夢の中の自由譚

flaiy

第1話 初フルダイブ

「「ここは……」」


 男女の声が重なる。片方は古いVRもののアニメで主人公を務めた男性声優、もう片方は最近人気の出てきた女性声優だ。


「よくぞ来てくださいました、勇者様! あなた方を召喚いたしましたのは、我らが敵『神』を打ち倒してもらうためです!」


 老人の力強い声が、その二人に状況を説明する。その二人の男女はお互いの顔を見合わせて、うんと頷く。


 そして、カメラが高速で移動するように場面が変わり、その二人が少年は剣を、少女は魔法杖を持って戦闘を始めようとしている。目の前には影でほとんど姿が見えない何かがいる。


「行こう!」


「さあ、神様。勝負だ!」


 少年が地面を蹴り、少女が魔法陣を展開した瞬間にカメラのアングルが上空に向かい、タイトルロゴが表示され、その男女の声優の声が同時にそのタイトルをコールする。


「「ネームレスワールド・オンライン。好評発売中」」



 食事中、見ていた番組の合間に流れたCMを見て、黒髪の少年が「ふーん」と短く鼻から溜息を吐いた。


「ネームレスワールド・オンライン……ねえ」


 少年の呟きに正面に座っていたボサボサの髪の少女が少し顔を上げ、口の中に入っていたカレーをゆっくりと飲み込んで、退屈そうな目のまま言葉を発した。


「何、兄貴興味あるの?」


「いや、興味と言うか……今日昼にツキからこのゲームやらないかってメッセが来てさ。VRって、今まで何度も聞いてきたけど、一度もしたことないなあって思って」


「ああ、あのキラキラさん」


「キラキラさんとか言ってやるなよ」


「……使ってないサブ垢ハードならあげてもいいけど」


「え、いいのか⁉︎」


 少女の言葉に少年がパアッと表情を明るくする。すると、隣からカレーとライスの乗ったスプーンが突き出される。


「ゲームもいいけど、あんたらそろそろ学校いきなさいよね」


 少年の隣には癖っ毛の少女が座っている。その少女は少年がカレーを食べたスプーンで、自分もカレーを一口食べた。少年は癖っ毛少女に食べさせてもらったカレーを飲み込み、先ほどの言葉に目を逸らしながら答える。


「……もうちょい行きやすくなったらね」


 それに続いて、自分のカレーをほとんど食べ終えたボサ髪少女も、ご馳走さまと言って食器を食洗機まで持っていきながら答える。


「週一で行ってるだろぉ」


「毎日行けっての」


「じゃあ兄貴、後でハード持っていくから部屋で待ってろ」


「俺部屋から動けねえし」


 ボサ髪少女が姿を消すと、癖っ毛少女が再びスプーンを突き出してくる。


「全く。あの子はどうしたらいいものか……」


「お母さんみたいになってきたな」


「……こんな兄妹を二人も持ったら、そりゃお母さんみたいにもなるよ、お姉ちゃんは」


 そんな少女に少年が「将来は良妻良母だな」と適当に言うと、少女は「どっちかの面倒見てて、旦那ができないかもね」と返答した。


「フルダイブか……俺でも自由に動けるってなると、少し憧れるな」


「後でやるんでしょ? だったら、早く食べ終えてよ。私も明日の宿題終わってないんだから」


「はいはい」



 フルダイブ型VR。2030年に確立したこの技術は、三年経った今でも全世界で最先端の技術となっている。ある日本人が開発したらしいのだが、開発者は取材を全て断っていて名前を知る者もごく僅かしかいないらしい。


 VRに一番最初に乗り込んだのは、勿論ゲーム業界だ。古くから人気のあるゲームだけでなく、十年や二十年前に流行ったライトノベルというジャンルの文庫本に出てきたゲームなど、この三年間でさまざまなゲームが発売された。先ほどのCMの「ネームレスワールド・オンライン」、通称NWOはここ二ヶ月前に発売されたばかりのゲームだ。ただ、他のゲームと通称が被ることもあり、NlOと略す人もいるらしい。


 このゲームは神と地上に住む人々の間に起きた「天地戦争」により、それ以前のこの戦争に関わる記憶を失った人々が、古い文献からかつて神と対立していたことを知り、異世界からさまざまな種族を呼び寄せて神に対抗する世界、という設定だ。プレイヤーはこのさまざまな種族になって冒険者としてレベルを上げたりスキル熟練度を上げて、恐らく最後には神と戦うらしい。


 ゲームの他にも、最近では医療にも役立てられているとニュースで見かけることがある。


 フルダイブする際、現実の感覚を麻痺させるために脊髄を麻痺させるそうなのだが、それを応用してVR麻酔の研究が進んでいるそうだ。


 他にも、特別な技術──開発者が公表していないため、その全容は分からないが安全は保障されているらしい──で脳に直接情報を送り込むのを応用して、五感に障害を持つ人の補助装置も開発されたらしい。


