第63話 変化

「はっ…」


気が付くとアリシアの姿はなく、周りには他の客がそれぞれの席へと座っていた


「んっ…アルスさん?」


俺の横には眠そうにしているカグヤが目を擦りながら俺の名を呼んだ


「どうやら元の世界へと戻ってこれたようだな」


(それにしてもいきなり帰すんじゃなくて、せめて何か言ってからにしてくれよ…)


俺がそんなことを考えているとカグヤが不思議そうに口を開いた


「あの、アルスさん。元の世界とはどういうことですか? それに、いつの間に私たちはカフェに入ったんですか?」


「何を言っているんだカグヤ…さっきまでアリシアとアインズと一緒に話してただろ?」


「ごめんなさい…そのお二方が誰かわからないです…」


(まさか、記憶が!?)


カグヤが嘘を言っているようには見えない


(そういやさっきもアリシアはカグヤのことを全く気にかけていなかった。はなからそのつもりだったのか)


今ここでアリシアの真意を探ったことで何もわからないので、とりあえず俺とカグヤは軽めの食事をとり、店を出た


ーー


アルテマ国軍 本部 総指令室


「やっと来たか、アルスとカグヤよ」


中に入るとジェイルが待ちくたびれたと言わんばかりに声をかけてきた


「それについては報告の途中で説明させてもらいます」


俺は今日の出来事を話した


カゲと共に目星をつけ、ノアシップと教団を発見したこと

カゲだけを先に本部へと返したこと

やつらが奇妙な魔法工作をしていたこと

そして戦闘になり、ヴェインとカグヤがテレポートしたきたこと


「ふむ、カゲの報告と差異はあまり無いが、魔法工作については初耳だな…。聞いたところによると、かなりの重症を負ったようだが今は何ともないのか?」


「ヴェインのおかげでなんとか」


聖騎士の回復能力は高いが歴代最強のヴェインとなるとその回復能力はずば抜けていた

臓器の完全修復、とまではいかないがそれでも十分すぎるほどだった


俺はここで疑問に思っていたことをジェイルにぶつけた


「総帥、が救援依頼を出したにも関わらず、どうして二つ名持ちの魔法師が来なかったんですか?」


総帥は俺の正体を知っている、そんな俺がわざわざ生命傍観の影バイタルシャドウを破壊されるように立ち回ったことには意味があるとこの男なら理解しているはずだ


「寧々嬢からも同じことを言われたよ。結論から言おう、それどころじゃなかった」


「……そうですか。それなりに信頼関係を築けていたと思っていたのですが…」


「そんな猿芝居はやめろ。第一、お前が俺の言ったことの異常性を理解してないわけないだろう」


当然だ。この国でも最強クラスの魔法師がフル動員する必要があるというのはどう考えても普通じゃない


「そうですね、何があったのかお聞かせ願いますか?」


「南にある大陸からA級以上の魔物の大群がこの国に向かってきていたのだよ」


「数は?」


「大体、千といったところか」


「っ……!?」


(A級が群れを成すこと時点でおかしいのに千だと!?)


