第38話もう一つの出会い
教会の船が襲撃されたその夜、一つの影がその港を駆け回っていた。近くのコンテナに身を潜め、呼吸を整える。
「ハァハァ……やったわ!」
月の光がその影を照らし、それは綺麗な黄金色の髪をした少女を映し出す。黒色をしたフォーマルな衣装に身を包んだそ少女の手にはある物が握られていた。
「これが魔王の遺物……確かにそれっぽいわね」
手のひらサイズのナイフのように見えるが、柄の先端には紫の宝玉が埋め込めれ、刃は真っ黒だ。
「こっちの方角に逃げたはずだ! 絶対に見つけ出せ!」
教会の連中のバカでかい声が私の耳に響く。
「もう来たのねっ! 全く、ノアシップの連中は何してるのよ!」
この遺物を盗み出すことが出来たのは国際テロ組織である《ノアシップ》の襲撃に便乗したからだ。ゆえに私への追跡は遅れると予想していたが思ったよりも早く来たようだ。
「魔法式展開……
魔法を使用すると、周囲にいる人間の思考が一気に私へと流れ込んでくる。
(教会の犬どもの構成は港の出入り口を塞いでから、港全体を包囲する部隊と遊撃部隊ってところね。えっ! ノアシップの連中もう逃げたの!? 一体どうやって!? 強力な空間妨害魔法が張られているから空間転移は不可能のはずよ!)
私の当初の作戦では私の魔法で警備が甘い場所に移動しそこから飛んで逃げるという単純なものだった。しかしこれは襲撃者はノアシップしかいないという相手の意識を利用した作戦だ。ノアシップの他にも宝を狙っている奴がいるならそこにも警戒の目が届くはずだ。
するとある情報が私の脳へと伝わってくる。
(やってくれたわね……! 自分たち以外にも狙っている連中がいるとリークしたのね。それを信じ込ませるためわざわざ盗んだ宝を見せびらかしたと)
最初はそんなことを信じていなかったが、ノアシップが急に消え、捜索を諦めようとしたところ、この宝が放つ異質な魔力を感じ取ったことで意地でも取り返すつもりになったらしい。
「全く、こんな微々たる魔力を感じ取るなんて。やっぱりノアシップの退場はかなり大きく響いてるわね」
人がいればその分、魔力の数も大きくなる。ゆえに気づかれることはないと踏んでいたが現実はそう甘くなかった
(全く何をしているんだい、君たちは)
ある少年の声が魔法を通じて私にも聞こえてくる。
(その姿、まさか暗部の方ですか?)
(その通りだよ。遺物を盗まれたというのを聞いた教皇、直々の御命令だ。必ず見つけ出せとのことである)
「へ、へぇ、結構やばいかもしんないね……」
今の私は完全に動くことができない。今動けば、間違いなく索敵魔法に引っかかって、追いかけられるのがオチだ。頃合いを見て一気に逃げようと思っていたが都市伝説とまで言われている、教会最強の部隊、《暗部》が出てきたら見つかるのは時間の問題だ。
「私の魔法で、一時的に誤情報を認識させれるなら余裕なんだけど、一度使えば魔力の反応も出るし、第一、暗部とかいわれているやつに必ず効くとも限らない」
どうするべきか迷っていたら、強烈な風が吹き、私の長い髪を大きく揺らした。
「そこにいたのか」
「えっ!?」
黒い仮面をした少年と思わしき人物が私の上空へと舞っていた。
(まずい!)
