第39話 地力の差

「魔王……ゼノン?……」


「うむ、その通りだ」


彼は原初の魔王ゼノン・ガルフォードだと名乗った。神話に登場する魔王と同じ名前だ。確かに彼は私をあの死にかけの状況から救って見せたが、それでもそれを信じることはできない


なぜなら


「う、うそよ……だって、魔王ゼノンは勇者達と神々の手によって完全に滅ぼされたはずよ!」


神話に出てくる物語では肉体と精神、両方を完全に破壊された上で魂すらも破壊されたとなっている。私が読んだことのある本以外でも魔王ゼノンが出てくる神話は全て同じような結末を迎えているため転生する可能性はゼロだというのが世間一般の認識だ。


「だったらその物語は偽りであるな。それよりも」


ゼノンが木々の方へ目をやると先ほど吹き飛ばされていた、少年がこちらへと戻ってきていた


「貴様……どういうつもりだ?」


「どうもなにも、我を目覚めさせた恩人が危険な状態だったから救ってやっただけだが?」


「そうか……」


少年は全身の力を抜くかのように手をだらりとぶら下げた。それと同時に彼のCAWから魔力の反応が確認できた


世界創生ワールドクリエイトシャドウ


途端に周囲の影が私たちと少年を含め周囲を覆いドームのような空間を作り出す。当然影で作られたこの空間では何も視認することができない


「なにこれっ……!」


膨大な魔力と恐らく人間にしかない異能専用の魔力が混ざり合って作れた魔法だろう。魔法があまり得意ではない私でもわかるこの魔法は


「次元が違いすぎる……!」


「確かにこの魔法は人間にしては中々素晴らしいものだな……おい! 貴様は本当に人間なのか?」


ゼノンの問いに答えるかのようにどこからともなく声が聞こえてくる


「俺は純度百パーセントの人間だ。貴様らのような薄汚い血は一切混ざっていない」


「そうか。ふむ、この魔法は小規模だが世界の中にもう一つ新しい世界を作り出し、そこに俺たちを幽閉したのか……だとしたら」


ゼノンが続きを言う前に少年が言葉を発する


「俺がルールだ」


「ぬっ……!」


「ゼノン!!」


見えてなくとも魔力の動きで分かる。何かが虚空から出現しゼノンの心臓を貫いた


「女、貴様は後回しだ。まずはこの俺に泥をつけたこの男から処刑してやる」


次々と出現し、彼の体を貫いてゆく。彼はどうすることもなくひたすら無防備にその攻撃を受けていた


「あっはっはっ! どうだ!? この影の世界は? 手も足も出すことができない絶望をとくと味わえ!」


少年は嬉しそうに話し、そして笑い、この世界のどこかでひたすら影に命じてゼノンへと攻撃を繰り出す。私の目にはゼノンの体は大量の魔力の槍が突き刺さっているように見えた。だが、もう一つ妙なものを捉えていた。それは


(魔力に乱れが全くない……)


生物であるならば命に関わるようなダメージを受けた場合何かしら変動があるはずだ。だが、ゼノンの魔力は最初と同じように静かなものだった


「もう充分か?」


「は?」


ゼノンは拳に魔力を流し込み地面へと叩きつけると周囲の影が一瞬で消え去り、私たちを元の世界へと連れ戻した


「な、なんで無傷なんだよ! それにこれは空間魔法じゃなくて新しい世界を作る魔法だ! 殴っただけで壊れるわけないだろ!」


興奮と驚きその二つが混ざり合ったように話す少年とは対極にゼノンは冷静にその問いに答える


「あの程度の影で我が傷つくわけなかろう。それと普通に殴ったわけじゃないぞ。世界を壊す魔法を宿した上で殴って壊した。それだけだ」


「ふさげんじゃねぇ! 世界を壊すなんて魔法聞いたことがない!」


(私も今まで生きてきて世界を壊す魔法なんて聞いたことがない! この世界の魔法というのは簡単な言ったら世界の書き換えだ。世界を本だと置いた場合、その内容である現実、つまり内容を書き換えるのはまだ理解できるが、書き換えるはずの本そのものを壊すなんて絶対にあってはならない!)


