第2話 チュートリアルバトル

「よくぞ来てくださいました天使様!」


 重力を感じるようになって一番に聞こえた声は、CMで聞いた声とほぼ同じ、そして台詞もほぼ同じものだった。ただ、勇者と天使の差はあるが。


 もしかして、選んだ種族ごとに台詞が変わるのかな、などと疑問を浮かばせながら、閉じていた目を開ける。


 そこは、さながら神殿のような場所だ。純白の恐らく大理石で出来た床、壁も白一色だ。床にはカーペットのような赤と金色の糸で装飾されたものが敷かれていて、俺はその上に立っていた。


 少し部屋を暗く感じるのは、足元で輝く魔法陣のせいだろう。多分、召喚魔法の演出かな。直後にこれは消えた。


 左右には騎士のような人達が槍や剣を携えて並んでいる。正面にはさっきの声の主であろう、老人が祈りを捧げるような姿勢でその場に跪いていた。


「あなたを召喚いたしましたのは、我らが敵『神』を打ち倒してもらうためです!」


 そして、これもCMで聞いた台詞を、今度も一人なために「あなたを」に修正された形で老人が述べた。


 ここからはCMでは聞けなかったところだ。どう話が展開するのかは、希からも聞いていないしネットで調べることもしてないため、やはり気になっている。


「私はこの神殿の長、神殿長を務めるジルベクトルと申します。装備一式、こちらからあなたに贈呈させていただきます。どうぞ、レベルが上がるまではこちらをお使いください。あなたのご使用する武器は、何でしょうか?」


 ジルベクトルと名乗る神殿長が言うと、正面にもう見慣れた薄紫のパネルが現れた。そこには片手剣、両手剣、片手棍、両手棍、短剣、槍、弓矢、魔法杖と書かれ、その左側には武器のオーソドックスなシルエットが描かれている。


 右上のクエスチョンマークを押してみると、武器の詳細やその他の説明が書かれている。どうやら、ヘルプのようだ。


 武器の詳細はアニメは好きなのでなんとなく分かるため飛ばし、その下のこのゲームでの武器の取り扱いを読む。その間、神殿長や騎士達は、NPCらしく物音もほとんど立たず、じっとしている。


『武器は後からの変更は可能です。また、スキル欄が空いていれば、複数の武器スキルを習得することも可能です。ただ、一度消した武器スキルの熟練度は初めからとなります。

熟練度を上げると、武技やスキルが解放され、強化されていきます。』


 説明を読み終わりもう一度武器の一覧を眺めて、ここは王道の片手剣を選んでおく。合わなければ後から変えればいいのだから。


 片手剣を押し丸を押すと、正面のパネルが消滅した。そして、俺は一言も言葉を発していないも拘らず、ジルベクトルは話を進めた。


「片手剣ですか。それでは、そちらの騎士から受け取ってください」


 ジルベクトルの言葉が終わると、左側に立っていた騎士の一人がその手に茶色、恐らく銅で出来ているであろう防具と鉄と思われる片手剣が鞘に収まったものを手渡してきた。受け取ろうと手を伸ばすと、再びパネルが表示される。そこには「受け取りますか?」と表示され、案の定二つのボタンが存在する。


 受け取らない理由もなく、俺は丸のボタンを押す。すると、防具と剣は光に包まれて消えた。


「え? あれ⁉︎」


 急に消えたもので、この世界に慣れていない俺はどこに行ったのか分からずあたふたする。


「装備はあなたのストレージに仕舞われました。手を縦に振るとメニューが表示されるので、そこから確認、装備できます」


「あ、ありがとうございます」


 装備を渡してきた騎士により説明され、俺は言われた通りに手を縦に振る。すると、今度はパネルではなく幾つかのアイコンが表示された。上三分の二を人型のものが占め、残りを横に下に凸の形で丸いアイコンが並んでいる。


 俺はその中のうち、アイテムストレージと思われる鞄のアイコンをタップする。すると、そのアイコンが他のものを押し出すように大きくなり、今度は横長のアイコンが縦に並ぶ表示となった。そこには、恐らくアイテムの名前が書かれているのだろう。


 一覧に表示されているのは、たった三つだけだ。「天使の制服:全身」「ブロンズプレート」「スチールソード」の三つ。天使の制服というのが、今着ているこの白い服だろう。


 表示されている中のバツアイコンをタップすれば戻るのだろうが、試しに何もないところをタップしてみる。すると、表示されていた画面が全て消えた。「ほー、すげー」と感心の声を上げてから、俺は神殿長に向き直る。