やけくそと言わんばかりに魔力を解き放ち、魔法の発動準備に入る。しかし
「影縫」
少年はCAWに魔力を通し、私よりも素早く魔法を発動させる。
「っぁぁ!」
周囲の影が刃となり一斉に私へと襲いかかる。簡易的な魔力障壁を展開させ、自身の切り札の発動準備に影響を与えないようにしたつもりだ。だが、その刃は私は障壁を破り、私の肌に大量の切り傷を生み出した。幸い、多少はダメージを軽減したことに成功したみたいだ。
「じゃあね! この悪魔!」
準備が完了した魔法を発動させる
「空間転移!」
発動した魔法は既に張られている空間妨害魔法に阻止されるかと思われたが、一瞬だけ妨害魔法の反応が消え、その隙に転移する
――――
次に私の視界に移ったのは大量の木々だった。周りを見渡すと近くには遺跡のような場所へと通ずる石造りの階段がみえる。だが、それは手入れが全く入ってないように見え、ボロボロだった。私は魔法が無事成功し、狙った場所へと転移できたことに安堵する
それと同時に意識を刈り取るような倦怠感が遅い、鼻からは血が流れる。
(
あれだけ巨大な妨害魔法を突破するとなると、やはり負担が大きくなる。それに
「まあいいわ……これが手に入ったのなら」
魔王の遺物は魔族以外のものには全く恩恵がないが魔族には多大なる恩恵をもたらすといわれている
(これであの子たちにもちゃんとしたご飯を食べさせてあげられる!)
今の魔王のせいで魔族は弱肉強食の社会となり、私にはどうしても、家族を食べさせてあげることのできる力が必要だった。
何の取り柄も無い私は得意な魔法である
それに私と似たようなことをできる魔族もいる、だから必ずしも私が必要な場面なんてない。仕事もだんだんと減り苦しくなってきたときにある情報が私の耳に届いたのだ。その情報は魔王の遺物が人間の国へと運ばれるというものだ
(ノアシップが犯行声明を出してくれたおかげで上手く潜り込めたけど、そのあとは大変だったわ)
私はこの近くにある家へと帰るために一歩進めると妙なことに気づく
「そういえば、恩恵をもたらすなんていってるけどそういった感覚はないわね」
不意に独り言を漏らす
「当然だ、それは教皇が流した魔族どもを釣るための餌だからな」
背後からここに存在していることを認めたくないような声が聞こえる
(ど、どうして!?)
「なんであんたがここにいるのよ!」
振り向くとそこには先ほどまで自分の命を狙っていた少年が立っていた
「なんでもいいだろ、そんなこと。あんたは死ぬんだから」
クナイ型のCAWを取り出すと少年は思い出したかのように語り出す。
「なんで、俺ら暗部が都市伝説っていわれてるか知ってるか」
「し、しらないわよ!」
人間の社会になんて一々興味があるわけない。私が知りたいのは稼げる方法だけだ
「それはな、暗部の姿を知ることが許されている者以外は全員殺しているからだ」
地を蹴り、私へと接近する
「一般人関係なく、な」
懐に潜り込むと、私の首を狙いクナイを振るう
(速いっ!)
すぐさま、小規模な爆発魔法を発動させ強制的に互いに距離を取らせる。爆破の瞬間、自信を魔力の障壁で覆っていたので、大したダメージにはならなかった
「ほぉいい度胸だ。ならこれならどうだ!」
彼の周囲から影の刃が地面から生え、少女へと向かってゆく。しかしその刃が少女へと届くことはなかった。
(飛翔魔法か、煩わしいな)
私は上空から彼を見下ろすと家の真反対の方向、遺跡へと向かう。
(なんとかしてこいつを引き剥がさなきゃ)
ちょうど祭壇を通り過ぎようとしたタイミングで何かが空中の闇から生えてくる。
「目撃者は殺すといっただろう?」
(ひっ……)
耳からその言葉が聞こえてくると同時に地面へと叩きつけられる
「っ……!」
石造りの遺跡へと叩きつけられ、肺に残っている空気を全て吐き出される。そして声にもならない悲鳴を上げると、いつのまにか階段の方向から登ってきたであろう少年がこちらへとゆっくり近づいてくるの
「まだ生きてるのか」
「い、いったいなにをしたのっ!?」
「そうだな、俺を前にしてまだ生きてることの褒美だ、教えてやろう。俺の異能は端的にいうなら影を支配する能力だ。貴様を追うことができたのも、貴様を叩き落とすことができたのも全て、貴様の影を出入りしたからだ」
「ふざけた能力だわっ……」
この話を聞く限り、この少年はいつでもどこでも他人を追うことができ、殺すこともできるというわけだ
「といっても、影に出入りする際は一度マーキングをしなければならない。港の時は影の刃で、貴様を殴った時は懐に潜り込んだときに自分の影を貴様に潜り込ませた」
(なによそれっ! 結局反則級じゃない!)