 更には、身体麻痺を持つ人の補助装置も作ろうと現在開発が進んでいるらしい。俺としては、この装置は一刻も早くできて欲しいものだ。なぜかというと──


「はい。それじゃ、後でのぞみが来るだろうから、それまでゆっくりしててね。何かして欲しいことはある?」


「いや、特にないかな」


「じゃあ、また後で身体拭きに来るから」


「うん」


 俺こといのさきかげは、幼い頃の事故で全身が動かない、すなわち全身麻痺なのだ。世話はほとんどを年子の姉である羽暮はぐれに任せていて、羽暮が学校に行っている間は妹の希がしてくれている。先ほどの食事で、正面に座っていたボサ髪少女が希、カレーを食べさせてくれていた癖っ毛少女が羽暮だ。


 動くのは首から上だけ。つまり、俺は会話以外にできることはほとんどないわけだ。事実、部活も何もしていなければ、勉強も特別な仕方になる。それが原因で訳あって今は学校を無断欠席している。


 俺のベッドは病院にあるものと同じく、ボタンを押すと折り曲がるものであるため、基本食事などはここで食べる。だが、夕食はたまに今日のようにリビングまで羽暮に運んでもらって食べることがある。


 すると、俺の部屋の扉が三度ノックされた。希は昔からノックを二回しかしない癖があって、二回はトイレだと何度も忠告しているうちに三度に矯正されていったのは、もう何年も前の話だ。


「兄貴、起きてるかー」


「こんな数分で寝ないよ。どうぞ」


 俺が返事をすると、バスケットボール大のヘッドギアを抱えた希が部屋に入ってきた。


 このボサボサの髪を背中半ばまで伸ばしている少女が、俺の妹の希だ。本当は俺と同じストレートヘアなのだが、ケアなどを怠っているのか枝毛などは今のところないが、頭中アホ毛だらけだ。


 食事中に言っていたが、希は週に一度、水曜日だけ学校に行っている。水曜の理由は、副教科が多くて楽だかららしい。両親も希のことは今のところ諦めているらしく、ヒキニート生活をしていることに、文句はほとんど言っていない。それどころか、自分達が仕事が忙しくてほとんど構ってあげれなかったせいじゃないのか、などと思っているところもあるらしい。


「ほい」


 希は部屋に入ってくると、俺の頭にドスッとヘッドギアを被せた。このヘッドギアにはこれといった正式名称はなく、販売会社もVRM、バーチャルリアリティマシンという商品名で発売している。ヘッドギアにはVRMという文字が刻まれているため、恐らくこれで完全な正式名称にしたのだろう。ネーミングを怠ったようだ。


「設定とかは簡単なものだから、そんなに難しくはない。IDとかは考えておけよ。中でアバター作るけど、顔だけは現実のをそのままコピーできるから、体は自分で作れ。身長は変えない方がいいぞ、ログインした時に感覚狂うから」


 いつもと比べると早口に説明をすると、希は「あとは入れば分かる」と言って、目を閉じて三秒待てばログインするというフルダイブの方法を言い残して部屋から出て行った。


「……相変わらず距離あるなあ、あいつ。それは後にして……とりあえずフルダイブ? してみるか」


 俺はヘッドギアで暗くなった視界の中、目蓋を下ろして目を閉じた。そして、頭の中で三秒を数えた瞬間、すべての感覚が途切れた。


 次の瞬間には感覚が戻っていた。いや、いつも以上の感覚を感じていた。何せ、本来は首から下の感覚は出入関係なくないのだ。なのに、今は首から下を動かすことも触れてそれを触覚で感じることもできた。


「ふおおぉぉぉ……」


 よく分からない声が出たが、事故に遭った四歳以来十二年ぶりにこうして全身を動かしているのだ。感動しないわけがなかった。


 今の姿は人型のマネキンのような姿である。まず、この姿でIDやパスワードを登録し、その後アバターを作成するらしい。


 すると、正面に半透明の紫色のパネルが現れた。そこには「IDとパスワードを選択、もしくは新規登録してください」と出てある。既存のデータは存在せず、恐らく希は先にサブアカウントを削除しておいたのだろう。


「IDとパスワードかあ……こういうの苦手なんだよな……」


 そう言いながら、俺は名前に基づいたIDと好きな英単語をアルファベット一つ分ずらして入力する。この方法は確か、シーザー暗号と言ったはずだ。


 IDとパスワード登録のパネルが消滅すると、今度は同色の別のパネルが現れた。今度はアバターの作成らしい。今から作るアバターはゲーム用ではなく、スマホやゲーム機などでいうホーム画面の時に使う用のアバターらしい。説明によると、そのままゲームのアバターにすることも可能らしいが。


「性別は換えられないのか……い、いや、換えられたとしても換えないけど! じょ、女子になってみたいなんて、思ったことないけど……!」


 誰もいない中言い訳をしながら、まず顔は現実のものを引用することにする。すると、正面に鏡が現れ、それを覗いてみるとポリゴンで作られた俺の現実の顔が映し出されていた。


