第5話 対スモールドラゴン

 毎度の召喚演出の後には、恐らくスモールと付くからにはその他のドラゴンよりも小さいのだろうが、ワイバーンの二倍はあろうかというサイズのドラゴンが佇んでいた。


 ワイバーンですら体積で見れば俺の二倍はあっただろうに、このドラゴンはワイバーンの二倍ときた。これでスモールなのだから、スモールじゃないのはどれだけデカイのか……


 そんな思考を巡らしていると、魔法陣が消滅してドラゴンの頭上に案の定「Small Dragon/Lv1」という名称とレベル、そしてHPゲージと赤い球が現れた。いや、もう赤というか赤黒い。ほぼ黒と言っても差し支えなかろう。恐らく、勝率とかステータスとかで色が赤から黒に変わるのだろう。


 ──さて、どうやって倒すか。いや、倒せるのか分からんが。とにかく、デカイのなら死角から突くのが最適だよな。それと、熱線とか吐きそうだから口を閉じさせて……は無理か。それは諦めよう。背中に乗ってチマチマやるのが良さそうだな


 四メートル近い位置にあるドラゴンの頭を見上げる。鱗に覆われた顔には、異様な光を放つ眼が二つ付いていて、鋭い牙がチラチラと見える口、頭には二本の捻れた角が生えている。


 獣人の一つだった半竜人にも角が生えていたが、そんなもの可愛く見えるくらいの禍々しさだ。現実でチビっていないことを祈ろう。いやまあ、どのみち俺の現実の体じゃ我慢とかしようにできないけど。


 てかそんなことはどうでもいいんだよ。このドラゴンをどうするかだ。


「多分、じゅっぷんやそこらじゃ終わらねえよな。でも、熊も飛竜も弱点があったし……サラサーは微妙だけど。何があるだろう!」


 ドラゴンの顎門が開かれる。口の中は白に近い程に輝いていて──直後、熱線が放たれた。


「ぎゃ──────ッッ!!」


 怖ええよ!


 空に逃げてなんとかダメージは避けれたが、あれは一度喰らえば即死級だろう。


「これ無理だわ。正攻法の正面衝突で勝つとか無理だわ」


 やっぱ何か別の方法で倒すしかない。ドラゴンの攻撃パターンを見切ってるうちに殺されるのは目に見えているから、その方法は無理だろう。


 ならば、やはり多少卑怯と言われる方法でも、やらなければならない。


 ドラゴンの熱線を受けた床から上がる煙が晴れ、熱線で溶けた床が──否、床は一切の傷も負わず、焦げることすらなく健在していた。


 あることを予測した俺は、ドラゴンから離れながら壁に近付き、その壁に剣を突き立てる。しかし、壁に剣が触れた瞬間、とある文章が書かれた六角形のパネルのようなものだった。そこには、こう書かれていた。「invincible object」と。


 俺の知らない単語だが、意味合いはなんとなく予想が付く──無敵、すなわち破壊不能。


 ──これ、使える


 ドラゴンに向き直ると、即座に熱線が放たれた。どうやら、あれを放つにはサラサーの詠唱のように時間がかかるらしい。熱線を避けた俺は、それを受けた壁が床同様一切のダメージを受けていないことを確認する。


 ──俺は床に肩を打ってダメージを受けた……なら、それはこのドラゴンも同じはず。ドラゴンの背後にさえ回ることができたならば……!


 さっきのサラサーとの対決で、飛行のコツをかなり掴んだ。なら、出来るはず。


 そう自分に言い聞かせ、俺は最大速度で壁に沿って飛んだ。ドラゴンは俺の予想通り俺を首で追う。そして、ドラゴンの背後に回る──ドラゴンは体を回転させるために、僅かに俺を追い掛けるのに遅れた。その隙に、俺はドラゴンの下へと潜り込む。


 上手いことドラゴンの死角に入ることに成功した。もっと追い掛け回されるかと思っていたが、そんなこともなかったようだ。


 しばらくドラゴンは周囲を見回し、俺を探していた。しかし、見つからないと分かると、その動きを止めた。そのタイミングを待っていたんだよ、俺は……!


 俺はドラゴンの首の向きを確認しながら、バレないようにドラゴンの首へと近付く。そして、首の真後ろにホバリングし、無防備な頭の付け根に剣を、武技「ストライク」を使って突き立てる。


 多くの人は分かるだろうが、生き物というのは不測の事態に陥ると冷静さを欠く。例えば、馬がハチに刺されたとしよう。大暴れして馬の世話をする人が「どうどう」と嗜めても、暴れて怪我人を多く出すだろう。


 それは、ドラゴンに置き換えても同じ……俺はそう予想した。ハチなんかじゃどうにもならないだろうが、もし頭の付け根に剣が刺さったとすれば。恐らく、暴れるだろう。そして、振り払うために首を大きく振り回し、離れないと分かると、壁に頭をぶつけてでもそれを排除しようとするだろう。


 そして、俺の予想は当たった。ドラゴンは暴れ出し、重低音を響かせながら首を様々な方向へ振り回し、俺を振り落とそうとする。


 しかし、武技の突進攻撃で刀身の三分の一が刺さった剣は、そう簡単には抜けない。俺は伝説の剣を抜く勇者さながら剣の柄を握りしめ、鱗の端に足を掛けて振り払われないようなんとかしがみつく。


 勿論、この攻撃ではドラゴンのHPはドットしか削れなかった。数値で言えば八千近いHPのうち、二百しか削れていないのだ。


 しばらくの間、そんな攻防が続いた。時間的に数十秒だろうか。遂に我慢の限界が来たのか、ドラゴンは首を壁の反対側に大きく振りかぶる。そして壁に向けてしなりを付けて振るわれた。俺は全筋力を使って剣をドラゴンから抜き、壁に当たる直前、その場から離れる。


