第62話 置き土産

「こりゃ…すげぇ…」


着いた時にはもうそこには森の面影がなかった

上空から見ると森の中にポツンと砂漠が出来たようになっているだろう

その中央には昔から知っている顔の青年が倒れていた


「エリオット!!!」


俺は肉体から悲鳴が聞こえてくるのを無視して、急いでエリオットのもとへと駆け付ける


(よかった…息はまだある)


どうやら気絶しているだけのようだ

俺は強化魔法をかけたあと、エリオットを背負い、この森からの離脱を始めた

周囲の魔物はあらかた片づけたので鉢合うこともないだろう


ここは未開の大陸であり、俺たちの住んでいる国と隣り合っている

魔物が多すぎることと大陸が広すぎることから開拓が進んでいないが、クロニムル家の《障壁ウォール》によって大陸全土が囲まれているため、魔物はここから出ることができない


しばらく走っていると、背中からうなり声が聞こえてきた


「うぅ……」


「無事か!?」


走りながら声をかける


「この声は…カールかい?」


「その通りだぜ…あんまり心配させんじゃねぇよ…」


「ごめんね。悪いけどもう少し寝かせてもら…」


どうやら言葉の途中で意識を落としたようだ


「ゆっくり寝てな…」


気が付けば日が落ちかけていた

をすり抜け、そのままエリオットと俺の家へと到着した


門をくぐると、背中のエリオットを見るや否やメイドたちが駆け寄ってくる

ひとまずメイドたちにエリオットを預け、俺は執務室へと向かった

ドアの前に立ち、コンコンとノックをする


「報告に参りました」


「入ってもいいよ」


部屋に入ると机の書類がほとんど消えており、エリオットの父が一枚の紙を片手にこちらに目を向けた


「さて、給仕の人たちが慌てているのとここにエリオットがいないことからある程度察しはつくけど、一応聞こう。何があったんだい?」


俺は任務での出来事をゆっくりと具体的に説明した


エリオットが最初にテストをさせたこと

言われたとおりに、孤立しているA級の魔物を各個撃破していったこと

しばらくするととんでもない爆発音が聞こえたのでエリオットのもとへと急いで向かったこと

その行く手を阻むかのように魔物が襲い掛かってきたので死力を尽くして戦ったこと


そして、俺の戦いが終わると同時にこの世のものとは思えない魔力が天から降り注ぎ、森が砂漠へと姿を変え、その中央でエリオットが気絶していたこと


静かに聞いていたエリオットの父はやがて納得したかのような反応をみせた


「やはり同じか…」


明らかに何かを知っている様子で深刻そうな顔を浮かべている


「まさか今回の任務、俺たちに伝えていないことあるんじゃないんですか!!」


親友の姿が脳裏によぎり、俺は感情が抑えきれず、詰め寄ってしまう


(最初から情報があるんだったらエリオットがああもやられてしまうことはなかったはずだ!!)