「流石魔族ってとこだな、貴様は特に頑丈に見える。過去に殺したことのある魔族はもっと脆かったぞ」
「と、当然じゃない! 私は死ぬほど鍛えてるんだからっ!」
ゆっくりと立ち上がり、少年を見据える
(あの子たちのためにもまだ倒れるわけには行かない! 一か八かやってみるしないわ!)
少女は魔力を爆発させるように撒き散らすと術式を構築していく。
(手加減のつもり!? だけど今回は助かるわ!)
少年は特に阻止しようともせずにこちらをじっと見続けている。そして頭の中で何かが完成すると同時に術式名を叫ぶ
「
使用した魔法の余波は木々を大きく揺らし周囲のあらゆる意識に、作成した誤情報を流し込む。
(断言できる今回の魔法は今までで一番強力かつ完成度が高いと!)
「……教皇様? 何故ここに?」
(や、やった!)
少年からは敵意が完全に消え、むしろこちらを敬うような気配すら感じる
「今のうちに!」
少女は急いでその場から立ち去るために飛翔魔法を行使した
「えっ…??」
だがその体は飛ぶことはなく、脇腹から生温かい何かが流れるのを感じる。それと同時に体に力が入らなくなり、その場へと倒れる。懐から魔王の遺物であるナイフも転げ落ち、少女の血で濡らした
「素晴らしい魔法だ。逃げてなかったら不味かったよ」
少年は何事もなかったようにこちらへと近づいてくる
「ど、…し、て」
「分からなかっただろ? 俺自身は影の世界に撤退し、俺とそっくりな影の偽物と入れ替わるなんて早業。あとは遠隔操作してそれっぽく見せただけだ。見抜けたら間抜けな死に方はしなかっただろうに」
少年はクツクツと笑い馬鹿にするような目を向けてくる
「安心しろ、急所ではないから死ぬまで数分かかるだろう。それまで苦しめ、ここでゆっくりと見てやるから」
少年の形をした悪魔は私と対面となり座り込む
(ごめんね……お姉ちゃんダメかもしれない)
ふと彼の視線が私のすぐそばに落ちてある物へと向けられると凄まじい憎悪を解き放った
「貴様、俺が回収するものを血で汚したな? 魔族如きの分際で俺が回収しなくちゃいけものを汚すなんて……ふざけてんのか?」
理不尽なことを言い始めると悪魔は立ち上がる。すると私の傷口へと蹴りを入れる
「うっ!」
強烈な激痛が私に走る
「クソがクソがクソがクソクソがクソがクソが!」
何度も何度も蹴りを入れる。その度にいっそ死んでしまいたいぐらいの激痛が私を襲う
「もういいや、貴様はさっさと死ね」
彼の周囲から7本もの影の腕が生え始める。指を鳴らすと影が一斉に私へと向かう
(みんな、本当にごめんなさい)
自らの死を受け入れ、目を瞑る。
そして耐えがたい衝撃と痛み、逃れることのできない死が彼女に訪れる
だがいつまで経ってもそれは来なかった
不思議に思いゆっくりと目を開けるとそこには白い服をきた黒髪の青年が立っている。
その青年の周囲にはこちらへと向かっていたはず影の腕が散らばっていた。それだけではなく、
「ふむ、少女よ、お前はいつまでたっても自分のことを考えなかったな。弟と妹たちのことばかり、それでは身を滅ぼしかねん。自分のことも考慮した上で次からは頑張るように」
「…っも…う、し……ぬから……」
いきなり説教を始めた青年に無意識に突っ込んでしまった
「そうであったか。すまない、忘れておった」
青年は自分の指に切り口を入れると、流れでた血を私の傷口へと流し込んだ。すると今まで感じていた激痛が引いていき次第に楽になっていった。傷口に目をやると先ほどまでの傷はなく服に穴が空いてるだけだった。あまりの現象に理解が追いつかない
「な、なにをしたのっ!? それに一体あなたは!?」
「うむ、名を名乗るのを忘れていたな。我こそは原初の魔王、ゼノン・ガルフォードである」
彼は神話に登場する魔王の名を名乗ったのであった
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