 壁に猛烈な勢いで頭をぶつけたドラゴンは、頭に真っ赤な光を散らしながら、その場で左前脚を折った。人間で言う膝を折る、と言った状態だろうか。


 ドラゴンのHPゲージは、一度に五分近く削れる。そしてよく見ると、その下に流れ星が二つ円を描くように流れるアイコンが付いていた。ぱっと見で予想はつく、混乱だろう。


 これをチャンスと見た俺は、ドラゴンの眼に目掛けて垂直斬りの武技を発動させる。


「らああ!」


 ダメージを受けた瞬間に混乱が解けたのか、ドラゴンはぐるあああという悲鳴っぽい重低音を響かせた。


 俺はすぐにドラゴンの背後に回り、もう一度頭の付け根に剣を突き刺す。さっきのでダメージはほぼ一割になった。


 ──これが続けば、倒せる……っ!



 この方法で、七割のHPを削った。毎回混乱になるのでダメージを稼げたが、僅か三秒程度なので武技は一度しか放てなかった。つまり、時間がかかった。


 これを一回成功させるのに数分。現時点でバトル開始から三十分が経過していた。


 ──やべー。集中力切れそう


 最初の二回でドラゴンの視界を奪い、それ以降は様々な場所を斬り付けてダメージの多いところを探ってみた。やはり、腹がダメージが多かったのだが、それでも二百が三百になる程度で、なかなか削れなかったのだ。


 そして遂に、この方法が通用しなくなった。何故なら、ドラゴンが空を飛んだからだ。


 そんなの関係なくね? と思うかもしれない。いや、あれは無理だよ。だってあの巨体で俺と同等の飛行速度なんだもん。今も俺の上を──目は潰したから見えないけど──見下ろすように円を描いて飛んでいるんだもん。


 しかも何か特殊な超音波でも出しているのか、俺の位置を正確に把握する。原理が分からないからあまり近付けない。


 ──そういや、あの巨体でどうやって飛んでいるんだろうか。あのサイズで体内に熱を作ったり消化器官があったりすれば、飛行機と同等かそれ以上の重さがありそうなものだけど……それで飛べるのか?


 ラノベは好きだ。よく読んでいる。だから、こういうモンスターについても多少の知識はある……そして、一部の話では、ドラゴンのような巨体が飛ぶ原理は魔力を使う、と書いてあるものがある。つまり、そういうことなのだろうか。魔力を使って飛んでいる。もし、その魔力を放出して周囲のものを探知しているのだとすれば、俺の居場所が分かるのも頷ける。


 けど、何故飛んでいない時に魔力放出で居場所を察知しなかった? もしかして、飛んでいないとできないのか?


 かと言って、ワイバーンのように翼を切り落とすなんて無理だろう。つまり、ドラゴンを地上に下ろす方法はない。


「……これ、どうやって倒せと?」


 恐らく、HPが三割を切ったことによるパターン変更で空を飛んだのだろう。ゲームではよくあることだ。多分。


 しかし、熱線を打たなくなった。近づけば物理的な攻撃や翼による強風などの攻撃はあるものの、地上で放っていたあの光線は空を飛んだ以降一度も打ってきていない。


 もしかしたら、あれも魔力によるものなのだろうか。てか、この世界における魔力ってなんだよ。魔法を使う際に消費するMPか?


 ……いやまあ確かに、俺のHPゲージの下に青いMPゲージあるけどさ。ドラゴンにもあるのだろうか。もしあるならば、これが尽きるまで待てば倒せるかもしれない……いやうん、見えないからないんだろうかな。


 そうなると攻略の方法が見えなくなる。ドラゴンに近付けば攻撃を受けるし、離れていれば結局時間が過ぎるだけ。どのみち勝つにも負けるにも、遠距離攻撃の手段のない俺は近付くしかない。


「……よし! もう一か八か背中まで回れるか試そう! 無理そうなら負ければいい! だってこれ、ゲームだもん!」


 本日何度目かの一か八かの賭けに出ることにした俺は、強く翼で空気を打った。勢いよく上昇する俺を感じ取ったのか、ドラゴンが円を描いて飛ぶのをやめ、俺に向けて翼で強風を吹きつけてくる。


 俺は敢えてその強風に立ち向かい、滑空の要領でその強風を凌ぐ。そしてドラゴンに弧を描くように近付く。


 今度は爪での攻撃だ。そのまま特攻すると見せかけて、ギリギリで近付くのを止める。ドラゴンの爪攻撃は俺の目の前でスカッた。


 そして俺はドラゴンの首を右回りに背後へ回った。遂に、ドラゴンの背後を──HP三割切ってから──初めてとった。


 そこからは、武技の応酬だった。使える武技をどんどん放ち、どれもクールタイムが短いのか間隙なく連発する。ドラゴンは暴れに暴れて抵抗したが、最後は呆気なく光となって霧散した。


「……今日の俺、ついてるわ。一か八かがあんなに成功するとは思わなかった」


 地面へと降り立った俺は、完全に忘れていた鞘を回収して、剣を仕舞って剣帯に差し込む。


「そちらの魔法陣から召喚堂へお戻り下さい」


 あそこって召喚堂って名前だったんだな、という感想を抱きながら、俺はジルベクトルの言う通りに魔法陣に入った。


 俺の心臓は、ドラゴン討伐という現実味のないことに、ものすごく高鳴っていた。

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