たとえA級の魔物が千体いたとしてもクロニムルの《障壁》が破壊されることはないだろう

だが、流石に驚きをを隠せなかった


「あの…その魔物の大群はA級だけで構成されていたのですか?」


カグヤが恐る恐る聞く


「いいや、中にはS級レベルのやつもいたとの報告が入っている」


その言葉を聞いた俺はすぐさま翻し、ドアを開けようとする

しかし


「お前は動くな。そのために二つ名を全員使ったのだ」


「しかし、いくら彼らでも千を超えるA級の魔物とS級を同時に相手にするのは自殺しにいくようなものです!」


総帥は言葉を返さない


「アルス君、あと数日後に魔法学戦があるはずだ」


「はい…」


「だったら君はそれに向けて頑張る必要があるはずじゃないのかい?」


「この緊急事態でもですか?」


《障壁》があるとはいえ、S級となるとどこまで防げるか正直わからない

だからこそ万が一が起こらないように少しでも魔物を倒す必要がある


「わかったよ。では総帥としてはっきり言う。私は君に要請を出さない」


「何を……まさか!?」


俺は契約の内容を思い出す


「私からの要請があるときに限り、お前はその特殊な身分による権力を使える。だが、そうでない場合は…ただの学生だ」


「どうしてなんだ……」


握ったこぶしをさらに強く握り、隙間から血が流れる


「カグヤ、アルスが余計なことをしないよう頼んだよ」


「は、はい……」


「では君たちの魔法学戦での活躍を心から願う」


そう言って総帥は俺たちの退室を促したのだった


ーーー


それから夜が明け、登校日となる


「おはよーカグヤ! アルスも」


教室に入るとリーナが元気な挨拶をした


「え、ええ。おはようございます」


「ああ、おはよう」


するとリーナがカグヤに駆け寄り、小さな声で話しかける


「ちょっとどうしたのよ?」


「二人ともあまり元気がないように見えますが…」


近くにいたリンとロザリーも心配そうに声をかけてくる


「そんなに先輩に負けたのが悔しかったの?」


「い、いえ! そういうわけでは…」


そんな女子同士の会話を他所に、ナオトと紅蓮がアルスへと声をかけてくる


「うぃーーす!」


「おはよう、アルス」


「おはよう。先輩との試合どうだった?」


待ってましたと言わんばかりにナオトが嬉しそうに口を開く


「ボコボコにされたぜ!」」


「なんで嬉しそうなんだよ…」


「俺たちじゃ先輩たちに手も足も出なくてな、カインとカグヤが頑張ってくれたけどそれでも圧倒的だったんだ。そしたら…」


「俺とお前らって実力に差があるように見えて実は大して変わらない、つまり個人戦で全敗してもめげる必要はないってことだ!」


紅蓮は呆れながらもナオトの言い分を聞いていた


「あれ、アルスさん? 聞いてるかい?」


ナオトが俺の目の間で手を動かす


「ああ、聞いてるさ。要はナオトはポジティブすぎるってことだろ?」


「そういうわけじゃないんだがなぁ」


そんなことを言い合ってるうちにホームルームの時間になり、ヴェインが入室する

席に座るよう促し、出席を取る


「あー、知ってると思うがうちのクラスから何人かが3日後の魔法学戦に出ることになってる。該当者は放課後に学年合同で最後の詰め込みを行うから参加するようにとのことだ」


ナオトが手を上げ、立ち上がって質問をする


「先生ー、俺たちが行ったところで邪魔になるだけじゃなっすか?」


「その点は安心しろ。そもそも同じチームなんだから実力を把握するために必要なことだ。勝つための作戦とか技術とかこの機会に色々盗んで来い」


「へーーい」と答えるとナオトは席に着いた


「ほかに質問はって、珍しいな。何だ?」


俺が立ち上がると周囲からボソボソと声が聞こえてきた


「確か灰色のくせに代表生に選ばれたっていう…」


「クロニムルの分家だからって仕方がなくじゃない?」


「ほんっとコネって羨ましい」


「なんでこんな奴がカグヤさんのパートナーなんだ?」


(無理もないか)


やはり最弱の灰色なんかに代表生というアピールの場を取られたという事実は生徒たちの中では大きく響いているだろう


「……その詰め込みには絶対に出る必要があるんですか?」


「絶対じゃないが一年生が出ないメリットはないと思うが」


すると一人の生徒が立ち上がり、俺のもとへと歩み寄る


「いい加減にしろ! せっかくの先輩からのご指導を受けないって何様だ? お前は俺たちの、選ばれなかった人たちの思いを背負ってセントラルに立つってわかってるのか!?」


周囲の視線が一気に集まる


(アルスのバカ! なにやってんだ!?)


(ちょっと何言ってるんのよ!?)


ナオトとリーナからは驚きの表情が窺えた

その他の顔見知りも心配そうにしていた


「あー…すまない、少し自惚れてたよ」


(ここで言い返して反論されるのも面倒だ。こいつの気が済むまでイェスマンでいるか)


そんな俺のいい加減な態度に怒ったのかさらにヒートアップする


「大体君のような灰色の魔力持ちが代表生だなんて絶対間違っている!」


「そこまでだ!!!!!」


ヴェインが突如として声を荒げた


「今のは魔力差別にあたる。わかってるよな?」


バツが悪そうな顔をして男子生徒は下を向く


「アルスお前もだ。そいつの言ってることはちょっとは正しい。代表生に選ばれたならそれに相応しい立ち振る舞いをしろ。…解散、次の授業の準備に取り掛かれ」


こうして嵐のようなホームルームが終わり、ヴェインは教室を出て行った

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