「おお、俺の顔だ……すげぇ再現度……」


 男子にしては女子のような顔立ちで、最後に切ったのが三ヶ月前なせいで伸びたストレートの黒髪まで再現されている。


 そこから身長や体格を設定する。百五十六センチと低い身長なのが少し癪に触るが、身長は変えない方がいいと希に言われたので、仕方なくそのまま身長を使うことにした。


 そしてアバターの作成を終了するべく右下の青い丸のボタンを押すと、視界が光で覆われた。眩しさに閉じた目を開いてみると、そこは何もない一室の部屋だった。どうやら、ここがホーム画面の代わりをする場所らしい。部屋の隅にパネルがあり、そこでゲームの設定や部屋の内装を決めたりすることができるらしい。


「ふむ……俺の部屋、自分で内装変えれないから、こういうのも楽しいかも。今はどんなのがあるのかな〜……うわぁ」


 パネルを操作して内装を見てみるが、そこには簡素なものばかりだった。どうやら、内装は購入したりゲームで獲得したものをここで実体化させることで変えることができるらしい。


「……まあ、今はゲームが先だ」


 ゲームの一覧を開くと、そこには聞いたことのあるゲームが幾つも並んでいた。どうやら、希がダウンロードしたゲームはそのまま残っているらしい。


 その中でネームレスワールド・オンラインを探し、祈りのポーズをした人が描かれるアイコンをタップする。どうやら、神が題材ということでこのアイコンに決めたようだ。


 すると、再び光に包まれる。光が収まるとさっきと似たような場所に立っていた。今度はマネキンではなく、ちゃんと先程作成したアバターだ。


 何をするのか待っていると、パネルが正面に現れた。どうやら、またアバターの作成らしい。


「このままでもいいけど……髪型くらいいじってみるか」


 アバターの新規作成を押すと、正面にマネキンが現れる。今のアバターをコピーというボタンを押すと、簡素な服を着た俺の今のアバターにマネキンが変わる。


 髪型のアイコンを押すと、まず髪の長さの調節画面が現れる。それを操作して背中半ばくらいで止める。その後に三つ編みやツインテールなどの髪型が表示されるが、それ以上いじるのはめんどくさくなったのでアバターの作成をそこで終了する。


 マネキンから俺のこのゲーム用アバターとなったものが消滅し、今の俺が操作しているアバターにその姿が反映された。


「髪長いのって、こんな感じなのか……首元が少しだけあったかい」


 前髪は目の少し上のところで止めてあり、恐らく目の中に入ることはないだろう。


 次に現れたのは、種族の選択だった。種族を押すと「〇〇でよろしいですか?」という文章と丸とバツがパネルに表示され、俺の今のアバターに種族の特徴的姿を反映したものが正面に現れる。


 一通り姿を見てみたのだが、どれも凄く魅力的だった。


「人間はそのままだけど、やっぱそのままがいいかな……いや、でも妖精種もあの薄透明な翅が……いやいや、犬猫もなんか可愛いし……半竜人もなんか、ドラゴンってだけでそそられる……でも魔人っていうのも痣とかあってカッコいいし……天使……天使が神に反逆していいのかな」


 このゲームをするにおいて辿り着いていいのか分からない疑問に辿り着いたが、天使の説明文を読んで天使の魅力が増した。


「ずっと空を飛べる……なにそれすげぇ。天使にしよう」


 妖精と半竜人も空を飛べるのだが、そのためには妖精なら光のある場所、半竜人ならMPの消費という制限付きなのだ。それに対して、天使は慣れさえすれば永遠に飛べるというのだ。


 俺は空を飛ぶという人間の限界を超えた魅力に魅せられ、天使の欠点を見ることもなく天使を選んでしまった。


 すると、直後に俺のアバターは純白の制服のようなものに包まれ、背中には光を振り撒くような翼が生え、頭上には光の輪が浮かんだ。


「これぞ天使って感じだな……女性の場合もこの服装なのかな? ワンピースとかになるのかな……」


 次に現れたパネルは、どうやらプレイヤーネームの設定のようだ。


「うぅ、また苦手なの来たよ……本名でもいいけど、やっぱ変えた方がいいよなあ、リアル割れしたら嫌だし……影がシャドウで、天使がエンジェル……シャージェル? 言いにくいな……綴りはそのままにして、呼び方をサージェルにするか」


 プレイヤーネームには英字名と日本語での呼び方の入力欄があり、俺は英字名の欄に「shagel」、呼び方の欄に「サージェル」と入力して右下の青い丸ボタンをタップする。


 そして、パネルが消滅すると、正面に何か文字が表示された。そこには、「Welcome to "NamelessWorld Online"」と書かれていた。


 そして、本日何度目かの光に俺は包まれた。

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