に乗って、いつもの道の反対方向に向かっていった。

「あなたのことをどう思っていいかわからない」

「元々、わかっていた口ぶりですね」

「ケンカ売ってるの」

「先輩には感謝してほしいんですよ」

アパートにつくと、40代ほどの女が二人待機していた。ブラウンのジャケットを羽織った女と冬が始まりそうなのにも関わらずディズニーランドのTシャツのみという変わった女だった。

「はじめまして」ジャケットの方が話し始めた。「瀬川です」

Tシャツの方は「矢沢です」といって、座布団をさしてどうぞといった。

浦見は「矢沢さんはシングルマザーで忙しいのでできればスムーズに」と耳打ちした。


「ヒヨドリから聞きました。ふざけて彼の眼鏡をかけたら化物で驚いた、と」

「ヒヨドリって、だれかの名前ですか」

「いや、その辺に飛んでいるでしょ? 鳩みたいなサイズの鳥ですよ」

「馬鹿にしないでください」

「眼鏡をかけたら恋人が爬虫類でしたぁ、みたいな体験をしておいて、まだ現実にすがってるんですか」呆れたように瀬川がつぶやくと、一枚の写真が差し出された。

「知らない男性です」

「私の旦那です」瀬川が言った。「この人も人間じゃありません。本当は全身が鱗に覆われています。リザードマンといえば通じますか」

「言いたいことはわかりますよ」ヒメは目をそらした。

「今も一緒に暮らしています」

「あなたも眼鏡をかけたんですか」

「いえ、私は赤ワインの入ったグラスの向こうにうつる旦那が爬虫類にみえます」

「昔、私と父と弟の三人で風呂に入っていたとき湯にうつった二人が化物でした」

「私は」深く、矢沢は呼吸をした。「息子が産まれたときにはすでに昆虫みたいだった。その瞬間にイグアナの娘かよって泣きながら笑ったよ」

「それで、どうしてそんな人たちが集まるんですか」

「殺されたくないからです」瀬川は姿勢を正していった。

「先輩、一人になると殺されてしまうかもしれません」

「なにいってるの」

しかし、三人は沈黙した。

よってたかってだまそうとしてるとは、思えなかった。ヒメと共通する女たちの言葉であるからだ。沈黙を破ったのは瀬川だった。

「そもそも、男に人間はいない」

ヒメはますます混乱するばかりであった。


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