応援コメント

沈黙の言語的意味性」への応援コメント

  • 共同幻想なにげにカッコいい言葉

    作者からの返信

    コメントありがとうございますm(_ _)m

    「共同幻想」という言葉は、確か高見順が言ったんじゃないかな。(違うかもしれません)
    戦後間もない頃だったと思います。
    きっと戦時中の国粋主義へのアンチテーゼだったのでしょうね。

  • すごく色々なことを考えさせられる詩でした。

    >新たな共同幻想は黙したまま雄弁に語り始める

    >まるでそれが日常であったかのように

    これが怖い。
    まるで最初から当たり前に、そうだったように雄弁に正義の顔をして語り始める。

    わからないことは沢山あるけど、自分自身の頭で疑問を持ち、考えることを忘れたくないと思いました。

    作者からの返信

    つきのさん、コメントありがとうございますm(_ _)m

    「黙して語る」というのは無言の圧力であり、空気感や雰囲気ということです。ある雰囲気が出来上がってしまうと、「それはおかしいのでは?」と発言することにとても勇気が必要となってしまいます。場合によっては叩かれたり排除の対象となります。そして“正義”を信じる者は自己正当化してますます異分子を排除しようとする。やはりそれは恐ろしくて嫌な社会だと私は思うのです。

  • う〜ん、今回のは私にはちょっと難しかったです・・・

    作者からの返信

    レネさん、コメントありがとうございますm(_ _)m

    共同幻想というのは、国家やイデオロギー、習慣や常識といったものです。これらは全て実体のない、ある意味思い込みによって作り出されたものなのですが、それが雄弁になるとどうなるのでしょうか?よく見てよく考える必要があるのではないでしょうか。

  •  コロナ過の現在を指しているような……意味深な詩(歌詞?)ですね💧
    (……コロナを連想してしまうと過剰に反応してしまう私です💧)
     いや、勿論コロナのことだけを言っている訳ではないのでしょうが💧

    作者からの返信

    風火さん、コメントありがとうございますm(_ _)m

    正直コロナのことは全く頭にありませんでした(^_^;)
    また、今回は歌詞でもありません(^◇^;)

    共同幻想というのは、国家やイデオロギーから習慣や常識といったもののことです。絶対に正しいという訳でもないのに雄弁に語り始めるというのは、少し怖い気がします。

  • 今日の詩は少し怖いですね。

    作者からの返信

    アメリッシュさん、コメントありがとうございますm(_ _)m

    国家、イデオロギー、習俗、習慣などなど、所詮共同幻想に過ぎません。その幻想が雄弁になるときは、何か警鐘を鳴らしているのかもしれません。