「ご必要であれば、こちらで戦い方を教授しようと思うのですが、いかがいたしましょうか?」


 ──アニメとか見てきたからなんとなく分かるけど……やっぱり一度やってみるべきだよな


 そう考え、俺は口を開いた。


「お願いします」


 次の瞬間、正面に薄紫のパネルが表示された。少しプルプルと肩を震わせながら、俺は丸のアイコンを押した。



 すぐそばに現れた転移陣によって移動した先は、闘技場のような場所だった。円形のステージに、天井までの高さは三十メートルはあるかもしれない。ステージ自体も、直径でも二十メートルはあるだろう。


 勿論、天井までは一箇所を除いて壁がそそり立っている。その一箇所には穴があり、その奥には恐らく部屋があるのだろう。何故なら、そこには今ジルベクトルが立っているからだ。なんとなく、スポーツにおける審判のように感じる。


「戦い方の教授は天使様のそばにいる騎士デオンが務めます」


「よろしくお願いします」


中性的な顔立ちの騎士は、胸に手を当てて一礼をしながらそう言った。鎧を着ているため、ぱっと見ではどちらか予想がつかない。


 ──騎士デオン……なんか聞いたことある名前だなあ


 と、思うのだが残念ながら思い出せない。


 デオンが剣を手に持ってください、と言うので、俺は慌ててストレージから剣と防具を装備する。ストレージの中のアイテム名の書かれたところを押すと、「実体化」「装備」「捨てる」の三つの選択が出てきたので、そのうち装備を選ぶと文字通り鞘に入った剣は腰の剣帯に、防具は「天使の制服」の上から上半身に装備された。


「おお、新米冒険者って感じ……」


 それに、こうして動けることには未だに感動を感じ得ない。さっきからずっと動きたくて体がウズウズしているのだ。


「それでは、戦いの基本をお教えします。準備ができたら、申してください」


 デオンが言うと、目の前にまたパネルが現れた。さすがチュートリアル、めんどくさいなと思いながら、そのパネルを眺める。


 どうやら、初期ステータスを割り振るようだ。合計値は百あり、それを「攻撃:STR」「防御:VIT」「特攻:INT」「特防:MEN」「素早さ:AGI」「幸運:LUK」に自由に割り振るようだ。特攻防は、魔法関連らしい。右上のヘルプハテナから見た。


「ふむ……まず、魔法攻撃はまだ使えないから、特攻には振らなくていいか。幸運はどっちでもいいけど……十だけ入れよ。九十か……攻撃に三十振って、残り三つに二十ずつ入れよ」


 STRなど、ステータスの種類を示す文字の横には白い枠があり、そこをタップすると手元にパソコンのキーボードと同じ並びと思われるパネルが現れた。それを操作して数字を打ち込むと、それだけステータスが割り振られるらしい。


 ステータス割り振りのパネルの端にある丸のアイコンを押すと、それは消滅した。直後にすぐ後ろでカチャカチャと金属のぶつかる音が聞こえ、デオンが動いたことが分かった。


「準備が整ったようですので、これより戦い方の教授をさせていただきます。神殿長、モンスターをお願いします」


「うむ、よかろう」


 すると、ジルベクトルは小声で何かを唱え始めた。恐らく、モンスターを呼ぶ儀式とか、魔法とかだろうか。


「召喚、ウルフ!」


 ジルベクトルが声を張ると、少し離れた位置に魔法陣が現れ、渦を巻き起こしながらその中心に狼が姿を見せた。全長一メートル半、高さ一メートル前後といったところか。


「コントロールは効きません。どうぞ、お気を付けて」


 ジルベクトルはそう言ったが、ウルフはガルルと喉を鳴らしているが動こうとはしない。


「それでは始めます。まず、攻撃の基本である通常攻撃です。要は、武器で敵に傷を与えることで、ダメージが成立します。武器で敵を攻撃すると、赤い光が散ります。そうするとダメージが発生し、敵の頭上にあるゲージ、HPヒットポイントが減少します。では、やってみてください」


 デオンが数歩下がると、ウルフは俺に向かって飛び掛かってきた。突然のことで肩がビクッと跳ねたが、弧を描きながら俺へと爪を突き立てようとするウルフの横へと回りこみ、隙だらけの脇腹へと剣を叩き込んだ。