口には出さないが思わず私は興奮してしまい、ゼノンへと目を向ける


「最初に名乗ったであろう? 我は原初を支配する魔王だ。 我にできぬことなどあまりない」


「ちっ! 説明する気はないってか……だったら無理やりその口を割ってやらぁ!」


CAWを起動させ周囲の影が少年へと集まりだす


偽りの太陽フォールスサン


ゼノンが呟くと辺りが真っ昼間と同じように明るくなる。当然、影の強さは弱まり魔力の塊とほぼ同じような状態へとなる


「てめぇ……なにしやがった?」


私はこの異常な光景に思わずゼノンへと問いかける


「別の太陽を作り出しただけだ」


すぐさま少年は別の魔法を展開させ、ゼノンへと距離を詰める。少年の背後から大きな影の方のようなものが出現し、ゼノンを丸呑みにしようとする。


「滅びよ」


彼の目が赤く光ると同時に少年が身に纏っている魔力が完全に消滅した。そのままこちらに斬りかかろうとする少年に手を向け魔法陣を出現させふ。するとそこから暴風の塊のようなものが飛び出し、少年を遠方の木へと思い切り叩きつけた


「がはっ!」


周囲の木々は風の余波でほとんどが吹き飛ばされていた


「今のって、まさか超級魔法!? それに魔眼まで!」


魔眼は魔族のみが扱える特権であり、一部の者にしか発現しないものだ。発現したものは強力な能力を扱うことが可能になると同時に魔王になる資格を得ることができる。


少し食い気味で私はゼノンへと迫る


「いや、恐らく初級にあたるであろう魔法だ」


「どういうこと? そんなのであれだけの威力を出せるわけないじゃない!」


「それはお前たちとは圧倒的に地力が違うからだろう。……そろそろお前も名乗ったらどうだ?」


「あ、ごめんなさい!」


慌てて姿勢を正し、自己紹介をする


「私はルシア・ガルフォードよ。さっきは助けてくれてありがとう」


私の名前を聞いた途端、ゼノンの目つきが変わった


「ふむ? 確かに我は自らの血で眷属を作り出したが、ガルフォードの名を与えた覚えはないぞ?」


原初の魔王が自らの血で眷属を作り出し名を与えたという話がある。その神話の眷属たちが今もなお生きていていることによって、魔族は血統主義の者がほとんどだ。


「それは知らないわよ! だから驚いたわ……なんで神話の魔王と同じ名前なのに魔眼が発現しないなんて」


(どうやらなにか妙なことが起きているな)


ゼノンたちが話していると突然、地面から声が聞こえてくる。


「面白いことを聞いたな」


正確には影から盗み聞きしていたであろう少年が木々の方からゆっくりとこちらへと歩いてくる


「貴様のその影に干渉する異能、少し興味深いな」


(全く魔力の反応がなかった)


「俺の異能は話に聞く限り、特級にあたるぐらいのレアモノなんだぜ。いいだろ?」


少年の周囲から魔力が湧き出し、ゆっくりと自分自身を包み込んでゆく


「今回は退くとしようではないか。だが次は必ず殺す。その時まで待ってろ」


「まずい! 逃げられる!」


私は咄嗟に叫ぶ。だがゼノンはそのまま何もすることなくこの場から消え去る様子をみていた


「あれは空間転移とは違う別の何かだ。妨害することができるとは思えんし、今の我は本来の力が戻っていないからこれ以上の戦闘は遠慮したい」


ゼノンが指を鳴らすと魔法の効果が消え、周囲は再び夜の闇へと飲み込まれた


「さて、ルシアの情報共有ラプラスからこの世界の仕組みと魔法、あとは魔族の社会もろもろ全てを覗かせてもらったわけだが……」


「ちょっ! あんたまさか! 私の記憶を勝手に覗いたの!?」


「ルシアが我の意識が微かに残った遺物に対してルシア自身の意識を干渉したのだから自業自得だろ。それに我と縁のある血で魔法を行使したことで我を眠りから呼び覚まし、命も助かった。それで充分ではないだようか?」


(うぐっ! 何も言い返せない)


「安心しろ、ルシアについての記憶は半分程度しか入ってこなかったしな。それに記憶を覗いたからこそお前がどういう魔族かもわかる。信頼できるということだ。なんのデメリットもないぞ? むしろメリットだらけだではないか!」


「わ、わかったわよ……でもね、一つだけ言いたいことがあるの」


「なんだ?」


「私を助けてくれて本当にありがとう」


「別に構わんさ。我を目覚めさせてくれた恩人なのだから当然のことだ」


私は服についた砂を払い落とし、ゼノンへと再び向き直る


「ねぇ、これからどうするつもりなの?」


「まずは適当に住む場所を作るさ」


「だっ、だったら! 私の家に来ない? 働いてくれるんだったら衣食住を提供してあげてもいいけど!」


「素直に我の力を借りたいと言えばよかろう」


「うぐっ……」


「我の当面の目的はルシアにある。共に行動することができるのであればそれに越したことはない。ルシア、お前に甘えさせてもらってもいいか」


「っ!! 仕方ないわねっ!」


そうしてゼノンはルシアに案内されるがままに足を進めたのだった

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