第3話 対フルムーンベア

 パネルに表示された180という数字が一秒毎に減っていく。恐らく、三分以内に続きのバトルをするか決めろ、ということだろう。


 俺は迷った。正直、早くこの神殿から出て冒険をしたかった。しかし、このユニーク装備というものに心惹かれるのは、現実であらゆるものを奪われた身としては抗い難い何かがあった。


 もし負ければ全てが無駄になる。しかし、勝てば華のユニーク装備だ。これは、実力と運が混ざり合っている、と言っても過言ではないだろう。多分。


 俺は迷いに迷った。数字は残り15、俺は決めた。


「負けたらそんだけだ。やらずに後悔するより、やって後悔しよう!」


 残り10のことろで、俺は丸アイコンを押した。案の定パネルは消滅し、直後にジルベルトルの声が響いた。


「続きをなさりますか。分かりました…………召喚、フルムーンベア!」


 ジルベルトルの声が響き渡ると、三メートルほど離れた位置に魔法陣が現れた。一際強く輝くと、光は僅かな余韻を残し消滅して、その場には一頭の熊がいた。


 焦げ茶の毛皮に覆われた、全長二メートル近い熊だ。頭の上には、ウルフ同様赤い球と「fullmoon bear」という名称が見て取れた。「満月熊」、と言ったところか。ツキノワグマのようなものだろうか?


 そんな疑問を持った瞬間、熊が後ろ足だけで立ちグルオオォォと雄叫びを響き渡らせた。そして、首の少し下、ツキノワグマの“ツキノワ”の部分に、白い円形の紋様があった。恐らく、それが満月フルムーンの由来なのだろう。


「おし、やってやる!」


 俺は剣を正面に構え、フルムーンベアと対峙する。前足を地面に着き再び四足歩行になったフルムーンベアは、こちらの出方を見るかのように俺の周囲を一定間隔を空けて廻り出した。


 俺もその移動に合わせて体の向きを変えて、熊が動き出すタイミングを見計る。


 ……二分が経過した。攻撃の素振りを互いに見せず、同じ動きを続けていた。俺は流石に痺れを切らしそうになり、さっきからこめかみがピクピクと引きつっている。


「ああもう、こっちから行ってやらあ!」


 そして、本当に痺れを切らした俺は、熊に向けて駆け出した。


 熊との距離が半分を切ると、熊は咄嗟に俺へと飛びかかってきた。なんとなくそう来る気がしていた俺は、右足を内側へと大きく捻り地面を勢いよく蹴った。


「うわっ」


 着地に失敗した俺は、受け身なんか出来るはずもなく肩から地面に衝突した。


「いてて……いや、痛くない」


 思いっきり倒れ、現実ならば肩を脱臼しているだろう勢いがあったにも拘らず、痛みはなかった。その代わり、肩から赤い光が散り、HPゲージが一分ほど減っていた。上の「120/140」と書かれた残りHPも、大体一分ほど減っている。


「……アニメの主人公って、転生してすぐ戦えてる感あるけど……絶対無理だ!」


 熊が右腕の先についた鋭い爪を振り下ろしてくるのを、俺はなんとかなると思ってしまった原因であるアニメ主人公達に文句を言いながら横へと飛んで躱した。


 今度は手を着いて僅かに衝撃を和らげ、足を地面に着けスライドさせて完全に勢いを殺す。今度はダメージは発生しなかった。


 無駄なダメージを受けたことに若干の不安感を感じながらも、俺はもう一度熊と対峙する。


 ──熊の動きはそこまで速くはない。ちゃんと見れば、攻撃は予想できる……それに、ゲームのモブは大体動きがパターン化されているはず。それさえ見切れば、勝ち筋はある!


 正面に構えた剣を下ろし、脱力する。一度深呼吸をし、感覚を研ぎ澄まさせる。二度、三度と小さくその場で垂直跳びをした俺は、地面の着地と共に熊目掛けて駆け出す。


 これはさっきと同じだろう。つまり、熊は俺目掛けて突進してくる。そして、予想通り熊は俺目掛けて突進してくる。俺はしたことはないが見様見真似の跳び箱の要領で、両足で地面を強く蹴り、熊の頭に手を着いて、熊を飛び越える。


 その最中、剣を強く左側に引き寄せると、剣が黄色い光を放った。


 ──これは武技か……なら、丁度いい!