 すると、ウルフはギャウンと悲鳴のような高い声を上げて着地の瞬間俺から飛び退った。その脇腹には、縦に一閃の赤い光が散っていた。


「攻撃成功です。続いては、防御です。防御は敵からのダメージを半減させてくれます。武器を正面に刀身の腹を向けて構え、刀身を支えてください」


「こ、こうか?」


 言われた通りに、右手の剣を正面に剣の腹を向けて構え、自分側の刀身の腹に手を添えた。


 次の瞬間、ウルフが俺に向かって飛んでくるものだから、焦ってこの姿勢を崩しそうになるが、なんとか持ち堪える。そして、ウルフの爪が俺の剣をギャリッと引っ掻いた。そして、バックステップで後ろへと下がる。視界の右端に、紫色のゲージが見えてそれが二割ほど減少した。


「視界の右側に紫色のゲージが見えていると思います。それが、DPディフェンスポイントです。それがゼロになると、一時的な混乱状態となるので気を付けてください」


 なるほど、と思いながら防御のモーションを解除する。そうすると、右端のDPゲージが消滅した。


「武器ごとに姿勢は変わるので、困ったときはヘルプから見ることができます」


 ──チュートリアルって感じするなあ


 ゲーム経験はない俺だが、今のセリフからそんなことを考えた。


 しかし、コントロールは効かないと言っていた割に、ウルフは説明が終わるまでじっとしている。どことなく矛盾しているような気もするが、恐らく説明をするために仕方なくああして動けなくしているのだろう。


「続いては武技です。これは武器ごとにいくつも種類があり、一つの武器の中にも数十に至る種類があるので、発動の仕方だけお教えします。武技には決められた姿勢、発動モーションがあります。その姿勢をとると武器が輝き、武技を放つとあとは自動的に体が動きます。では一つ、片手剣単発武技『ストライク』を使ってみましょう」


 細く微笑みながら言うと、デオンは俺のすぐそばにやってきた。


「ではまず、軽く足を開いてください。そうです。次に、軽く腰を落とし……剣を地面となるべく水平になるよう構えてください。はい。剣が輝き出したら、地面を蹴ってください」


 言われた通りの姿勢をとり、時にデオンに手取り足取り直されながら発動モーションをとると、剣が青白く輝き始めた。次の瞬間、俺はウルフに向かって地面を蹴ったが、ウルフはいともたやすくそれを避けた。しかし、カウンターなどは仕掛けてこない。


「完璧です! 武技は一度使うとしばらく使えません。それと、発動直後は少しの間硬直時間が起こりますので、武技の発動はタイミングを見るようにしましょう。これで、基本はお伝えしました。ここからは自由に戦ってみてください」


 そう言うと、デオンはこの闘技場から転移陣を通って消えた。正面のウルフに視線を向けると、頭の上には五分ほど減ったHPゲージとその上に「wolf」というモンスターとしての名前、更にその上には赤い球体が輝いていた。


「あれは……敵っていうのを示してるのかな。まあ、倒す敵なのは間違い無いし、やるか!」


 俺は地面を蹴ると、ウルフの脳天に向けて剣を振り下ろした。しかし、ウルフはそれを横に避けて、俺の脇腹へと噛みつこうと飛びついてくる。


 剣でガードすると、ウルフはそれに噛み付いて離れなくなった。


「ちょ、はーなーせぇいっ!」


 俺はウルフの腹目掛けて左足を蹴り上げた。ウルフはその衝撃で口を開き、俺は即座に剣を口から引き抜く。今のもダメージになったらしく、ウルフのHPゲージが三分ほど減少する。ウルフの腹には、小さく円形に赤い光が散っていた。


「嬉しい誤算だね。このままやってやる!」


 ウルフの動きを予想しながら、俺は剣を振るう。ウルフが横に大きく飛んだ瞬間、俺は即座に体の向きを変えて、先程教えてもらった武技「ストライク」を発動させる。地面を蹴って発動した武技は、空中で動きの取れないウルフの脳天に突き刺さり、一気にライフを削った。


 HPゲージがゼロになると、ウルフは光を撒き散らしながらその場から消滅した。ウルフが完全に消滅すると、薄紫のパネルが目の前に現れ、そこには「Exp:4、ドロップ:なし」と書かれていた。どうやら、経験値とドロップ品の表示らしい。


「よーし、倒したー! てかたのしー! 何これハマりそう、てかハマった!」


 両腕を高く振り上げてガッツポーズをする。興奮が軽く収まると、目の前のパネルを丸のアイコンで消滅させると、また薄紫のパネルが現れた。そこには、こう記されていた。


『チュートリアルバトルはここまでです。ここから先は、初回装備特典の高ランク装備排出確率を上げることのできるバトルとなります。勝負は四回あり、全てに勝つと確定でユニーク装備が手に入ります。ただし、一度でも負けると初期の排出確率となります』


「ユニーク装備……俺だけの、装備……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る