「落ち着きたまえ。憶測だけで物を言うのは危険だと判断したんだ」


「それでも! 何かしら分かっていたなら共有すべきだったのでは!?」


「落ち着けと言ったのだ」


「うっ…」


ひと睨みされ、全身が萎縮する


「今日はもう下がってその体を休めなさい。君も相当疲弊しているはずだ」


「…了解です、では失礼します」


俺は一礼をし、自室ではなくこの馬鹿でかい家の屋根へと向かった

日はもう落ち切っていて、星が夜空を彩っている


「……」


星を眺め、俺は思う

この世界の見えない場所で何かが起ころうとしているのだと

そして来るべき時までに力をつけ、今度こそエリオットの力になるのだと


ーーー


「来たか…」


ドアの反対側に人の気配を感じるとノックも無しに執務室へと入ってきた


「久しぶりだな、グレイグ・グレイロード」


「そっちこそ、ガフート・クロニムル」


入ってきた男は同じ特級異能者であり、戦友でもある男だった


「聞いたぜ、お前の息子、結構派手にやられたみたいじゃないか」


「やられたわけではない。異能の反動に耐え切れなかっだけだよ」


少し間違っているので訂正した


ガフートが手を伸ばすと空間の切れ目が発生し、両手を突っ込み何かを探すようにした後、中から紫色の四角形を取り出す

大きさはガフートの両手で包めるぐらいだ


「ほらよ、約束の物だ」


「相変わらず収納魔法苦手そうだね?」


グレイグは机に置かれた四角形に《解析鑑定》を発動させる


「うるせーよ。で、どうなんだ?」


「間違いない。あの影のコアだ、流石としか言いようがないな」


この中に納まっているのはあのエリオットが苦戦した魔物のコアだった

不思議なことに肉体の再構成が始まらず、その形を維持している


「エリオットがやばそうだったら出るつもりだったけどな。ま、何とかなったし良かったな!」


「父親としては相克の光カオス・レイを使う前に助けてあげて欲しかったけどね」


「おいおい、それはあまりに酷だろう? せっかくの成長の機会だったんだから」


「エリオットにあの魔法はまだ早い。第一、不完全だったじゃないか」


そう、エリオットが命をかけ放った魔法は惜しくも滅ぼすにはあと一歩足りなかった

なので、魔物が再構成を始める前にガフートがコアのみを封印し、この場所へと持ってきたというわけだ


「だからこそだろう。次に繋げるための布石として経験を積むべきだ」


「やっぱり君はスパルタだよ」


《解析鑑定》が終了したという音声がグレイグの脳内に流れる


「今回も魔物を使役することに特化しているみたいだったが、ガフートが過去に交戦したのと全く同じ個体みたいだ」


「つまるところ、コピー体ってわけか?」


「それはわからない。だけど、コアの性質が少し違う」


「じゃあ、同じ個体ってのはどういうわけだ?」


このことから推測できることがあるとしたら


「再構成の段階で能力に個性が出てくる…」


断言はできないがこの可能性が一番高いと考えられる

影の性質や魔力、基本的な能力は全て同じなのにコアにだけ差異があるのは不自然だ

それにこの影の魔物は各地で何体も目撃されており、そのたびに特級異能者や高位の魔法師が動いている


「それに加えて影の魔物を生み出している何かが敵にいるってなると厄介だな」


「それなんだけど今回の解析鑑定で確信に変わったことがある」


最初はファフ大陸が近いからの魔力の残滓に影響を受けた可能性があると考えていたが、何体も調べていくうちに不自然なほど共通していた部分があった

それは


「間違いなく悪神竜の加護らしきものを受けている」


あの戦いで一度だけ見たことがある

神々しくも吐き気を催す邪悪なオーラ

ほんの少しだがそれが宿っているのだ


「なに…? まさか眷属が生きていたのか?」


ガフートの目から先ほどのような気楽さが消える


「ありえないな。私の異能でしっかりと確認した」


「ってことはそれだけ魔力が強いってことかよ…」


するとハッと気づいたかのような反応をガフートが見せる


「この影の魔物以外にも影響を受けた魔物がいるってことかよ」


「だろうね。というかほぼ間違いなくいるはずだ」


二人でしばらく考えた後ある結論にたどり着く


「とりあえず各国には悪神竜が関与していることを伏せて報告すべきだな」


「私も同じ考えだ」


悪神竜のことを報告したところで不安の種を増やすだけでしかない

だったら最初から伝えないほうが多少はマシだ


「あとは剣聖と老師に相談して、特級異能者内で共有すべき情報としてあいつらに伝えておくべきか」


「それについては君に任せるよ」


「あいよ、お前は調査に出るつもりだろうしな」


ガフートは分かっていたかのように答えた


「ふふ、流石だね。…本当なら君ともう少しゆっくりできると思ったんだがな」


「愚痴を言っても仕方がない、まぁこの件が片付いたらゆっくりと酒でも飲もうぜ」


「ああ、約束だ」


互いに誓いを交わすとガフートは執務室を出ていったのだった

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