 俺はこの無意識に発動した武技を、熊の背中目掛けて放った。そして、「fullmoon bear Lv.1」と書かれた下にあるHPゲージが、背中の赤い光が散ると共に三割削れた。熊がグルァっ⁉︎ と奇妙な音を洩らした。


 かなり勢いをつけて飛んだためか、空中にいる間に武技後の硬直時間が終わり、俺は僅かに蹈鞴たたらを踏みながらもノーダメージで着地した。


 俺へと振り向いた熊の表情は、人間の俺でも見て取れるほどに歪み、怒りにおおわれていた。


 すると、俺が近寄るでもなく熊は俺へと駆け寄り、抱き付くのかと思うほどに前足を横に広げた。しかし、腕の先の鋭い五本の爪のせいで、抱き付かれる訳ではないことは明白だ。


 バックステップでは間に合わないと予想した俺は、敢えて熊へと飛び掛かることにした。剣を引き腰を落とし、武技「ストライク」を発動させる。三歩の助走と雄叫びをもって放ったストライクは、フルムーンベアの満月へと吸い込まれ、深々と突き刺さった。


 そのまま抱き付かれるかと思いきや、熊は一歩後ろへと後退る。何事かと思いながらも、俺は熊の腹を蹴った勢いで剣を抜き、「うわぁ」と裏返った声を上げながら後頭部を地面に打ち付けた──運良くダメージはなかった──のだが、その間も熊は攻撃をしてこなかった。


 HPはまだ三割残っている。つまり、倒した訳ではなかった。今ので四割削れたのかと思うとかなりの大ダメージだな、と思うが、倒せていないのだから動けないあのコンマ数秒に攻撃を受けても仕方なかったはずだ。


 そんな推測を重ねていると、熊は四足歩行へと移行し、俺へと突進してきた。


「うげぇ!」


 今から避けるのでは間に合わない。運に任せて、俺はその場になるべく平たくなるように寝そべった。しかし、剣だけは立てておく。これに熊が自分から当たってダメージを受けるなら、御の字だ。


 そして、その運良くは見事に命中して、俺の腹に柄を乗せて少し傾けた、刀身六十センチほどの剣先は、熊の喉元から満月、そして腹へと──行かなかった。満月の中心に差し掛かった瞬間、熊は動きを止めた。


 赤い光が散っているため、ダメージは通っているのだろう。しかし、スキルを発動して三割ダメージを与える俺のSTRで、ただ熊の突進の勢いを利用した切り傷で残り三割のHPを削れるとは思えない。


 頭上のHPゲージをここから見ることはできないが、恐らく熊はまだ耐えているだろう。しかし、動きを止めている。何故だ?


 ──そういや、さっきも動かなかったよな……そうか!


「こいつ、満月の真ん中にダメージ喰らうと、少しの間動かなくなるのか」


 先ほどのストライクも見事に満月の真ん中を貫いていた。それを考えると、今の現象も納得がいく。


「……今もダメージ通ってるよな? このまま刺してたら倒せるか?」


 HPゲージが見えないために何とも言えないが、俺は今も少しずつ熊のゲージが減少していると信じて待つ。そして、一分後──熊は光を散らして消滅した。


「……これで一体目。ここから更に強くなっていくと考えると……辛い! でもユニーク欲しい!」


 俺は地面に大の字に倒れている。右手には剣を持ったままだ。心の中の葛藤を叫んでいると、正面にパネルが表示された。そこには、「続けますか?」と書かれている。どうやら、途中で止めることもできるらしい。しかも、勝利数に応じて高ランクの装備の入手確率も上がっているとか。


「……やってやるよ、せっかくだし」


 俺は起き上がりざまに丸アイコンを押し、その場に立ち上がった。


「それでは、次のモンスターを召喚致します…………召喚、ワイバーン!」

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